軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十六話 助っ人を呼んで

私とアルバートの住む、仮住まいの屋敷は、一階だけで手狭ながらも機能的だ。

ただ、客室が一つしかない——これはまだ大した役職もないアルバートの客がそうそう訪ねてこないと踏んでのことだったが——ので、今は私の客に使わせることにした。

朝、客室の扉をノックする。

「おはようございます。起きてらっしゃる?」

返事はない。

中で動く物音もしないことから、私は躊躇わず扉を開け放った。

「失礼。お兄様? 朝ですわ、起きてくださいまし」

鍵のついていない扉は、易々と屋敷の主人を中へ招き入れる。

そして、ベッドの上で枕を抱いてとても安らかに眠っている体格のいい男性を目撃した私は、部屋の外に待機していたメイドたちを呼び、カーテンと窓を開けさせた。

新鮮な冷気を感じて呻きながら布団に潜り込もうとした男性——長年日光に晒され色褪せた明るい茶髪を短く整え、アルバート用のパジャマをきつそうに着用している——は、気配を感じて目を開き、私を捉える。

「あー、トリッシュ……?」

鳶色の寝ぼけ眼に、私は呆れた。

「その朝の弱さで、王宮騎士団の指導が十全にこなせるのかしら」

「うーん、ちょっと待ってくれ」

もぞもぞと起き上がって、思いっきり背伸びをしたせいで、パジャマのボタンが二つも落ちてしまった。

私は近くの椅子にかけてあったナイトガウンを手渡し、せめて格好をつけさせる。

何せ——血の繋がった長兄の評判を落とすわけにはいかないからだ。

「おはよう、我が愛する妹よ」

ナイトガウンを羽織り、ようやくベッドから抜け出した兄ウルフスタンは、父を思わせる背の高さと体格のよさに、やけに人の好さそうな顔がくっついているため、外見だけなら誰もイヴェルタリーの一員と思わないだろう。

実際には、王宮騎士団の指導という名の強化訓練に呼ばれるほどであり、イヴェルタリーを継ぐ者にふさわしい武芸の腕と苛烈さを持ち合わせているが、別に牙も爪も普段から出しておく必要はないだけだ。

私は普段よりも首を上へ向け、昨晩王宮騎士団宿舎から引っ張ってきた長兄の顔色のよさを確認する。

「ええ、おはようございます、ウルフスタンお兄様」

「状況は?」

「朝食ができていますわ」

「分かった、すぐ準備する」

そう言うが早いか、長兄は私もメイドたちもいる中で服を脱ぎ捨て、昨日持ってきた服へ瞬く間に着替えた。

未だ独り身である理由はこういうところにもあるのだろうか。私は一応、詳しく観察しておいた。

「行こう」

「ええ。昨日の話は憶えてらして?」

「打ち合わせする分には問題ない。王宮騎士団は休みだし、予定もない……うん、大丈夫だろう。それで、お前はどこまで見通しているのか、朝食を摂りながらまずそこから教えてくれ」

さすが私の長兄、朝が弱くとも話が早い。

暖かな食堂へ誘うと、大型のブールをくり抜いた器にビーフシチューを詰めたパン・シチューが並び、長兄を喜ばせた。

昨日は夜も遅く、簡単な話しか伝えられなかったため、長兄を呼んだ理由——クレランシャ伯爵邸舞踏会での一件を、詳細に話す。

「なるほど、クレランシャ伯爵家令嬢プルケリアを貶める意図を持って、同家主催の舞踏会で婚約者オズウィン・バーラントとどこぞの令嬢オリアーヌによる 茶番劇(ファルス) に巻き込まれた。だが、このオリアーヌとは誰だ? どこの家の娘だ?」

「それは今調査中ですわ。馴染みの紋章官に問い合わせていますから、午前中には判明するでしょう」

「このバーラント青年について、情報は?」

「プルケリアの婚約者であり、バーラント子爵家の次男です。法律学校の成績はよく、将来は法律家になる予定だったとのこと。まあ、貴族の子弟にありがちな、正義に夢見ての進路を選んだのでしょう」

「だろうな。自分から泥沼に踏み込むのは無謀以外何物でもないがさておき」

何の気なしにオズウィン・バーラントを切って捨てた長兄は、ふむ、と少し考え込む。

ここまでの情報だけでも、引っかかることは無数にある。私は長兄といくつか、認識を擦り合わせることにした。

「現段階で引っかかるのは、昨日の舞踏会は小規模ながら格式ある、親密な間柄の紳士淑女だけを招いたものだったことです」

「娘のデビュタントがそういうところ、というのは珍しくはない。大々的なお披露目ではなく、あくまで身内の、少なくとも娘に値打ちをつけるためのものではなかったんだろう」

「ええ、だからこそ、です」

「婚約者と見知らぬ令嬢がなぜ入り込んできたか。無謀にも、そんな場所に、か」

私は次期セダル公爵夫人として遠い親族でもっとも格の高い、かつ呼びやすい若さであったことから呼ばれたとして、オズウィン・バーラントはプルケリアの婚約者だから呼ばれたのだろう。

しかしそれならば、オリアーヌを連れて入れはしない。婚約者の屋敷に、他の令嬢をパートナーとして連れて行くなど非礼にもほどがある。それだけですでに個人と家の品格が問われる行いだ。

だとすると——オリアーヌは、オズウィンをただ利用した、ということだろうか?

それだけでは少々説明のつかないことがある。いくら頭に血が昇っていたとしても、オズウィンはそこまで馬鹿なのだろうか。法律学校に入れる頭脳優秀な青年で、仮にもクレランシャ伯爵家と婚約できる身でありながら、オリアーヌに肩入れしすぎなのだ。

幸いにも、そこは長兄も私と同じ疑問を持っていた。

「たかが断罪の茶番をするには、リスクが高すぎる。バーラント青年は目が眩んで、もしくはそそのかされてだったとしても、ならば首謀者の令嬢オリアーヌは一体どこまで何を企んでそうした? まあ、ここは調査が進まないと何とも言えないが」

器のブールを千切り、シチューをつけて次々と口へ運ぶため、器はあっという間に半分ほどの高さしか残っていない。長兄はまだまだ食べ足りないのか、キッシュの大皿から自分で皿へ取り分けはじめた。

「ふふっ、安心しましたわ。お兄様も私と同じ見立てをしてくださって」

「一応、長男だからな。戦場へ行きたい父上に無理やり代われと言われて王都に来たが、策略謀略は少しなら心得もある。お前ほどではないとしても」

「それは重畳、頼もしいですわ」

「で、お前の目的は?」

「かわいそうな令嬢の救済だけではないことは確かですわ。今やるべきことは、第二王女アミス様の代理として、クレランシャ伯爵家を手助けすること……そして、お兄様と同じく、まだ明らかとなっていない部分を解明すること。そのためには、私一人では心細くて」

私は演技をしたつもりはないのに、口のふちにシチューをつけた長兄は愉快げに笑っていた。

「くくっ、お前が心細い? それは大変だ、兄として守ってやらないとな!」

「あら、お兄様にレディの扱いをそろそろ習得させるためかもしれなくてよ?」

「……まあ、うん」

その話題はしてほしくない、という態度がありありと見える。

しかし、仮にも嫡子の長兄は、イヴェルタリー伯爵家を継いで次代を用意する義務がある。

「実際のところ、お兄様、そろそろ身を固めては?」

「朝からする話でもないだろう」

「嫡男でありながら、イヴェルタリーを絶えさせるおつもり?」

「意地悪だな、トリッシュ」

「むくれたって嫡男の義務ですわ。ちゃんと全うしてくださいな」

「はいはい。まったく、独り身は楽でいいのに」

口を尖らせ、長兄は話を核心へ持って行かないようはぐらかした。大人げない対応だが、機嫌を損ねすぎても困るため、話はそこで打ち切られた。

ちょうど、コック帽の似合うトスティグ料理長が、大きな銀の盆に乗った出来立ての料理を持ってきた。

「失礼します。こちら、ミートローフが焼き上がりましたので、ご試食をどうぞ」

「あら、新作?」

「ええ。まあ一口試してください、きっとお気に召されるかと」

自信ありげにそう言われては、期待が高まる。

切り分けられたミートローフは、肉とゆで卵だけかと思いきや、ぱっと見でも色々と具が混ぜ込まれている。

さっそく取り分けられた皿から、私と長兄は一口、頬張る。

その一口で、目が覚めるほどの肉の香ばしさと、噛むたびに違うシャキシャキ、パリパリとした食感に、思わず感嘆の声を上げてしまうほどだ。

「これは……贅沢だな! うん、美味い!」

トスティグ料理長は長兄の皿へおかわりをよそいながら、新作ミートローフについて紹介する。

「中身は羊肉と牛肉、玉ねぎで、スパイスを多めに使い、食感を新鮮にするためパンと炒めたアーモンドスライスを加えています。その代わりゆで卵は抜いていますが、アプリコットジャムを付けて召し上がっていただければ」

目の前に置かれた陶器の入れ物には、たっぷりのアプリコットジャムが溢れんばかりだ。テーブルスプーンで、長兄の皿へ山のように盛られ、あっという間に消えていく。

「ひょっとして、昨日の夜食用に作っておいてくれたやつかしら?」

「いつも誰かしら腹を空かせていますのでね」

「助かるわ、トスティグ料理長。うん、美味しい」

上品な甘さのアプリコットジャムは、殊更香ばしい肉と供されても自分を見失わない。

本来なら田舎の窯やオーブンで絶えることなく作られる牛や羊の煮込みや、じっくりと長時間ローストする手間暇のかかる料理を、トスティグはいつも厨房で何かしら作っている。

使用人たちの賄いであり、ちょっと小腹が空いたときの味見であったり、私もよく厨房に立ち寄っては美味しいものを頂戴している。もちろん、デザートもだ。

ミートローフの八割を食べ、納得した長兄は腹をさすっていた。

「これだけ美味いものを出されては、しばらくここに居着きたくなるなぁ」

「この一件が解決するまでは逗留なさってよろしくてよ」

「そうする。屋敷に連絡しておこう」

まるで食べ物で釣って誘き寄せたかのようだが、半分は正解だ。胃袋を掴むことの有効性は、私がよく知っている。

そうこうしていると、執事の一人が食堂へやってきた。

満足げな長兄をよそに、私は気を張る。

「奥様、クレランシャ伯爵家のご令嬢がお見えです」

その一言は、事態の複雑化を避けたい私にとって、好都合だった。