軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十八話「コーン・ウイスキー」

五月十八日。

ソレル族の春営地で弟セオフィラスらに今後のことを頼んだ。彼らには俺の秘密や神々とルナとの関係については明確に言わなかったが、ルナが関係していることは匂わせている。

セオも俺の説明を受けて、最後には「何とかなりそうな気がします」と言ってくれている。

これで 虚無神(ヴァニタス) の策略に対しても何らかの対応ができるだろう。

もう少しゆっくりしていてもよかったが、蒸留所のことも気になるため、この地を後にする。

出発前、ソレル族の族長リーヴァ・ソレルに挨拶にいった。

「弟たちがお世話になりますが、よろしくお願いします」

「任せておけ。こいつらは俺も気に入っているしな。それにお前は俺たちに希望を運んできてくれたのだ。感謝してもしきれんよ」

そういって笑顔を見せ、とんでもない提案をされる。

「馬を連れていかんか。それだけの価値がある情報を持ってきてくれたんだからな」

「こっちの方が迷惑を掛けていますから……」

カエルム馬は重要な戦略物資でもあるし、第一こちらの方が迷惑をかけると思っているので遠慮するしかない。

しかし、リーヴァは「ここで何も渡さねば、他の氏族から 吝嗇(けち) だと非難される」と言って聞かず、五分ほど押し問答をした結果、最終的には俺たちの人数分の馬をもらうことになった。

「前にお前を気に入った黒馬の系譜がいるぞ」

七年前にもらった馬、“黒曜号”は故郷のラスモア村で元気にしている。馬齢としては十五歳ほどらしく、今は種牡馬としてのんびりと放牧されているはずだ。

「そんな名馬をもらえませんよ」というが、

「あいつと一緒でそいつも気位が高いからどこにも売れん。気に入られたのならその方がこっちも助かるんだ」

放牧地に向かうと黒曜号と同じような世紀末覇者が乗っているような巨大な黒馬が草を食んでいた。

ダメ元で近づくと、こちらを見定めるような目で数秒見つめた後、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「一緒に来るか」と声を掛けると、ブルッと嘶いた。

「その血筋の馬とは本当に相性がいいようだな。遊牧民の連中から譲ってくれと言われるが、誰ひとり気に入られた者はいないのだが」

その様子を見ていたリーヴァが半分感心し半分呆れている。

リディたちも馬を見つけ、馬具を付けていく。出発の準備が整ったところで、セオたちの前に立った。

「それじゃ頼んだぞ。まあ、もし彼が来たらという前提だが」

俺の言葉にセオは「自信はないですけど頑張ってみます」と答える。

「でも、いつ来るか分からないなら、私たちもここを離れているかもしれないわ」

妹のセラフィーヌはアークライトが来ることやカエルム帝国とルークス聖王国との戦争については興味がない。

「待っていたらいいことがあるかもしれないぞ」

「いいことですか?」と首を傾げる。

「アークライト氏はマーカット傭兵団の団長ハミッシュ・マーカットの後継者と言われているんだ。一人娘の婿にという話もある。そんな男を一人で危険な地に行かせると思うか?」

その言葉に「それってハミッシュさんが来るかもしれないってことですか!」と食い付く。

「どうなんだろうな」とはぐらかすが、

「ペリクリトル攻防戦では遠く ラクス王国の王都(フォンス) から駆けつけているし、魔族追撃隊も マーカット傭兵団(レッドアームズ) が主体だった。なら、今回も一緒に行動していると考えるのが普通じゃないか」

そう言うと、セラの表情が気合に満ちたものに変わる。

「セオ、ここで待つわよ! 絶対にハミッシュさんに稽古をつけてもらうんだから!」

あまりの勢いに言い過ぎたとフォローを入れておく。

「あんまり期待するなよ。根拠のない予想に過ぎないんだからな」

これは言葉通りで、ラクス王国で一番有名な傭兵団が、休戦中とはいえ敵国である帝国に入ることは考え難いと思っている。

中立な立場である傭兵ギルドに加盟している傭兵団だが、帝国との戦いで“レッドアームズ”の異名を得たこともあり、帝国政府が入国を許可するとは思えない。

ただ何となくだが、一緒に行動するんじゃないかという思いはある。

「いずれにせよ、リーヴァさんたちに迷惑は掛けるなよ」と言って出発する。

出発直前に乗ることが決まったが、さすがに草原の民が訓練した馬であり、何の違和感もなく乗りこなせる。

それどころか自由に駆けられるのがうれしいのか、手綱を絞らないとドンドンスピードを上げていくほどで、冒険者ギルドで借りた馬の方が人を乗せていないのに息が上がってしまったほどだった。

一時間ほどで落ち着き、その後はのんびりと草の海を進んでいく。

「その子の名前は決めたの?」と見事な白馬に乗ったリディが聞いてきた。

「まだ決めていない」と答えるものの、何となく同じような名前になりそうな気がしている。

「それにしても、もらっちまったがいいのかね。まあ、あたしにとっちゃ大きな馬の方がいいんだが」

ベアトリスの馬は美しい鹿毛で、俺の黒馬と同じくらい大きい。

「私にはもったいないと思うんですけど」というシャロンは黒毛に見える青毛の馬だ。

「でも、ここから村に帰るにはちょうどよかったですね。フォルティスを通るならギルドの貸し馬だと厳しいですから」

メルの馬は茶褐色の栗毛で、キラキラと輝いている。

彼女の言う通り、フォルティスは険しい峠が二ヶ所あり、特に大柄なベアトリスの場合は予備の馬が必要になるほどで、今回もらった馬のおかげで予定より早く帰れそうだ。

そんな話をしながら北を目指す。

今回は最短距離で中部の主要都市ネザートンを目指していたのだが、馬たちの調子がよく、百キロ以上の距離を僅か一日半で踏破した。

ネザートンにそのまま入ってもよかったが、まだ昼前でありヴォーン川沿いにある蒸留所を目指す。

ヴォーン川はネザー河の支流で、ネザートンから二キロほどのところを流れており、馬ならすぐだ。

鍛冶師ギルドに寄ると、ドワーフたちが騒いで大ごとになる可能性があるのであえてネザートンをバイパスしている。

草原地帯といってもネザー河やヴォーン川の流域は森が広がっており、他の地域とは少し様相が異なる。

この地域は中部域の穀倉地帯で、多くの村で麦や飼料用のトウモロコシを作っている。穀倉地帯といっても流域沿いの狭い土地を除けば全般的に痩せた土地であるため、小麦や大麦よりライ麦などが多い。

馬を進めていくと農村には不釣り合いな立派なレンガ造りの建物が見えてきた。

大きな煙突から黒い煙が吐き出されている。煙突のある建物の奥には小さな森があり、そこにもレンガ造りの倉庫があった。作業員たちはその倉庫に樽を運び込んでいた。

見事なカエルム馬に乗り、予備の馬を引く俺たちは異質なようで作業員たちが指を差して話している。

蒸留所に近づいていくと、がっしりとした体つきの髭面の大男が現れた。

最初は怪訝な表情をしていたが、すぐに俺たちに気づき、ぺこりと頭を下げる。

「ようこそおいでくださいました。支部長から話は聞いております」

大男はネザートンの蒸留所の責任者バートラムだった。

馬を降りると近くにいた作業員が手綱を取ろうとするが、黒馬が嫌がって鼻を鳴らす。

「前の馬ですか? それにしては少し若い気が……」

バートラムとはネザートンから一緒に旅をしていることから、黒曜号のこともよく知っている。また、草原地帯に住んでいるため、馬を見て違いが分かったようだ。

作業員に案内されて厩舎に向かう。中に入れずに外につなぎ、飼葉と水を与えるように指示を出してから蒸留所に向かった。

「カールに聞いたが苦戦しているらしいな。原因は分かっているのか?」

鍛冶師ギルドのカール・クリューツ支部長の名を出すと、バートラムは申し訳なさそうに頭を下げる。

「 新酒(ニューポット) 自体は上手くできていると思うのですが、味がこれでいいのか自信がなくて……」

ここではトウモロコシを原料とした蒸留酒コーン・ウイスキーをメインで造っている。コーン・ウイスキーはアメリカ合衆国のケンタッキー州では“バーボン”と呼ばれるものだが、この世界では当然そんな酒はなく、味に自信がないとのことだった。

「味を見させてくれ。ニューポットと熟成したものの両方だ」

そういって蒸留所に入っていく。

中に入るとムッとする熱気と共に甘いような、それでいて香ばしいような複雑な香りが鼻腔をくすぐる。

バートラムは 蒸留器(ポットスチル) から流れ出る透明な液体、ニューポットを試飲用のグラスに取り、俺に渡す。

職人たちが心配そうな表情で俺を見ていた。彼らもラスモア村で修行しており、俺のことを知っているためだ。

彼らのことを意識から追い出し、グラスを光にかざして確認する。グラスの中の液体に濁りはなく、蒸留自体は合格点だ。

そのままグラスに口を付ける。

コーン・ウイスキー独特の香りが口に広がる。

蒸留したばかりだが、充分に美味いコーン・ウイスキーだ。

「素晴らしいコーン・ウイスキーだと思うが、何が問題なんだ?」

俺の言葉にバートラムが目を見開く。

「どうしても甘さがでないんです。寝かせても軽すぎる感じがして……」

どうやらスコッチを意識しすぎて同じようなテイストを目指してしまったらしい。

そのことは指摘せず、貯蔵庫に向かう。

フレッシュオークの樽が並び、オーク樽の独特の香りが充満していた。

バートラムは樽の中から一つを選び、上部にある栓を螺旋状の工具を刺し込んで引き抜く。ポンという音とともにバーボンの香りが広がった。

グラスに注ぐと、美しい琥珀色をしている。

「三年物です。蒸留自体は上手くできていると思うのですが……」

リディたちにもグラスが回されていく。

香りを嗅ぐと、独特の香ばしさとオーク樽の甘いような香りが漂ってきた。

バートラムたちの視線が気になるが、そのままゆっくりと口を付ける。

(悪くない……いや、相当出来のいいコーン・ウイスキーだ。ソーダで割ったら美味いんだろうな……)

そんなことを考えながらゆっくりと喉に流していく。

グラスを空け終えると、バートラムが小声で「どうでしょうか……」と聞いてきた。

「完璧だ。この若さでこれだけの香りが出せるのなら、八年物、十二年物が楽しみで仕方がない。何が問題なのか、俺にはさっぱり分からん」

バートラムは驚きの表情を見せるが、すぐに目を潤ませる。

「ザカライアス様に認めていただけた……うっ……」

他の職人たちも同じように感極まったのか目元を押さえている。

話にならないため、リディたちの感想を聞いてみた。

「私は元々スコッチが苦手だから何とも言えないけど、この香りは嫌いじゃないわ」

リディの感想にメルが大きく頷いている。

「ちょっときついですけど、私もリディアさんと同じです。ピートの効いたものよりは好きですね」

シャロンは「私はちょっと苦手です。ごめんなさい」と頭を下げている。元々蒸留酒が苦手だから仕方がないだろう。

最後に残ったベアトリスだが、

「悪くないね。あたしはブランデーが好きだが、こいつの香りは癖になる気がするよ」

おおむね好評だった。

バートラムが落ち着いたところで話を聞くと、

「鍛冶師方はスコッチと香りが違いすぎるとおっしゃられて……」

「それを言ったらブランデーやカルバ ト(・) スだって全然違うだろう」

スコッチはモルトを原料としているし、ブランデーはブドウ、カルバトスならリンゴが原料だ。ちなみにカルバトスは“カルヴァドス”の誤記ではなく、カルバートの名をとったアップルブランデーのことだ。

「親方たちがおっしゃるにはブランデーなんかは元々の味が全然違うから気にならないそうなんですが、コーン・ビールが原料ならもう少しスコッチに近くなるんじゃないかって……それでも飲んではいただいているんですが……」

「ちなみにコーンだけか? 他の原料は混ぜていないのか?」

「 混ぜ合わせ(ヴァッティング) はやっていますが、どんな味になるか自信がなくて……」

どうやらコーン百パーセントで勝負していたようだ。

コーンだけでも美味いウイスキーになるが、バーボンはコーンが五十一パーセント以上入っていればいい。

ちなみにモルト以外の原料を合わせて作ったウイスキーの代表的なものとして、グレーンウイスキーがあるが、これはコーンやライ麦、大麦を混ぜて発酵させ蒸留している。

このことは村にいるときから伝えていたのだが、失敗を恐れたようだ。

「ここにスコッチはあるか?」と聞くと、

「少量なら作っています。まだ二年くらいしか熟成させていませんが」

「スコッチとコーンの両方を持ってきてくれ。確認したいことがある」

バートラムは飛ぶように樽に向かった。すぐに二つのグラスを持ってきた。

一つは先ほどの三年物のコーン・ウイスキー。もう一つはやや薄い二年物のスコッチ、すなわちモルト・ウイスキーだった。

スコッチを確認すると、まだ荒いが上手くできていた。

香りを確認しながら、その二つを少しずつ混ぜ合わせていく。

半々くらいまで混ぜたところで口を付けると、若いバーボンに近い味になった。本来の作り方とは違うはずだが、これはこれで充分に美味い。

「これを飲んでみてくれ。恐らくドワーフたちが求めているのはこいつだ」

バートラムは恐る恐るグラスに口を付ける。

「これは……」といって目を見開いた。

「コーンだけだと旨味が足りないんだ。十年くらい寝かせれば変わるかもしれないが、若いうちは樽の香りとコーンの香ばしさが勝ちすぎる。そこにスコッチの旨味を足せば、コーンらしさを失わずに美味さを増すことができる」

「私もいろいろやってみたんですが、どれがいいのか分からなくなったんです。親方たちに聞いてもどれがいいとはおっしゃらなくて……」

初めての酒ということで方向性を決めきれなかったことが原因だった。

俺のようにバーボンを飲んでいれば分かるだろうが、初めて使う原料でどのような味にしたらいいのかを決めるのは難しい。

フィーロビッシャーのラムでも同じことが起きそうだが、元々甘くなると伝えてあるし、若くても飲めると言ってある分、迷わなかったのだろう。

「今の酒も充分によくできているが、いろいろ試してここにしかない酒を造ればいい。どうしても困ったら時々ボトルに詰めて送ってくれれば感想は伝えられるからな」

バートラムは「ありがとうございました」と大きく頭を下げた後、職人たちと次の酒造りの話を始めた。