作品タイトル不明
第四十話「レッドアームズ」
六月二十四日。
アルスに到着した俺たちは鍛冶師ギルドの総本部に来ていた。
定宿である 金床(アンヴィル) 亭で、二ヶ月ほど前にルナがアルスを訪れていたこと、鍛冶師ギルドが世界最強の傭兵団、 マーカット傭兵団(レッドアームズ) を彼女の護衛として雇ったことなどを聞いている。
その後、匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーから面会したいという伝言があったため、匠合長室にやってきた。
総本部の中は宴会の準備に奔走する職員たちでざわついていたが、さすがに匠合長室近くは静かだった。
中に入ると、ウルリッヒ・ドレクスラー、ゲールノート・グレイヴァー、オイゲン・ハウザーのドワーフ三人に加え、人間の大男とエルフの優男が待っていた。
ドワーフ三人はジョッキを手にしているが、他の二人のジョッキはテーブルに置かれたままだ。
俺たちにもすぐにジョッキが用意され、
「よく来てくれた」とウルリッヒが言いながら、手に持つジョッキを掲げる。
「友との再会に乾杯! ジーク・スコッチ!」といい、ゲールノートとオイゲンも同じようにジョッキを掲げて唱和する。
俺たちもジョッキを掲げて乾杯するが、すぐに「まずは自己紹介からじゃないのか」と文句を言っておく。
「そうじゃったな。どちらも有名じゃから面識があるような気になっておったわ」とウルリッヒは苦笑した後、
「ハミッシュ・マーカット殿と副官のアルベリック・オージェ殿だ」と紹介する。
「ザカライアス・ロックハートです。お会いできて光栄です」
そう言って右手を差し出すと、ハミッシュはすぐに手を握り返す。
「ハミッシュ・マーカットです。噂はかねがね伺っております」
俺が帝国子爵家の次男と知っており、敬語で話してきた。ラクス王国の貴族とも付き合いがあるためだろうが、この世界の一流の傭兵たちは無頼なイメージとは程遠い。
「若輩者ですし、貴族といっても成り上がりの家の次男に過ぎません。いつも通りの口調で構いませんよ」
「そう言ってもらえると助かる」と言って、ハミッシュは笑った。
その後、アルベリックとも挨拶を交わし、リディたちを紹介すると、ウルリッヒが本題に入る。
「お前のことじゃから既に知っておると思うが、ハミッシュ殿にルナの護衛を頼んでおる」
「さっき宿で聞いたよ。ハミッシュ殿たちが帝国で動きやすいようにするためなんだろう」
そう言いながら、ウルリッヒたちやハミッシュたちがどこまで知っているのかと目で訴えてみる。それに気づいたのか、小さく頷き、
「儂らにとってルナは、孫娘も同じじゃ。当然、いろいろと聞いておる。そして、ハミッシュ殿だが、ルナを助けた“白き軍師”、レイ・アークライトとも関係が深い。レイは息女であるアシュレイの婚約者で、ハミッシュ殿は後継者にと考えてもおられるそうじゃ。だからルナたちがどこに向かっており、何と戦うかも知っておる」
「了解した。ところでルナはどこに向かったんだ? やはりジルソールなのか?」
俺の言葉に「お前が知らぬとは思わなかったぞ」と驚く。
「俺は一年ほど前からドクトゥス、アウレラ、それからジルソールと旅をしていたからな。ペリクリトル攻防戦の話は一応聞いているが、ルナの情報はほとんど知らないんだ」
実際には神からある程度の情報はもらっているが、この場で話すことはできないため、そういって取り繕っておく。
「そうか……ジルソールには何をしに行っておったんじゃ?」
「恩師であるエルバイン教授の手伝いだ。 創造神(クレアトール) 神殿の調査をしていた」
そこでハミッシュは感心したのか、「ほう」と声を上げる。
「レイたちも“始まりの神殿”に向かっているが、それと関係があるのか」
鋭い視線で問われると思わず身が竦む。さすがはレベル百を超える猛者だ。
「相手が相手だけにこの場ではお話しできませんが、ご想像の通りです」
「では、上手くいくと思ってよいのだな?」
「それは分かりません。彼ら次第ですから」
これは俺の正直な想いだ。実際のところ、神々がどうするつもりなのか分かっていない。ただ、神々に召喚された二人がクレアトール神殿に入れば、何らかの支援を受けられるはずだ。
俺の言葉に納得したのか、圧力が消えた。
「この先、俺たちは何をしたらよいのだ。貴殿なら考えていることがあるのではないか?」
その問いにどう答えようか迷う。
草原に行き、 人馬(ケンタウロス) 族を掌握してほしいのだが、ルナたちにどのような神託が下りているのか分からない状況ではミスリードになる可能性があるためだ。
「正直なところ、アークライト殿とルナに任せるしかないと思っています」
「レイからの手紙とアルの話では、貴殿はいろいろと準備をしていたそうではないか。ならば、目星くらいはあるのではないか? 俺は考えるのが苦手だ。できれば貴殿の考えを伺いたい」
「おっしゃる通り、いろいろ準備はしています。ですが、彼らが自ら考えて対処しなければ上手くいかないと思っています。そのために“始まりの神殿”を目指しているのですから……」
そこで一旦言葉を切り、ハミッシュの表情を見るが、あまり納得した様子がない。
「……私に言えることは一つだけです」
「それは?」
「彼らがジルソールでことを成せば、神々の導きがあるはずです。自然体で当たられてはいかがでしょうか」
その言葉で腑に落ちたのか、「確かにそうだな」とハミッシュは納得した。
その後はそれまでの重苦しい雰囲気から一転し、これまでの旅での出来事や蒸留所の話などで盛り上がる。
特にウルリッヒたちはジルソールに作る予定の蒸留所や、ネザートンのコーン・ウイスキーのことで興奮する。
「お前が想像もつかん酒とは……いつできるんじゃ!」
ゲールノートが詰め寄ってくるが、
「戦争が何とかならないと難しい。デオダード商会も今の状況では船を出せんのだから。それにアウレラ支部が職人たちを育てる時間も必要なんだ。五年は待たないと無理だろうな」
「五年じゃと……」とゲールノートが落胆する。
「酒は一朝一夕にできるもんじゃないんだ。スレイ 川沿い(サイド) の蒸留所でそれは分かっているはずだろ」
「そうなんじゃが……」
「儂らにできることはないのか」とオイゲンが聞いてくるが、
「これはアウレラ支部とデオダード商会の問題だ。彼らに優先権があるんだから、大人しく見守ってくれ」
そんな話をしていると、ベアトリスやメルと話し込んでいたはずのハミッシュたちが目を丸くしていた。
「本当に酒好きなんだね」とアルベリックがいい、ハミッシュもそれに頷きながら、
「ウルリッヒ殿たちがこれほど楽しげに話すのを初めて見た気がする。さすがは酒神の申し子と呼ばれるだけのことはあると感心している」
感心しているといっているが、半分以上は呆れているのだろう。
宴会の準備が整ったという連絡が入り、全員で集会室に向かう。
「今日は楽しみにしておれ。スレイサイドの六年物を用意しておる。スコット殿の酒には足元にも及ばんが、なかなかの出来に仕上がっておる」
スレイ川沿いの蒸留所は年々拡大し、三年物を中心にアルスで流通し始めている。六年物は最も熟成しているものだ。
集会室に入ると、三百人のドワーフが出迎えてくれた。
「「よく来てくれた! ジーク・スコッチ!」」
ウルリッヒのあいさつで宴会が始まる。
「ザックたちが来てくれた。我らの友に乾杯じゃ! ジーク・スコッチ!」
「「「ジーク・スコッチ!」」」
ドワーフたちの乾杯の唱和で宴会が始まった。
宴会にはハミッシュとアルベリックの他に、レッドアームズ一番隊のガレス・エイリングら隊長クラスが参加している。ハミッシュの妻ヴァレリアと言葉を交わすが、思った以上に陽気な集団だと感じた。
そのことについて、リディたちとも話している。特にベアトリスは若い頃からハミッシュの噂を聞いており、「もっと固い感じだと思っていたよ」と驚いていた。
彼女の言葉に「ギデオンさんに聞いた話でもそんな感じでしたね」とメルも同調する。
その話を聞きつけたのか、ハミッシュが話に加わってきた。
「“剣聖”から何を聞いたんだ?」
「自分と違って マーカット傭兵団(レッドアームズ) は真面目な人ばかりだっておっしゃっていましたよ」
メルがそう答えると、ハミッシュは呆れたような表情で小さく首を横に振る。
「まあ、剣聖と一緒にされたら困るが……」
剣聖(ソードマスター) と呼ばれるギデオン・ダイアーは傭兵としては異質の存在だ。
通常の傭兵は商隊の護衛や軍の補助といった仕事を請け負うことが多い。
その場合、雇い主の意向に沿うように行動しなければならないが、ギデオンの場合、戦いで熱くなると任務のことを忘れて戦いに没頭してしまったそうだ。そのため、ダイアー傭兵団は戦闘において絶大な力を発揮するが、評価はあまり高くなかった。
その点、レッドアームズの評判は抜群だ。
騎士団の無能な指揮官の横暴に耐え、圧倒的に不利な状況でも任務を全うする。その最も顕著な例が“ミリース谷の戦い”だろう。
ミリース谷の戦いは怯えた指揮官がレッドアームズと騎士団の一部を捨て石にして逃亡を図ったことが原因だ。それだけならよくある話だが、ミリース谷は戦略上非常に重要な場所で、そこで食い止めないとラクス王国の東部は魔族軍に蹂躙されただろう。
そのことを理解した上で、命を懸けて守り切った。他の傭兵団なら命惜しさに撤退しただろうし、三千対二百という圧倒的な戦力差があったことから誰も非難できなかったはずだ。
それでも国を守るという使命を果たすべく戦いに挑んだことから、もっとストイックな集団だと思っていた。
「俺たちも奴が言うほど真面目でもないぞ。なあ、アル?」
話を振られたアルベリックは「そうだよ。僕を見たら分かると思うけど」と笑っている。
確かにこの飄々としたエルフを見ていると、真面目なだけの集団でないことはよく分かる。
宴会が盛り上がってきたところで、ウルリッヒが立ち上がった。
「儂らの酒、スレイサイドのスコッチをザックに飲んでもらう!」
その言葉で集会室は静まり返る。
ギルド職員でスレイサイド蒸留所の責任者、ジャック・ハーパーが試飲用のグラスを持ってきた。
「職人たちと鍛冶師方が選んだ最高のスレイサイドスコッチです。ぜひとも感想をお聞かせください」
そういってグラスを手渡してきた。
グラスを受け取り、まず色を確かめる。
六年物にしては琥珀色より淡い感じで、 黄水晶(シトリン) のようだ。
香りを嗅ぐと、麦芽の甘味と香ばしさ、オーク樽の複雑な芳香が鼻腔をくすぐる。
「いい香りだな。ピートは弱めか……うん? 普通のオーク樽とは少し違うな……」
「分かるのか……」とウルリッヒが驚いている。
「香りの質が違う。この辺りのオークなのか? うちで使っている 楢(オーク) とは違う気がするが」
俺の問いにジャックが驚きの表情で答える。
「ケルサス山脈の南に多いオークを使いました。 樽職人(クーパー) に聞いたのですが、アクィラ山脈近くにはほとんど生えていない木だそうです」
その説明を聞きながら、ゆっくりと口を付けていく。
まず唇にアルコールの刺激が来た後、ピリッとする辛さのようなものを感じる。舌に乗ったところで香りを嗅いだ時に感じた 麦芽(モルト) が来る。香ばしさはなく、ぬるっとした感じの舌触りだ。
その後、白い花のような甘いような、それでいて硬さを感じる香りが広がってくる。
「まだ若いがこの香りはいい。蒸留も一回多いんじゃないか……味はまだ熟成し切っていないから硬さを感じるが、十年、二十年と経てば、南国のフルーツのような甘さが出てくる気がする……大きめの樽でじっくり寝かせているんじゃないか?」
ジャックは俺のコメントを必死にメモしていたが、
「その通りです。いつもならホグスヘッド樽を使うのですが、今回は倍の大きさのバット樽を使っています」
「で、どうなんじゃ! 儂らのスコッチは!」と焦れたゲールノートが叫んでいる。
他のドワーフたちも早く感想を言えと目で訴えていた。
「俺の好きな香りだ。 酒精(アルコール) が強い分、まだ甘い香りは弱いが、花の香りのような爽やかな香りは秀逸だ……味も同じくまだ若すぎる。だが、フルーツのような甘みが荒々しさの中に隠れている。最低あと六年寝かせて十二年物として出すべきだな。恐らくスコットの造った酒に匹敵するはずだ」
「「「オオ!」」」とドワーフたちの雄叫びが集会室に響く。
俺たちはいつも通り耳栓を用意していたので被害を受けなかったが、ハミッシュたちは膝を突き、耳を塞いで悶えていた。
悪いことをしたなと思うが、俺もこれほど歓喜するとは思っていなかったが、最強と言われる一級傭兵に膝を突かせたドワーフたちの歓喜の声はある意味凄いと場違いなことを考えていた。
一分ほどで落ち着き、ウルリッヒが「それほどのものなのか」といつの間にか手にしていたテイスティンググラスを掲げる。
「ああ、このオーク樽の香りは絶対に化ける。断言してもいい。それよりもうちの村にもこの樽を送ってほしいんだが……」
「ザックが断言したぞ! ジーク・スコッチ!」
ウルリッヒは俺を無視して歓喜の叫びを上げていた。
再び落ち着いたところで、ハミッシュが話しかけてきた。
「いつもこんな感じなのか……」
その顔からは表情が抜けており、茫然としているという感じだ。その表情に思わず笑みがこぼれそうになった。この猛者がこんな表情をすることはまずないからだ。
「そんなことはありませんが、今日は私が来たのでいつも以上に気合が入っているのでしょう。ハミッシュさんも飲んでみてはどうですか? まだ若くて飲みにくいかもしれませんが、意外にいけると思います」
「ああ」と言って職員が持ってきたグラスを手に取る。
俺がやったようにゆっくりとグラスに口を付け、舐めるように飲んでいく。
「花のような香りというが、俺にはさっぱり分からん。味も舌が焼ける感じしかせん……ザカライアス殿が酒神の申し子だということだけは分かったが……」
アルベリックも同じように飲んでいるが、首を傾げており、
「ザックコレクションとは違うんだよね。どっちが美味しいの?」と聞いてきた。
「ザックコレクションは八年以上寝かせてありますから、これより飲みやすいです。どっちが美味いかというのは難しい質問ですね。例えるなら、黒ビールと白ビールのどちらが美味しいかと聞かれても困るのと同じです」
そんな話をしていたこともあり、レッドアームズの主要なメンバーとは打ち解けることができた。
そのお陰もあって、翌日に稽古をつけてもらう約束を取り付けることに成功する。
ハミッシュたちは装備を整えるため、明後日までアルスに滞在する予定であり、明日の午前中はまだ時間があったためだ。
これでフォルティスのギデオンに続き、僅か一ヶ月余りで二人の一級傭兵から手ほどきを受けるという幸運に恵まれることになった。