作品タイトル不明
第五十八話「ロックハート家出陣」
三月二十二日。
昨日、祖父ゴーヴァンが兄ロドリックや主だった家臣たちを引き連れ、リッカデールに到着した。
その夜、シャロンが作戦を提案し、それに従って行動する方針となった。
彼女の策は対空戦闘能力に優れた俺たち魔術師が主体となって、索敵を行っている 妖魔(デーモン) を倒し、敵の目を塞ぎつつ、罠を仕掛けて迎え撃つというものだった。
昨夜の時点では彼女の策が成功するとは思えなかったが、一晩経った今、やれるのではないかと思い始めている。
考えが変わった理由だが、祖父や兄たちの存在が大きい。
今回のメンバーだが、俺たちザックセクステットを除くと、祖父ゴーヴァン、兄ロドリックの他に、騎士階級では家宰のウォルト・ヴァッセルとその息子イーノス・ヴァッセル、内政官のニコラス・ガーランド、武官のヘクター・マーロンとその息子シム・マーロン、同じく武官のガイ・ジェークス、キルナレック守備隊長バイロン・シードルフが参加している。
従士では従士長のウィル・キーガンを筆頭にルーク・ウィルビーら二十代半ばから三十代後半の優秀な従士十一名が同行している。
従士たちもレベル五十を超えるウィルを始め、全員がレベル四十を超えており、指揮官である祖父の能力を含め、これほど優秀な部隊はどの国にも存在しない。
唯一噂に聞くルークス聖王国の獣人奴隷部隊が匹敵する可能性があるが、魔道具で強制されて作られた部隊が、心から信頼し合う俺たちに勝るとは思えない。
この戦士たちが敵と刺し違えても倒すという強い覚悟を持っているのだ。
それを考えれば、どのような敵であっても負けるとは思えない。
もちろん、敵が強力なのは充分に理解している。だから、勝率を上げることはどのような小さなことでもやるつもりだ。
敵を罠に嵌めるとして、そのためには適した場所が必要になる。
他にも二十六人という大所帯であり、長期間山に篭ることになることを考えると、体力を消耗させないための快適な拠点も必要だ。
そこで昨晩、リディたちとどこにすべきか考えた。そして、二月の末に拠点にしていた白い岩がある渓谷がいいだろうという結論となった。
そこは高さ百メートルほどの深い谷になっており、狭いところでは二十メートルほどしかなく、妖魔たちも自由に飛行することが難しい。
また、南側は絶壁であるため背後からの攻撃を気にする必要はなく、更に遮蔽物になる岩が多くあり、上空からの攻撃に対応しやすい。
更に岩場ながらも長さ四十メートル、幅二十メートルほどの平坦な土地もあり、地竜たちを引き連れてきた場合に剣術士や槍術士が迎え撃つことができる。
そして最も重要なことは様々な罠を仕掛けやすい点だ。
渓谷の崖には斜めに生えた木が多くあり、弓術士を隠し、横から弓で奇襲を仕掛けることが可能だ。また、崖には巨大な岩がいくつもあり、細工をすれば落とすこともできる。
これらのことから、白い岩の渓谷を目指して行軍することになった。
前回、俺たちが行ったように敵に見つからないよう、森の中を慎重に進んでいく。ただし、今回は妖魔を見つけたら積極的に攻撃を仕掛けることにしていた。
出発の準備を終えて宿の外に出ると、祖父たちは装備に身を固め、既に整列して待っていた。
祖父たちは俺たちと同じようにタイガーストライプのフード付きマントを羽織っていた。更に背嚢を背負っており、その姿は二十一世紀の雪国の軍隊だが、銃ではなくミスリルコーティングのカイトシールドや、槍や弓などの武器を手にしていることから違和感がある。
シールドは俺たちの分も準備してある。
但し、弓を持つリディとダン、槍を持つベアトリス、体力的に重量物を持つことが厳しいシャロンは手に持たない。
俺とメルは普段なら盾は持たないが、不測の事態に備えて持っている。
ちなみにリディたちの分のシールドは 収納魔法(インベントリ) に入れてあり、休憩中などは奇襲に備えて身辺に置いておくつもりだ。
全員が緊張しているが、怯えている者は皆無だ。
俺もそうだが、英雄ゴーヴァンの存在が大きい。祖父の発する声を聞くと、どんな困難でも乗り越えられると思えてしまうのだ。
父も指揮官としては優秀だが、この点だけは祖父の足元にも及ばない。もちろん、兄や俺も同様だ。
同じことを考えているのか、メルが「先代様と一緒だと怖くないですね」とベアトリスに話している。
「そうだね。あたしも同じことを思ったよ。この人たちとならやれるって思えてくるね」
全員の最終チェックを終えたところで、祖父が出発の合図をする。
「では、ザックが見たという 竜(ドラゴン) を倒しにいくぞ! この地に来る前に確実に倒す。皆の者、よいな!」
その声に「「おお!」」という声が上がり、全員が拳を上げていた。
その様子をリッカデールの住民たちが見ていた。最初は帝国の貴族の軍ということで警戒していたようだが、竜退治に来たということで納得している。
これには前例があった。
百年以上前、帝国の騎士が竜を退治すると言い、家臣を率いてアクィラの山に入ったことがある。
これは“ 竜殺し(ドラゴンスレーヤー) ”という称号を得て、武人としての名を上げるためだ。縁故がなく腕に自信がある騎士が出世するには手っ取り早い方法だ。
ちなみにその騎士たちは全滅したのか、誰一人戻って来なかったという話だ。
住民や冒険者たちはロックハート家の装備を見て、「凄ぇ、装備だな」とか、「あのマントは意味があるのか」などと言い合っていた。
森に入り、三十分ほど歩いたところで全員の背嚢を回収していく。
回収自体はいつものことだが、今回はダミーの背嚢ではなく、食糧などが入っている。最初から俺が持っていってもよかったのだが、前日中に従士たちが買い集めており、ダミーを作る手間を考えそのまま持たせていたのだ。
「肩が軽くなったわい」と祖父が腕を回しながら笑う。
「この先は森が深くなりますから、体力的に厳しいとお感じになられたら、遠慮せずにおっしゃってください」
祖父は今年六十八歳になる。訓練の賜物か 矍鑠(かくしゃく) としており、六十八とは思えない体力を持っている。それでも慣れない土地であり、早春というには厳しい季節ということもあり、配慮は欠かせない。
「何を言っておる。村では魔物を狩りに森に入っておるのだ。年寄り扱いは不要じゃ」
祖父の言葉にウォルトら最初期の家臣たちが頷く。とはいっても、ウォルトも六十五歳だし、ニコラスは六十二歳で、ヘクターも五十八歳になる。普通の騎士ならとっくに引退している年齢であり、間違ってもアクィラの山奥に入る年齢ではない。
「了解しました。ただ、おじい様たちが今回の作戦の要になります。その点だけは充分にご理解ください」
それだけ言うと再び森を進んでいく。
但し、いつもより多めに休憩を取っている。もちろん祖父たちを休ませるという意味合いが強いが、周囲の警戒を強めていることも理由の一つだ。
休憩の間にダンを始めとする若い斥候が先行して確認している。
「周囲に魔物の姿はありません。足跡などの痕跡も見つかりませんでした」
従士の弓術士マークが祖父に報告する。
「魔物が少ないというのは本当のようじゃの。ザック、このまま予定通りでよいな」
「はい。敵の斥候は妖魔です。今まではこの辺りで見たことはありませんが、油断しない方がよいでしょう」
俺の言葉に祖父は頷き、再び森の中を歩み始めた。
その日は十キロメートルほど進み、前回使った簡易拠点を拡張して野営する。人数が一気に四倍になるが、壁に段を付けることで寝台としたため、面積自体はそれほど大きくはしていない。
二十六人分の食事を作る必要があるが、大鍋もあるのでそれほど苦ではない。ただ、地下で調理をするわけにはいかないため、目立たない場所に竈を作る必要があった。
温かい食事を摂りながら、全員の状況を確認していく。
一般の者なら疲労困憊になる行程だが、祖父を始め、誰もその兆候は見られない。
「さすがに鍛えていますね」と正直な感想が出る。
「いつもよりは疲れたが、寝れば何とかなるじゃろう。お前がおれば野営と言えぬほど快適になるからの」
そういいながら笑っている。
確かに簡易寝台もいくつか持っているため、祖父たちが使う予定になっている。この話をした時、祖父が反発するかと思ったが、意外にも素直に提案を受けている。
「意地を張って動けぬのでは意味がないからな」
祖父も自分の体力が以前より落ちていることを自覚しているようだ。
翌日も同じように行軍するが、妖魔どころか弱い魔物すら現れない。以前なら三級程度の魔物が出てきた場所で、それらの魔物がどこにいったのかが気になるところだ。
出発してから三日目の三月二十四日。
まだ日は高い午後三時頃、目的地である白い岩のある渓谷に到着した。しかし、すぐに渓谷に入らず、ダンが斥候たちを率いて周囲の偵察に向かう。
「以前と同じです。魔物の姿はありません。一度だけ妖魔がいつものコースを飛んで北に向かうのを見ました」
ダンの報告を受け、俺たちザックセクステットが先行して渓谷に入る。周囲を警戒しつつ、以前使った拠点を調べる。
「見つかっていないようだな」と俺が呟くと、横にいたダンが頷く。
「扉を開けたら痕跡が残るようにしたんですよね」
ダンの言う通り、二度目に偵察した際に少し細工をしておいた。
岩に偽装した扉が動かされたら上部に取り付けた糸が引っ張られて目印が動くようにし、敵に発見された場合に分かるようにしておいたのだ。糸も枯れ草に偽装しているため、知らない者なら気づくことはない。
それでも仕掛けに気づいた可能性を考慮し、慎重に扉を開ける。そして、中を覗きこみ、敵が侵入した痕跡がないか探るが、敵はこの拠点に気づいていなかった。
ダンに祖父たちを案内するように指示を出し、その間に拠点の整備を行う。
全員が入れるように拡張し、更に空気穴も多めに作る。
今回はここで長期間過ごす可能性があるので、少しでも安全かつ快適になるよう、寝台だけでなく、調理用にも使える暖炉も設置した。
排気用の穴は煙で居場所がばれないよう長く伸ばし、更に煙が拡散するよう排気口を常緑樹の大木の下に設置する。妖魔の嗅覚がどの程度発達しているかは分からないが、外で火を使ってもリスクは同じなので、これで満足するしかない。
崖を少し登ったところに見張り用の待機場所を作る。岩と低木で上空からは見えにくくし、更に連絡用の糸を設置している。
糸は地下まで伸ばし、その先には鳴子を付けておく。こうしておけば、見張りが敵を見つけた場合にすぐに連絡ができるからだ。
それらの準備を終えると、既に暗闇が迫っていた。
夜目の利くリディと従士二名が見張りに立ち、その間に食事を摂りながら作戦会議を行う。
「ここまでは予定通りです。敵の動きに特に変わったことはありません」
俺が気づいていないことがあるかもしれないと考え、「何か気付いたことがあればおっしゃってください」と祖父たちに確認する。
「そうじゃな。今のところ作戦は変更せんでもよいじゃろう。明日は儂とザック、ダンの三人で奴らが潜む洞窟を偵察する。何か意見はあるか?」
本来なら俺とダンだけで敵に変化がないか確認するつもりだったが、祖父がどうしても敵を見ておきたいと言ったため、同行することになった。
「計画通り、敵の斥候が近づいたら攻撃を加えることで問題ないですね」
兄が祖父に確認する。
「それでよい」と祖父が答え、更に俺が補足する。
「私もそれでいいと思いますが、妖魔ではなく、 大魔(グレーターデーモン) であった場合はやり過ごしてください。リディとシャロンだけで万が一討ち漏らしたら厄介なことになりますから」
俺の言葉に全員が頷く。
兄に続き、ヘクターが発言する。
「罠の設置はどうされますか? 予定通り、私とガイとで場所を確認しておけばよいでしょうか?」
「そうじゃな。本来ならザックも加わってほしいところじゃが、偵察を優先したいからの。ザックの代わりにシャロンかリディアが確認すればよかろう」
罠は土属性魔法を使うことが多く、俺の意見が一番重要になる。ただ、場所を決めるのはベテランのヘクターたちに任せた方が一人でやるより効率的なので任せるつもりだ。
翌日、祖父とダンと共に北に向かう。以前、 地竜(ランドドラゴン) たちを見た場所に向かうためだ。
以前より水かさは増しているが、それでもまだ小川というレベルの渓流を渡ると、そのまま山を登っていく。
この渓流は敵がいる場所と繋がっており、渓流沿いを進むという選択肢もあるが、途中に落差三十メートル以上の滝があり、勾配のきつい尾根を登っていく方が効率的なことは確認してある。ちなみにその滝のお陰で、地竜たちは俺たちの拠点に直接向かえない。
尾根を二時間ほど登ると、敵が見える場所に到着する。いつも通りダンが先行し、安全を確認した後、敵が見える尾根の頂点に向かうことにしていた。
祖父は肩で息をしながらダンの姿を目で追っていた。
ダンから問題ないという合図があり、祖父と二人で登っていく。さすがに三十度を超える勾配は厳しいのか、祖父の息が上がっていく。
「大丈夫ですか?」と聞くが、「大丈夫じゃ」というだけでそのまま登り続ける。
ダンがいる場所にたどり着く。祖父に水筒を渡し、その間に敵がいる場所を覗き込む。
「前と同じですね。翼魔族と大魔はいませんが、他は変わりません。地竜と 一つ目巨人(サイクロプス) 、 多頭蛇竜(ヒドラ) と 四手熊(フォーアームズベア) だけです。ただ、ヒドラと四手熊が傷ついているように見えます」
ダンの言う通り数は同じで、哨戒するように飛ぶ妖魔の数も変わらない。
祖父が水を飲み終えたようで、俺たちの横に這ってきた。望遠鏡を渡すと、ゆっくりと渓谷の下を覗き込んでいく。
「確かに地竜じゃな。それも大物じゃ。それにしても恐ろしい魔物がおるの。あのうちの一体だけでも厄介じゃ……」
十分ほど偵察していると、翼魔族らしき人物が洞窟から出てきた。彼の後ろには大魔が二体従っている。
「あれが魔族か……確かにヴラドに匹敵する力を感じる……」
そして、そいつは突然現れた。
「あいつは! あ、あいつが言っておった神々の敵か!……」
その時、俺は翼魔族を見ており、何のことか分からなかった。すぐに洞窟に望遠鏡を向けると、そこには漆黒の翼を持つ魔族が立っていた。
以前のように力を振りまいているわけではないが、圧倒的な力に望遠鏡を持つ腕が震え始め、視点が定まらない。
「先代様! ザック様! 敵が気づいたかもしれません!」とダンが鋭く警告する。
漆黒の魔族がこちらを指差し、それに従って三体の妖魔が向かってきたのだ。
「撤退する」と祖父が命令を発し、俺たちは滑るように尾根を降りていく。しかし、慣れない祖父が遅れ始める。
「おじい様と潅木の中に隠れろ」とダンに命じると、妖魔たちを迎え撃つべく、俺も手近な潅木の中に潜む。
妖魔たちは俺たちを探そうと尾根の上空を何度も旋回していた。しかし、森の中には入ってこず、五分ほど旋回を続けた後、渓谷に戻っていった。
見つからなかったことに安堵するが、まだ油断はできない。漆黒の魔族が向かってきたら勝ち目はないからだ。今は息を潜めて諦めるのを待つしかない。
十分ほど隠れ続けたが、魔族たちは来なかった。
慎重に祖父たちと合流し、急いで拠点に向かう。
「恐ろしい敵じゃな。これほど肝を冷やしたのは生まれて初めてじゃ……戻ったら作戦を練り直さねばならん……」
元々神々の敵が動けないことを前提としていた。そのため、斥候に出た妖魔たちを削っていき、翼魔族を引きずり出して各個撃破するつもりだった。
しかし、その前提が崩れた。あれほどの探知能力を持っているとなれば、奇襲は難しいからだ。
重苦しい空気を纏いながら、拠点に向けて足を速めていく。