軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話「学院訪問」

七月二十三日。

昨日学術都市ドクトゥスに到着した。旅の間に大きなトラブルはなく、疲れも残っていない。

今日は朝から懐かしい母校ティリア魔術学院に向かう。

夏休みということもあり、学生の姿は少ないが、受験シーズンの真っ只中でもあるため、十代前半の子供やその親らしい大人たちの姿が多く見られた。

昨日は宿を何とか確保したものの、受験シーズンということでいい宿が空いていない。

今回は何日滞在するか分からないため、以前世話になった不動産屋、マクラウド商会で短期の借家を用意してもらうことにした。

こちらの方はリディたちに任せ、俺とシャロンは学院に向かった。

学院では午前中にリオネル・ラスペード教授を訪ね、午後にリディたちを含めた全員でキトリー・エルバイン教授を訪ねる予定にしている。

ラスペード先生を先にしたのは一度話をすれば、先生が研究に集中するため、時間が空くと分かっていることと、キトリーさんとの話の方が込み入ったものになり、時間を要する可能性が高いと考えたためだ。

また、先生のところにリディたちが行きたがらないという理由もある。

ドクトゥスはカエルム帝国の標準的な城塞都市である旧市街と、その周りに自然発生的にできた新市街に分かれている。

旧市街が学術都市、新市街が商業都市としての性格を持っており、旧市街は入るだけで税金を支払わなくてはならない。

ただし、魔術師ギルドに所属していれば税金は免除されるので、俺とシャロンは魔術師ギルドのオーブを見せるだけで素通りできる。

シャロンと共にドクトゥスの旧市街に入る門をくぐった。

灰色の石材で作られた建物を見ながら、毎日通ったことを思い出す。

「懐かしいですね」とシャロンがピッタリと身体を付けるようにして歩きながら話しかけてきた。いつもならリディたちの誰かがいるため、二人きりというのが珍しいためだろう。

「ここもあまり変わらないな」

旧市街には多くの古書店や魔道具屋が並んでいる。そのほとんどが在学中だった八年前と同じだった。

実技試験を受ける受験生たちとすれ違いながら、懐かしい母校に入ろうとした。

「何の御用ですか? 受験生の護衛には見えませんが?」

冒険者スタイルということで守衛に止められてしまった。

「ミスター・ロックハートではありませんか?」と俺の顔を覚えている職員に声を掛けられた。

職員が間に入ってくれたため、その後はオーブの確認を行うだけですんなり入ることができた。

ただし、その声に受験生やその親たちが反応し、俺の後ろでは「あの人がザカライアス・ロックハート……」という声が聞こえ、注目を集めてしまった。

幸い、声を掛けられることはなかったため、校舎に入ることで事なきを得たが、「あんなに驚かれるとは思いませんでしたね」とシャロンも呆れるほどだった。

ラスペード先生の研究室に向かうといつも通り、暗い部屋の中で明かりの魔道具の光を頼りに、机にかじりつくようにして文献を読んでいた。

俺の時のように実技試験の試験官をしている可能性もあったが、先生が試験官をしたのは俺たちの時だけだったので、研究室に居ると確信していた。

いつも通りノックの音に気づくことはなく、部屋の中に入ってもこちらを見ることすらない。

「お久しぶりです、先生。ザカライアス・ロックハートとシャロン・ロックハートです」

俺の名に反応したのか、ゆっくりと顔を向ける。

「待っていたよ、ロックハート君」といって立ち上がり、右手を差し出してくる。

握手をした後、シャロンにも右手を差し出すが、

「既にジェークス君ではないし、ミセス・ロックハートというのも言いづらい。シャロン君と呼ばせてもらうよ」

真面目な表情でそう言ってきた。

以前は“ミス・ジェークス”と呼んでいたので驚いたが、ダンから聞いていたようだ。

「早速だが、これを見てくれんか」といって真新しい文献を引っ張り出す。

先生はしおりを挟んでいたページを開き、

「これはサエウム山脈の遺跡で見つかった書籍の写しだ……」

以前俺たちが見つけた遺跡ではなく、更に山奥にあった遺跡で見つかったものらしい。

そのページには魔法陣が描かれており、一緒に手の平の絵が描かれていたことから、精霊の力を使って手を動かす機構の一部であると先生は判断したようだ。

「……ここをよく見てくれ給え。風属性と金属性が組み合わせてある。私の想像だが、風の精霊の力を使って動かし、金の精霊の力を使って硬化させることで固定するのではないかと思っているのだ……」

先生は興奮気味に説明を続けているが、確かに風属性の圧力を上げる魔法に似ている気がした。

「内圧を上げて動かしているのかもしれませんね」

俺がそう呟くと、「どういう意味かね?」と説明を止めて聞いてきた。

言葉で言っても分かりにくいと思い、革の手袋を取り出し、送風の魔法で空気を送り込む。

革手袋は膨らみ始め、それに従って指が真直ぐになっていく。

空気圧で動かすというアイデアは前の世界でもあったものなので、俺も検討はしていた。しかし、動かす命令は伝えられても、力加減が上手く伝わらない。そのため、五本の指が開閉するだけの動きしかできなかった。

「このように風属性魔法で動かすこと自体は難しくありません。ですが、それを制御するのが難しいのです」

「うむ。君の言いたいことはよく分かる。そこで金属性魔法の出番になるのだ。この部分を見てくれ給え……金属の硬度を変えておる。その構造がこれなのだ」

先生の指が指した絵には螺旋状の物体、バネが描かれていたのだ。

思わず、「これは!」と声を上げてしまった。

「この部分の硬さを変えて固定と可動を制御するんですね! なるほど、これなら指ごとに、それもいろいろな角度で止めることができます」

柔らかいバネを空気の力で動かし、硬度を変えることで指を固定することできる。これにより任意の指を動かすことができ、更に途中の開度で硬度を変えることで、任意の開度を保持できる。

「単純な動きならこれでも使えそうですが、後は使う者の意図をどのように伝えるかですね」

「うむ。私も同じところで躓いているのだ。だがヒントらしいものは思いついている」

「それはどのようなものなのでしょうか」

「君が送ってくれた鍛冶師たちの魔法陣だよ」

鍛冶師ギルドの依頼で魔法陣の改良を手伝い、その際に得た知識を論文にまとめて先生に送っている。

その魔法陣がヒントと言われてもピンと来ない。鍛冶師たちの魔法陣は付与魔法の魔法陣であり、機械的に動きを制御するものではないためだ。

俺が困惑していると先生がニコリと笑う。

「思いついたものの、私も最初は君と同じように戸惑ったよ」といい、

「付与魔法の魔法陣は確かに動きを制御するものではない。だが、非常に面白い特徴があるのだよ」

「面白い特徴ですか?」

「君も使っているから分かっていると思うのだが……シャロン君、君なら分かるのではないかね?」

突然話を振られたシャロンだったが、「はい」とはっきりと答え、俺に視線を向ける。

「先生がおっしゃりたいのは使う者の念じ方で効果が異なるということではないでしょうか」

そこで俺もようやく気づくことができた。

鍛冶師たちの造る魔法剣は光や炎を纏わせることができる。その際、使う者が炎の大きさや熱量など、力加減をコントロールすることができる。

「なるほど……確かに面白い特徴ですね……」

「この魔法陣を組み込めれば、力加減を制御できる。まあ、多少の慣れは必要だろうが、魔法剣を使っている剣術士ならすぐに感覚をつかめるのではないかと考えておるのだ……」

その後、ラスペード先生と細かな話を行い、当面の間、毎日顔を出すことを約束させられた。

昼食時間となり、一旦新市街に戻る。

リディたちと宿で合流すると、

「いい家を紹介してもらえたわ。それも格安で」

彼女の話では以前住んでいた場所の近くにたまたま空き家があり、家具なども揃っていたことから決めたそうだ。

午後になりもう一度旧市街に入る。

今度はリディたちも一緒で、本来の目的であるキトリー・エルバイン教授との面談に向かった。

「お久しぶりね」と以前と変わらぬ姿のキトリーさんが出迎えてくれる。

一通り挨拶を交わした後、本題に入る。

「神々に関する研究についてお話があります」

「ええ、ダン君から話は聞いていたし、資料も準備してあるわ……」

楽しげにそう言うと、打ち合わせ用のテーブルの上に十冊ほどの書籍を置く。

「まず一番知りたいのは 虚無神(ヴァニタス) のことだったわね」と言って一冊の古い文献を持ち上げる。

「二千年以上前の文献らしいのだけど、どうやら魔族が書いたものらしいの」

「魔族ですか」と思わず声を上げてしまう。魔族は帝国に最後まで抵抗したことから徹底的に排除され、アクィラ山脈の西側にはほとんど痕跡が残っていないためだ。

「知っていると思うけど、魔族は今のペリクリトル周辺に国を持っていたわ。国といっても様々な部族の連合体のようなものらしかったのだけど……二千年ほど前に帝国に侵略されてアクィラ山脈の東に逃げ去ったことまでは分かっているのだけれど、それ以上のことはほとんど分かっていないわ。それでも ドクトゥス(ここ) の大図書館には魔族に関する文献がいくつか所蔵されていたの……」

大図書館、正式名称“プラエタリア図書館”はドクトゥスが世界に誇る図書館だ。その蔵書数は七十万ともいわれ、古い物ではトリア歴が始まる前のものすらある。

「……ヴァニタスに関する文献を漁っていたら偶然これを見つけたの。最初は帝国の研究者が書いた物だと思ったのだけど、よく読んでいくと魔族、それも闇の神殿の神官らしい人物が書いた物だと気づいたの……」

キトリーさんの説明では魔族の神官が書いたもので、内容はヴァニタスの存在を考察するものらしい。

その中にはヴァニタスが十一柱の神々になりすまして現れたという記述があったそうだ。

「…… 闇の神(ノクティス) の神託と偽って魔族を 嗾(けしか) け、帝国との戦争を泥沼化させたと書いてあったわ」

「“神々になりすます”ですか……魔族も混乱したんでしょうね」

「ええ、そのことが克明に書いてあったわ。特に好戦的な部族、多分鬼人族なんだろうけど、彼らに頻繁に神託を下して、和平の道を閉ざしたみたい。そして、それが原因で敗北したとも……」

そこで一旦話を止め、俺たちが理解しているか確認した上で話を続ける。

「そこまでも大変な内容だったのだけど、それより気になったのはなぜヴァニタスと分かったかということ。ノクティスになりすまして神託を続ければ、魔族も混乱したでしょうけど、ヴァニタスとは分からなかったはず……」

確かにノクティスの神託がおかしいと感じても、ヴァニタスがなりすましたとは分からないはずだ。

「ノクティスがそのことを明らかにしたのですか?」

「ええ、その通りよ」と頷き、

「文献には神の言葉がこんな風に書かれているわ。“我らの共通の敵、ヴァニタスが降臨した。この世のすべての者たちは手を取り合い、ヴァニタスに対抗しなければならない。しかし、既に彼の者の力は浸透しすぎた。今は雌伏の時と考え、来るべき時に備えねばならない”と。“神”としか書かれていないけど、文脈からノクティスで間違いないわね」

「“来るべき時に備える”ですか。具体的にいつと書かれているのでしょうか?」

「そこまでは書かれていないわ。雌伏の時という言葉の後に、“荒鷲の山”を通り、東に進めという記載があったから、魔族が侵攻してくるのは“来るべき時”というのが来たと判断したのかもしれないわね」

そこで今まで黙っていたシャロンが口を開いた。

「ノクティスはなぜ最初からヴァニタスだと明らかにしなかったのでしょうか? 敗北が決まってから明らかにされても意味がないと思うのですが」

「その点は私も疑問だったのだけど、何も書かれていなかったわ」

「だとすると、最後に現れた神もノクティスではなく、ヴァニタスかもしれません」

シャロンの言葉にキトリーさんは目を見開く。

「どういうことかしら?」

「魔族を騙し、滅亡の寸前まで追いやった上で希望を見せる。そのことが伝承なり、伝説として残れば、新たな神託が下りた時、魔族はその通りに動きます。言い方は悪いですが、魔族が滅んでも帝国がその地を治めれば、神々にとっては大した影響はありません。眷族が入れ替わるだけなのですから。ですから、ヴァニタスがいつの日か魔族を手駒とするためにわざと逃がしたとしたら……そう考えられないかと思ったのです」

「つまりだ。魔族を窮地に追い込み、ノクティスへの依存度を上げた上で、ノクティスになりすまして都合のいいように動かすということか」

俺がそう聞くと、シャロンは大きく頷いた。

「神々には何らかの制限があります。ヴァニタスにもあるようですが、その制限の掛かり方がよく分かりません。ですので、将来に備えて布石を打ったと考えることはありえると思います」

キトリーさんは腕を組んで考え込み、

「言っていることは分からないでもないけど、今の理屈だと、神々が魔族に正しい神託を与えたら問題ないということになるわ。だからと言って、あなたの考えを否定したいわけじゃないのよ。ただ、証拠がなさ過ぎて検証できないと言いたいだけ」

「もちろん、それは理解しています。私自身、魔族が西側に侵攻してきても、世界にどう影響するのか全く分かっていません。ペリクリトルやカウム王国は危機に陥ることは分かりますが、カエルム帝国を滅ぼすところまでは無理ですし」

議論が空転しそうだったので、一旦結論を保留すべきと提案する。

「今は結論を出すところじゃないと思う。他に何か情報はありませんか?」

「あるわ」と答え、

「ダン君に渡した情報にも入れておいたのだけど、調べれば調べるほどジルソール島が気になるわ……」

以前の情報ではジルソール島にある“始まりの神殿”、クレアトール神殿が古代文明の文献にも頻繁に出てくる。

更に光神教の創始者ルチオ・ブリッラーレがジルソールを訪れた後、光神教を興しているとあった。

そして光神教ではヴァニタスの存在が意図的に消されており、ヴァニタスが何らかの操作をしたのではないかというものだった。

「ブリッラーレがジルソールを訪問したという話はほとんど伝えられていないの。光神教は嫌いなのだけど、偶然通った関係者に話を聞いても知らなかったわ……」

光神教は自らの教義に反する書籍を“焚書”する組織であり、学術都市の研究者の評判は非常に悪い。

光神教の関係者は北のラクス王国やサルトゥース王国に向かうため、アウレラ街道を通行しており、ドクトゥスにも頻繁に現れる。

「……光神教ではブリッラーレは“ 光の神(ルキドゥス) の御子”として崇められているから、彼に関する記録はそれこそ小さな村に立ち寄ったというような些細なことでも残っているの。でも、数ヶ月もの時間を掛けたはずのジルソール訪問の話を聞いても、誰も知らなかった。私が年表を見せて、この期間にジルソールに行っているはずだと聞くと、その期間は山に篭って神と対話していたという話になっていたわ」

「ここにある記録が間違っていた可能性はありませんか?」

「それはないわ。ここの記録は実際ルークスに行って、直接本人にインタビューした研究者の文献だし、第一その人はエルフだから、まだ存命しているわ。ここにはいらっしゃらないから、手紙で確認しているところなんだけど、恐らくここの文献の方が正確なはずよ」

ブリッラーレが光神教を興したのは今から五百年ほど前。長命なエルフの研究者なら生きていても不思議ではない。

その研究者は既に故郷のサルトゥースに帰っており、直接話を聞くことはできないが、手紙を出して確認はできる。

「だとすると、意図的に改竄された可能性が高いということですか……ますます怪しいですね」

「そうね。魔族と光神教という全く反対の組織がヴァニタスの存在によって繋がっている。そう思えるのよ」

キトリーさんはそう言った後、「といっても証拠はないのだけど」と言って笑う。

「なら、ジルソールに行かないと分からないということかしら」とリディが話に加わってきた。

「そうね。研究者としての直感なのだけど、ジルソールに行けば何かが分かる気がするわ」

その後、神々についても話を聞いた。

ただし、こちらの方はヴァニタスやジルソール島との関係を示すものは少なかった。

「あなたたちと話ができてよかったわ。ラスペード先生のところに行くついででいいから、私のところにも顔を出してほしいわ」

「そのつもりです。毎日は無理でもできるだけ顔を出すようにします」

キトリーさんの研究室を出たところでベアトリスが頭を掻く。

「半分も分からなかったわ。で、どうするんだい。これから」

「とりあえず一ヶ月くらいは大図書館で調べ物をしようと思っているよ」

「でもキトリーが調べ尽くしているんじゃないの?」とリディが言ってきた。

「同じ論文でも見る者が変われば受け取り方が変わることがあるんだ。それに神々のことだけを調べるわけじゃない」

「では何を調べるんですか?」とメルが聞いてくる。

「光神教のことが一番気になる。こっちは文献というより情報屋に調べてもらうことの方が多いかもしれないが」

以前から使っている情報屋サイ・ファーマンは未だに現役だ。彼なら様々な情報を集めてくれるだろう。