作品タイトル不明
第四十九話「敵の影」
一月二十一日。
アンデッド騒動が治まったことから、アクィラ山脈の調査に向かうことにした。冒険者ギルドに情報を取りに行くついでに調査依頼がないかを確認する。
「アクィラの山の中の調査依頼はないですか? アンデッド騒動の原因を探る必要があると思うのですが」
「確かにそれは気になりますが、今はありません。というか、ザックさんたちにも無理に山に入らず、 リッカデール(ここ) にいてほしいくらいなんですよ」
受付職員が心配するように九月の調査で二級冒険者たちの多くがペリクリトルに引き上げ、未だに完全には復帰していない。
前は五組いた二級冒険者パーティだが、今ここにいるのは俺たちを含め、二組だけだ。俺たち以外の二級のパーティだが、調査の時に助けたグラディスたちだ。ペリクリトルで装備を整え、十一月頃に戻ってきている。
そのため、アクィラの奥地に入れる二級冒険者は以前より貴重で、何らかの異常事態が起きた場合を想定し、できる限りリッカデールから離れないでほしいとのことだ。
ただ、それはあくまでギルドからの“お願い”であって、強制力はない。
「本来ならギルドが率先して調べる話だと思いますよ。これだけ異常な事態が続いているのですから」
俺の嫌味に職員も「それは分かるんですがね」と苦笑いを浮かべ、
「九月の調査と討伐が大失敗でした。ザックさんのところはともかく、グラディスさんなんてギルドの指名依頼は受けないと宣言しているくらいですから。まあ、戻ってきてくれただけありがたいんですけど」
九月の調査と討伐で多くのベテランを失っている。それだけならまだいいのだが、強制的な依頼という割には情報収集が甘く、それが原因で仲間を失ったことから、多くのパーティがギルドに不信感を持ち、危険なリッカデールを敬遠するようになった。
そのため、優秀なパーティが森の奥に入らなくなり、更に情報が少なくなる。この情報不足が不信感を更に増大させるという悪循環に陥っていた。
いろいろと見てみたが、受けてもいい依頼はなく、無報酬でアクィラの山に入ることにする。別段、金に困っているわけではないから問題はなく、それ以上に森の奥が気になる。
防壁を出て東に向かうが、朽ち果てたアンデッドの残骸が多く残っており、戦場の跡のような不気味さがあった。戦場跡といっても血糊が付いているわけではないので、凄惨という感じはなく、それが却って不気味さを増している感じだ。
アクィラの山に近づくにつれ、俺、ベアトリス、リディの表情が険しくなる。
「見張られている感じがしないかい」とベアトリスが森の奥を見透かしながらいうと、リディも「私もそう思うわ」と頷く。
「俺もそんな感じがする。一旦引いた方がいいかもしれないが、どんな奴かくらいは見ておきたい」
「危険じゃないでしょうか」とシャロンが反対する。
「数は分からないが、多くはない。もし、神々の敵ならこのまま放置する方が危険だ」
俺の意見に四人も頷く。
その日はいつもより北よりに進み、早めに野営の準備をする。
「地下室を作って全員で入る」
「外に見張りを立てないってことかい。それじゃ袋のネズミじゃないか」とベアトリスが聞いてきた。
「そうだ。その代わり、入ってこられないよう入口は完全に封鎖する」
「分かりました。見張っている者をおびき寄せるためですね」とシャロンは俺の考えに気づいたようだ。
「そうだ。明日の朝、別の出口を作ってそこから脱出する。三十 m(メルト) くらい離れれば待ち伏せで奇襲を受けることはないだろう」
「もし、向こうが別の方法でこっちの場所を探れたらどうするの? ヴラドはトンネルの奇襲を見抜いていたわよ」
ラスモア村がアンデッドの大軍に襲われた時、アンデッドの王ヴラド・ヴァロノスを倒すために 死霊魔道師(リッチ) が掘ったトンネルを使って奇襲を行った。その時、ヴラドは俺たちがトンネルから現れるのを探知していた。
「深く掘れば土の精霊の力は見えないはずだ。後は俺たちの魔力を追う可能性があるが、 影流離(シャドウストーク) の魔法で撹乱するから大丈夫だと思う」
リディは「そうだけど」と納得した様子がない。
「普通に野営するより安全だと思います」とメルがリディを説得する。
メルのひと言で実施が決まった。
いつも通り、土属性魔法で地下室を作る。今回も丘のように隆起した場所を利用して水平に穴を掘っていく。
奥行きは二十メートルほど。但し、内部は狭く五人が何とか入れる程度にしておく。空気穴は作らない。一晩だけであり、灯りの魔道具があれば火を使うこともなく、狭いといっても通路部分を入れれば十分な酸素量は確保できると考えたからだ。
入口に戻り、擬装用の扉を作り、何度か開閉して見せてから中に入り、内側から固定する。更に奥側に壁を作ってすぐに入れないようにしておく。
逃げ場がないのは危険なので、脱出に使う通路を作る。但し、すべてではなく、最後の十メートルほどは残しておく。
トイレなどを作った後、早めに休むことにした。
翌日の朝、体内時計的には午前八時を過ぎた頃に起き、食事を摂った後、脱出の準備を行う。
「トンネルを外に繋いだら、灯りの魔道具で俺を照らし続けてくれ。シャドウストークを先行させて外に出る」
いつも通りの早朝にしなかったのはシャドウストークを使いたいことと、敵が焦れることを狙ったためだ。
土属性魔法でトンネルを掘っていく。
土壁のトンネルをゆっくりと進みながら、塹壕戦の兵士たちもこんな感じだっただろうかという益体もないことが頭に浮かんだ。すぐにそれを消し、リディたちに小声で指示を出す。
「外に繋ぐ。いつでも戦えるように準備を」
先頭は俺、ベアトリス、メル、シャロン、リディと続く。
シャドウストークを出すが、特に反応はない。トンネルから顔を出すが、待ち伏せはいなかった。
ハンドサインで丘の反対側にある入口を確認すると伝え、匍匐前進に近い状況で這い進む。
草の間から入口を見ると、木の上から大魔が三体と翼魔族のような人物が入口を監視していることが分かった。
(やはり見張っていたか……攻撃の意思もありそうだな……奇襲を掛けて殲滅しようと思ったが、大魔はともかく、あの魔族は危険だ。ここからでもヤバイ感じが分かる。ここは大人しく撤退すべきだ……)
ハンドサインで撤退することを伝え、静かに脱出する。脱出の際、掘ったトンネルに蓋をし、嫌がらせの罠を仕掛けておいた。
十分ほどでそれを行った後、丘を離れていく。上手く気づかれずに済んだようで、昨日感じた監視の気配は消えていた。
一時間ほど西に歩いたところで休憩するが、緊張感から全員が一斉にふぅと息を吐き出した。
「あいつは何者なんだい。ヴラドと同じくらいヤバイ感じがしたよ」
ベアトリスがやや掠れた声を絞り出す。
「私も同じ感じを受けました」とメルが汗を拭いている。普通の汗ではなく、冷や汗のようだ。
「魔族だとすると、相当の使い手がいるってことだ。魔法が効くなら俺たちでも何とかなるが、ヴラドのように魔法が効かない相手だと思っておいた方がいい」
そこでシャロンが小さく手を上げ発言を求めた。
「相手は相当強いと思いますが、探知能力は低いみたいです。奇襲さえ受けなければ何とかなるのではないでしょうか」
「そうなんだが、確実に気配を探れればいいが……」
「そこで提案なんですが、兄を呼んではどうでしょうか。兄がいれば奇襲を受ける可能性を一気に下げられます」
確かに 斥候(スカウト) の天才、ダンがいれば奇襲を受けるリスクは一気に下がる。しかし、彼はロックハート家の家臣ジェークス家の嫡男としての責任を果たすと決断した。その決断には大きな苦痛が伴っていた。特にメルのことで。その決断を覆すようなことをしてもいいのか悩む。
「あたしもシャロンの意見に賛成だね。奴は危険すぎる」
「私も賛成よ。私やあなた、ベアトリスよりダンの方が遥かに優秀な斥候なんだから」
メルだけは何も言わなかったが、目は安全を考えてほしいと訴えていた。
「そうだな。だが、まずはギルドに討伐の協力を頼もう。何組かのパーティで戦えば何とかなるかもしれないからな」
結局、ダンを呼ぶ決心がつかなかった。
そこで考えたのは九月と同じように二級冒険者パーティを投入するという案だ。前回のように魔物が活性化しているわけではないからだ。
休憩を終えリッカデールに戻り、その足でギルド支部に向かう。
大魔と魔族らしき人物を見たという報告を行い、
「討伐隊を組織すべきだと思います。それも早急に」
魔族というキーワードで支部長が出てきたが、討伐隊という話はすぐに乗ってこなかった。
「難しいと思う。話に乗ってくる奴はほとんどいないだろう」
九月の失敗で強制依頼という形もとれず、通常の指名依頼として出したとしても、俺たちが危険視する敵に挑む者はいないという答えだった。
「とりあえず総本部には連絡する。あとはここの冒険者には情報を伝えて警戒させる。今できることはその程度だ」
予想通りの結論だったが、総本部も動けないだろう。
こうなるとロックハート家にダンの派遣を依頼するしかない。
しかし、ダンはようやくメルのことを忘れたところだ。いや、まだ未練があるかもしれない。
そのことを思うと、彼に来てもらうことがよいことなのか悩まずにはいられない。
(世界のことを考えたら、ダンに来てもらうのが一番だ。しかし、本当にいいのか? メルと離れて一年と少し。ようやく落ち着いてきたところなのに、ここに呼べば嫌でも俺たちのことを見ることになる。もう少し時間を置きたいと思っていたんだが……)
悩んだ末、ダンと父に手紙を書き、彼らの判断に委ねることにした。
■■■
魔将(アークデーモン) のアシュタルは配下の 大魔(グレーターデーモン) からザカライアスらを見つけたと聞き、生贄にすべく自ら急行する。
(よいタイミングだ。周りに邪魔な冒険者はおらぬ。我らだけでも何とかできる……)
監視役の大魔と合流したが、既にザカライアスたちは地下室に入り込んだ後だった。
「あの中に入りました。あの四角い岩が扉になっております」
大魔が耳障りな声で説明する。
「見事なものだな。言われねばどこに入口があるかまったく分からぬではないか。生贄にするのが惜しいほどだ」
アシュタルは余裕の表情でザカライアスの作った入口の出来を褒める。
「明日の朝に一網打尽とする。周囲に魔物を近づけさせるな」
彼はザカライアスたちが自分たちに気づいていると思っていなかった。大魔の監視能力は高くないが、専門の斥候がいないという情報を掴んでいたし、実際に戦う姿を遠くから見て戦闘に特化したパーティだと認識していた。
ザカライアスが懸念していた精霊の力を見る能力だが、アシュタルはリディアーヌと同程度の能力は有していた。しかし、土の中まで見通すことはできず、反対側にトンネルを作っていることに気づくことはなかった。
朝になり、日が高くなっても出てこないことに不審に思い、大魔一体に扉を確認させる。
「扉が開きません」という報告を受け、舞い降りる。
アシュタルが確認するも、扉はまさに岩のように動かず、
「本当にここに入ったのだな!」と叱責する。
大魔が間違いないというと、土属性魔法で岩を破壊し始めた。扉を破壊すると、通路になっていたが、更にその奥に岩の壁があり、チッと舌打ちをする。
(篭城する気か? いや、脱出したのか?)
そう考えるものの、すぐに岩の壁も破壊していく。
その岩の壁も破壊し、中に入ろうと考えたが、
(罠でもあるのか? まあ、我を傷つけるほどのものはなかろうが、念のため警戒しておくか……)
中は真っ暗だが夜目が利くため支障はない。狭い通路ということで大魔を先行させ、後ろをついていく。僅かに炭が燃えたような匂いがした。
(火を使ったのか?)
そう考えた瞬間、大魔が倒れた。そして、自分も無意識のうちに片膝を突いていた。
(何が起きた?……毒か!)
そう考え、すぐに解毒の魔法を自分に掛け、後ずさっていく。
外に出るが、最初に倒れた大魔はどれほど経っても出てこなかった。
「毒を使うとは!」と吐き捨て、残った大魔に周囲を探るよう命じ、自らは丘の上から穴を掘り始めた。
土属性は得意としていないが、天井部分を貫通させ、中を覗く。
そこには燃え掛けの木炭があるだけで怪しいものはなかった。
「毒を使ったのか? 匂いもなく、霧状にもなっておらぬ。我の知らぬ毒か……しかし恐ろしい奴だ。我らに気づき、罠に嵌めようとするとは……」
アシュタルは気づかなかったが、ザカライアスが使った手は一酸化炭素中毒だ。密閉空間で炭素を燃焼させ、一酸化炭素濃度を上げる。どの程度の時間が掛かるか、どの程度大魔に効くかは未知数であり、ザカライアスとしては嫌がらせ程度のつもりだったが、大魔一体を仕留めるという大きな成果を挙げていた。
アシュタルは大魔を失った上にザカライアスたちに逃げられた。
彼は眷属を召喚することを決めた。ザカライアスは気づかぬうちに大魔一体を倒したが、それ以上に敵を増やすことになった。