軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十三話「ワーグマンとの会談」

八月十日。

今日は情報屋のサイ・ファーマンから、情報収集の結果について報告を受ける日だ。

サイは三つの依頼について説明を始めた。

「まずはアウレラの状況だ。今のところ海運業界で揉めているっていう話はないそうだ。まあ、ペリプルスとの小競り合いは続いているがな」

ペリプルスはトリア大陸の西にある島国だ。アウレラと海上覇権を争っており、 私掠船(プライベータ) と呼ばれる国家公認の海賊船による通商破壊活動が昔から行われていた。今のところ、資金力に優り、世界最大の軍事国家カエルム帝国と良好な関係にあるアウレラが優位にあるが、その差は徐々に縮まっていると言われている。

「海運業者だが、光神教と絶対に手を結ばず、信用度も高いという商会を見つけたぞ」

「理想的な業者だが、光神教とトラブルになっているならお断りだぞ」

「その点は大丈夫だ。商会の名はデオダード商会。大型船を何隻も持っている新興の商会だが、ラクス・サルトゥース連合王国からジルソールまで手広くやっている総合商社だ。ルークスにも支店を持っているし、表面上は光神教と上手くやっているという話だ」

「ルークスに支店を持っているのに光神教と絶対に手を結ばないというのは、どういうことなんだ?」

「ちょっと込み入った話なんだが、そこの創業家が光神教を嫌っているんだ。理由だが、創業者の妻、今の商会長の母親なんだが、不治の病に罹ってな。その時、光神教の奇跡とやらに縋ったんだが、金を毟り取られただけで、奥さんはまともな治療を受けることなく亡くなったそうだ……」

光神教の聖職者たちの腐敗は聞いていたが、あまりに酷い話にリディたちも顔をしかめている。

「……その先代の商会長なんだが、そんなことがあっても商売に差し障ることはするなと言っていたそうだ。商売と個人の想いは別だと言ってな。ただ、従業員たちは違うらしい……」

サイの説明では先代の商会長ロリス・デオダードは非常に優れた経営者で、古参の従業員たちを中心に心酔している者が多く、先代を苦しめたルークス聖王国と光神教に対して恨みを持つ者が多いということだった。

「……で、その先代がつい最近亡くなったそうだ。それも旅の途中で親族に看取られることなくな。この街にある支店の支店長に話を聞いたんだが、これも光神教のせいらしく、普段は温厚な支店長が憤っていたよ」

「つまり表面上は聖王国とトラブルはないが、従業員を含め、商会に属する者は光神教にいい感情を持っていないという理解でいいか?」

「そういうことだ。他にもないか当たってはいるが、ここで分かる範囲じゃ、デオダード商会が一番だったな。二つ目の光神教のことだが、大したことは分からなかった。確かに強硬派と呼ばれる連中が国外に出されているのは事実らしいが、権力争いの結果というわけでもないらしい」

「誰が仕組んでいるとかも分からないか?」

「ああ、ただ気になることが一つある」

「気になること?」

「何となくだが、総大司教の周辺が積極的というか、焦っているように感じる。明確にこれっていうものはないんだが……」

証拠はないが、情報を分析する上で感じたことなのだろう。

「了解した。それについては引き続き調査を頼む。前議長のことなんだが、どうだ?」

ワーグマン前議長のことだが、まだ会いにいっていない。正確には不在になりそうな時間をサイに教えてもらい、その時を見計らって二度ほど訪問はしている。情報を得てから会いたいという思いが強かったためだ。

「お前さんの予想通り、帝国の上級貴族の情報がほしいらしい。宰相エザリントン公爵はもちろん、令嬢のローレンシア・エザリントンのことも知りたいそうだ」

「公爵閣下のことは分かるが、ローレンシア様のことがなぜ?」

「帝国学術院の改革の話は知っているな」

「ああ、スティーヴン・エザリントン様が指揮を執って進めている改革らしいが……なるほど。それに関わっているのか」

ローレンシアは帝国高等学術院を首席で卒業したものの、結婚することなく学術院の事務局長に就任したと聞いている。その時は首を傾げたものの、ダンが学術院を訪問した際、ラスモア村の学校に劣ることを嘆いていたと報告を受けている。

「ローレンシア様が改革を進めているのか……しかし、そうだとしても、なぜワーグマン顧問が気にするんだ?」

「それは本人から聞いてくれ……」と言ってニヤリと笑う。

「と言いたいところだが、それじゃ仕事をしたことにならないから教えておこう。まずはドクトゥスの研究者の多くに引き抜きの話が来ている。それも今の待遇とは比較にならんほどの条件で。さすがにティリア魔術学院や三大私塾の講師が大量に抜けるようなことはないが、他の私塾では存続の危機に陥るほど引き抜かれたところもあるようだ。顧問としては学術都市としての地位を維持するために何とかしたいのだが、相手が相手だ。下手に動いて父親に動かれたらシャレにならん。そういうことだ」

「なるほど。そういう理由なら言ってくれれば真面目に会いに行ってもよかったんだが」

「恐らくそれだけじゃないぞ。これ以上は言えないが」

何か聞いているらしいが、ワーグマンから口止めされているか、内部情報に当たるため、話せないのだろう。

翌日、ワーグマンに会うため、魔術師ギルドの本部に向かった。俺だけでもよかったが、こういうことはシャロンの方が得意なので一緒に来てもらっている。

受付で訪問を告げると、「すぐにお会いになるそうです」と言われた。

以前なら何時間も待たされたので、そのことについて聞いてみると、

「今もお忙しい方ですよ。今日も面会の予定がびっしり入っていますから。ですが、ロックハート様は最優先でお通しするようにと言われております。顧問がこういったことをされるのは非常に珍しいのですが……」

そんな話をしながらワーグマンの部屋に向かう。

以前の議長室と変わらぬ広さで秘書らしき職員がひっきりなしに出入していた。

応接室に通されると、すぐにワーグマンがやってきた。

「ようやく会えたね」と笑みを浮かべて話しかけてきた。

「二度ほどお伺いしたのですが、タイミングが悪かったようで空振りに終わりました」

「空振るように狙ってきたのではないかね? まあ、それはいい。では早速本題に入ろう」

それだけいうと控えていた秘書たちを追い出し、俺とシャロン、彼の三人だけになる。

「いろいろ調べていたようだから何を聞きたいのか知っていると思うが、まずは帝国宰相についてどのような人物か教えてほしいのだ。もちろん、無償ではないよ。私の権限の範囲で、適正な対価は払うつもりだ」

これだけの情報をただでといって主導権を握ろうとしたが、機先を制されてしまった。

「相変わらずですね」と笑った後、

「私が提供したものに見合う便宜を図っていただければ充分です」

俺の言葉に「そういう君も相変わらずだ」と苦笑される。どの程度の便宜を図るかで今後のことを考えると暗に言ったことに気づいている。

「では、話せる限りでお話しましょう……」

アレクシス・エザリントン公爵についてひととなり、政治・軍事に関する識見、元老院での力関係など、知りうることを話し、更に彼からの質問に答える形で情報を提供する。ただし、皇帝の後継者争いと前宰相アービング・フィーロビッシャーとの関係については言葉を濁しておく。

「……なるほど。彼が宰相でいる限りは都市国家連合への侵攻の可能性は低いということか……」

そう呟いた後、

「では、ローレンシア・エザリントン公爵令嬢についても教えてほしい。理由は分かるかね?」

「ええ、彼女が帝国学術院の改革を行っているからと理解しています」

「よろしい。では先にこちらの状況を話しておこう……」

内容はサイから聞いた話とほぼ同じだったが、

「……予算の差が大きすぎるのだ。帝国に本気になられると、我々だけでは太刀打ちできん。このままでは学術都市としてドクトゥスの価値が低下する恐れすらある……」

帝国政府だけでなく、帝国貴族で最も豊かなエザリントン公爵家が全面的にバックアップしているらしく、予算は年々増えているらしい。

「率直に言って、彼女の狙いは何だと思うかね?」

「教育の充実が帝国の未来を救うと思っているのでしょう。私は伝え聞いただけですが、帝国の最高学府と言われている高等学術院の教育水準がお粗末過ぎるようです」

「確かに君の村の学校に劣ると聞いたが、それを言ってしまえば我がドクトゥスの私塾も大半が劣っているがね。しかし、それだけだろうか」

「ローレンシア様は非常に聡明な方ですが、裏表のある方ではありません。帝国の未来を憂いているだけと考えてよいでしょう」

「ならば様子を見るとしよう。では、次の話に移りたい。これが最も話し合いたいことなのだよ……」

そう言って目を細める。

「率直に言って、魔族の本格的な侵攻はあると思うかね? 君の故郷は一度アンデッドの侵攻を受けている。それに鬼人族が暗躍しているという噂もある。アクィラに詳しい君の意見を聞きたい」

想定外の質問だった。確かに魔族の動静はこの世界の為政者たちの関心事ではあるが、ドクトゥスはアクィラ山脈から遠く、魔族の侵攻があったとしても直接的な被害を受ける可能性は低い。

「お答えするのはやぶさかではないのですが、ご質問の意図を聞かせてもらえませんか」

「単に気になるからと言っても納得してくれそうにはないね……ロックハート家の情報を集めると、魔族の侵攻、もしくはそれに匹敵することを警戒しているように思えるのだ。当然、その陰には君がいる。何かとんでもない秘密を知っているのではないかと思ったのだ」

俺は表情を変えないよう努力した。それほどワーグマンの言葉は衝撃的だったのだ。

まずロックハート家、すなわち俺に対する関心の高さが気になる。ロックハート家は鍛冶師ギルドやカウム王国に対する影響力があるとは言え、カエルム帝国の一子爵家にすぎない。

魔術師ギルドが情報を収集していることに驚きと共に脅威を感じた。

それにも増して驚いたのが、得られた情報から俺たちが魔族というか、神々の敵と戦ったことを推定したことだ。更にそれが非常に大きなことであると見抜いている。

さすがに神々の敵のことまで気づいていないだろうが、その洞察力に恐怖に似た感情を覚えた。

「魔族かどうかは分かりませんが、我々はアクィラの山の中で 魔将(アークデーモン) と戦っています。何とか倒したのですが、何をしようとしていたのかが分かりませんし、魔将を召喚した者の正体も分かっていません。私の故郷ラスモア村はアクィラの麓にあります。以前のアンデッドもそうですが、アクィラからやってくる敵に対して、警戒するのは当たり前ではないでしょうか」

「確かにそうだが、それだけではあるまい」

「どういうことでしょうか?」

「君のやっていることは国家レベルでのことが多い。帝国の元老たちに巧みに取り入り、ロックハート家の地位を確固たるものにした。冒険者ギルドにしてもそうだ。君たちは二級冒険者になったが、その時の手続きはいささか疑念を抱かせるやり方だった。冒険者ギルドが君を取り込もうとしているとしか思えない。更に言えば、傭兵ギルドにも弟たちを介して手を伸ばしている。鍛冶師ギルドとカウム王国は言うに及ばず、帝国の元老、冒険者ギルド、そして傭兵ギルドにまで影響力を持ったのだ。魔族の侵攻だけではないと考えるのが普通ではないかね……」

俺が沈黙していると、更にワーグマンは話を続けていく。

「そして、最近では光神教とアウレラについて調べている。ああ、これはファーマンから聞いたのではないよ。彼は信用を失うようなことは絶対にしないからね。単に私が彼を見張っているだけなのだ……」

ワーグマンは情報源をサイだけに依存せず、他の情報屋を使ってサイが裏切らないように見張らせているらしい。

「……そのことはどうでもよいのだ。それよりも君が光神教やアウレラに興味を持ったことが気になるのだ。故郷を守るというだけなら、聖王国も商業ギルドも関係あるまい。エルバイン教授の研究に協力しているようだが、教授の研究は古代文明がテーマだったはずだ。知的好奇心だけでわざわざジルソールに行くとは思えん。何か裏があるのではないかと思ったのだ」

「エルバイン教授の研究に興味があることは間違いありません。非常に進んでいた古代文明が突如として滅んだのです。その謎を調べられれば、今の文明を守ることにもなります。酒造りは落ち着いてきましたし、ラスペード教授の研究と合わせて、私にできることがあればと思っているだけです」

「君は自分が世界を動かしている一人だと自覚しているかね? 君の行動は私だけでなく、多くの人が興味を持っているのだ。まあ、光神教や聖王国はあまり興味を持っていないだろうが、少なくとも帝国宰相とカトリーナ王妃は君の行動を注視している」

「そうおっしゃられても純粋に学術的な興味しかないのですが。第一、南の辺境であるジルソールに何があるのでしょうか? ルークスもアウレラも単に移動時の脅威がどの程度か調べてもらっているだけです。私が帝国内を移動したくないというのは顧問もお分かりだと思いますが?」

「その点は理解するよ。今の帝都に君が行けば、いらぬ騒動が起きる可能性がある。エザリントン公も来てほしいとは思っていないだろう。君だけでなく、ミセス・シャロンまで行くのであれば余計に警戒するだろうしね」

どこまで知っているのかは分からないが、シャロンが騒動を起こしたことは知っている。相変わらず底がしれない人物だと警戒心が更に強くなる。

「ですから、海路を使うのです。そのためには海運業者と寄港する港の情報が必要になることはお分かりかと思います。商業ギルドも光神教も下手に手を出せば火傷ですみませんから、手を出すつもりは毛頭ありません」

「では本当にエルバイン教授の研究の手伝いということなのかね。信じられぬが、商業ギルドや光神教に手を出さないという言質が取れたことでよしとしよう」

「では、私からの要望ですが、大した物ではありません」

「そういう時が一番恐ろしいのだがね」とワーグマンは笑う。

「顧問が行っている各国の分析について、可能な範囲でいいので定期的に私に送ってもらえないでしょうか。どの程度の情報を出すかはお任せいたします」

ワーグマンは「やはり君は侮れんよ」と苦笑する。

「こちらに取捨選択をさせた上で、情報の質によって今後の付き合いを考えると脅してくるのだからね」

「そんな意図はありません。機微な情報もあるでしょうから出せる範囲でお願いしたいというだけですから」

「そういうことにしておこう。この件については了解した。情報の受け渡し方法などはファーマンに一任するので、そちらと調整してくれたまえ」

ギルドではなくワーグマン個人の分析にしたのには意味がある。

個人的にワーグマンの考えを知りたいというのが一番の理由だが、それ以外にもワーグマンとのコネクションを魔術師ギルド内に示すことで、一定の影響力を持とうと考えたのだ。

魔術師ギルドへの影響力を持とうとしているが、大した意味はない。魔術師ギルドと良好な関係にあると対外的に示せれば、ロックハート家に対する陰謀があったときの抑止力になるという程度だ。まあ、これに関しては鍛冶師ギルドだけでも充分なのであまり期待していない。

ワーグマンの執務室を出た後、シャロンにワーグマンの考えを聞いてみた。

「そうですね……」と少し考えた後、

「何か他に情報を持っているのかもしれませんね。魔族関係の話が出てきたのが唐突でしたから、ラクス王国かサルトゥース王国から機密情報を得ているのかもしれません」

「なるほど。確かにその可能性はあるな。ラクスやサルトゥースにもアクィラ山脈は繋がっている。今までも北から侵攻したことがあったはずだし、最近何かあったのかもしれないな」

数日後、その答えをサイから聞いた。

「ラクスの東の辺境で大鬼族に率いられたオーガの群れが現れた。たまたま凄腕の傭兵団がいたおかげで何とか撃退したが、三十体近い数のオーガを率いた 操り手(テイマー) がいたらしい」

「ラクスの東か……トーア砦を諦めたのか? それにしては数が少ないな。陽動か?」

「その辺りは情報がないな。まあ、今回は偶然凄腕の傭兵団がいたからよかったようなものの、彼らの活躍がなければ、ラクスの東の要衝チェスロック砦が落ちた可能性は高いそうだ。王都フォンスじゃ、てんやわんやになっているらしい……」

ワーグマンはその情報を持っていたため、魔族のことを聞きたかったようだ。