軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十六話「神託の内容」

五月十五日。

人馬(ケンタウルス) 族の有力氏族、ソレル族の春営地に到着した。弟たちと再会したものの、まずは族長であるリーヴァ・ソレルへあいさつに向かう。

リーヴァとは面識がある。

七年前、当時アンデッドの大軍を倒したことで有名になったロックハート家にソレル族が興味を示し、ネザートン近郊で模擬戦を申し込んできたためだ。

その時は強引な申し込みだったが、模擬戦の後はわだかまりもなく、春祭を一緒に過ごしている。更に草原以外では滅多に見られないほど貴重な名馬、カエルム馬を贈られるなど、よい関係を築いている。

そのこともあり、弟たちもここで修行させてもらっているのだが、今回はややこしい頼みをするため、いつも以上に気を遣う。

リーヴァの誘いで天幕の外で焚き火を囲みながら一緒に夕食を摂っている。

「セオたちに会いに来たのか」

リーヴァが笑顔で聞いてきた。

「それもありますが、他にもお話したいことがあります」

「話したいこと?」と首を傾げるが、俺が言いづらそうにしていることに気づき、

「後で話をした方がよさそうだな」と引き下がってくれた。

その後は旅での話で盛り上がる。竜人の話はできないが、船旅は人馬族にとって未知の世界であり非常に興味深く話を聞いている。

「海というのはそれほど広いのか。一度見てみたいものだ」

人馬族が草原から出ることは非常に稀だ。皇帝からの要請でルークス聖王国と戦うために海が近いラークヒルまで行くことはあるが、ここ最近では帝国軍の正規軍団が苦戦するほどの戦争は起きておらず、出兵を要請される可能性はほとんどない。

アクィラの山奥で 地竜(ランドドラゴン) や 一つ目巨人(サイクロプス) 、 魔将(アークデーモン) らと戦った話では、ソレル族の戦士たちが興奮していた。

「名にし負う 獅子心(ライオンハート) ゴーヴァン殿が指揮を執ったのか。俺もその場にいたかったな。さぞ見事な戦いであったのだろう」

ギウス・サリナスがいい、他の戦士たちも同様に頷いている。ギウスは以前俺と模擬戦をやった戦士だが、今では戦士長の地位にある。

「ええ、一時は全滅するのではないかと思うほどでした。相手が油断していなければ、半数は屍を晒していたでしょう」

「それほどの激戦だったのか……」とリーヴァは感慨深げに頷くが、俺の横ではセラがほほを膨らませている。

「私も行きたかった! 地竜はともかく、サイクロプスやアークデーモンなんて大物と戦える機会なんて滅多にないんだから!」

「地竜とは戦ったのか?」と思わず聞いてしまった。

俺の問いにセオが楽しげな表情で頷き、

「フォルティスにいる時に、ポルタ山地で戦ったことがありますよ。もちろん、僕たちだけじゃなくてギデオンさんたちも一緒でしたけど。でも美味しいところは全部、ギデオンさんに持っていかれましたけどね」

彼らの師匠ギデオン・ダイアーはレベル百を超える猛者だ。祖父ゴーヴァンですら相手にならないほどで、闘気と呼ばれる技を使う。

そんな話をしながら夕食の時間は過ぎていった。

食事の後、リーヴァに時間をもらい、ここに来た目的を話す。リディたちの他にセオとライル、ユニスが同席している。セラは難しい話だと知り、ロビーナを連れて逃げ出していた。

リーヴァの他には彼の兄である前族長のピサーノ・ソレルとギウスが同席している。

「お時間をいただきありがとうございます」と言って頭を下げた後、すぐに本題に入っていく。

「ご存知かどうか分かりませんが、ルークス聖王国が大規模な戦争を帝国に仕掛けるようです。噂では二十万を超える大軍を編成し、ラークヒルを攻略した後、中部域を通って帝国の中枢部に向かうと……」

二十万と言ったところでセオが「凄い」と呟くが、リーヴァたちの表情は全く変わらなかった。

「……帝国は恐らく三個軍団六万人もしくは四個軍団八万人を派遣するでしょう。そうなった場合、聖王国軍が大敗することは間違いないと思います……」

俺の話を静かに聞いているが、リーヴァの目は何を言いたいのだと言っている。

「……聖王国や光神教を助けたいとは思いませんが、聖王国軍二十万のほとんどは無辜の民なのです。彼らは指導者に無理やり戦場に引き出され、殺されることになるでしょう。私としてはこの戦争を止めなければならないと思っています……」

そこでリーヴァが口を開いた。

「何が言いたい。無理やりであろうが国のため、家族のために戦って死ぬのだ。これ以上の誉れはない。それに俺たちにどうしろと言いたいのだ?」

本当の理由を言うわけにはいかない。

「草原の民が戦いに介入し、聖王国軍を引き上げさせる必要があります」

「俺たちが出陣すれば、ルークスの連中は恐れおののいて引き上げる。それは充分に考えられるが、なぜそのようなことをしなくてはならんのだ」

「理由は言えませんが、聖王国が大敗することでこの世界に危機が訪れます。それを阻止するために必要なことなのです」

「理由を言えぬのなら、我が氏族はもちろん、他の氏族を説得することなどできん。話にならんな」

予想通りだが、ここで話を終わらせるわけにはいかない。

「人馬族には 地の神(モンス) から与えられた使命があると聞きました。そのために二千年前に帝国に恭順したと。その話と関係があるかもしれないのです」

そこでピサーノが「どういうことじゃ」と目を細めて聞いてきた。

「今、世界は大きく動こうとしています。東の辺境ペリクリトルでは鬼人族を中心とした魔族軍が大規模な戦争を仕掛けてきました。幸い、冒険者たちと応援に駆けつけた傭兵によって撃退できました。しかし、もし“白き軍師”なる英雄がいなければ……」

ここでリーヴァたちが「「待て! 今何と言った!」」と同時に話に割り込んできた。

「“白き軍師”のことでしょうか?」

「そ、そうだ。その白き軍師という英雄はどのような人物なのだ?」

ネザートンにもペリクリトル攻防戦の噂は流れてきていると思っていたので、その慌てようにこちらの方が驚く。

「ご存じないのですか? 既に半年も前の話なのですが?」

「ペリクリトルで戦いがあったことは知っている。だが、遠い地の出来事で詳しくは聞いておらん」

そこでセオたちに視線を向ける。

「僕は一応知っていますよ。ミリース谷の戦いの 詩(うた) で、“オークの 躯(むくろ) で 塁(とりで) を築き”というくだりを聞いて興奮しましたし、ペリクリトルで大鬼族の総大将を一騎打ちで破った話は何度聞いても手に汗を握りましたから」

その言葉にリーヴァが「なぜ教えてくれなかった」と言うが、セオは「皆さん興味なさそうでしたから」と悪びれずに答える。

更にリーヴァが言い募ろうとした時、ピサーノが割り込む。

「そのようなことはどうでもよい。その白き軍師とやらのことを教えてくれ」

「分かりました。私も噂で聞いただけなのですが、聖騎士と見紛うような純白の鎧を身に纏い、純白の十字槍を使う達人にして、全属性の魔法を操る天才魔術師。更にセオの話にも出てきたミリース谷では僅か二百の兵を指揮して三千のオークを撃退し、ペリクリトルでは五倍近い戦力差を覆すほどの策を献じた稀代の軍師と言われています」

「僕が聞いた話も同じですね。ライル、付け加えることはある?」

セオがライルに話を振る。

「先ほどのザック様の話ではないのですが、ルークスの農民兵が戦いに参加して多くが傷つきました。縁もゆかりもないその農民兵のために気を失うまで治癒魔法を掛け続けた仁者とも言われていますね。それと大勝利であったにも関わらず驕ることなく、戦死者のために涙したとも。その後、逃げた魔族軍が開拓村を荒らさないようにと追撃部隊を編成してトーア砦から真冬のアクィラに入ったとも聞きました」

ライルの話を聞き、リーヴァたちは押し黙ったまま表情を固くしている。

何があるのかは分からないが、モンスの神託と関係していると当たりを付けて話を進める。

「恐らくですが、その白き軍師、レイ・アークライト氏はここに来ます……」

そこでリーヴァたちの表情が驚きに変わる。

「……そして、私と同じことを提案するはずです。ルークス聖王国とカエルム帝国の戦争を止めたいと……」

「なぜ分かる?」と絞り出すような声でリーヴァが聞いてきた。

「確信はありません。ライルが言った通り、ペリクリトルでは戦死したルークスの農民兵に対しても涙を流していたと聞いています。その彼が無益な戦争が起きると知って行動を起こさないわけがありません。それに彼は神に愛された存在だと思っています……」

ここで賭けに出た。

神々の話を出せば、モンスの神託に結び付く。そうなれば、彼らが乗ってくる可能性は高いと踏んだのだ。

「神に愛された、だと……」とリーヴァが呟く。

「ええ、ミリース谷、ペリクリトルで奇跡を起こしています。普通の人間にできるはずはありません。神々に愛されていなければ、これだけのことはできないでしょう」

「お前ならできるのではないか? お前の知恵と力なら同じことができると思うが」

「無理ですよ。私に力があるとしても、それは私個人の力ではありません」

「どういうことだ?」

「私が政治的に影響力を持てるのはロックハート家や鍛冶師ギルドという後ろ盾があるからです。アークライト氏は一切の後ろ盾もなく、それだけのことをやってのけたのです。それも彼の名が世に出るようになってから僅か半年ほどで」

俺の言葉にリーヴァたちは唸る。

「白き軍師、アークライト氏がモンスの神託に何か関係あるのでしょうか。以前は族長と戦士長にしか話せない内容と聞きましたが、もしかしたら私にお手伝いできることがあるかもしれませんから」

リーヴァは「うむ」と言った後、三十秒ほど考え込み、ピサーノに「兄者はどう思う」と聞く。

「儂は話すべきだと思う。ザックはロックハートの男だ。信用できる。それに知恵者でもある。我らが二千年待ち望んだことなのだ。失敗は許されん」

リーヴァはピサーノに小さく頷くと、ギウスにも目で確認する。ギウスは「族長の考えに従うのみ」と言って大きく頷いた。

リーヴァは「分かった」と答えると、俺たちの方に視線を戻す。

「今から話すことは他言無用で頼む」と言い、話し始めようとした。

しかし、セオが慌てて「僕たちは聞かない方がいいですよね」と言って立ち上がる。

「いや、お前たちにも聞いてもらいたい」

「でも……」とセオは遠慮しようとするが、俺としても残ってほしい。

「この先、お前の助けがいる。アークライト氏と人馬族を繋ぐために。だから一緒に聞いてほしい」

「ザック兄様がやればよいのでは? 僕なんかよりよっぽど上手くできるはずですから」

「それは駄目なんだ」

「どうしてですか?」

「済まない。理由は言えないんだ」

俺の言葉で決心が付いたのか腰を下ろした。

リーヴァに視線を向けると、小さく頷き、「詳細までは話せんが」と前置きした上で話し始める。

「我ら人馬族に 地の神(モンス) から神託が下ったことは既に話している。その神託は帝国に恭順し時を待つことだが、その時を待つ理由を今から話す……」

いつも以上に重い口調だ。俺たちも息を呑んで話を聞く。

「……我らがこの地で二千年もの長きに渡り待ち続けているのは、神の使いにして我らの指導者たる方だ。神託では世界が危機に瀕した時、その方は突如現れ、我らモンスの使徒と共に世界を守る……」

神々が世界を守るために二千年前から準備していたことに驚く。

「……神の使いは仁の心と義を成す力を持つと神から伝えられている。話に出た白き軍師という人物はまさに神が語る人物そのものだ……その神の使いがいつ現れ、共に何を成せばよいのか、神は語っていない。だから我らは待ち続けた。二千年という長い時を……待ち続けることは苦痛だった。時折、神が神託を授けてくださったが、それでも多くの氏族が変わらない日々に不満を感じている。遂にそれが終わるかもしれん……」

二千年という時間をひたすら待っている人馬族の気持ちは正直分からない。地球で言えば西暦が始まった頃から二十一世紀に入るまでだ。その間、神々の支援があったとはいえ、秩序を維持して伝承を守り続けたことに畏敬の念すら感じる。

「……我らの待ち望んだ方が遂に現れる。俺が生きている時代に……これほどうれしいことはない……」

そう言って涙を零し、話は終わった。

天幕の中が沈黙に支配される。その沈黙を破ったのはセオだった。

「神の使いが現れるという話は分かりました。それに白き軍師のアークライト氏が神の言っている人物の特徴に極めて近いことも。ですが、本当に神の使いなのでしょうか? どうやって見分けるんですか?」

「それについては神より教えられている。ある方法で確認すれば確実に分かるのだ」

「それはどのような方法なのでしょうか」と思わず聞いてしまった。

「族長が直接戦い、見極めるだけだ。それで分かる。もし、神託の人物でなければ、その者は命を落とすことになるが……」

戦うだけで分かると言われても疑問は解消しないが、危険な方法であることは間違いない。

「……いずれにせよ、その白き軍師が現れれば分かることだ」

話が終わった瞬間、リーヴァたちの目の色が変わっていることに気づいた。新たな希望を得たとでも言うように生気が漲っている感じがしたのだ。

「明日の朝、我が一族の者にこの話をする。そして、すべての草原の民にもこのことを伝えるつもりだ」

「まだアークライト氏が草原に来ると決まったわけではないのですが」

「それでもよい。少なくとも二千年間、候補すら現れなかったのだ。もし間違っていてもその男が命を落とし、俺が恥を掻くだけだ」

「それはあんまりじゃないか。そのアークライトっていうのは戦争を止めるためにここに来るんだ。そんな奴があんたらの勝手な神託に従って命を落とすのはあまりに酷いんじゃないか」

ベアトリスが抗議するが、リーヴァは意に介さない。

「ここで命を落とす程度なら、世界は救えぬ。第一、天命を得ておらぬのなら、ここには来ぬだろう」

既にアークライト氏が神の使いだと確信しているようだ。

「明日はお前たちの歓迎の宴を行う。もっとも満足できるほどの酒は用意できぬがな。ハハハ!」

そう言って話を締めくくった。

リーヴァの天幕を出た後、セオに声を掛ける。

「もう少し話をしていいか。頼みがあるんだ」

「もちろんいいですけど……なんか大変そうな話みたいですね」

セオは顔を引きつらせながらも頷いてくれた。