軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十話 足掻く者の末路、選ばぬ者の末路

東の大陸で、アルソナ王国の貴族たちが勝ち取った土地を正式に我が国へ編入する。

すなわち、我が国が東の大陸へ『国家』として勢力拡大するという姿勢を明らかにするものであり、新天地には貴族ではなく王族の一員をトップに据える、という決して手を抜かないことをアピールする狙いもあった。

今日か明日にでも、この方針は公のものとなるだろう。 閣僚会議(カウンシル) はすでに集められ、他にも重要な会議がいくつも開催される見通しだ、と私は広間に残る国王から話を聞いた。

もうここに、ドニー王子と第一王女メリザンドはいない。二人はそれぞれ別の出入り口から出ていき、目を合わせることも、言葉を交わすこともなかった。それが今の二人の、一番穏やかな形の接触なのだ。

私は国王と二人揃って壁際の椅子に座り、誰もいなくなった広間の天井を見上げていた。どこからか入る換気の風がシャンデリアの蝋燭の火をわずかに揺らし、ただそれを眺める時間が欲しかった。

呆然と、ただ昨日から始まった怒涛の急展開を、おそらくは針の穴ひとつなく完遂しただろうと思うと、気が抜けたのだ。

国王がふと漏らした一言にも、私は若干気が抜けたまま答えていた。

「ドニーとは一言も言葉を交わさなかったな」

「私は嫌われておりますから」

「気を遣ったのだろう? お前もすっかり成長して、たくましくなったものだ」

「 我が君(ミロード) 、お褒めの言葉恐縮ですけれど、それは淑女への賞賛となりますかしら」

「無論、なるとも。国王たる我が身からすれば、お前は金杯や宝石よりも価値がある臣下へと育ったのだから」

「そうまでおっしゃるのでしたら謹んでお受けいたしますわ」

互いに顔も見ずに、私と国王は言葉をポンポンと交わす。

本来なら許されざる行為だが、この場は別だ。誰もいない、公的とも私的とも言い難い、例外の空間。

ここでだけ話せることはあり、ここでだけ終わらせられる物語があった。

「今回の婚約に関することは、非公式ゆえ 閣僚会議(カウンシル) の責任追及は行わぬ。カルストン伯爵家やセダル公爵家を矢面に立たせることになる、それよりも大陸領総督を無事立ち上げねばならぬからな。敵国の姫と婚約などなかった、和平工作などなかった。よいな?」

「かしこまりました。夫と義母にも伝えておきますわ」

「うむ。しかしまあ、我が義妹アマベルはとんでもない額の取引を……表に出せる分だけでも、我が国有数の商人と大差ない金額を動かしているな」

「将来的には羊毛単体だけでなく、北海諸島での羊毛加工品の輸出も考えているそうですから、まだまだ拡張性はございますわ」

「楽しみだ。それに、ウーリゼン帝国との話し合いのルートはしっかり残った。 大宰相(サドラザム) とやらも阿呆ではあるまい、ニリュフェル姫の価値と布石を思い知るだろう」

ええ、と私は短く答えた。

どうやら私は、気のない返事をするときは、そうする癖があるようだ。

ウーリゼン帝国 大宰相(サドラザム) はこれで諦めるだろうか。思い通りに操れなかったニリュフェルへ不当な嫌がらせをしやしないだろうか。不安はいくらでもある、名前しか知らない遠くの権力者のことなど、誰だって分かりはしないのだから。

どれだけ用心を重ねても足りることはない、しかしできる手はもう打った。これ以上は、私のできる範囲を超えている。

私は、反逆者でも救済者でもなく、ただの伯爵夫人でしかない。

隣にいる老境へ差し掛かった男性もまた、ただの国王でしかない。

昨日からの大騒動に巻き込んでしまえるくらいにはウマの合う間柄であることは確かだが、偶然利益の一致を見たからここに並んで座っているだけだ。

アルバートの陳情書や意見書の提出を 梃子(てこ) に、深夜の王宮へ他家の紋章を掲げた馬車で押しかけ、婚約と和平の動きを暴露し、速やかに婚約破棄と新たな外交政策の布石を打たせた。

考えるだけで不敬ものだが、これもまたなかったことにすることで、歴史の闇に葬り去ることができる。

二度とやりたくない、やるべきでない策動は、ようやく終結に至った。

「さて……大陸の情勢に関してはイヴェルタリー伯ほかを特使として派遣し、一旦これ以上の侵攻は食い止める。アルバートにもまた東の大陸へ取って帰させてしまうが、許せよ」

「メリザンド様のためですもの。それに、父もベオフリックを孫のように思っておりますから、連れていくかと」

「ほう」

「あくまでイヴェルタリーとして、ですけれど」

「ははは、強く育ちそうだ!」

「いずれはメリザンド様の片腕となるかもしれませんわね」

「そうだな、その未来もあり得るだろう」

国王は他人事のように、シャンデリア瞬く天井へと放言する。

この世に起きた出来事は、何もかもが歴史書に残るわけではない。

いいことも、悪いことも、誰かの都合によって華々しく描かれ、あるいは葬り去られる。

たとえ決まりきった婚約破棄のショックで今晩は枕を濡らす姫殿下がいたとしても、いかなる文章にも残らない。彼女がアルソナ王国で食べたたくさんのお菓子、バラ園に囲まれて寝起きしたこと、功名心を後悔して故郷を恋しがったことも、だ。

敵国との和平で婚姻外交の一環で送り込まれた姫がいた、と歴史に書かれることを本人は望まず、羊毛貿易で特権を握ったニリュフェル・シリン・ベグムという人物がいた、という一文だけが後世へ残るとしたら——。

その対価として、ドンナー王子は一生、愚鈍な王子、愚鈍な王と後ろ指を差されるのだ。はるか未来まで、ずっと。

どうやら国王は、実の息子をその役割に定義した。

(ここで主導権を握るくらいの能力を見せれば、違う未来になっていたでしょうけれど。これから先、アルソナ王国には傀儡の王が生まれる。それに備え、立ち回るしかなさそうね)

ドニー王子がどうなろうと、私の知ったことではない。

何もしなかった。自ら運命を切り拓くこともなく、抗うこともなく、閉じこもることを選んだ人間を、誰も救いはしない。

せいぜい、アルソナ王国に実益をもたらし、死ぬがいい。

それが、『王子』の義務だ。