軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十五話「対応方針」

三月三日。

俺たちは日が落ちる直前にリッカデールに到着した。行きよりも強行軍で、全員が肩で息をし、口を開くことすら億劫になるほど疲労していた。

その様子を見た二級冒険者のグラディスが心配そうに声を掛けてきた。

「どうしたんだ? お前さんたちが疲れ果てているのなんて、初めて見たが……」

その問いにすぐに答えることができなかった。それほど疲れ切っていたのだ。十秒ほど経った後、気力を振り絞って答える。

「……恐ろしい敵がいたんです。九月に調査に行った辺りで……」

「 飛竜(ワイバーン) を瞬殺するお前がそれほど恐れる敵なのか? 邪竜(イービルドラゴン) なんて言うんじゃないだろうな」

邪竜は一級相当の中でも最も危険と言われている魔物だ。

強靭な肉体と鋭利な爪。魔法すら弾く堅牢な竜鱗。鋼製の鎧すら溶かすブレス。巨大な翼で飛翔し、見つかれば逃げることすら不可能な、死を体現した存在と言われている。

「もっと危険だと思います。正直、ここから逃げ出すのが一番いいと思うほどです……ただ、逃げ切れないでしょうね。あいつは世界を破壊し尽くすでしょうから……」

この二日間考え続けて得た結論だった。

本来なら二級冒険者であるグラディスに協力してもらうため、あまり悲観的な言葉は言わないほうがいいのだが、本能的に恐怖が口を突いてきた。

「そ、それほどなのか……で、何者なんだ、その敵は」

「正直、分かりません。恐ろしく力を持った翼魔族らしき男を見ています。大魔を従えていましたから、 魔将(アークデーモン) 級の力を持っていることは間違いないです。でも、そいつが霞むほどの力を感じたんです……」

グラディスは俺の言葉と表情から、それ以上聞くことをためらい、休むようにいってきた。

「今日はゆっくり休め。疲れていると考えが悲観的になるからな」

「いえ、今からギルドに行こうと思います。この情報を早く伝えないと……」

俺の言葉はリディによって遮られた。

「今日は休みましょう。明日の朝一番にギルドに行っても変わらないわ」

ベアトリスたちも同じ意見だったようで、リディの提案に頷いている。

「分かった。明日の朝一番にするよ」

その夜は酒も飲まずにベッドに潜り込んだ。

飲めば、記憶を無くすほど飲みたくなると思ったからだ。

(あんな奴に勝てるわけがない……どうしたら……)

そんな思いがグルグルと回る。

それでも疲労から夜半過ぎには眠ることができたが、夜明け前に目覚めてしまう。若い肉体に疲れは残っていないが、精神の方は疲れが抜けず、頭の奥が重い。

いつもの日課である朝の訓練すらせず、夜が明けたタイミングで食堂に向かう。リディたちも同じようで、誰も訓練を行っておらず、どんよりとした空気を纏わせていた。

朝食後、冒険者ギルドの支部に向かう。まだ、早い時間であり、冒険者たちの姿は疎らだ。

「支部長に報告したいことがあります」と受付の職員に告げる。

「支部長にですか」と聞き返されるが、俺たちの表情が硬いことから即座に了承する。

「分かりました。先ほど支部長室に入られたので、確認してきます」

職員が奥に向かうと、見知った冒険者たちが「何があったんだ」と聞いてきた。

「ちょっとやばいものを見たんです。詳細はギルドから発表されると思います」

一夜明けて昨日より頭が回るため、詳細は語らなかった。しかし、小さな村であり、グラディスに漏らした話はすぐに広まるだろう。

支部長室に通され、ソファに座ると、俺たちの表情を見た支部長が「何があったのだ」と切り出す。

そこで今回の調査で見たこと、感じたことを説明していった。

十分ほどで説明を終えると、支部長は渋い顔で考え込む。三十秒ほど沈黙した後、

「……総本部には報告する。一級相当の魔物に、強力な魔族らしき存在。それだけでもやばいが、ロックハート家のお前が怯えるほど危険な魔物までいる。しかし、そいつらがこちらに向かっている証拠はない。討伐隊はもちろん、偵察隊を出すことはないだろうな」

予想通りの答えに「そうですか」としか言えなかった。

「お前はどうするつもりだ? まさかと思うが、自分たちだけで討伐に向かうつもりじゃないだろうな」

「正直悩んでいます。私では太刀打ちできませんから。せめて、魔族らしき者だけでも何とかできないかと思わないではないですが……」

ここに戻るまで、リディたちと何度も話していたが、結論は出ないままだった。

「その魔族らしい男というのは、本当に翼魔族なのか? 俺もそれほど詳しいわけじゃないが、カウムやラクスに 大魔(グレーターデーモン) を従え、一級相当の魔物を使役するような魔族がいたという話は聞いたことがない。というより、そんな奴がいたら、アクィラの西側は魔族の土地になっている」

その点は俺も疑問に思っていることだ。

アクィラの東、 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) と呼ばれる土地に魔族たちは住んでいる。そして、千年ほど前から南のカウム王国や北のラクス王国に何度も侵攻し、十八年前の大侵攻の時にはカウム王国の交通の要所バルベジー近くまで攻め込まれている。

その時はトーア砦という強力な砦に対し、翼魔族が妖魔系の魔物を使って攻撃してきたという話があった。しかし、その妖魔系の魔物はほとんどが最弱の 小魔(インプ) で、少数の 翼魔(レッサーデーモン) がいただけと言われている。

トーア砦の戦いの後、アクリーチェインという土地で大規模な戦闘が行われたが、その際には翼魔族や妖魔系の魔物の姿はなかった。

そのため、魔族も多くの妖魔たちを使役することは難しく、様々な制約があるのではと考えられている。

「その点は私にも何とも言えません。ですが、姿は文献に書いてある、コウモリの翼を持った人族でした。私の記憶に間違いがなければ、コウモリの翼は翼魔族の特徴だったはずです」

「確かにそうだが……だが、この情報だけでは魔族討伐協定に基づく出兵依頼はできんぞ。証拠が少な過ぎる……」

魔族討伐協定とはアクィラ山脈を越えて魔族が侵攻してきた場合、各国に出兵を要請できるという協定だ。この協定はカウム王国やラクス王国だけでなく、カエルム帝国やルークス聖王国も加盟している。更にペリクリトルを含む都市国家連合も加わっており、ペリクリトル市が協定に基づき支援を要請した場合、各国から軍が派遣されることになっていた。

「それは理解します。ですが、何か手を打たないと危険であることだけは間違いありません」

支部長は頷くものの、それ以上のことは言わなかった。

宿に戻り、自室の寝台に横になって考えるが、いい案は浮かんでこない。

ゴロゴロと寝返りを打ちながら考え込んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。

「ダンです。お話があります」

ダンを招きいれると、彼も深刻な表情を浮かべており、今回の件で悩んでいるようだ。

「話とは?」

俺の問いにすぐには答えず、椅子に座ったまま拳をしっかりと握り、その手を見ていた。

もう一度問い掛けようとした時、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「……僕たちだけでは勝てないと思います。ですから、御館様に連絡し、増援を呼ぶべきだと思います……」

予想外の提案に言葉にならない。

「……今の僕たちだけだと、一矢報いることなく全滅します。ですが、先代様やウォルトさんたちが来てくださったら、少なくとも無駄に負けることはないと思います。敵にある程度損害を与えて時間を稼ぎ、本格的な討伐隊を編成するしかありません……」

彼の提案は勝つことを目指すものではなかった。

「つまり、ロックハート家が戦いを挑めば、他の国も動かざるを得ない。ただ、国が動くには時間が掛かる。だから、俺たちが敵の戦力を少しでも減らし、時間を稼ぐということか?」

俺の問いに目を合わせることなく、「はい」と消え入るような声で答える。

ダンの言っていることは間違っていない。

ロックハート家の影響力は思っている以上に大きい。アルスの鍛冶師ギルドはもとより、カウム王国、ペリクリトルの冒険者ギルド、ドクトゥスの魔術師ギルドなども動くはずだ。

特にカウム王国はロックハート家に大きな損害が出るほどの魔族がいるとなれば、最大限の戦力を出すことは間違いない。

それなら最初からカウム王国や魔術師ギルドに助力を頼むという方法もあるのではないかと思うかもしれない。しかし、カウム王国軍やラクス王国軍はここに呼ぶことはできない。

ペリクリトル周辺は都市国家連合に属しているが、都市国家連合はカエルム帝国から土地を借りているにすぎない。そこに他国の軍隊が進駐することは帝国政府としては容認できないだろう。唯一可能な方法は魔族討伐協定に基づく場合だが、支部長との話し合いでもあったが、発動は難しい。

もう一つの組織である魔術師ギルドだが、こちらは動いたとしても帝国を刺激することはない。しかし、ギルドの魔術師は基本的には研究職であり、ラスペード先生クラスでも今回のような強敵を前にしたら本来の力を出すことなく敗れるだろう。もっとも先生の場合は別の理由、つまり相手に対する好奇心で本来の目的を忘れる可能性が高いが。

他国の軍隊も冒険者ギルドも魔術師ギルドも使えない状況ということなのだ。

それよりもダンが主家を犠牲にしても世界を守るという提案をしたことに、驚きを隠せなかった。

そんなことを考えていると、ダンが話を始めた。

「少なくともザック様が単独で動くことはやめるべきです。ザック様がすべての人の希望になるかもしれないのですから」

「それは俺が神々からルナを守るように言われたからか?」

「それもありますが、ザック様の魔法が決め手になる気がします。この世界とは違う考え方の魔法が……」

ダンは俺たちと離れてから思った以上に成長していた。

「分かった。無茶はしないと約束する。だが、父上に助力を頼むのは待ってくれ。確かにここが危険だということに間違いないが、だからといって村が安全とは限らないんだ」

俺が懸念しているのは、この辺りの魔物が減ったことだ。

アンデッドの王ヴラド・ヴァロノスが現れた時、比較的弱い魔物たちが 住処(すみか) を捨てて山を降りた。

今回はそれ以上の敵だ。

もっと強い二級や三級の魔物が命の危険を感じ、移動した可能性がある。リッカデール周辺の魔物の数が激減していることが、それを物語っているのではないか。

この辺りから移動するなら、北西のラクス王国か、南西のペリクリトル周辺になる。ペリクリトルから更に南下すればルナの生まれたティセク村だ。

七年前、ティセク村を襲ったオークはラスモア村のすぐ近くを通って北上した。リッカデール周辺の魔物がオークたちの辿ったルートを通ってラスモア村周辺に行かないとも限らないのだ。

そんな状況でロックハート家の精鋭たちを呼ぶことに強い抵抗を感じている。

「おっしゃることは分かりますが、ここから南に向かえば、ペリクリトル周辺に行きつきます。そうなれば、冒険者ギルドの総本部が異変に気づくはずです。何といってもあの街には三千人もの冒険者がいるんですから」

ダンの言うことも分からないでもないが、俺は冒険者ギルドが動くことに懐疑的だ。

確かにペリクリトルの東の森には多くの冒険者が入る。しかし、森は広く、アクィラの山まで数十キロメートルもの距離がある。真っ直ぐペリクリトルに魔物が向かうような場合を除けば、冒険者たちが発見する可能性はあまり高くない。

それに引き換え、村の東は数キロメートルで山に入る。つまり、村に近い場所を魔物が通る可能性が高いということだ。

「分かりました。後でザック様にも見ていただきますが、そのことを含めて、御館様に報告書を送ります。それでいいですよね」

「それならいい。俺もこの状況は父上に伝えておくべきだと思っている」

その後、リディたちと食堂の一画で話し合った。

父に報告書を送ることに反対はなかったが、これから先、どうすべきか、なかなか決まらない。

シャロンはリッカデールから引き上げ、ペリクリトルに向かうべきだと主張した。

「この村は防備が弱すぎます。今回の目的がルナさんを守ることなら、ペリクリトルに向かうべきです。その上でルナさんをラスモア村に連れていくべきだと思います」

確かにこの方法が最も安全な方法だろう。しかし、問題が二つある。

「ルナが素直に言うことを聞くかという点が一番の問題だな。それに村で守り切れるのか疑問だ」

「ルナさんのことはともかく、少なくとも村の方がここより守りは堅いと思います。館ヶ丘の防壁なら 一つ目巨人(サイクロプス) はともかく、 地竜(ランドドラゴン) を止めることはできますから。それに村の自警団はここの冒険者と同じくらい強いですし、村を守るために命懸けで戦います。ですが、ここの冒険者は危険だと思えば、我先にと逃げてしまうでしょう」

シャロンの主張にリディとベアトリスも頷いている。

「言っていることは正しい。だが、あの化け物が相手だ。自警団の連中でもまともに動けなくなる。それ以前に村にあんな化け物を行かせたくない」

シャロンが反論しようとすると、珍しくメルが割り込んできた。

「私もザック様と同じ意見よ。あれを相手に普通に動けるのは先代様たちくらい。私でも自信はないわ」

「でも、地竜とサイクロプスだけでも手に余るのよ。村なら少なくとも他の魔物を相手にできるわ」

「でも、あの力を感じただけで訓練を受けていない女の人や子供たちは命を落とすかもしれないわ。そんなことはしたくない……」

メルの言葉にシャロンも反論できなくなる。

敵が来たら逃がすという考えもあるが、狼煙台を使った連絡でも飛行型の魔物である 大魔(グレーターデーモン) がいるから、逃げる時間はない。予めキルナレック辺りに避難させるにしても、いつ来るのか分からない魔物を恐れて避難を続けるのは難しい。

「俺としては先制攻撃を掛けたいと思っている」

俺の言葉に全員が固まる。

「無理よ! あんな化け物相手に戦いを挑むなんて……」

リディが立ち上がって反対する。

「僕も先制攻撃に賛成です」とダンが俺を支持する。

「どうして! あなたも感じたでしょ、あの恐ろしい妖気を!」とリディがいい、ダンを睨む。

「確かに僕も震えが止まりませんでした。いえ、今でも思い出すと震えてきます」

「ならどうして?」

「相手は僕たちのことに気づいていません」

「だから何? 気づいていてもいなくても、危険なことに変わりないわ!」

そこで俺がダンに代わり説明する。

「つまりだ。相手は恐ろしく強いが、索敵能力は低いということだ。そこを上手く突けば、奇襲を仕掛けられる。正面から迎え撃つより、俺とリディ、シャロンの三人の魔法で不意討ちした方が勝機はあると思うんだ」

「奇襲を掛けるって言っても相手に効く魔法があるのかい」

それまで黙っていたベアトリスが疑問を口にする。

「その点は相手を見ないことには分からない。だが、あいつが妖魔系の上位種ならやりようはある。まあ、希望的観測に過ぎないんだがな」

翼魔族らしき人物と大魔という組み合わせから、妖魔系の上位種、 魔将(アークデーモン) ではないかと考えている。ただ、文献などに載っている魔将とは桁違いに強力であり、更に上位の 魔王(デーモンロード) と呼ばれる存在ではないかと思っている。

魔王は伝説上の存在に過ぎず、今まで現れたという記録はない。ただ、魔将以上の存在がいてもおかしくないのではという想像上の存在として認識されている。

仮に魔王と呼ばれる妖魔であっても、魔法が効かない存在ではないだろう。

以前現れた魔将は光属性魔法が効いたという話が残っている。ただし、真偽が怪しい伝聞レベルの話であり、確実に効くとは限らない。

「打って出るにしても、もう少し情報を集めるべきです。相手の行動範囲がどの辺りなのか、ルナさんを狙っているのか、狙っているとすれば存在に気づいているのかを」

ダンが情報収集を提案する。

「言っていることは分かるけど、ルナのことを知っているかを調べるのは難しいんじゃないかい」

ベアトリスがそう言うと、

「行動を見ればある程度分かると思います。もし、ルナさんを狙っていてどこにいるのかを知らないなら、いろいろなところに大魔や妖魔を偵察に向かわせるはずです。知っていればそこに向かうはずですから、動かないなら何らかの事情で動けない可能性があります」

「確かにそうだな。奇襲を仕掛けるにしても大魔や妖魔は邪魔だ。奴らの動きを見極めてからどう動くか考えた方がいいだろう」

シャロンは俺の言葉に頷くと、更に提案してきた。

「強力な魔法を考えておくべきです。特に光属性の魔法を」

「それは 魔将(アークデーモン) 対策ということか?」

「はい。それとあの魔物には光属性が一番効きそうな気がします。何の根拠もありませんが」

シャロンの提案を受け入れ、大魔や妖魔の動きを探ることと、 輝ける隼(ブリリアントファルコン) 以上の光属性魔法の開発を行うことにした。