軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十五話「地下神殿」

トリア暦三〇二六年一月十日。

激動の三〇二五年が終わり、三〇二六年が明けた。

俺たちはジルソール島のナタリス村で年明けを迎えたが、状況は一ヶ月前とあまり変わっていない。

一ヶ月前の十二月十一日、 創造神(クレアトール) 神殿の神官長であるレーア・ガイネスに単独で会って話をした。その際、俺が別の世界から来たことは打ち明けなかったものの、ルナが 虚無神(ヴァニタス) を封印するために、十一柱の神々から召喚されたことなどを話し、協力を要請した。

しかし、神官長は俺の言葉を簡単には信じなかった。

クレアトールに仕える神官とはいえ、荒唐無稽な話であるし、特別な者しか入れない神殿の奥に迎え入れるわけにはいかないことは理解できる。

他にもルナたちが来るかもしれないと伝えており、その際に協力してほしいと頼んでいるが、それについても保留された。

そのため、彼女が俺の話を信じられるまで話をしたいという提案に即座に乗った。恐らく話が聞きたいのではなく、俺の人となりを確認したいのだろう。

それだけではなく、ヴァニタスの影響を受けていないことを確認しているのかもしれない。

神殿への立ち入りについては許可されなかったが、その他のことでは協力的だった。

特にキトリー・エルバイン教授のインタビューには可能な限り付き合ってくれたため、今まで疑問だったことが次々と明らかになっている。

まずこの神殿が“神域”と呼ばれる場所だということが分かった。予想はしていたが、 天の神(カエルム) ら十一柱の神々も訪れる場所と聞き、俺の考えが間違っていなかったことが判明している。

一ヶ月前、神官長に“この場所は安全だから神々が現れる”と鎌を掛けた。その際、彼女はそれを認めている。

他にも光神教の創始者ルチオ・ブリッラーレが神殿を訪問しようとしていたことも判明した。

これは古い日誌から見つかった情報だが、ブリッラーレは神殿を訪問するためにナタリス村を訪れたものの、村に入ることなく立ち去ったとあった。

「村に入れなかったということですか?」と聞くと、神官長は首を横に振り、

「神殿が禁止することはありえませんし、村の人々が妨害することもありません。何らかの事情で入りたくても入れなかったのではないでしょうか」

「入りたくても入れなかったのはヴァニタスに関係していたからとは考えられませんか? 神域に危険な人物を近づけられないように結界のようなものがあるのでは?」

「村の周囲に結界があるという話は聞いたことがありませんが、神がそうした可能性は否定できませんね」

理由について明確にしなかったが、俺とキトリーさんの考えた仮説には理解を示した。

ブリッラーレのその後の足取りについては分かっていないが、少なくともクレアトール神殿で何かあったというわけではないことだけは判明した。

そして重要なことが分かった。

それはこの神殿がクレアトールや十一柱の神々から見捨てられた場所だと、神官長が思っていることだ。

明確には言っていないが、神々の声が聞こえなくなったと何度も仄めかしている。

更に彼女が四千年以上生きているのではないかという疑問も出てきた。

これも話し合いを続けるうちに感じたことだが、古代文明が滅亡した時をリアルで知っているのではないかと思わせる話が何度も出てきたのだ。

例えば、前文明はヴァニタスによって滅ぼされたが、その際に各神殿の神官たちが真っ先に狙われ、ヴァニタスに取り込まれたとか、そのことを神々が怒り、神官に不信感を持ったなどという話を聞いている。

資料は散逸していると言っており、口伝で聞いたにしては臨場感がある話し方だった。

その話を聞いた時に真っ先に感じたのは、まるで見てきたようだということだ。これは俺だけでなく、リディたちも同じ印象を受けている。

そして、神官たちに関する疑問があった。

まず年齢が二十代後半から三十代半ばの者しかいない点だ。歴史ある神殿なのだから、老齢の神官や十代の見習いがいてもおかしくはない。しかし、俺たちが会った神官はすべて同じような年齢だったのだ。

また、彼らは魔法を使わないと言っていたが、リディの見立てでは全属性が使える高位の魔術師であるという点だ。

「精霊たちとの相性はあなたと同じくらいね。それも八属性すべてが」

そのことを神官長たちに聞いたが、「魔法は 使いません(・・・・・) 」とだけ答え、“使える”かという点については言及していない。

それらのことを考え、神官たちは古代文明の生き残りであるだけでなく、特別な存在だったのではないかという結論に達した。

サエウム山脈の遺跡で出会った研究者の魂は、古代文明の人々の寿命はエルフと同じ千年程度と言っていた。その言葉が正しいなら、それ以上の寿命を持つ神官たちは古代文明の生き残りではなく、別の種族ではないかと推測している。実際、遺跡で襲ってきた 怨霊(ゴースト) たちは子供から老人までさまざまだった。

そのことを神官長にぶつけてみたが、彼女ははぐらかすだけで明確に答えてはくれなかった。

このことについてはキトリーさんには話していない。研究者に不確かな推論は聞かせたくないためだ。

一月九日、ついに神官長から地下神殿に入る許可が出た。俺だけが呼び出され、そのことを伝えられた。

「いろいろとお話をさせていただき、あなたが神々から使命を託された方だと納得しました。エルバイン教授を含め、地下神殿に入ることを許可いたします」

そして今日、朝から神殿に来ている。

昨日、キトリーさんにそのことを伝えた時、彼女は「本当に!」と叫んだ後、俺の手を取って踊るほど興奮していた。その興奮が覚めなかったのか、睡眠不足で少し目が赤い。更に昨日程ではないが、テンションは未だに高かった。

「ようやく入れるのね、“神域”に。もしかしたら神に会えるかもしれない……」

「そうですね。会えればいいですね」と答えるが、彼女は俺の言葉をほとんど聞いていなかった。

神殿に入ると、いつも通り神官長が待っていた。

「お待ちしておりました。では、参りましょう」

神官長はゆっくりとした足取りで奥に進む。

一つの扉の前に立ったところで振り向き、

「この先が地下神殿になります。通常の空間とは異なりますが、危険はありません」

「通常の空間と異なるというのはどういうことですか?」とキトリーさんが聞くと、

「入る時に薄い膜のような抵抗を感じると思います。結界のようなものですが、少し違和感がある程度で害はありません」

「神の力が漏れないように結界を張っているということでしょうか」と俺が聞くと、

「そういうわけではないと思いますが、理由は聞いていませんね」

そして、扉をゆっくりと開けた。

地下に続く石造りの階段が姿を現す。等間隔に灯りが設置されているが、どれほど続いているのか分からないほど深い。

「見た目とは違ってすぐに目的地に着きます。その際にも違和感があるかもしれません」

俺たちが頷くと、神官長はゆっくりとした足取りで階段を降り始めた。

彼女についていくと、僅かに抵抗を感じた。薄い膜という表現だったが、確かに一瞬感じるだけの弱いもので、空気の質が変わっただけのようにも感じた。

無限に続くように見えたが、三十秒ほど下りたところで突然扉が現れた。

「この先が本当の神殿です。先ほどと同じように違和感があると思います」

扉が開かれると、十メートル四方ほどの部屋になっており、奥には祭壇らしきものがあった。その前には祈りを捧げる時に使うのか、絨毯のような布が敷かれている。

「では、入りましょう」といって神官長は入っていく。

先頭にいるのは俺だが、僅かにためらいを感じた。危険があるという感じではないが、強い力を感じたためだ。

それでもすぐに神官長に続いて中に入っていく。

階段を下りる時より強い違和感があった。中の空気がより濃密な感じがしたためだ。

完全に中に入ると自然と精神が落ち着く気がした。自分たちの呼吸や衣擦れの音以外は聞こえず、凛とした雰囲気が漂うものの、安らぎも強く感じる。

全員が入ったことを確認すると、神官長が説明を始めた。

「クレアトールを祀る祭壇です。特に偶像のようなものはありません」

祭壇には一級相当の大きな魔晶石が置かれていた。その様は日本の神社のご神体といった感じで、華美な装飾もない。

「この魔晶石を通じて神と話をするのですか?」とキトリーさんが聞く。

「いいえ。そのような意図があると聞いたことはありません。何もないと祈り辛いですから置いてあるだけと聞いています」

台にも魔法陣があるわけでもないので当たり前なのだが、確かに魔晶石から力は感じない。

魔晶石に祈るというのは死者に対する祈りのようだと思った。

「ここは話をする場所ではありませんので、祈りを捧げましょう」

そういって祭壇の前で跪き、胸の前で両手を組んで祈りを始めた。

キトリーさんはいろいろと見て回りたいようだが、祭壇以外には何もない空間であり、諦めて同じように祈りを始める。

俺たちも各々に跪き、祈りを始めた。

目を瞑ると不思議な感覚だった。

膝はしっかりと突いているのに、ふわふわと漂っている感じがする。目を開ければ何も変わっていないのだが、再び目を瞑ると同じ感覚になる。

その感覚にも慣れてくると、今度は身体の中から温まる感じがし、温泉につかっているようなリラックスした気持ちになる。

(このままずっとこうしていたい感じだ。このまま眠ったら気持ちいいんだろうな……)

それほどリラックスしていたが、遠くから声が聞こえてきた。

『……えるか……我の声が聞こえるか……』

その声は次第に大きくなり、思わず目を開ける。

「何!」と思わず驚きの声を上げてしまった。

地下神殿が全く別の部屋に変わっていた。周りいたリディたちの姿もなかったが、すぐに落ち着きを取り戻した。目の前に見覚えのある姿があったためだ。

「 天の神(カエルム) ……」

「然り。そなたに伝えることがあり、別の部屋に移ってもらった」

「伝えたいことですか? それは私が干渉しすぎているとおっしゃりたいということでしょうか」

神から何か言われるとすれば、ヴァニタスについて調べていることとクレアトール神殿に来たことだろうと当たりをつけていた。

「否。今のそなたの行動がヴァニタスに行動を許すほどの影響力はない」

「ではどのようなことでしょうか」

「 闇の神(ノクティス) の御子がヴァニタスに操られた者の手に落ちた。アクィラの東に入ろうとしている」

その言葉に衝撃を受け、「ルナが攫われた……」としか口にできなかった。

アクィラの東ということは“ 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) ”と呼ばれる魔族の地だ。

クウァエダムテネブレはここから二千キロ以上離れている。船と馬で移動するにしても、二ヶ月以上掛かる。更に魔族の地は地図もなく、どこに連れて行かれるのかも全く分からない。闇雲に追いかけても助けることは不可能だろう。

「既に 光の神(ルキドゥス) の御子が救出に向かっている。そなたにできることはない」

何もできないのにわざわざ伝える必要があるのか疑問に感じた。

「ではなぜそれを伝えにきたのですか」

「既にルキドゥスの御子とノクティスの御子は邂逅している。あとは彼らに任せ、これ以上の干渉を慎むように伝えにきたのだ」

どうやら俺に釘を刺しに来たようだ。

「調べることは干渉に当たらないのではありませんか? 私が彼らに接触しなければ、問題ないと思うのですが」

「否。調査自体は干渉に当たらぬが、そなたがそれで満足できるとは思えぬ。いずれ自ら動こうとするはず。それをやめるよう勧告にきたのだ」

「確かにそうかもしれませんが、出会わぬように動けば干渉しようがないと思うのですが」

言ってみたものの、この世界ではリアルタイムで情報を手に入れることは不可能なので、偶然出会う可能性は否定できない。

「では、五の月より前に我が名を冠した帝国に入ることを禁ずる」

「帝国はフィニス島も入ります。厳密に言えばアウレラ市も帝国ですが……」

「フィニス島はよい。また、支配地域でなければ構わぬ」

その言葉にカエルムが何を気にしているのか何となく分かった。

ルナがクウァエダムテネブレから戻り、ここに向かうとすれば、アルス街道、東方街道を使う。エザリントンから先は海路もあるが、フィニス島のガートブレックに寄ることはない。

(やはりジルソールに向かってくるのか……)

俺の心の声は聞こえているはずだが、カエルムは何も言わない。

「分かりました。その約束は必ず守ります」

「ならばよい。そなたの好奇心を満たすことを許そう」

そこでカエルムが消えそうだったので、慌てて呼び止める。

「お待ちください。聞きたいことがあります」

「何か」

「二十年前、私の夢の中に現れた時、聞き取れない単語がありました。“せねばならぬ”という言葉の前にあった単語が気になるのです」

「その言葉であれば、“均衡状態の維持をせねばならぬ”であろう」

均衡状態の維持と言われてもピンと来ない。

「均衡ですか……何の均衡状態を維持させなければならないのでしょうか?」

「世界は我らの力によって維持されている。その力の 均衡(バランス) が崩れること、すなわちそれは世界が崩壊することにほかならない。ヴァニタスは我らの力の均衡を崩そうとしているのだ」

この世界の神話でも三主神である 天の神(カエルム) 、 地の神(モンス) 、 人の神(ウィータ) が世界の根幹を作り、八属性神が世界を形作っているとしている。

そのバランスが崩れることは世界の崩壊であるというのは理解できる。

しかし、バランスを崩す方法がいまいち分からない。

例えば、 火の神(イグニス) は火や熱を司るが、その力が弱くなったり強くなったりすることがありうるのかという疑問が湧く。

俺の心の声が伝わったのか、

「我ら十一神は人の信仰によって存在する。信仰心の強さによって強くも弱くもなるのだ」

その説明で何となく理解できた。

信仰によって力を得ているなら、信仰心を失わせれば力は弱くなる。実際、 闇の神(ノクティス) は魔族が信仰する神として、死者を弔う時以外に祈りを捧げることは少ない。特にルークス聖王国では光神教が邪神と認定しているため、祈りを捧げることすらない。

(そう考えると、人の神であるウィータが三主神に入っている理由が分かるな。人が世界の根幹というのがいまいち理解できなかったが、これですっきりした……)

昔から三主神について疑問を感じていたのだ。

世界を構成する要素というなら、天、地、海ではないのかと。この世界の海の神は八属性神の水の神、フォンスだ。ギリシャ神話ならゼウス、ポセイドン、ハデスがそれぞれの世界の王として君臨しているので違和感があったのだ。

「ルキドゥスとノクティスの御子はヴァニタスと直接戦わせるためではなく、その均衡状態を維持させるために召喚した。もっともその過程でヴァニタスと対決することも充分に考えられる」

ルナたちに課せられた使命は世界を守ること、すなわち神々の力の関係を今の状態に維持することらしい。

「では、先ほどの約定、ゆめゆめ忘れるでないぞ。そなたの行動次第ではこの世界に大きな災いを呼ぶだけでなく、ノクティスの御子の命をも危ぶむことになるのだ」

最後にもう一度釘を刺してからカエルムは消えた。

神が消えた直後、周囲の風景が一変し、地下神殿に戻っていた。周りでは神官長を始め、リディたちが祈りを捧げているが、特に変わった様子はなかった。