軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話 アルバートの成長譚

伝達手段には、速いもの、遅いものとある。

たとえば 早馬(はやうま) ならば都市間の伝達でもっとも早く、ロングシップと呼ばれる蛮族の船を使えば大陸間の伝達でもっとも早くなる。

それらを縦横無尽に使いこなしてこそ、王のおわす中枢である王都とそれ以外の都市、戦地、敵国までタイムラグをできるかぎり減らした意思伝達が可能となり、他国に先んじられるのだ。

何が言いたいかというと、外交官を務めた者はそのあたりのことを熟知しており、情報伝達手段を確保しているものだ。

アルバートは母方の祖父ピアース・カルストン外交官の見習いを務めており、カルストン外交官が任を解かれたあと、親族としてそのまま彼の持っていた情報伝達手段を受け継いでいる。

アルバートは『お使い』の才能があるが、それもまた外交官として必須の才能でもあった。何せ、どこに、どんなものがあるか、いかに素晴らしいものかを調査し、現物を入手し、本国へ送る——その一連の行動をスムーズに取れるのだから。

アルバートの腹案を、私の入れ知恵により実父イヴェルタリー伯爵へ伝えたのち、王宮では速やかにその案が採用されたそうだ。

どうせ元々誰かが考えてはいたことだろうが、王宮での発言や献策には後ろ盾や時節というものが必要となる。そこへ、イヴェルタリー伯爵を通じてセダル公爵——次期ではあるが、一応外交官見習いを務めた経験もある——の案だとなれば、派手に推しやすくなる。

王宮での権力闘争を一旦棚上げして、次期セダル公爵やイヴェルタリー伯爵に恩を売ることができるとなれば、大臣も官僚たちも飛びつくわけだ。

そうして、アルバートの考案したことである、と喧伝されつつ『ウーリゼン帝国は我がアルソナ王国の臣下であり、ウーリゼン大公である。ウーリゼン大公による爵位授与は根拠なき越権行為であり、王権の侵害に当たる……』などと大々的に発布され、東の大陸に侵攻している貴族たちへも即座にその情報が流された。

もちろん、アルバート本人も情報伝達に貢献し、二、三日の間は屋敷に帰ってこなかった。どうやら、祖父ピアース・カルストンや父セダル公爵の援助も受けて、色々とこなしていたようだ。

帰ってきたアルバートは、国王から直々にお褒めの言葉を受け取り、こう要請されたそうだ。

「アルバート、見直したぞ。お前は頭が回る、それに華もある。どうだ、外交官として出仕しないか?」

ふふん、と鼻高々に上機嫌なアルバートの顔は、非常に滑稽だった。

なので、私は警告した。

「つまり、この戦争の責任の一旦をあなたにも負わせる大義名分を、我が王は得られてしまったということね」

「……は? どういうことだ?」

「あなたを戦争へ巻き込もうとしているのよ。まだ歴史が浅いセダル公爵家には常備軍がない。だから今回のウーリゼン帝国との戦争には今は参加していないけど、国王陛下は戦い以外のことでセダル公爵にも役立ってもらいたいし、あわよくば失敗したら後始末と責任を取ってもらおう……そういう算段でしょうね」

顔の思い浮かぶ国王だけでなく、宰相もまたそう考えているに違いない、と私は確信を持っていた。

それを聞いたアルバートは、顔を真っ青にして、両手で頭を抱えた。

「な、な、何でそうなる!? 第一、俺の案をイヴェルタリー伯爵が王宮に伝えただけであって、俺は別にそんな大役が欲しいわけじゃない!」

そこまで考えが及んでいなかったというのは、別におかしなことではない。

アルバートは所詮、公爵家のお坊ちゃんだ。王宮での実務や一触即発の派閥争い、最前線の戦闘をしたことがあるわけではなく、そこに名だたる諸侯たちがいることも実感が湧いていない。

国王や宰相はもちろん、自分よりもはるかに能力があり、年嵩が上で、金も権力も持ち合わせている貴族たちと直接やりあった経験がないのだ。それでは想像などできようはずもない。

だからこそ、私がいる。

「でしょうね。ただし、これはチャンスでもあるわ。だから私は止めなかったのよ。お分かり?」

アルバートの返答を待たず、私は状況を噛み砕いて説明した。

「いいこと? 外交官就任を断るなら、まだ引き返せるわ。でも受けてしまえばもうこの国と命運を共にして突き進むしかなくなる。功績を上げればセダル公爵家の名声となり、アルソナ王国としての大陸進出に一役買うことになるの。もちろん、イヴェルタリーが勝ち進んだあとの土地をセダル公爵家が統治していく、という形が一番望ましいわ」

怪訝な顔のアルバートは理解できていないわけではないだろうが、少し時間がかかった。アルバートの中では、国内においてセダル公爵家の立ち位置がどうであるかが第一であり、私の説明ではセダル公爵家の名声に繋がることが魅力的である、と見ただろう。

しかし、魅力的な選択の裏には、必ず悪辣な罠も潜んでいる。

それをかわせるか、あるいは甘受できるか。頭の中で計算して、最終的な損益がプラスになるかどうかを考えているのだ。

歴史の浅いセダル公爵が今一番欲しているのは、実績だ。実績さえあれば名声もついてくる、発言力も上がり、貴族だけでなく商人たちも信頼してくれる。まだまだ爵位に応じた力を持ち合わせていない以上、掴めるチャンスは何としてでも掴みたい。

それらをすべて勘案したのち、アルバートはようやく己のしでかしたことの大きさと、己の背負っているものの重みから、何とか虚勢を張ろうとした。

「国王陛下は、そこまで考えて俺を選んだということか? それとも、乗せやすい若者だからと持ち上げただけか?」

「両方よ。ちょうどいいところに、ちょうどいい資質の役者がいた。それだけの話よ」

「クソっ、これだから老人は嫌いなんだ!」

悪態(あくたい) を吐いてジタバタ地団駄を踏みつつ、ようやく落ち着いたころ、顔を上げたアルバートが目を合わせてきた。

言いたいことがあるのだろう、 仰望(ぎょうぼう) や 哀願(あいがん) に近い色も見えるが——私はあえて自分から尋ねない。

痺れを切らしたのか、アルバートがぽつりとこう言った。

「お前は……」

「何?」

じっと待つと、次第に考えが変わったらしく、アルバートは首を横に振った。

「……いや、いい。これは俺が決める」

「そう、それでもいいわ。私は無理強いはしないし、それに」

「本当にまずい事態に陥りそうなら止めるだろ、お前は」

「ええ。安心したわ、立場をわきまえた公爵閣下は私というお守りの存在を忘れていらっしゃらなくて」

とても腹立たしく憎々しい、とばかりの顔をしていたが、私が強く睨みつけるころには顔を逸らしていた。

アルバートの遅々とした成長は、ゆっくり見守っていく必要がありそうだが——悪いものではないし、期待もできそうだ。

それでいい。

誰もが振り向く天才や、歴史に名を残す偉人ばかりがこの世界を回しているわけではないのだから。

アルバートはおそらく熟慮の末に、国王からの外交官就任要請を受領した。

これからも、忙しくなるだろう。