軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話「情報収集依頼」

七月二十三日の午後四時頃。

キトリー・エルバイン教授との面談を終え、午前中にリディたちが契約してきた借家に向かおうとしていた。

ティリア魔術学院を出たところで、思わぬ人物に出会った。

それは魔術師ギルドの前評議会議長、ピアーズ・ワーグマンだった。

ワーグマンは秘書らしき若い男性を引き連れ、門を入ってきたところだった。

「思わぬところで珍しい人物に会えたものだ」と満面の笑みを浮かべて右手を差し出してきた。

「ご無沙汰しております、ワーグマン顧問」

ワーグマンは評議会議長、すなわちギルド長を勇退し、現在は評議会顧問に就任している。

ギルドの評議会は八人の評議員と三人の顧問からなり、議長は評議員から選ばれる。顧問は議長経験者から選出され、ワーグマンは評議員の任期を終えた後、顧問となっていた。

顧問といっても実権がないわけではなく、彼は現議長を傀儡とするいわゆる“院政”を行っていると言われている。

「ラスペード先生にご挨拶かね、ミスター・ロックハート」

「ええ、魔道具の開発で相談したいことがありましたので」

キトリーさんとのことを隠すつもりはないが、積極的に言う話でもないと、あえて伝えなかった。

「魔道具の開発か。そう言えば、先生が褒めていたよ。君の論文はここ百年で最高の研究成果だとね。あれほど手放しで褒める先生を見たのは初めてだったよ」

「光栄なことです。ではこれで」と言って立ち去ろうとした。

「確かに立ち話は無粋だが、久しぶりにあったのだから邪険にしなくてもよいのではないかね。私個人としては君にいろいろと便宜を図ったつもりでいるのだが」

光神教とのトラブルや鍛冶師ギルドの研修所建設の時のことを言っているのだろう。

「その節はお世話になりました。ですが、お忙しい閣下の貴重なお時間を浪費するのは憚られますので」

「まあ大した用事ではないのだが、これ以上君の機嫌を損ねると何が起きるか分からないから今日はこれで終わりにしよう。だが、この街にいるのだろう? ならば、ゆっくり話をしたいのだが、近日中に時間をもらえないかね」

「もちろん構いません」

「では、秘書に話を通しておこう」と言って校舎の中に入っていった。

「相変わらず底が知れない人ね」とリディが呟き、ベアトリスも「全くだ」と頷いている。

「何の話でしょうか? 鍛冶師ギルドとの関係のことでしょうか」とシャロンが聞いてきた。

「どうだろうな。帝国の情勢を知りたいだけかもしれないから何とも言えないな」

鍛冶師ギルドとの関係についてはここ数年で大きく変わったことはない。逆に帝国上層部との関係は卒業してから大きく変わっている。

特に現宰相アレクシス・エザリントン公爵との関係は魔術師ギルドとしても興味が尽きない事柄だろう。

「俺の方としても聞きたいことがあるからちょうどよかった。まあ、積極的に接触する気はなかったんだが」

そんな話をしながら旧市街を抜け、新市街に入る。

不動産屋のマクラウド商会から借りた借家だが、旧市街の正門から徒歩五分ほどと近く、二階建ての戸建で小さな庭もついている。

家の中は商会の従業員たちが掃除をしてくれたようで、すぐにでも住めるようになっていた。

また、テーブルにはメモが置いてあり、“どのように改造していただいても構いませんし、原状回復する必要もございません”と書かれており、商会長のダグラス・マクラウドの署名まであった。

恐らくだが、以前借りていた家では俺が住んでいた証と言うことを売りにして家賃を上げていたので、今回も同じことを考えているのだろう。

家具などは揃っているが、さすがに料理までは無理なのでそのまま酒場に繰り出した。冒険者ギルドの近くの行きつけの店に行き、懐かしい顔を見つけて大いに騒いだ。

翌日、ラスペード先生の研究室に顔を出した後、キトリーさんと話をし、そのまま大図書館で調べ物をした。

今日はリディとシャロンが一緒で、ベアトリスとメルは堅苦しい学院に行くことを嫌い、冒険者ギルドの訓練場に行っている。

結局、今日はワーグマンのところには行かず、情報屋のサイ・ファーマンとコンタクトを取るだけに留めた。

まずはサイから情報を聞き、ワーグマンの狙いを知りたいと思ったためだ。

サイとは学院を卒業してからも手紙で連絡を取り合っている。ドクトゥスは情報を集めやすい街であり、彼の情報収集能力と相まって、随分と助けられている。

旧市街にある居酒屋で待ち合わせをすると、サイは既に到着しており、傷めた右脚を引きずりながらも笑顔で出迎えてくれた。彼も四十代半ばになり今では情報屋の取りまとめ役として貫禄が出てきている。

「直接会うのは久しぶりだな」

「そうですね。いつも助かっていますよ」

「おいおい、いつまで俺に敬語で話すんだ? そっちは帝国子爵のご子息様なんだぞ。それに二級冒険者でもあるんだ。タメで話してくれよ」

彼と会った当時はまだ十歳の学生であり、敬語を使うのが普通だった。どうしても昔の感じが抜けない。

「昔からの付き合いだから……まあ話しにくいなら普通に話させてもらうよ」

「そうしてくれ。そういや、村から受験に来ている子供たちにお前さんのことを話したら会いたいと言っていたぞ」

ここ数年、ラスモア村の子供たちがドクトゥスに留学している。これは父が積極的に進めている政策の一つで、村の学校で優秀な成績を修め、更に自ら希望するやる気のある子供に留学費用を出しているのだ。

さすがに魔術師の才能のある者は少なく、ティリア魔術学院に入学した者はいないが、有名な私塾に入学し、トップクラスの成績を修めている。

その政策もあり、今では年に三、四人が留学し、十五人程度がドクトゥスで暮らしている。

今は夏休みであるため、留学している者たちは村に戻っているが、今年の入学を狙っている者は受験のために俺たちより先に街に入っていた。

俺たちの時は受験の結果が出るまでガイが付き添ってくれたが、今は少しやり方が違う。

村からここまでの道中は従士たちが護衛を担当するが、受験の手続き以降はサイに対応を委託しているのだ。

理由だが、サイという人物が信用に値することと、ドクトゥスの旧市街で一定の影響力を持っているためだ。うちの従士たちは武術の腕こそ立つものの、都会での生活をしていないから、トラブルに遭った時に対応しきれないという理由もある。

旧市街で一定の影響力を持っているのは、彼がワーグマン前議長の非公式のブレーンであるためだ。この街でワーグマンに逆らおうとする者はいないし、ロックハート家に喧嘩を売ろうとする者もいないため、彼が後ろ盾と分かっていれば子供だけでも安全は確保できる。

「明日にでも顔を出すよ。そう言えば今年はティリア魔術学院を受験した子がいたな。確かニックといったと思うが」

「その通りだ。さすがはラスモア村出身だな。筆記試験はほぼ完璧だと言っていたぞ。確か明後日くらいに実技だったはずだ」

ニックは村の治癒師ジェフリーの次男で、親の下で修行するのではなく、学院で勉強したいと父に申し出て受験を許可された。

六月末に出発した際に会っており、その時で既にレベル十五と十二歳の少年にしてはレベルが高く、また、真面目な性格であり、治癒師には免除されている自警団の訓練にも参加していた。

剣術の腕こそまだレベル十を超えたところだが、一般から見れば年の割には充分に高いレベルだ。

「俺が直接指導したわけじゃないが、攻撃魔法もそこそこ使えるから、合格は確実だな」

そこそこといっても一応誘導型の魔法が使えるから、上位での合格は間違いないだろう。

「他の連中も私塾でトップを独占しそうだ。そのうち、ラスモア村に留学に行く奴が出てくるんじゃないか。ククク……」

笑いながら言っているのは、優秀な家庭教師を付けているはずの貴族の子息より辺境の農村の子供たちの方が優秀であり、親である貴族たちが悔しがることを想像したからだろう。

そんな世間話をした後、本題に入る。

「いくつか頼みたいことがある。もちろん、今頼んでいる仕事とは別に」

「お前さんの頼みなら安くしておいてやるぜ」

「内容を聞かずにそんなことを言っていいのか?」

「お前さんが無茶な頼みをするわけがないからな。逆にどんな面白い話を持ってきてくれたんだと楽しみなくらいだ」

今までの関係で俺の性格はお見通しのようだ。

「頼みは二つ。いや、三つだ。どれも情報収集を頼みたい」

「情報収集か。で、内容は?」

「一つ目だが、アウレラの状況が知りたい。商業ギルドの動向は今でも調べてもらっているが、今回は海上輸送でトラブルが起きていないか、信頼できる海運会社はどこかについて知りたいんだ」

「海上輸送か。船を使ってどこかに行くつもりか?」

「ああ、まだ決まっていないが」と言葉を濁す。秘密にするつもりはないが、まだ決めていないことも事実であるためだ。

しかし、サイは「ジルソールにでも向かうつもりか?」と言い当てる。

俺が驚いていると、

「エルバイン教授絡みでジルソールの情報を集めていたんだ。教授のところにも顔を出したようだし、もしかしたらと思っただけだ」

さすがに情報を扱っているだけのことはあり、少ない情報から完璧に分析してみせた。

「ということはルークスの港の動向も調べておいた方がいいということだな」

「それでお願いしたい。そのルークスに関係するんだが、光神教についても調べてほしい」

「光神教? ルークスに上陸するからか?」

「いや、光神教の内部で派閥争いが激しくなっていないか気になっている。何でも強硬派と呼ばれる連中が国外に出されているらしいじゃないか。聖王府の役人たちが巻き返しているなら、それについて知っておきたいんだ」

「了解した。確かにそんな話を聞いている。で、三つ目は?」

「ワーグマン前議長のことだ。さっき学院の門で会った。あの御仁に限って偶然ということは考えにくい。何を考えているのか、そのヒントがほしい」

「なるほどね。だが、これについてはあまり期待するなよ。理由は分かると思うが」

彼が言いたいのはワーグマンが彼の雇い主でもあるためだ。 内部(インサイダー) 情報に当たるものを出せないと暗に言っているのだ。

「期限はとりあえず来月十日まで。それ以降も追加で頼むかもしれない」

「了解した。他にも面白そうな情報があったら流すようにする」

そう言ってサイと別れた。

翌日、ラスモア村から来た受験生たちと会い、壮行会を行った。全員顔見知りであり、簡単なアドバイスを行っている。

特にティリア魔術学院を受験するニックは実技試験を受ける必要があり、真剣な表情で「どうしたらいいでしょうか」と聞いてきたほどだ。

俺とシャロンの後に入学した者がおらず、更に俺たちは首席と次席という成績であったため、余計にプレッシャーが掛かっているらしい。

「気負わずにいけばいい」というものの、もう少し具体的なアドバイスがほしいと顔に書いてある。

「緊張したら自警団の訓練を思い出せ。おじい様やウォルトに比べたら試験官なんて優しいものだ。あとは思いっきり魔法を打ち込めばいい」

俺のアドバイスに「はい!」と大きな声で答えた。

「もう一つだけ覚えておいて」とシャロンが助言を始める。

「いつも使っている誘導できる魔法を使うの。できれば派手に動かしながら二つ目の魔法も撃ち込めたら五番以内は確実よ。そのくらいならできるでしょ」

「はい。大丈夫です! ザック様に教えていただいた“ 氷の雀(アイシクル・スパロー) なら三つまで出せますから!」

アイシクル・スパローは風属性魔法の 燕翼の刃(スワロー・カッター) の水属性版だ。元になった魔法は 氷柱の針(アイシクル・ニードル) であるため、スワロー・カッターのように斬り裂くのではなく、突き刺さってダメージを与える魔法だ。

彼のレベルは十五だが、シャロンが受験した時も同じくらいであるため、誘導型を複数出せれば、首席を狙うことも可能だろう。

俺とシャロンのアドバイスで気が楽になったのか、少年らしい陽気さが戻っていた。

他の子供たちは政治や経済を教える私塾を受験する。

内容が内容だけに通常の受験生は十五歳以上が多いが、この世界の教育水準は低いため、彼らの学力は日本の小学校卒業レベルにも達していない。

うちの村の受験生は十二、三歳だが、引けをとることはないだろう。

その後、ラスペード先生とキトリーさんの研究室に通いながら、自らも大図書館で神々について調べていった。

その道のプロであるキトリーさんが発見できなかったので簡単に見つかるとは思っていなかったが、やはりほとんど進展はなかった。

時々、森に入って魔物を狩るなどしてストレスを解消しながら、比較的自由な時間を楽しんでいた。