作品タイトル不明
第九話「夏のドワーフ・フェスティバル:後篇」
七月一日の午後。
夏のドワーフ・フェスティバルも佳境に入った。
酒類品評会の蒸留酒部門の投票が終わり、集計が終了している。
鍛冶師ギルドの職員たちがそのことを会場中に告げて回ったため、ドワーフたちだけでなく、多くの人々がメイン会場の前に集まってくる。
主役ともいえるドワーフたちが集まったのを確認し、俺は再び舞台に立った。
「蒸留酒部門の集計が終わりました。今回は生産者賞と消費者賞、そして、大賞の三つの賞を用意しました。生産者賞は蒸留職人の評価が最も高かったもの、消費者賞はドワーフの皆さんの評価が高かったもの、大賞はすべての中で最も評価が高かったものとしております」
俺の説明にドワーフたちも納得している。彼ら自身、生産者でもあるため、作り手と使い手で評価が変わることがあることを理解しているためだ。
「では、まずは生産者賞から発表します……」
そこで全員が息を飲む。
「シーウェル侯爵領の蒸留酒、シーウェルブランデーです!」
俺の言葉にシーウェル侯爵とラドフォード子爵が立ち上がる。そして、手を振りながら舞台に上がってきた。
このイベントでは元々トロフィーや賞品は用意していない。ドワーフたちには悪いが、酒に順位を付けるということに対して、俺自身あまりいい印象を持っていないためだ。
ただ初めての蒸留酒部門ということで記念品は用意してある。
磨いた銅版でプレートを作り、そこに金属性魔法で文字を書き入れ、木に貼り付けた物だ。といっても手の込んだものではなく、俺が一時間程度で作った簡単なものだ。
ベアトリスがそのプレートを持ち、シーウェル侯に手渡す。そこで万雷の拍手が会場に響き渡った。
「このような栄誉ある賞を受賞できるとは思っていなかった! 我が領の職人たちもこの賞を誇りに思うことだろう。もちろん、私も誇りに思っている!」
シーウェル侯は興奮気味にそう言ってプレートを掲げた。
会場から再び大きな拍手が湧き上がる。拍手が落ち着いたところで簡単な解説を行う。
「シーウェルブランデーはラスモア村のブランデーとも異なり、非常に香り豊かです。元のブドウの香りがよいのが最大の特徴ですが、それ以上にその香りを最大限に引き出した職人たちの腕に感服しました。このブランデーが十年、二十年と経った時、どのような味に変化するのか、今から非常に楽しみです」
俺の言葉に「私も同じ思いだ」と侯爵は大きく頷いていた。
侯爵が席に戻ったことを確認し、次の賞の紹介に移る。
「では、消費者賞です。こちらは非常に接戦でした……」
再び会場が静まり返る。特にドワーフたちは、次こそは自分たちの酒の名が呼ばれるのではないかという期待に酒を飲むことすら忘れていた。
「……消費者賞はカウム王国の王都アルス、スレイサイド産のオークカスク四年です!」
次の瞬間、総本部のドワーフたちが「「オオ!!」」という雄叫びが上がり、すぐに「「ジーク・スコッチ!」」という叫びに変わる。
ウルリッヒが代表で壇上に上がる。
メルがプレートを持ち、「おめでとうございます」といって手渡した。
そこで侯爵と同じようにプレートを掲げ、「ジーク・スコッチ!」と叫ぶ。
その叫びにドワーフたちは所属に関係なく、賞賛の意味を込めて、「「ジーク・スコッチ!」」と唱和する。
同じようにカトリーナ王妃も立ち上がって「ジーク・スコッチ!」と叫んでいるが、誰も気にしていなかった。
ドワーフたちの声が静まったところでウルリッヒが話し始める。
「儂らのスコッチが評価されたことは正直うれしい!……」
そこで村の住民たちから拍手が沸き起こるが、ウルリッヒは表情を引き締め、「だが、まだまだだ!」と叫ぶ。
更に俺やスコットの方に視線を向け、
「今回はここラスモア産のスコッチが出品されておらぬ! これでは胸を張って一位ということはできん。次回はスコット殿のスコッチと堂々と渡り合える物を持ってくるぞ!」
その言葉にドワーフたちは「そうだ、そうだ!」と叫びながら、足を踏み鳴らして同意する。
会場が落ち着くまで待ち、講評を行う。
「スレイサイドのオークカスクは非常に秀逸でした。若いためアルコールの刺激が強すぎますが、それを上回る複雑な香りが一口目に広がります。更に飲み進めると、ドライフルーツやチョコレートのような甘味すら感じたのです。これほどの物をこの短期間で作り上げたことは賞賛に値すると思います」
その言葉にスコットたちが大きく頷く。
「先ほども言いましたが、得票数は本当に僅差でした。第二位はウェルバーンのホグスヘッドのノンピート三年、第三位はスレイサイドのボウムーア村のピートを利かせたヘビーピーテッド三年でしたが、同点といっていいほどの点差しかありませんでした……」
ウェルバーン支部のデーゲンハルトが悔しげな表情を浮かべ、他の支部もアルスに一位と三位を取られたことに肩を落としている。
「では、大賞の発表を行います」
既にどちらかだと思っているのか、先ほどまでのような息を呑む緊張感はない。
「大賞は……ウェルバーンのホグスヘッドのノンピート三年!」
そこでドワーフたちからどよめきが起きる。
「先ほど申し上げた通り、消費者評価では第二位でした。そして、生産者評価でも第二位と、いずれの評価も非常に高かったことが大賞となった理由です」
デーゲンハルトは呆然としていたが、すぐに立ちあがると、スキップしそうなほど身体でうれしさを表現しながら上がってきた。
シャロンがプレートを持ち、「おめでとうございます」といって手渡すと、ここでも万雷の拍手が巻き起こった。
「ウェルバーンのスコッチは非常に繊細でした。丁寧な作り方というだけでなく、保管でも細部まで気を配っていたのでしょう。その点がスコットたち職人の評価を押し上げた要因だと思います。今回の殊勲者はもちろん職人たちですが、蒸留責任者のジョナサン・ウォーター氏も殊勲者の一人といっても過言ではないでしょう」
「うむ。ジョニーに必ず伝えよう。お前の努力が報われたとな」
デーゲンハルトは満足げにプレートを撫でながらそう言った。
「総評ですが、私も、そしてスコットたち蒸留職人も非常にレベルが高かったと驚いております。今回賞から漏れた中にもキラリと光る物がたくさんありました。五年後、十年後には逆転できるほどのポテンシャルを持ったスコッチもありましたし、ラムのように今までの蒸留酒とは一線を画しながらも充分に美味しい物もありました。先ほどのドレクスラー匠合長のお言葉ではありませんが、ラスモア村もうかうかとはしておられないと思ったほどです」
そこでスコットたち蒸留職人が大きく頷く。
「次回以降は更に多くの支部から蒸留酒が持ち込まれるでしょう。我々もザックコレクションと呼ばれる熟成酒ではなく、同じ年代の酒で勝負をしようかと思っています。そしてラスモア村が世界最高のスコッチの産地であり続けることを証明してみせます!」
「儂らも負けんぞ!」というウルリッヒの声が響き、それにドワーフたちが「そうじゃ!」と同意を示す。
俺の宣言にスコットたちから拍手が沸き、次にドワーフたち、そして最後には会場全体に広がっていき、会場全体から「ジーク・スコッチ!」という声が上がった。
その後、醸造酒部門の集計が終わったと報告が入った。
醸造酒部門はシーウェルワインの一人勝ちだった。ワインだけでも絶品であるにも関わらず、シーウェル侯爵とラドフォード子爵はそれに合う熟成されたチーズを提供したのだ。
この暑さで冷えたビールより濃い赤ワインが選ばれたことは驚きだが、それだけの価値を多くの人が認めたほどの高いレベルの味だった。
更にこの時期に長距離の移送を行ったにも関わらず、繊細なワインと熟成チーズの品質を落とさなかったことも勝因の一つだ。
そこについては信じられないほどの努力が隠されていた。
侯爵は貴重な水属性魔術師を同行させ、常に氷を作らせ、ワインの温度を上げないようにした。
同様にチーズも特別な容器に入れて冷やし続けて品質を保っている。その容器だが、以前俺が使っていた氷冷蔵庫を参考にしたものだった。
「うちのチーズはどうだね」と誇らしげに侯爵に言われた。ワインには自信があったため、チーズだけを聞いてきたのだ。
「ウォッシュタイプ……それもシーウェルブランデーで洗ったものですね。これは素晴らしい……」
「そこまで分かるか」と侯爵は呆れるが、この方法を教えたのは俺なので当たってもおかしくはない。
暑い季節なので熟成が進み過ぎてアンモニア臭が強くなるかと思ったが、そんなことはなく、赤ワインの濃醇な香りと相まって蜂蜜のような芳醇な甘味を醸し出していた。
「移動中の熟成も考慮してみたのだ。初めての試みで不安はあったが、ザカライアス殿が賞賛してくれるなら成功だったのだろう」
ラドフォード子爵が安堵の表情を浮かべているが、これには多くの人たちが唸るほどで、特にシーウェルワインの信奉者であるベアトリスは終始グラスを離さなかったほどだ。
「こいつは美味いよ。あたしはこのチーズとワインがあれば生きていけるね」
その言葉にリディたちは呆れるが、俺自身は思わず頷いてしまった。
ちなみに赤ワインはベアトリスが発見した葡萄の産地、ムーラン村の五年物のワインで、俺が作ったボトルに詰められたものだ。今なら俺のボトルに負けぬ物が作れるようだが、当時はまだ安定していなかったため、俺が作った物を再利用したらしい。
シーウェルワインとチーズが圧倒的過ぎて、印象が薄れてしまったが、醸造酒部門の第二位はロビンス商会のフィッシュバーガーとアルスのラガーだった。
ラガーは総本部のドワーフの名工、ゲオルグ・シュトック御用達のすっきりとしたピルスナータイプのものだ。味はもちろんいいが、暑い日にキリリと冷えたラガーが評価されたようだ。
ちなみにローザー商会のピザはライトな赤ワインと合わせていたが、シーウェルワインに圧倒されたことと、夏の暑さの中でビールを選ばなかったことから票は伸びなかった。
そして、最後に本来の目的である鍛冶技能評定会の結果発表があった。
一位は予想通り、ウルリッヒの四属性の魔法剣で、圧倒的な票数だった。
第二位は帝都支部の支部長ギュンター・フィンクの剣で、金、木、火の三属性を付与したアダマンタイトの大型の両手剣だった。
三属性の魔法剣は珍しくなくなったが、扱いが難しいアダマンタイトで大型剣を打ったことが評価されたらしい。
「帝都ではこれほどの剣を打つ機会はないはずだが、よくぞここまで精進した」というウルリッヒの言葉がギュンターの努力を物語っている。
これにより、帝都支部のザックコレクションの配分が一気に増加した。逆にウェルバーン支部は支部長のデーゲンハルトが剣を打ったものの、前回の物から目新しい工夫はなく、相対的に評価が下がり、配分の割合を大きく下げている。
「ウェルバーンに帰るのが恐ろしい……」と剛毅なデーゲンハルトが本気で怯えていたのが印象的だった。
ようやくすべてが終わったと大きく息を吐きだした。
「あなたの分よ」とリディがシーウェルワインの入った大ぶりのグラスを手渡してくれた。
「私が冷やしたので少し冷えすぎかもしれません」とシャロンが恐縮しているが、口をつけると絶妙の温度になっていた。
「完璧だよ」と褒めると、顔を赤らめていた。未だに初々しさがまぶしい。
「このチーズも取っておいたよ」とベアトリスがウォッシュチーズを取り出す。
「このパンと合わせるともっとおいしいとイグネイシャス様がおっしゃっていました」とメルがフランスパンのようなハード系のパンの薄切りを差し出してくる。
妻たちが気を使ってくれることがなんとも気恥ずかしい。恐らくルナのことで一杯一杯だったことを忘れさせようとしてくれているのだろう。
五人でのんびりと酒を飲んでいたが、珍しいことにドワーフたちの誘いが掛からない。更にあれほど営業をかけてきた商人たちも寄ってこない。
どうしてなのだろうと思うものの、理由は分からないままだった。
「ウルリッヒとベルトラムにお願いしたのよ。家族水入らずの時間が欲しいって。そうしたら、商人たちにもそのことを伝えてくれたみたいよ。夜まではのんびりと飲ませてくれるらしいわ」
「夜まで? ということは、その後は……」
「もちろん徹夜で飲むんだよ。折角の祭なんだから、嫌なことを忘れるためにみんなで騒ぐんだよ」
ベアトリスの言葉にメルも「私たちもお付き合いしますよ」と笑い、シャロンも「お酒のことはギルドの職員さんたちに任せていますから大丈夫です」と微笑んでいた。
結局気を使われているんだなと思いながらも、夫婦なんだからこんなこともあってもいいかと思っていた。