軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十三話「消耗戦」

三月二十八日の午後三時過ぎ。

神々の敵、翼魔族らしき男が強力な魔法を使ってきた。

魔法の発動中に精霊の力が見えるリディが悲鳴を上げる。

「あれを見て! 物凄い力が集まっていくわ! 駄目! 逃げなければ駄目よ!」

その巨大な漆黒の球体は俺ですら禍々しい力を感じ、自然と身体が震えてくる。隣にいるシャロンも口に手をあて、悲鳴を上げないようにしていた。

「リディ! シャロン! あの球を撃ち落すぞ!」

本能的にあの力はミスリルコーティングの盾といえども役に立たないと感じた。それほどの力が溢れていた。

「全員、回避! 掠るだけでも危険だ! 注意しろ!」

そう叫ぶものの、祖父たちは 地竜(ランドドラゴン) と死闘を繰り広げており、上空を見上げる余裕はない。

しかし、激闘を繰り広げながらも、祖父はしっかりと見ていた。

「地竜を盾にするんじゃ! 敵も味方ごと攻撃はすまい!」

大胆にも地竜に近づくことで魔法を避けようというのだ。魔法を回避するという点では正しい選択だが、あえて虎口に入ろうという危険な賭けだ。

「間に合わない!」というヘクターの悲痛な声が響く。

俺たちが魔法を準備している間に、漆黒の球は地面に向けて放たれてしまう。

巨大な闇の球体は最初ゆっくりとした速度で落ちていき、五十メートルほど上空で数百の小型の球に分散する。

その直後、流星と見紛うほどの速度となって降り注いでいく。

狙われたのは祖父たち前衛だった。

数百の漆黒の球は地竜に向かっていく。しかし、よく見るとそれは放射状で、中心から徐々に広がっていた。

祖父の言った通り、敵も地竜を犠牲にする考えはなかったようだ。

滝のように漆黒の球が無音の状態で降り注ぐ。

何人かの悲鳴が聞こえた。

魔法が当たったのか、地竜の攻撃が当たったのかは分からない。しかし、ロックハート家側に犠牲者が出たことだけは確実だ。

地竜は自らの上から膨大な力が降り注いでいるのに、それに構うことなく、祖父たちと戦っている。竜種としては知能が低い部類だが、自分に害がないと理解しているかのようだ。

地竜を中心に半径十メートルほどの範囲に漆黒の球が降り注いだ。測ったかのように地竜の周辺には落ちず、地竜の後ろは確認できないが、ドーナッツ状に降り注いだらしい。

魔法が途切れると、三人が倒れていた。

祖父の班の従士シド、兄の班の従士バディ、ベアトリスの班の従士リッキーだ。シドは盾を構えたものの魔法の直撃を受けて吹き飛び、リッキーとバディは地竜の尾にやられて数メートル以上飛ばされている。

他にもバイロンにも当たったのか、剣を杖にして片膝を突いている。彼の防具はミスリル製だが、それでも魔法の威力を消せなかったらしい。

「少し下がっておれ!」と祖父がバイロンに命じる。

バイロンは「心配ご無用! 掠っただけです!」と叫んで立ち上がり、剣を構え直す。

その間もロックハート家の戦士たちは地竜に肉薄しながら攻撃を加え続けている。

祖父は指示を出しながら正面から首を狙い、兄ロドリックとニコラスは脇腹に何度も剣をつき立てる。

メルは兄たちより更に後ろに回り、魔法を纏わせた剣で後脚を斬り裂いた。

ベアトリスたち槍術士も振り回される尾を避けながら比較的防御が薄そうな脇腹に何度も突きを放っていた。

それでも地竜は倒れる素振りすら見せない。

真っ赤な血を撒き散らしながらもロックハート家の戦士たちを薙ぎ倒そうと暴れまわっている。

祖父や兄、ウォルトたちのような技量の高い者は危なげがないが、従士たちには何度も地竜の攻撃が掠めており、いつ次の者が脱落してもおかしくない状況だ。

幸いなことに祖父たちが張り付くように近づいたため、ブレスを放つ素振りは見せていない。

俺たち後衛ものんびり見ているわけではない。

シャロンは射程が長い 強疾風の矢(ゲールアロー) の魔法で敵の頭目を攻撃している。リディは届く魔法がないため、ヘクターたちと共に妖魔への攻撃に専念していた。

そして俺だが、地竜に攻撃を加えることに切り替えた。

最も危険な敵は頭目だが、切り札である 光神の雷霆(ライトニング・オブ・ルキドゥス) ですら全く通用せず、空中にいる限り倒すことは難しい。

奴を倒す方法は地上に引き摺り下ろし剣や槍に魔法を纏わせて攻撃するしか思いつかない。

地上といってもこの場ではすぐに空中に逃げられる。空間が限定される地下に引き込むしかないだろう。

そのためにまず地竜を倒し、その上で地下に逃げ込み時間を稼ぐように見せる。

地下に逃げ込めば、敵の地上戦力は 多頭蛇竜(ヒドラ) しか残らないから、外から攻撃する手段は限られてくる。

毒などの搦め手を使うか、強力な魔法で地下要塞ごと吹き飛ばすしかない。

今までの行動を見る限りでは自らの力に自信を持っており、搦め手を使う可能性は低く、乗り込んでくる可能性は高い。

「もう一度 光神の雷霆(ライトニング・オブ・ルキドゥス) を使う! ガイとダンは俺の援護を頼む!」

それだけ命じると、すぐに呪文を唱えていく。

三十秒ほどで魔法を発動させると、増幅を行っていく。強い光が周囲に漏れ、妖魔たちの視線が俺に向く。

俺も敵の頭目に向けて撃ち込むように見せるため、上空に視線を送る。

妖魔たちは魔法を発動させないように俺に向けて魔法を放ち始めた。しかし、今までと異なり、空中に留まったまま魔法を撃つのではなく、高速で飛行しながら魔法を放ってくる。

そのためか、今まで放っていた 闇の槍(ダークランス) ではなく、 闇の矢(ダークアロー) に切り替えていた。精霊の力を集めきれないためだろう。

この状況はロックハート家の弓術士にとって都合が悪い。移動する標的に当てる訓練は行っているが、速度が速くなれば難易度は遥かに高くなる。そのため、それまで牽制できていた妖魔たちに余裕ができたように見える。

敵の頭目は俺に視線を送っているようだが、特に気にした様子がない。自分に飛んできても先ほどと同じように弾くつもりなのだろう。

それよりも地上の戦いの方が気になっているようで、新たな魔法を放とうか考えているように見える。

俺が魔法の準備をしていると、敵も新たな魔法を放とうと精霊の力を集め始めた。俺とは逆に闇属性であり、先ほどの魔法をもう一度放つつもりのようだ。

一分ほどで最大出力に増幅させた。上空から視線を地竜に変える。そして、地竜の眉間に向けて一気に魔力を解放した。

眩しいほどの白い光が地竜の眉間に吸込まれる。

この魔法のいいところは俺が狙うと決めた場所に寸分の狂いもなく、まっすぐに飛ぶことだ。狙うというのも俺が意識を集中させるだけでよく、飛び道具のように狙いをつける必要はない。

地竜の眉間が瞬時にして煙を上げる。地竜は熱による痛みに狂ったように頭を振り始めた。

その動きに俺のレーザー光は追従する。しかし、角度や位置が大きく変わるため、同じ箇所を焼き続けることはできない。仕方なく弱点である目や口の中などに適宜狙いを変える。

時間にして五秒ほど。

この短時間で 魔力(MP) の三分の一を消費した。

その甲斐はあった。

地竜は耐えかねたのか、大きく頭を振り上げると、そのまま倒れていく。完全に息絶えたわけではないが、少なくとも動きは止めた。

「全員で止めを刺すんじゃ!」と祖父が叫び、剣に魔法を纏わせると地竜の首に振り下ろす。

兄やメルたちも同じように魔法を纏わせて斬り付けていく。地竜は何度か痙攣した後、血を流しながら動かなくなった。

地竜に止めを刺したと判断したのか、祖父が即座に行動を起こす。

「負傷者の救助じゃ! メルとロッド、ニコラスは盾を使って殿を! 他の者は負傷者を担いで退避場所に向かえ!」

歴戦の祖父は敵の魔法がいつ撃たれるか分からない危機的な状況でも、作戦通りに行動する。

地竜を倒した今、前衛である剣術士や槍術士は空中にいる敵に何もできない。そのため、イーノスら負傷者を担いで地下に退避することは自然だ。

俺もそれに乗ることにした。

「おじい様たちの援護を!」とヘクターに命じ、ガイに対して「矢の残りは!」と確認する。

「一人当たり二十本ほどです!」

「俺たちの魔力も少ない! 矢が尽きる前に撤退するぞ!」

敵に聞こえるように叫ぶ。

実際には、俺はともかく、リディとシャロンの魔力はまだ余裕がある。しかし、敵には多くの魔法を使っているように見えているはずだ。特にシャロンは見た目が若く、常識的に考えればそれほど高いレベルだとは考えないだろう。

もちろん敵がこの世界の常識を知っているのかは分からないし、何らかの手段でこちらの魔力の残量を量ることができるかもしれない。

それでもこの状況では俺たちに勝機がないことは理解しているだろう。そうであるなら、俺たちの行動は不自然には見えないはずだ。

そのためか、敵は俺たち後衛に向けて魔法を放ってきた。

「全員、岩陰に退避! 頭上に盾を!」

叫びながら岩陰に飛び込んだ。

その直後、漆黒の球体が俺たちを襲う。

空気を切り裂くような音と共に岩に直撃する。岩が弾け、破片が撒き散らされる。それだけではなく、うなじがゾクッとくるような感覚が襲ってきた。

通常の闇属性魔法であれば、物理的な効果より精神的な効果を狙うものが多いが、この魔法はその両方の効果を持つもののようだ。

シャロンは魔法を放った直後だった。そのため反応が遅れ、漆黒の球を右胸辺りに受けた。

彼女の華奢な身体が俺の横を舞う。

一瞬のことだが、俺にはスローモーションのように見えていた。その現実感のなさに岩陰から呆然と眺めるしかなかった。

俺の横では弓術士のマークとジェイクが回り込んでいた妖魔のダークアローを受けて呻いているが、俺には彼女の姿しか目に入っていない。

「まだ息はあるわ! 戦いに集中しなさい!」とリディが叱責する。

その言葉で我に返り、感情を抑えて叫ぶ。

「リディ、ガイ、ダン! 負傷者を洞窟に運べ! リディはそのまま負傷者の治療を! ヘクターは妖魔を牽制しろ!」

そう叫びながら俺も 燕翼の刃(スワローカッター) の魔法を唱え、頭目を牽制する。

高速で移動する妖魔たちは祖父たちにも攻撃を仕掛けていた。

祖父はその状況を逆に利用しようと挑発する。

「妖魔どもの魔法など効かぬわ!」と嘲笑し、ヘイトを集めている。その挑発に乗った妖魔二体が祖父に向けてダークアローを放った。

二本の漆黒の矢が祖父の胴体に吸い込まれる。しかし、ミスリル製の鎧は威力の低い魔法を簡単に弾いていく。

「効かぬと言っておるじゃろう!」

その挑発に更に魔法を放つが、同じように鎧によって無力化される。

しかし、それだけでは終わらなかった。俺のスワローカッターを叩き落した頭目が、戦線に加わったのだ。そして、三体の妖魔に苛立ったように命令する。

「負傷者を運んでいる者を狙わぬか!」

命じられた妖魔たちは慌ててベアトリスたちの方に向かった。

頭目は祖父の考えを見抜き、戦力を削りにきたのだ。更に指揮官である祖父を潰そうと、魔法を発動する。

「効かぬかどうか、自らの身をもって試してみるがいい!」

俺も牽制の魔法を放とうとしたが、敵の方が魔法の完成が早かった。

死神が持つような 巨大な鎌(デスサイズ) が空中に現れる。それは禍々しく渦巻く闇色の炎でできており、遠目に見ても恐ろしい力を秘めていることが分かった。

「おじい様! 避けてください!」と叫びながら、 光の矢(シャイニングアロー) を放つ。相殺できるとは考えていないが、少しでも威力を落とせればと、とっさに光属性魔法を選んだのだ。

漆黒の鎌が祖父に向けて放たれた。

祖父は避けようとしたが、運が悪いことに死角にいた妖魔が放ったダークアローで足を射抜かれてしまった。

それは鎧の隙間に当たり、歴戦の祖父も思わず膝を突いてしまう。

「おのれ!」という祖父の声が響く。

俺の光の矢は残像を残しながら、デスサイズに向かっていく。膝をついた祖父の頭上で見事に命中させたが、僅かに軌道を逸らすだけで祖父に当たることは避けられない。

なすすべもなく祖父の無防備な胴体を巨大な鎌が薙ぐかと思われた。

しかし、黒鋼の鎧を纏った巨体が両手を広げて祖父の前に立ちはだかる。

その身体の中心に漆黒の炎の鎌が突き刺さる。祖父には届かず、魔法は消えた。

「バイロン!」という祖父の叫びが響き渡る。

バイロンはそれに応えることなく、ゆっくりと倒れていった。

彼は自らの身体を盾にして、祖父を守ったのだ。

「クソッ!」と吐き捨てると、「俺が囮になる!」と叫んで前に出た。

事前の作戦とは異なるが、この状況では全滅か、それに近い状態は避けられない。そうなれば姿を見せていない最大の敵との戦いで勝利することができなくなる。

「下がれ、ザック!」と祖父が必死の形相で命令するが、

「私なら大丈夫ですよ! この程度の敵の魔法なら避けてみせますから」と笑みを浮かべ、上空にいる敵の頭目を挑発する。

「確かに強力な魔法だが、当たらなければどうということはない!」

そういいながら剣を引き抜く。既に 魔力(MP) の残量は三分の一になり、これ以上の消耗は避けたいと考えたのだ。

「その大言壮語を後悔させてやろう」と敵の頭目は俺の挑発に乗った。

戦闘力はともかく、判断力はそれほどでもないようだ。

あとは俺がどれくらい敵を挑発し続け、避け続けられるかに掛かっているかだが、勝算がないわけではない。

敵の魔法の速度は達人級が放つ矢と同等か、それより劣る程度だ。矢の速度は秒速六十から七十メートルくらいだったはずで、時速でいえば二百から二百五十キロくらいだろう。

今の距離は三十メートルくらいだから、放ってから届くまで〇・五秒くらいだ。プロ野球のピッチャーの速球と同じと考えれば、避けられないことはない。もちろん、以前の俺ではなく、この世界のザカライアス・ロックハートの身体能力ならという話だが。

俺は回避を極めようとしていたため、矢を避ける訓練をよくやっていた。俺たちのような追尾型の魔法を使えるなら別だが、まっすぐ飛ぶだけの魔法なら避けきれるはずだ。

懸念があるとすれば、まだ残っている五体の妖魔の存在だ。

祖父がやられたように妖魔の魔法で足が止まれば、逃げ切れない可能性はある。

それでもやらなければならない。