作品タイトル不明
第二十一話「合格発表」
八月十日。
今日はティリア魔術学院の合格発表の日だ。
発表は午前九時に行われるということで、朝から照りつける真夏の太陽の下、汗を拭きつつ、俺たちはその時間に合わせて学院に向かっていた。
旧市街に入ると、受験生らしい大勢の子どもたちが、付き添いの大人に連れられて、学院に向かって歩いていく。
学院に近づくにつれ、その人数は徐々に増えていき、学院の門の前には既に行列が出来ていた。俺はあまりの人の多さに出直すことを提案する。
「これじゃ人が多過ぎて、見れないんじゃないか? どこかで時間を潰してから、見に行った方が良くないか?」
俺がそう言うと、リディは「そうね。どうせ、合格なんだし」と言って、俺に賛同する。だが、シャロンは不安そうな顔で俯いている。
どうやら、試験結果が不安で早く結果を知りたいようだが、俺に反論しにくいのか、黙っている。
俺は不安そうにするシャロンの頭にポンと手を置き、
「シャロンは心配なのか? なら、混んでいるけど先に見に行くか」
彼女は小さく首を横に振り、「大丈夫です。後でもいいです」と小声で答えてきた。
俺は苦笑いを浮かべながら、リディとガイに、「先に結果を確認した方が良さそうだ」と言って、行列の後ろに並んだ。
俺は前の人生の時から、行列に並ぶのが嫌いだった。時間を無駄にしているようにしか思えなかったし、その数少ない経験から言うと、行列に並ぶ価値があったことはほとんどなかったからだ。
今回も一時間くらいすれば、受験生の数も減るだろうし、結果は今見ても後で見ても変わらないから、わざわざ並ぶ必要はないと思っている。だが、シャロンの不安そうな顔を見てしまうと、一時間も不安な気持ちにさせたまま時間を潰すのはかわいそうだし、第一、シャロンが楽しむことが出来なければ、俺たちも楽しめないだろう。
リディも仕方ないわねという感じで頷き、四人で行列の後ろに並び、合格者名が張り出してある掲示板に向かった。
掲示板は校舎の前にあり、二十分くらい掛けてゆっくりと近づいていく。三十分後、ようやく文字が読める距離まで辿り着いた。
周りにはガッツポーズをして喜んでいるもの、親に抱きついて泣き叫んでいるものなどがおり、大学受験の合格発表を思い出していた。
(どの世界でも合格発表っていうのは、こんな感じなんだな。最近はネットで確認できるから、違うのかもしれないが、俺たちの時代はこんな感じだったな。まあ、俺の場合、確実に受かる所を受験したから、見にも行かなかったが……)
そして、掲示板の前に立ち、ゆっくりと見上げる。
掲示板はかなり大きなもので、高さ三m、幅五mほどあり、そこには受験番号と氏名が記載されていた。
俺が自分の名前を探していると、リディが明るい声で「あったわよ」と指を差して教えてくれた。
相変わらずいい目をしているなと思いながら、彼女の指差す方を見ると、掲示板の左端、そして、その一番上に俺の名前があった。
「やっぱり一番だったわね。シャロンもその下に書いてあるから、二人で首席と次席を独占ね」
彼女の言った通り、俺の名前の前に“一位”と書かれており、どうやら、成績順に表示されているようだ。
(首席か。リディに言わせれば、当たり前なのだろうが、いざ自分の目で見ると、意外だと思ってしまうな。まあ、前世ではトップになんかなったことが無いからそう思うんだろう)
掲示板を良く見ると、一位から四十位までは順位が書いてあり、それ以外の百六十人分は受験番号順に掲示されていた。
ティリア魔術学院の合格者は二百人。それが四十人で一クラス、つまり一組から五組に分けられる。
そのうち、一組だけは学年成績のトップ四十が集められるエリートクラスとなり、二組から五組は四十一位から二百位までがランダムにクラス分けされる。
卒業時に一組かそれ以外かで、卒業後の評価が大きく変わると言われており、合格者の中にも四十位以内に入れず悔し涙を浮かべている者もいた。
但し、これから先、逆転のチャンスは十分にある制度になっている。進級の度に同じようにクラス替えが行われるため、一組に入っていたとしても安心はできず、逆に二組以下でも学年総合順位で四十位以内に入れば、一組に上がれるからだ。
シャロンは自分の名前が二番目に書かれていることに、信じられないと言った表情で呆然としていた。同じように自分の娘がエリート校である魔術学院の次席で合格したことに、ガイは信じられないとしきりに首を振っている。
「シャロン、おめでとう。これで入学金免除の資格が得られたね」
俺がそう言うと、シャロンは慌てて、「首席で合格、おめでとうございます」と言って頭を下げてきた。
その言葉が聞こえたのか、周りから“あいつが首席か”という囁きが聞こえてきた。
俺は居心地が悪くなり、「確認もできたし、入学手続きを確認しに行こう」と言って、その場を立ち去ることにした。
校舎の中には合格者用の説明会場があり、二十人ほどの職員が個別に説明を行っていた。
合格発表の場に比べ人は少ないが、それでも説明用の席はすべて埋まっており、更に十人ほどの合格者とその保護者が説明を受けようと待っていた。
俺たちもその列に並び、十分ほどで説明用の席につく。
説明者の職員は若い女性職員で、入学のしおりのような薄い冊子と入学手続き用の書類を用意していた。
その女性は俺とシャロンが一緒にいることに気付き、「お二人一緒の説明でよろしいですか?」と尋ねてきた。
リディが「それでお願いするわ」と答えると、その女性職員はゆっくりと頭を下げ、
「コリン・オコネルと申します。この度は合格おめでとうございました。それでは受験番号と名前、オーブの確認をさせて頂きます……」
俺とシャロンが受験番号と名前を言った後、オーブを見せる。
オコネル女史は手元の書類をめくっていたが、突然、その動きが止まった。どうやら、首席と次席の合格者だと気付いたようで、俺たちの顔を見つめ、「ザカライアス・ロックハートさんとシャロン・ジェークスさんですね」と少しかすれた声で聞いてきた。
俺たちが「はい」と答えると、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、「それでは入学手続きについて説明させて頂きます」と言って、冊子を開いて説明を始める。
オコネル女史は真面目な事務員といった感じで、無駄なことは話さず、入学に関する手続きについて説明していった。
「入学式は九月一日です。寮に入ることを希望される場合は、前日までに入寮し……入学金と授業料ですが、お二人は入学金免除ですので、授業料のみとなります……」
彼女の説明を要約すると、入学は九月一日、寮に入るなら八月十五日までに手続きを行い、前日までに寮に入ること。入学金は不要で、授業料は月額百 C(クローナ) =十万円を支払うこと。授業料は年払いでも可能だが、割引等はない。
リディが「二人とも寮には入れない。授業料は年払いでお願いするわ」と言うと、
「判りました。それでは八月十五日までに学院にお持ちください。遅れますと合格取り消しになりますので、お気を付け下さい」
そして、細々とした説明が続いていく。
「教科書は授業料に含まれますので、授業料を支払い頂いた時に配布されます。筆記用具などは各自で準備が必要です……学院生の制服とマントですが、ロックハートさんは全属性ですから、好きな色が選べます。ジェークスさんは火と風の二属性ですから、赤か水色から選んでください」
ティリア魔術学院の生徒はそれぞれの属性の色の制服とマントを着用する必要がある。
色は火が赤、光が白、風が水色、木が緑、水が青、闇が黒、土が茶色、金が黄色となっている。二属性以上の適性がある者は自分の属性の中から好きな色を選ぶことができる。
俺が悩んでいると、オコネル女史がにこりと笑って説明を付け加える。
「制服の色で変わることは何もありませんよ。自分の得意な属性が一目で判る程度で特に授業に影響することはありませんので、好きな色を選んでも構いませんよ」
(黒もいいんだが、闇属性は魔族のイメージが強いからな。汚れにくい茶色か赤くらいかな……我ながら貧乏くさい決め方のような気がするが……)
俺がそんなことを考えていると、シャロンが「水色でお願いします」と風属性に決める。
(風属性か。シャロンの得意な属性だし、妥当なところだな。そう言えばリディも風属性が一番得意だと言っていたし、俺も一番得意な風属性、水色にするか……制服はともかくマントなら融通がきくから、余分に買う必要もないし……ああ、やっぱり貧乏臭いことを考えてしまうな……)
俺は心の中で自嘲した後、風属性の水色を選択した。
この学院の男子の制服は黒いロングパンツと各属性の色のシャツに同系色のベストになっている。これに属性色の短い――腰くらいの長さの――マントの着用が義務付けられていた。ちなみに女子はロングパンツの代わりにスカートになっている。
制服とマントは学院指定の洋服店で購入することになっており、ワンセットで百C近い出費になる。あとで聞いたところでは、これでも魔術師ギルドからの補助が出ているため、かなり安いとのことだった。
「手続き自体はこれで終わりですが、ロックハートさんは首席ですから、入学式で新入生代表として挨拶を行って頂きますので、よろしくお願いしますね」
俺は思わず「私が挨拶ですか?」と聞き返してしまった。
(リディから聞いていないぞ。きっと、面白いからって黙っていたんだな。それはいいとして、実際面倒だな。挨拶文があるなら読むだけだが、自分で作るとなると面倒だ)
「挨拶文は決まっているのでしょうか?」
オコネル女史は「いいえ、毎年、首席の新入生が自分で考えるんですよ」と笑顔で返されてしまった。
俺が黙っていると、「これで説明は終わりですが、ご質問はございますか?」と言って、説明を終了しようとした。
俺は魔術師ギルドのオーブのことを聞いていないと思い、
「入学と共に魔術師ギルドのオーブを頂けると聞いていたのですが、いつ貰えるのでしょうか?」
オコネル女史はあっと口を押さえてから、「すみませんでした」と謝り、
「入学金の説明の時にするのですが、免除ということで失念しておりました。ロックハートさん、ジェークスさんの場合は、授業料の支払いの時に作製することになります」
どうやら、入学金の中にオーブ代が含まれているようだ。
その後、シャロンがいくつか質問するが、特に何事もなく説明は終了した。
説明会場を出た後、俺はガイに話しかけた。
「シャロンは次席で合格したんだ。入学しても問題ないな」
ガイは「はい」と頷き、「ザック様にご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」と頭を下げる。シャロンも慌てて「よろしくお願いします」と同じように頭を下げた。
俺はガイに「シャロンは迷惑なんか掛けないと思うが、任せてくれ」といい、シャロンには、「こちらこそよろしく頼むよ」と言って、ポンと彼女の肩に手を置いた。
そして、リディに「授業料は今日払っておくが、それでいいか?」と尋ねると、彼女もそのつもりだったようで、「ちゃんと持って来たわ。シャロンの分も大丈夫よ」と笑顔で腰のポーチを叩いている。
俺は面倒なことはさっさと済ませておこうと、今日のうちに授業料などを払うつもりで祖父や両親から貰った金を持参していた。
授業料を払い、教科書などを受け取った後、魔術師のオーブを作成する。
三十分ほどで出来てきた後、すぐにシャロンのレベルを確認すると、ほぼリディの予想通りで、風属性がレベル十七、火属性がレベル十で、すでに卒業生並みのレベルになっていた。
(さすがに四歳くらいから訓練して、実戦までこなしているからな。それに普通の魔術師の修業は、七歳から始めて一年くらいは魔力を感じたり、体内で操作したりするだけだそうだし、それに比べれば異常に速いペースで魔法を覚えて行ったからな……)
真新しい魔術師のオーブを身に付け、旧市街に制服や筆記用具などを買いにいった。
―――――
リオネル・ラスペードは魔術師のオーブの製作室に来ていた。
彼はザックらがオーブを作った際の記録を見て、笑みを浮かべていた。
(やはり今日のうちに作製したようだ。それにしても、ロックハート君がレベル二十四、ジェークス君がレベル十七か。私が知る限り、最高のレベルでの入学ではないか。確か、若い教諭クラスがレベル二十程度だったはずだ。それが僅か十歳にして抜きさっているとは……実に愉快だ)
更にザックの記録を見てほくそ笑む。
(さすがに闇属性は低い。だが、風属性のレベルを考えれば、すぐに二十を超える。すべての属性のレベルを上げれば、私の良き助手となれる。さて、どうやって我が助手に引き込むか……)
彼が微笑を浮かべながら部屋を出て行くと、そこにいた職員は変人を見るような目つきで彼の背中を見つめていた。そして、彼に目を付けられた不幸な生徒に心の中で同情していた。