軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話「アウレラへ」

八月二十九日。

リオネル・ラスペード教授との義手の研究はある程度進み、五本の指を動かせる目途は立った。まだ細かい部分で工夫がいるため、完成には至っていないが、先生が「これは面白い」といつも以上にやる気になり、俺の出番はほとんどなくなっている。

キトリー・エルバイン教授の研究の方だが、こちらは完全に手詰まりだ。全く収穫がなかったわけではないが、ジルソールが鍵という程度のことしか分からなかったのだ。

この一ヶ月で新たに分かったことの一つは、光神教の創始者ルチオ・ブリッラーレとジルソール島の関係だ。

ブリッラーレは光神教を興した後、ジルソール島を訪問している。そして、その前後で光神教の教義が大きく変わっていることに気づいた。

具体的にはジルソール訪問前には 光の神(ルキドゥス) こそ唯一の神であり、他の神々は 闇の神(ノクティス) を含め、天使という扱いだった。しかし、ジルソールから戻った時期を境に、ノクティスは邪神として扱われるようになる。

更に 創造神(クレアトール) についてもそれまでは天使長という扱いだったものが、他の神々と同格となり、ブリッラーレの説法の中でもほとんど登場しなくなった。

このことは当時のことを知っているエルフの研究者に確認しており、その研究者も「今思えばジルソール訪問前後で彼が大きく変わった気がする」と手紙に書いていた。

ブリッラーレのジルソール訪問については極端に文献が少なく、訪問した事実がなかったと思うほど記録が残っていない。光神教が事実を隠蔽しようとしているのではないかと疑っている。

これについてはジルソールに行っても分かるかどうか微妙だが、少なくとも彼の足跡を辿ることで、その謎の一端が明らかになればと思っている。

もう一つ分かったことはクレアトール神殿があえて信仰を広めていないということだ。

帝都プリムスやアウレラなどの大都市にはクレアトールを含む十二柱の神の神殿がある。しかし、地方の中核都市クラスになるとクレアトール神殿が建てられることはなく、また大都市の神殿も他の神々のものに比べ極端に規模が小さい。

また、十一の神々はそれぞれ“ご利益”がある。人の神ウィータは恋愛、木の神アルボルは豊作、金の神フェッルムは鍛冶などだ。

しかし、クレアトールにはそう言ったものが何もない。そのため、神殿に参拝に行く者が少なく、いつも閑散としているのだ。

神殿というか教団を維持するためには集金能力が必要で、そのためにはご利益はあった方がいい。しかし、クレアトール神殿の関係者は金銭に興味がないかのように無頓着で、あえて目立たないようにしていると言ってもいいほどだ。

そう考えると、クレアトール神殿の総元締めであるジルソール島の“始まりの神殿”に何か秘密があるのではと考えても不思議ではない。

「やっぱりジルソールに行かないと駄目みたいね」とキトリーさんが零す。

「できればヴェスト海が荒れる真冬になる前にアウストラリス海に入っておきたいと思っているわ。あなたにも来てもらいたいのだけど、どうかしら?」

ヴェスト海はトリア大陸の西の海で冬になると強い偏西風が吹き、帆船での移動が難しくなる。アウストラリス海はルークス聖王国のあるソーレ半島から東の暖かな海で、冬でも穏やかだ。

「ラスペード先生の研究は既に私が手伝える部分はあまりありませんし、行くこと自体は問題ないんですが……」

「今の情報だけでは何ヶ月掛かるか分からないことを心配しているのね」

キトリーさんが指摘した通り、どの程度掛かるか見通しが立たないことが問題だった。

ジルソールの 創造神(クレアトール) 神殿にヒントがあることは分かっているが、それがどの程度のもので、行ったからといって秘密が明らかになるかは分からない。

しかしこのことはリディたちとも何度も話し合い、ジルソールに行くべきだという結論になっていた。

「そうですね。でも、ここにいても進展がないなら行くべきでしょう。いつ出発しますか?」

「今年度と来年度の講義は全部キャンセルしているからいつでも出発できるわ。といっても準備がいるから九月に入ってからになるけど」

「うちの村の子たちの入学式も見ていきたいですから、九月二日に出発するのでどうでしょう?」

ラスモア村から受験に来た子供たちは全員優秀な成績で志望校に合格した。特に治癒師ジェフリーの息子ニックはティリア魔術学院を首席で合格している。

「ではそれで準備を進めましょう」

ここドクトゥスから港があるアウレラまでは約五百キロ。騎乗での旅なら二十日程度で移動できる。

そして、アウレラからジルソールまでは海路で三千キロ以上。標準的な航海で六十日程度掛かる。

荷物が多ければ馬車を使う必要が出てくる。そして馬車を船に乗せれば多くの運賃を払わなければならない。そのため、荷物を厳選する必要があった。

俺たちの場合、 収納魔法(インベントリ) があるので持っていく物を制限する必要はないが、それでも手ぶらというわけにはいかないので、長期旅行用のトランクに入れるものを選ぶ必要がある。

引越というほどでもないが、荷物の整理を行い、更にラスペード先生やサイにしばらく離れることを伝えるなどをしていると、時間はあっという間に過ぎていった。

九月一日。

ティリア魔術学院の入学式が行われる。俺はニックの親代わりということで親族席に陣取っている。一応スポンサーでもある領主の息子でありおかしくはないのだが、学院側としては来賓席に座らせたがった。そのため、学院長が直接交渉に現れている。

「ワーグマン顧問からも来賓としてご挨拶をしてもらってはどうかと言われているのですが……」

「私はギルドの役職についているわけではありませんし、帝国子爵家の次男に過ぎませんよ」

「そこを何とか」と拝み倒されるが、面倒なので断っている。

入学式が始まる前、俺のことに気づいた人たちが挨拶にやってきた。

「高名なザカライアス卿にお会いでき光栄です」と握手を求められるが、鍛冶師ギルドや帝国の元老たちとのコネクションを求めてのことで 辟易(へきえき) とする。

式典が始まる頃になるとさすがに落ち着く。

新入生の代表としてニックが堂々と挨拶を行った。

「本日より栄えあるティリア魔術学院の一員となれ……今までの人生の中で最高の出来事であり……先輩方のような立派な学院生を目指し……これから気を引き締め、先生方のご指導の下、立派な魔術師となることをここに宣言いたします……」

どこかで聞いたことがあると思ったら、俺の挨拶の完全なパクリだった。

数日前にニックから相談を受けたため、「昔の挨拶文を見せてもらって適当につなげればいいさ」と教えたが、俺のものを完全にコピーするとは思わなかった。

入学式が終わった後、話を聞いてみると、

「ここ五年くらいはザック様のご挨拶の言葉を使うことが慣例になっていると職員の方に教えてもらいました。僕にはこんなかっこいいあいさつは作れませんからちょうどよかったです」

と爽やかな笑顔で言われてしまう。

何でも俺にあやかりたい新入生が始めたものらしい。

「まあ、いずれにしても堂々としていい挨拶だった。これからもがんばれよ」と激励するが、内心では複雑な感じだ。

ちなみに卒業の時の言葉は俺の次の年から固有名詞が変えられるだけで使い続けられているらしい。

他の子供たちの入学式にはリディたちがいっている。俺も可能な限り行くようにし、子供たちを祝福した。

九月二日。

冒険者ギルドで馬を借り、西に向けて出発する。

俺たち五人にキトリーさんを加えた六人だが、見た目は妙齢の女性ばかりのハーレム状態でどこでも注目を浴びる。

「変な奴に絡まれないといいが」と俺が言うと、ベアトリスが「あたしらに絡む奴はいないよ」と笑う。

「そうですよ。私たちが二級冒険者ってことは結構知られていますから大丈夫だと思います。それに絡んできても私たちなら何とでもできますし」

メルも笑顔で言うが、確かにチンピラに絡まれるくらいなら何とでもなる。

俺たちは言うに及ばず、キトリーさんも高レベルの魔術師だし、森での戦闘経験も豊富だ。冒険者なら四級クラスの実力は充分にある。

そのキトリーさんだが、結構な荷物を持っていた。革製の大きなトランクが二つとパンパンに膨らんだ背嚢だ。トランクには文献が詰め込まれており、見た目以上に重い。

「結構悩んで絞り込んだのだけど、これ以上減らせなかったの……」

重要な文献のいくつかは汚損などを考え、俺のインベントリに入れるが、基本的には馬で運ぶ。

「帰るまであなたと一緒ならいいのだけど、私の場合何年も過ごす可能性があるから……」

エルフであるためか、年単位での研究に没頭することが多く、俺たちと別れて行動することも視野に入れていた。

そのため、替え馬兼荷物用の馬を借りている。

残暑が厳しいアウレラ街道を進んでいくが、大きなトラブルは起きなかった。

といっても魔物の襲撃は何回か受けているし、盗賊に襲われている商隊を助けたこともある。ただ命の危険を感じるほどの脅威は一度も感じなかった。

九月二十五日。

午後三時頃、商業都市アウレラに無事到着した。

アウレラは高さ十メートルほどの城壁に囲まれた城塞都市だが、標準的な城塞都市の数倍の規模がある大都市だ。

元々は天然の良港を備えていたため自然発生的にできた交易都市であったが、カエルム帝国がそれに目を付け、北方侵攻拠点として城塞都市を建設した。帝国は南部からの兵員や物資を船で運び込み、ここから東に軍を送り込んでいたのだ。

その帝国軍を相手に商人たちが更に集まり、商業ギルドの本拠となったが、ルークス聖王国ができたため軍の海上輸送ルートとしては使えなくなり、今では完全な商業都市になっている。

この話だが、実は裏がある。

商業ギルドがアウレラを手に入れるため、光神教を援助しルークス聖王国を建設させ、アウレラの軍事拠点としての価値を失わせたという話だ。

確かにラクス王国に向かうには海路を使う方が楽だが、無補給で移動できるわけではない。敵国であるルークス聖王国の港で補給ができなければ、ラクスへの侵攻ルートは中央街道と北方街道を使うルートに限定されてしまう。これにより軍港としてのアウレラの価値はほとんどなくなったのだ。

アウレラの城門は常に開け放たれており、他の城塞都市で必要な入市税は必要ない。これは商業を活発化させるためだ。ただし、犯罪の抑止のためオーブの確認は行われる。

「アウレラへようこそ」と門の守衛はにこやかに挨拶するが、その顔には緊張感があった。

俺のオーブは冒険者ギルドのものだ。定期的に傭兵団が魔物討伐を行っているアウレラに超一流の冒険者である二級冒険者が現れることは非常に珍しいためだろう。

街の中に入ると標準的な城塞都市と同じように灰色の石造りの建物が並ぶが、道の両端には雑然と露店が並び、威勢のいい掛け声が絶えず掛かる。

「今話題の帝都プリムスの甘味だ! 天才ザカライアス卿が発明したジェラートだ! この辺りで売っているのはうちだけだよ!」

ジェラートと聞き、覗いてみたが、ロビンス商会の支店ではなく、全く知らない店だった。種類も少なく、あまり美味そうには見えない。

「こんなところであなたの名前を聞くなんて」とキトリーさんがからかってくる。

その言葉には苦笑するしかない。

「人が多いね。早めに宿を確保した方がよさそうだよ」とベアトリスが提案する。

「そうね。デオダード商会の近くに宿を取った方がいいかしら。場所は聞いているんでしょ」

リディが聞いてきたが、もちろん調べてある。

「西地区のど真ん中にあるそうだ。旅行者向けの宿も多かったはずだ……」

西地区は港に近いこともあり、多くの交易商が店を連ねている。繁華街でもある東地区とは異なり、オフィス街のような落ち着きがあった。

予め調べておいた宿にチェックインし、冒険者ギルドに馬を返しにいく。

この先は船での移動であるため馬が不要になるためだ。

冒険者ギルドにはベアトリスと一緒に行く。彼女の方がベテランの貫禄があり、無用なトラブルを避けやすい。

その冒険者ギルドのアウレラ支部だが、少し離れた北地区にあった。北にはアウレラ市に食糧を供給する農村が多くあるためで、その農村を襲う魔物を討伐するためらしい。

アウレラ市が手配した傭兵団が定期的に魔物を狩っているらしいが、流れ込む魔物をすべて討伐できるわけではないため、農村を襲う魔物の討伐依頼は一定数あるそうだ。

馬を返す時、受付の男性職員にオーブを見せると、「二級ですか!」と驚かれるが、すぐに我に返り、「申し訳ございません。初めて見たもので……」とばつの悪そうな顔で大きく頭を下げる。

「少し教えてほしいことがあるのだが……」

その職員にアウレラ市の治安の状況や噂話などを聞いていく。

「治安はいつもと変わりありません。まあ、北方の村は年に何回かは襲われていますが、皆さんが相手をするような強力な魔物が出たという話はないですね……噂ですか? そうですね……」

職員と五分ほど話をしたが、大した情報はなかった。

ベアトリスも別のところで若い冒険者に話を聞いていたが、こちらも同じだった。

宿に戻ると、午後六時を過ぎていた。装備を外して食堂に向かい、食事を頼んだ後、今後のことについて話し合った。

「やっぱりデオダード商会以外も探すの?」と最初にリディが聞いてきた。

「一応他もないか探すつもりだ。何隻も船を持っているといっても運が悪けりゃ何ヶ月も足止めされることになるからな」

ただし、ドクトゥスで調べた限りではデオダード商会以上に条件のよさそうなところはなかった。

「鍛冶師ギルドには顔を出すんだろ」

「ああ、ザムエルにもいろいろ話を聞きたいからな。それにルークスから逃げてきたゲルハルトもいるし……」

ザムエル・オビッツはアウレラ支部長だ。長年支部長をやっているから商業ギルドに伝手がある。

ゲルハルト・ハックは元パクスルーメン支部長で、十年前のロックハート家異端認定事件によってドワーフの鍛冶師たちが聖王国から退去した際にここアウレラに到着し、それ以来住んでいる。

その二人からいろいろと情報を聞ければ役に立つだろうし、第一、俺がこの町を訪れたのに鍛冶師たちと宴会をしないのは何となく義理を欠いている気がするのだ。