作品タイトル不明
第五十七話「合流」
恐ろしい敵の気配を感じてリッカデールに戻った後も、偵察を繰り返していた。基本的にはリッカデール周辺だが、何度かあの渓谷付近にも行っている。
危険を顧みずに行った偵察により、判明したことがある。
まず 大魔(グレーターデーモン) と 妖魔(デーモン) が頻繁に偵察を行っていることが分かった。といってもリッカデールの近くではなく、渓谷の周辺を重点的に行っており、リッカデールの冒険者たちは未だに目撃していない。
その大魔たちだが、予想通り索敵能力は低かった。正確にいうと索敵の仕方が悪く、俺たちを発見した素振りは一度も見られなかった。
俺たちも見つけられないよう努力はしている。白いタイガーストライプのフード付きマントを装備し、遠目には気づきにくいように努力していた。迷彩模様のマントだが、冬用の装備として 収納魔法(インベントリ) に保管してあったものだ。
他にもいろいろと努力している。例えば雪に残った足跡を発見されないよう、可能な限り木の下を歩き、遮蔽物の少ないところではできる限り素早く移動するようにしていた。
大魔たちの偵察は上空百メートルほどから行われる。ルートも毎回同じで、時間差を付けるような方法は行われていない。
最初は罠なのかと思い、土属性魔法で作った穴に隠れるなどして敵の出方を窺ったり、そのまま引き返したりした。
しかし、意を決して渓谷に近づいても敵は何のアクションも起こさなかった。
あいかわらず渓谷には 地竜(ランドドラゴン) と 一つ目巨人(サイクロプス) がおり、更に三級相当の 多頭蛇竜(ヒドラ) と 四手熊(フォーアームズベア) が増えていた。
リディたちと話し合った結果、戦力の増強を図っているのではないかという結論になったが、俺としてはその結論に疑問を感じずにはいられない。
俺たちが恐怖で震え上がったほど強力な魔物がいるなら、三級程度の魔物を増やすことなく、山を降りて攻めればいいからだ。
それができない理由があるのではないか。それが俺の疑問だ。
「いずれにせよ、地竜とサイクロプスが邪魔だね。こいつらを片付けないと本命とはやり合えないよ」
ベアトリスの言う通り、今の敵の戦力でも俺たちにとっては過剰すぎ、奇襲を掛けることはできない。
「それが狙いではないでしょうか? あの洞窟に敵がいるのは間違いありません。何らかの制限があって動けないので、私たちをおびき出そうとしているのではないかと思うのですが」
シャロンの意見に誰も異を唱えない。実際、あのおぞましい力は時折洞窟から溢れていた。敵はあの場所にまだいるということだ。
「でも待っていても敵は強くなる一方よ。倒せるかどうかは分からないけど、傷つけるだけなら、あなたの新しい魔法で狙撃すれば何とかできるんじゃなくて? だから戦うなら早い方がいいと思うのだけど」
「それはそうだが、あの魔法は奇襲には使えないぞ」と首を横に振る。
リディが言う新しい魔法は対 魔将(アークデーモン) 用の光属性魔法だ。追尾機能はないが、攻撃力というか、貫通力は今までの魔法の比ではなく、耐魔法能力の高いミスリルの板ですら瞬時に貫通する能力を誇る。
具体的なイメージは“レーザー”だ。
光属性の“光”という部分に着目し、レーザー発振器の原理をイメージしてみたのだ。
光を増幅させるためには励起状態を作り出す必要がある。その励起状態を作るために必要なエネルギーを精霊の力で代用し、魔法によって作り出された光を増幅する。
もちろん、厳密な理論を覚えているわけではないので結構いい加減なものだが、イメージはできるので問題はない。
この魔法は光属性の単体攻撃魔法である 光の槍(シャイニングランス) の十倍以上の攻撃力を持ち、更に光速で飛ぶため、回避しようがない。
また、光の線として見えることと、魔力を投入し続ければ消えないことから、 光の細剣(シャイニングセイバー) のように薙ぎ払うこともできる。
この魔法なら地竜といえども狙いどころがよければ一発で仕留められる。
しかし、弱点がないわけではない。
まず、増幅に時間が掛かることが問題だ。呪文の詠唱時間は三十秒ほどだが、それから一分近く精霊の力を与え続けなければならない。
そして、その状態は魔法を発動した状態であり、非常に強い光を発する。奇襲を行うにしても、二度目からは身を隠すか、放たれる前に攻撃すればいいので、実用的とは言いがたいのだ。
消費魔力量が大きいことも弱点だ。
発射するまでに今の俺の魔力でも一割以上持っていかれる。また、継続すれば一秒当たり五パーセントほど魔力を消費するため、三秒続ければ全体の四分の一の魔力を失うことになるのだ。
他にも光の精霊が多くいる状態、つまり晴れた昼間でなければ一気に威力が落ちる。夜でも発動はするが、増幅時に減衰してしまうので全く役に立たない。
つまり、昼間の屋外という条件の時だけにしか使えず、更に発動後に時間が掛かるだけでなく、非常に目立つという使いづらい魔法なのだ。
そのため、昔からアイデアとしては持っていたが実用化しなかった。
他の属性についても更に強力な魔法ができないか考えているが、今まで思いつかなかったのに突然思いつくはずもなく、既存の魔法と今回開発したレーザーの魔法、“ 光神の雷霆(ライトニング・オブ・ルキドゥス) ”で戦うしかない。
敵の能力について話を戻すが、索敵能力の低さはあるものの、戦闘力は圧倒的だ。
俺とダンで敵の行動を探りにいった際、 死霊魔道師(リッチ) と戦っている姿を偶然見ることができた。
リッチは眷属らしき 死霊騎士(デスナイト) や 骸骨騎士(スケルトンナイト) を率いていた。
そのリッチだが、アンデッドの王ヴラド・ヴァロノスの配下にいた個体より強く、 獄炎の槍(ヘルファイアランス) や 炎の嵐(ファイアストーム) など火属性の強力な魔法を連発するほどの能力を持っていた。俺たちザックセクステットでも正面からやり合えば苦戦は免れない敵だった。
デスナイトだが、数は三体。元々アンデッド系ということで単純な物理攻撃には強い。二メートルほどの体躯に漆黒の全身鎧、禍々しい紋様の盾と 大曲刀(ファルシオン) を持ち、強い力を感じる個体だった。
スケルトンナイトはスケルトン系の上位種で通常のスケルトンとは思えないほど剣技に優れている。それが十体ほどおり、リッチを守るように前に立っていた。
魔族側は翼魔族らしき男に大魔が二体と地竜が一体だ。妖魔は十体ほどおり、上空を旋回していた。
男は大魔と地竜に攻撃を命じると、自らは呪文を唱え始めた。その魔法は闇属性魔法で、普通死霊系の魔物に対して使うことはなく、その不自然さに首を傾げたほどだ。
しかし、その後は圧倒的だった。
リッチが放つ強力な魔法を大魔が易々と防いだ。大魔は“闇の盾”というべき漆黒の大盾を使って魔法を受け止めた。驚くべきことに鋼鉄すら溶かす 獄炎の槍(ヘルファイアランス) を受けても平然としていたのだ。
戦闘開始前には持っていなかったから、魔法で作ったか、収納魔法から取り出した物だろう。
その間に地竜がデスナイトとスケルトンナイトに突っ込んでいった。その無謀な突撃に作戦ミスだと思ったが、その直後に翼魔族の魔法が発動する。
闇が周囲から集まり徐々に人型になっていく。その大きさは十五メートルほどで、サイクロプスの成体を超える大きさだった。
そして、闇の巨人がズシンズシンという重々しい足音を立てて、デスナイトたちを踏み潰していく。
リッチは不利を悟ったのか、飛行系の魔法で脱出しようとした。しかし、翼魔族の男がそれ以上の速度で飛翔し、リッチを素手で地面に引き摺り下ろした。
その後、何やらリッチに語りかけたが、小さく首を横に振ると片手でリッチの頭を捻り潰した。
それに要した時間は三分ほど。俺たちは五十メートルほど離れた岩陰でそれを見ていたが、脱出を考える間がなかったほどだ。
翼魔族はリッチたちの魔晶石を回収すると、傷ついた地竜に治療を施し、更に魔晶石を地竜の口に放り込むと、魔法を使い始めた。
何をしているのか分からなかったが、地竜の能力を上げようとしたのではないかと思っている。
翼魔族は妖魔たちを引き連れ、洞窟の方に飛んでいく。残された大魔は地竜と共にゆっくりとその後を追った。
完全に気配が消えてから、息を吐き出す。
「恐ろしい敵ですね」とダンが掠れた声で呟いた。
「ああ」としか答えられなかった。あれほど圧倒的な力を持つ敵とどう戦えばいいのか、全く思いつかなかったからだ。
それでも敵に見つかった様子はなかった。もし見つかっていれば、即座に俺たちは殺されていただろう。
そう考えると、奴らの弱点はやはり索敵能力だ。しかし、あれほどの力を見せ付けられると、索敵など不要と思っている可能性は否定できない。
そんなことがあったが、結局打開策は何も見い出せないまま、時間だけが過ぎていた。
絶望的な状況に俺たちは無口になっていくが、三月二十一日の夕方、懐かしい顔が現れた。
明日再び山に入るため、今日は近場で訓練を行っていた。そのため、いつもより早く夕方の訓練に行くつもりで、宿の食堂でリディたちを待っていたのだ。
「不景気な顔をしておるの」という声が聞こえた。
振り返ると、そこにはロックハート家の紋章入りのマントを羽織った祖父ゴーヴァンの姿があった。
「おじい様……」と言った後、その後ろに兄ロドリックやウォルトら主だった家臣が全員おり、言葉が出ない。
「手伝いに来たぞ。マット以外、使える者はすべて連れてきた。我らで竜を倒すんじゃ」
「竜ですか……」と言いかけるが、祖父が何も言うなという感じで、目で訴えてきたため、何も言わずに頷く。
その頃にはリディたちも食堂に来ており、再会を喜んでいる。
「さすがに疲れたわい。儂らも部屋を取りたいのじゃが。二十人もおるが空いておるかの」
「確認しないと分かりませんが、この宿だけでも多分大丈夫ですよ」
俺たちが泊まっている“もみの木”亭は二級冒険者御用達の高級宿だ。今は二級のパーティが減っているため、三級冒険者も泊まっているが、稼ぎの少ないこの時期は厳しいのか空室が多い。
宿の主人に確認すると、全員分の部屋を確保できた。
祖父たちが装備を外しに部屋に向かうと、祖父たちの姿を見て驚いていた二級冒険者のグラディスが話しかけてきた。
「いつからリッカデールはロックハート家の領地になったんだ?」と俺に言ってきたほどだ。
「俺たちの応援です。一応、 地竜(ランドドラゴン) 退治という触れ込みなので……」
グラディスも俺の言葉の意味を察したのか、小さく頷く。
食堂に祖父たちが戻ってきた。懐かしい顔ばかりで自然に顔が綻ぶ。
「久しぶりにザック様の笑顔を見た気がします」とメルが言ってきた。
そう言っている彼女も最近はいつもの明るい笑顔を見せることがなく、僅かな時間を見つけ、思い詰めたような表情で鍛錬を行っていた。
「これだけの戦力があるなら、多少は何とかなりそうだね」とベアトリスがいうが、本心ではなく、従士たちに不安を抱かせないための演技だ。
食事が始まると、グラディスたち他の冒険者たちもあいさつに来る。
緊張気味の冒険者たちに対し、祖父は屈託のない笑顔で応えていく。
「儂もペリクリトルで冒険者をやっておったことがある。今では貴族の一員となっておるが、冒険者仲間として接してくれればよい」
「そうよ。ゴーヴィは私と一緒にペリクリトルの東で魔物を狩っていたんだから。それにガイもうちに来るまでは冒険者よ。気にしなくても大丈夫よ」
リディが祖父の肩を抱きながら紹介すると、グラディスたちの緊張が少しだけ緩む。ここ数ヶ月でリディもこの宿に泊まる冒険者たちと打ち解けているためだ。
その後は和気藹々と料理と会話を楽しんだ。しかし、酒はジョッキ一杯程度しか飲まず、深酒をする者は一人もいない。
夕食を終えた後、祖父が兄とウォルトを従え俺の部屋にやってきた。俺はシャロンと共に出迎える。
「状況はどうじゃ。食堂では聞かぬ方がよいと思ったのじゃが」
悲観的な話を冒険者たちの前でしないように配慮してくれたようだ。
「状況は非常に厳しいです。敵は戦力の増強を図っています……」
手紙を送った後に判明したことを説明していく。
話し終えると、祖父は大きく息を吐き出した。
「空を飛ぶ翼魔族と大魔たちがおらねば、儂らだけでも何とかなるが……で、儂らが合流したが、何か策は思いついたか?」
シャロンと共にいたのは、そのことを話し合うためだった。
「まだ何も」と俺が答えると、シャロンが「大雑把な案ですが、考えがあります」といって話し始めた。
「まず、敵の強みと弱みを整理します。強みは謎の魔物の力が測り切れないほど強いこと、翼魔族らしい人物が非常に強力な魔術師であること、大魔や妖魔など飛行型の魔物が多いこと、地竜やサイクロプスなど耐久力がある魔物を従えていることです」
そこでシャロンは祖父とウォルトを見る。二人は苦々しい表情を浮かべているが、理解しているというように小さく頷いた。
「次に弱みですが、索敵能力が低いことが一番大きな点です。他には地竜などの地上の魔物の移動速度が大魔たちより大きく劣ることです。もう一点あるのですが……」
そこで口篭る。
「謎の魔物が動けない理由があるということか」と俺が水を向けると、シャロンは大きく頷く。
「はい。ですが、本当に動けないのか確信が持てませんので、作戦の前提にしたくありません」
そこまで話した後、再び祖父たちの顔を見る。
「私たちについては言うまでもありませんが、念のため強みと弱みを整理します。強みは索敵能力の高さとミスリル製の防具による耐魔法能力の高さです。他にはザック様、リディアさん、私による魔法攻撃力も強みだと思います。また、名工の鍛えた武器を使いこなした攻撃力も強みといえます」
そこで祖父が口を挟んだ。
「お前たちの魔法はともかく、儂らの攻撃力は相対的なものじゃ。相手がヴラド以上というのであれば、強みとは言えぬのではないか?」
「そうかもしれませんが、少なくとも先代様たちが魔法を纏わせた剣を使えば、竜であっても斬り裂けます。攻撃が通るという点が強みだということです」
「なるほど。それなら分かる。腰を折ってすまぬ」
シャロンは「いいえ。大丈夫です」と言ってから話を続けていく。
「では弱みの方ですが、まず先代様たちがこの地について慣れておられないことが一番大きな弱点だと思います」
その言葉に俺たち三人が頷く。
慣れない土地では突発事象に対応できない可能性がある。また、連携も難しいし、村では考えられないようなミスを犯し、戦力を消耗する可能性も高い。
「次に人数が多くなったことから隠密行動が難しくなったことです。父やヘクターさんならともかく、これだけの人数が山に入れば、発見される可能性は非常に高いと思います」
この点にも完全に同意する。
「最後に敵の能力を把握していないことです。特に謎の魔物についてですが、姿すら見ていません。つまりどう戦っていいのか全く分からないのです」
「そうだな。気配だけは感じたが、どんな敵かは分からない。まあ、あの洞窟に入れたのなら、巨人や大型の竜ということはないのだろうが……」
シャロンは祖父たちが情報を整理できたと思ったところで方策を話し始めた。
「それを踏まえた戦い方ですが、正面から当たればまず間違いなく敗北します……」
英雄である祖父に対し、“敗北”という言葉を使うとは思わなかった。しかし、俺も同じことを思っているので特に何も言わない。
「……敵はなぜか戦力の増強を続けています。何を狙うのかは分かりませんが、今の戦力では不充分と考えているのでしょう。それを逆手に取ります」
「逆手に取る? どういうことじゃ?」
「索敵に出ている妖魔を少しずつ減らしていくのです。ザック様と私の魔法なら十分に可能です」
「各個撃破を狙うというのは分かる。妖魔は見ておらぬが、お前とザックは飛行型の魔物にとっては天敵じゃ。だから、妖魔を倒せるということも理解できる。分からぬのはそれが先ほどの逆手に取るという話とどう繋がるかじゃ」
そこで俺が話に加わる。
「敵は戦力を消耗したくありません。ですから、斥候に出た妖魔が倒されれば、偵察をやめるか、斥候に出す妖魔の数を増やしてやられないようにしようとするでしょう。妖魔が二体になろうが、大魔が出てこようが、私たちが攻撃を続ければ、偵察をやめるしかありません。そうなればこちらは罠を準備することができます。そういうことだな」
「はい。ザック様がおっしゃった通りです。敵の前衛である地竜とサイクロプスは機敏に動けません。ですから、もし斥候狩りに苛立ち、攻撃を仕掛けてくるとしても翼魔族と大魔が主力になります。彼らだけなら遠距離攻撃が得意な私たちが上手く戦えば全滅させることも可能だと思います。妖魔たちを倒した後に地竜たちを倒し、最後に謎の魔物と戦うことにすれば、少しでも勝率を上げることができるはずです」
「なるほどの。確かにその通りじゃ。儂らも今回のためにミスリルコーティングの盾を人数分用意しておる。妖魔どもの魔法なら充分に防げるじゃろう」
祖父はダンが送った情報から、魔法による攻撃を防ぐことができる盾を用意してきたようだ。
祖父は明るい表情になる。
「何とかなりそうじゃな。では、明日からの予定を聞かせてくれ」
その後、明日の予定を詰めていったが、俺はシャロンの策が上手くいくとは思っていなかった。未知の敵がいることもあるが、あの翼魔族が俺たちの思惑通りに動くとは思えなかったのだ。