作品タイトル不明
第三十一話「ルキドゥスの御子の情報」
三月六日。
竜人と出会った後、温泉地クーラト村に戻り、のんびりとした時間を過ごしていた。
朝起きて鍛錬を行い、温泉で汗を流して 酒(ビール) を飲み、更に鍛錬をして温泉に浸かるというサイクルを繰り返していたが、さすがに飽きてくる。
そろそろ帝都から船が戻ってきてもおかしくないタイミングということで、一度港町ガートブレックに戻ることにした。
馬車を使ってもよかったが、道自体きちんと整備されており迷う心配がないため、歩いて帰る。
早春とはいえ、標高が高いクーラト村付近は寒さが厳しかったが、下っていくうちに徐々に気温が上がり、暑くも寒くもない絶好のハイキング日和になる。
深い森の中だが、魔物に襲われることなく、ガートブレックに無事到着した。
その足で商業ギルドに行き、職員から船の状況を聞いた。
「帝都行きの船が二隻とラークヒル行きが三隻寄っただけで、アウレラ行きは一隻もありませんね。ラークヒル行きの船の 主計長(パーサー) に話を聞きましたが、大型船はほとんど徴用されたようです……」
大型船はラークヒルに向けて物資の運搬に使われているらしい。はっきりとした規模は分からないが、数万の軍を半年以上維持できるという話で、帝国は聖王国軍をラークヒルで撃破した後、逆侵攻を考えているようだ。
更に職員の話は続く。
「……もしアウレラ行きが寄港したとしても、船室が埋まっているかもしれませんよ。これも聞いた話ですが、陸路を使うか、海路に賭けるか迷っている商人が多いそうです。ギルドとしては一度、帝都に戻って陸路を使う方をお勧めしますよ」
ジルソールと同じく、ここでも帝都行きを勧められるが、神との約束で向かうことはできない。適当な理由をつけてガートブレックで待つと伝えると、更に別の情報を教えてくれた。
「そういえば帝都から来た船の船長に聞いたのですが、昨年の末頃に魔族の大規模な侵攻があったようです。何でもペリクリトルに鬼人族の大軍が押し寄せたんだそうです……」
職員の話では冒険者の街ペリクリトルに五千を超える魔族の軍勢が押し寄せ、二千五百人ほどの防衛隊と戦闘になったそうだ。
ペリクリトルは冒険者の街と呼ばれるだけあり、常時三千人以上の冒険者がいるが、防衛軍のような固有の戦力は持っていない。
魔族側の戦力は大鬼族とオーガが千以上に加え、オークが主体の軍であり、多数の冒険者が街から逃げ出した。しかし、街を守りたいという者も多く、引退した者を含め、二千人の冒険者が残った。
更に一般市民による義勇兵らが加わって最終的には二千五百人の防衛隊が編成されたとのことだった。
防衛隊の中にはルークス聖王国の聖騎士と農民兵三百が含まれたそうで、その聖騎士たちは俺たちがポースメア港で見た魔族討伐隊だったらしい。
それでも防衛側の数は魔族軍の半分程度でしかなく、実戦力的には五倍近い差がある。これは大鬼族とオーガがいることが大きい。
三級相当の魔物であるオーガはロックハート家の従士でも一対一で戦える者は少ないほど強力な魔物だ。五級程度の一般的な冒険者なら四、五人は必要だろう。
更にペリクリトルは守ることが難しい街だ。帝国の標準的な城塞都市とは異なり、木の防壁しかなく、守る範囲も広い。
ラスモア村の館ヶ丘なら防壁と堀で篭城も可能だが、ペリクリトルで篭城は不可能だ。
普通に考えれば街の防衛は無理だという結論になる。しかし、職員の表情は明るく、防衛に成功したように見える。
「それでどうなったんですか? 私もあの街に住んでいたことがありますが、数倍の敵に包囲されて勝てるとは思えません」
「普通は勝てると思いませんよね」と楽しげに話し始める。
「何でも街の四分の一を使った大規模な罠を仕掛けて、主力であるオーガとオークを焼き殺したそうなんです。その後、街の外で決戦を挑んで大勝利を収めたそうです。凄いもんですね」
どうやって勝ったのかも気になるが、それ以上にラスモア村が心配だった。
「私の故郷が近いのですが、周辺の村に影響はあったのでしょうか」
「村が襲われたという話は聞いていませんね。ほとんどの魔族はペリクリトルで討ち取られたそうですから、大丈夫だったのではないですか」
村が無事だったと安堵する。
安堵すると今度はそれほど大胆な策を考え実行できる人物のことが気になった。
「街の四分の一を使った罠ということですが、誰が考えたんですか? 街の防衛を担っていたランダル・オグバーン氏は傭兵上がりで、策士というタイプではなかったと思うのですが」
ランダル・オグバーンとはアクィラの山の調査の際に面識がある。思慮深い傭兵という印象はあるが、策士という感じはしなかった。
「何でもレッドアームズと呼ばれる傭兵団の軍師が考えたそうです。確かアークライトという名だったと思います」
レッドアームズはラクスで一番有名な傭兵団、マーカット傭兵団の異名だ。
団長のハミッシュ・マーカットはレベル百を超える猛者で、傭兵団の隊長クラスはロックハート家の家臣たちを凌駕する腕だと聞いている。しかし、軍師がいるという話は聞いたことがなかった。
「レッドアームズの軍師ですか……」
「ミリース谷の戦いのことはご存知ですか? 昨年の十月にラクス王国であった戦いですが」
ラクス王国に魔族が現れたという話は聞いていたが、十月の初めに船に乗っているので、その話は知りようがない。
「ジルソールとここにいたので知らないですね。そのミリース谷の戦いが何か関係するのですか?」
「そのレッドアームズっていう傭兵団なんですが、たった二百人で三千のオークの軍団を破ったんです。その場所がラクス王国の東の辺境ミリース谷なんですが、その時に作戦を考えたのが“白き軍師”のアークライトなんです。帝都辺りでもその時の 詩(うた) を聞くことができるそうですよ」
「そのアークライト氏がペリクリトルでも策を考えたということですか」
「そう言われていますね。何でもまだ二十にもなっていない若者だということですが、聖騎士のような真っ白な鎧を身に纏った槍使いだそうです。魔法も得意だという話で出奔した聖騎士じゃないかと噂されていますね。まあ、これはルークスが流した噂らしいですが。実際には腰が低くて人情味に溢れているので、間違っても聖騎士じゃないという話でした」
「魔法も使える槍術士ですか……」
「ええ、ペリクリトルの郊外では敵の総大将である大鬼族の戦士を一騎打ちで倒して、敵を全滅させたそうですよ。凄いもんですね」
「そのアークライト氏はその後、どうされたのですか?」
「確か、傭兵たちを率いてカウム王国のトーア砦に行ったと聞きました。何でも秘密の抜け道があるからそれを塞ぐのだと……」
その話を聞いて思い出したのは 天の神(カエルム) が言っていた 光の神(ルキドゥス) の御子だ。
(トーア砦に向かった……ルナを追って魔族の地に向かったのかもしれないな。だとすれば、ルキドゥスの御子である可能性が高い……)
商業ギルドを後にし、宿に向かった。
リディたちとアークライト氏について話をすると、彼女たちも俺と同じようにルキドゥスの御子ではないかと考えていた。
「それだけの活躍をする人がいきなり現れたんです。間違いないと思います」
メルが興奮気味に主張する。
ベアトリスもメルの言葉に大きく頷く。
「確かにそうだね。レッドアームズといえば有名どころの傭兵団だ。それほどの使い手ならもっと前から噂になっていてもおかしくない。しかし、名前が出始めたのが今から半年ちょっと前なんだろ。タイミング的にも合うんじゃないかい」
「いずれにせよ、こんな遠くにいる俺たちにできることはない。そのアークライト氏がルナを助けるために魔族の地に行っているのなら、彼に任せるだけだ」
「そうね。でも聖王国で噂になっている“ルキドゥスの現し身”と何か関係があるのかしら? だとすると面倒なことになる気がするけど」
「リディの言う通りだな。だが、俺たちにできることはない」
聖王国がどう動くかは分からないが、あの国にアプローチする伝手がないのでやりようがない。
それから何事もなく四日が過ぎ、再びクーラト村に行こうかと思った時、待望の船がやってきた。
商業ギルドでその商船の船長に会ったが、あっさりと乗船が認められた。
「乗客が多いと聞いていたのですが?」と質問すると、船長は肩を竦め、
「この時期に拿捕されるリスクを犯してまで船で行こうという客は少ないんだ。金持ちだと身代金を要求されるからな」
ルークス聖王国は教団が暴走しているためか、商業ギルドの制御を離れつつある。今までなら大事なスポンサーであるアウレラの商人に手を出すことはなかったが、帝国に協力するような商人は敵だと公言しているそうだ。
「というわけで、悪いがあんたたちの安全は保証できない。その覚悟で乗れないなら、諦めてくれ」
「問題はありません。拿捕してくる敵は我々が排除しますから」
そういうと船長は呆れたような表情を浮かべたが、俺たちの正体を知り納得した。
三月十二日。
補給を終えた船はガートブレック港を出港した。
ガートブレックからアウレラまでは経済的な航路で約二千四百キロメートル。通常は無寄港で航海することは少なく、聖王国のポースメア港を経由する。
今回は帝国と聖王国の戦争の影響を考慮し、直接アウレラに向かうため、最短で四十日にも及ぶ航海になる予定だ。
そのことを船長に聞いたが、
「最短と言ってもペリプルスの私掠船を警戒する必要があるから、いつもの航路から大きく外れる。運がよければ二、三日の遅れで済むが、十日くらい遅れると思ってくれていた方がいい」
急ぎでもないので遅れること自体に問題はないが、食料などの物資が足りるのか不安になる。そのことを確認すると、
「食料は二ヶ月分以上確保している。それにうちの船には風を操る魔術師がいるから、大きな嵐にでもあわない限り、それほど遅れることはない」
ペリプルスの私掠船を警戒し、風がなくとも船を動かせるよう、風属性魔術師が二人いるそうだ。
嵐についても春になるにつれてリスクは下がるそうで船長は心配していなかった。
航海は順調だった。
フィニス島を出た後、船はアウストラリス海を進んでいく。
ルークス聖王国のあるソーレ半島に接近するが、ペリプルスの私掠船に出会うことなく、ヴェスト海に入った。
ヴェスト海に入ると針路を北に向けるが、ここからは常時吹き続ける安定した西風を受けるため、一日辺り百キロ近く進むことができた。
更に北上するとアウレラの最大の敵ペリプルスがあり、二度ほど私掠船と遭遇したものの、宣言通り俺たちの魔法で撃退している。
四月二十四日の昼過ぎ。
大きなトラブルはなく、四十三日というほぼ最短の航海で、無事にアウレラに到着した。
船長たちに礼を言って船を下りる。
その足で鍛冶師ギルドに顔を出す。
支部長であるザムエル・オビッツやゲルハルト・ハック、テオドリヒ・ラメルらベテラン鍛冶師たちが出迎えてくれる。
前回はザックコレクションを手土産にしたので察知されたと思っていたが、 収納魔法(インベントリ) の中にあっても気づくものらしい。
「無事に帰ってきたか!」とザムエルが右手を取りながら、バンバン叩いてくる。
少し痛いが、「何とかやることは終わったよ」と言って笑顔を返し、
「行きにはいろいろと世話になった。今回土産はないが、いい話がある」
そう言いながら支部長室に入っていく。
「いい話とは何じゃ?」とゲルハルトが聞いてきた。
「ジルソールで新しい蒸留酒を作る計画を考えた。デオダード商会に船を出してもらう条件だったんだが、思いのほか面白い素材が見つかった」
三人は同時に立ち上がり、「「何! それは本当か! ジーク・スコッチ!」」と壁が震えるほどの大声を出す。
久しぶりにドワーフの大声を聞き、耳がキーンとなるが、それを堪えて説明していく。
「まだデオダード商会にも話していないから内密にしてほしい。それに素材は見つけたが、俺自身、どうなるのか全く読めないものだ。まあ、あの島でしかできない面白い酒になることは間違いないがな」
テオドリヒが掴みかからんばかりに近づき、
「ザックがどうなるか分からん面白い酒じゃと! それはいつできるんじゃ!」
「落ち着け」と苦笑しながら言い、
「蒸留器の製造が必要だからここにも話に来るはずだが、熟成はそれほど必要ない。だから蒸留所ができて安定したら割りと早く飲めるはずだ。といっても建設が始まってから三年くらいは待たないといけないだろうが」
「いつから建設するんじゃ!」、「誰が蒸留器を作りに行くんじゃ!」と矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「デオダード商会次第だな。いや、聖王国と帝国の戦争のこともあるか。落ち着かないと船を出せないから、すぐには無理だろうな」
「つまりじゃ。商会長のヴェルノが承認すればよいのじゃな。今でも船は出ておるんじゃから……」
血走った目のザムエルがそう呟く。
「まあ待て。ヴェルノさんを始め、デオダード商会の人たちにはずいぶん世話になったんだ。無理難題を吹っかけるなよ」
「無理難題でなければよいのじゃな」とゲルハルトが唸るような声で言ってきた。
酒の話をしたのは失敗だったと今更ながらに思うが、一度口にした以上取り消すことはできない。
「まずは戦争をどうするかだ。商業ギルドに聖王国を何とかしてもらうしかない。その間に蒸留所の建設計画を進めていけばいい。計画自体は一応できているし、デオダード商会なら資金的にも問題ないだろうから」
俺の言葉にザムエルが立ち上がり、
「商業ギルドには儂が直談判する。何としてでも聖王国を抑えろとな」
「それは頼もうと思っていたところだ。だが、穏便に頼むぞ。すぐに船を出す必要はないんだからな」
必死に説得するが、まともに聞こえているのか不安になる。
そこで話題を少し変えることにした。
「ところでアウレラの蒸留所の方はどうなんだ? ジルソールに蒸留所を作るとしても職人がいなければ話にならないぞ」
そこでザムエルたちの表情が変わった。血走っていた目に落ち着きが戻ったのだ。
「職人は足りておらん。ラスモア村に修行に出しておるが、増産のペースに追いつかんのじゃ。それに加えてジルソールにも蒸留所を作るとなれば、ますます足りなくなる。どうすればよいんじゃ……」
ザムエルが頭を抱えている。
「職人は地道に増やすしかない。それは分かっているんだろ」
「そうなんじゃが……お前がいう面白い酒という奴を早く飲みたいんじゃ……」
「ジルソールで作る蒸留酒を優先するなら、アウレラの生産量を落とすしかない。それに今いる職人はアウレラか周辺の出身なんだろ。ジルソールに行きたがる奴がいるのか?」
「それもそうじゃな。儂らならどこにでもいくんじゃが、人間の職人は故郷を離れたがらん。どうすればよいんじゃ……」
新しい酒ということで舞い上がっていたザムエルたちも今後の課題に気づき、真剣に悩み出す。
「なら、ジルソールで人を募集すればいい。あの島には仕事がなくてあぶれている若者がたくさんいる。そいつらをここでもいいし、ラスモア村でもいいから修行させるんだ。じっくり腰を据えて考えてくれ」
「そうじゃな。職人の仕事は焦ってもよいことなど一つもない」
それまで焦っていた自分たちのことを棚上げしているが、そこには突っ込まず、大きく頷くだけで済ませた。