作品タイトル不明
第四十二話「アクィラの奥地へ」
九月一日。
俺たちはアクィラ山脈の麓の村、リッカデールにいる。
リッカデールは人口八百人ほどの開拓村で一辺二百メートルの木製だが頑丈な防壁に守られている。畑は防壁の外にあるが、その外側にも頑丈な柵が巡らされており、 一応(・・) の安全は確保されている。
ここには常時五十人程度の一流の冒険者がおり、アクィラから絶えず降りてくる魔物を退治している。
また、農民や狩人も魔物との戦いに慣れており、なんとなくだがラスモア村に似ている。ただ、ラスモア村のように平和ではなく、三級相当の魔物が近くをウロウロする場所であり、畑の外側の柵では気休め程度にしかならない。
昨日までに冒険者ギルド総本部が出した依頼により、周辺の魔物の討伐は終わっており、村には多くの魔物の素材が持ち込まれていた。
参加した冒険者たちに聞くと、三級相当の 多頭蛇竜(ヒドラ) やマンティコア、更には二級相当の 複合獣(キメラ) までおり、二十人近い死傷者を出したそうだ。
それでも魔物の素材に加え、特別ボーナスが付くということで表情は明るい。
俺たち調査組は八つのパーティがそれぞれアクィラの山の中を目指す。一緒に行けばよさそうだが、冒険者のパーティはそれぞれやり方が違う。そのため、無理に合同チームにすると揉め事が起きて余計に効率が落ちるらしい。特にベテランになるほどその傾向は強く、ギルドも無理に合同チームを作ろうとはしなかった。
また、今回は隠密行動が求められるということで、大人数にしたくないという思惑もあった。
一応、担当する区域が決まっているが、俺たちは他のパーティに先立って山に入ることになっていた。これは目撃された 大魔(グレーターデーモン) を討伐するためだ。
他のパーティとは昨日顔合わせをしている。俺たち以外はすべて二級冒険者でペリクリトル周辺では最高の冒険者たちだった。
俺たちの担当区域に最も近いパーティとは更に詳細に打ち合わせをしている。これは万が一、俺たちの手に負えないような事態になった時に連携して対処するためだ。
そのパーティリーダーはグラディスといい、鋭い目付きと引き締まった体躯の三十代後半の人間の男だ。剣術士としてもレベル六十三と腕は立つ。
見た目に反して性格は陽気で顔合わせの時にも、
「見事なハーレムパーティだな。羨ましいが、全部嫁なんだろう? 俺には到底無理だな。ハハハ!」と笑いながら肩に手を回してきたほどだ。
彼のパーティは彼を含め剣術士が二人、槍術士、弓術士、魔術師、治癒師が一人ずつの計六人。構成的にはバランスがよく、大抵のことなら対処できる。
いずれもレベル五十を超えるベテランで、十年以上一緒にやっているとのことで連携にも不安はない。
一応実力を確認するため、訓練場で手合わせを行っている。一人一人の実力は俺たちに劣るが、チームとしての連携が上手く、この辺りでの経験を考えれば超一流と呼ばれていることに納得する。
打ち合わせの時にはグラディスも真剣な表情だった。
「腕で言えばお前さんたちの方が上だし、装備も格段にいい。もし合同で戦うことになったら、指揮はお前さんに任せるつもりだ」
プライドが高い二級冒険者に指揮を任せると言われ、言葉を失う。
「俺が指揮を? ベアトリスなら分からないでもないですが、俺じゃ経験不足でしょう」
俺の言葉にグラディスは「馬鹿を言え」と鼻で笑い、
「お前が経験不足なら、経験豊富な奴なんてどこにもいないぜ。特に戦いにおいちゃな」
「本当にいいんですか?」と再度確認する。
「あのロックハート家で鍛えられているし、ベアトリスがリーダーと認めているんだろ。だったら、ザック、お前が指揮を執ってくれた方が安心できる」
そう言って真剣な表情で頷くが、すぐにニヤリと笑い、
「お前が指揮を執れば、やばくなったら俺たちを先に逃がそうとしてくれるだろ? ロックハートが 殿(しんがり) で守ってくれるなら生き残る確率は大いに上がる。そういうことだ」
その率直な言葉に苦笑が浮かぶ。確かに俺が指揮を執れば、グラディスのパーティを逃がそうと考える。
それでもそのことを正直に言ってくれたことに好感を持った。
「了解です。もし、そういう事態になったら俺が指揮を執ります」
そう言ったものの、そんな事態になる可能性は低いと思っている。もちろんグラディスも同じだろう。恐らくだが、三級である俺たちが浮かないように気を使ってくれたのだ。この話をする前の打ち合わせでは俺やメル、シャロンのような若造がいることを快く思っていない者もいたためだ。
そんなことがあったが、今日は早朝から森に挑む。リッカデールは初めてだが、地図をもらっているし、ベテランたちから地形や目印などについて聞いているため不安はそれほどでもない。
目的地は三十キロメートル先だが、今日は十五キロほど進んで、土属性魔法で簡易拠点を作ることになっている。これは俺が提案したことで、俺たちに続くパーティが 荷物運び(ポーター) を伴ってここに物資を運び込み、比較的身軽な状態でアクィラの山に挑むためだ。
出発の時には不自然にならないように大きな 背嚢(バックパック) を背負っていたが、森に入ったところですべて俺の 収納魔法(インベントリ) に放り込む。身軽になったことで森の中を順調に進んでいった。
九月に入ったところだが、まだ真夏の暑さが残っていた。それでもリッカデールは標高が高く、深い森の中ということで苦になるほどではない。
また、昨日までの魔物の討伐のお陰で襲撃を受けることもなかった。ただ、獣道すらない原生林ということで一時間当たり二キロメートルくらいしか進めていない感じだ。
それでもその日の夕方に目的地である中間地点に到着した。渓流沿いの岩場で目印になる大きな糸杉の木が立っている。一キロメートルほど先に小さな洞窟があり、 不時泊(ビバーグ) する時に利用される場所らしい。
今回はその洞窟は利用しない。冒険者を狙う大魔がその場所に気づいている可能性があるためだ。
糸杉から二百メートルほど離れた場所に地面が隆起した場所があり、そこに土属性魔法でトンネルを掘る。この作業は村で貯蔵庫を作った時に散々やっているため慣れたものだ。
入口は幅一メートル、高さ一・五メートルほどと小さいが、中は奥行き二十メートル、幅五メートル、高さ二・五メートルほどで棚も作ってある。これだけ大きければ貯蔵庫としてだけでなく、複数のパーティでも緊急用の避難場所に使える。
入口に 石作成(ストーンクリエイト) で作った扉を設置し、換気用の空気穴を付けて完成だ。扉は天然の岩に偽装してあり、ぱっと見ただけなら地面に埋まっている四角い岩にしか見えない。
「相変わらず上手いもんだね。本当にこれで食っていけるよ」とベアトリスが笑いながら言ってきた。
「俺もそう思うよ」と笑い返すが、既に辺りは暗くなり始めており、野営の準備を始める。
ダンが抜けてから周囲の警戒は俺とベアトリスの仕事になった。ダンほどではないが、俺たちも警報装置の設置はできるので、急いで鳴子を設置していく。
その夜は何事もなく過ぎ、翌朝アクィラの山に向けて出発した。
ここから先はまともな地図もなく、ベテランたちの話だけを頼りに進むしかない。彼らの話では徐々に標高が上がっていき、とりあえずの目標地点である崩落した崖までは険しい尾根を這うように登らなければならないところもある。
その日も午前中は順調だったが、正午を過ぎた辺りから魔物の襲撃を受けるようになる。それも飛行型の魔物が多く、潅木しか生えていない岩場の尾根で執拗に狙われた。
最初に襲ってきたのは四級相当の 有翼獅子(グリフォン) で、岩場に張り付いている俺たちに急降下で襲い掛かってきた。
「後ろからグリフォンが来るわ!」というリディの警告に全員が振り返る。
体長三メートル、翼長四メートルほどの巨大な体躯が迫る。魔法で迎撃する時間はない。
「避けろ!」と叫び、俺に注意を向けさせるため剣を抜く。
グリフォンは俺を獲物と認識したのか、ピィーと甲高い声で鳴いた後、巨大なくちばしを大きく広げて襲い掛かってくる。
剣を抜いたものの、馬鹿正直に迎え撃つつもりはなかった。不安定な岩場だが、ギリギリのタイミングでその巨体を避ける。
巨大な翼が巻き起こす風で吹き飛ばされそうになるが、すれ違いざまに翼を斬り付ける。体勢が不安定だったことと、丈夫な羽根によってダメージは与えられなかったが、グリフォンは忌々しげな鳴き声を上げて上昇していった。
「シャロンとリディは 刃の竜巻(トルネードスラッシュ) を頼む! ベアトリスとメルは二人を守ってくれ!」
そう叫ぶとグリフォンを威嚇するように剣を大きく振り上げた。
グリフォンは翼を斬り付けた俺に怒りの目を向ける。上空でUターンすると、まっすぐに向かってきた。
グリフォンが迫ってくる中、俺の目の前に二本の大きな竜巻が出現する。急降下によって速度を上げていたグリフォンは避ける間もなく竜巻に突っ込んでいった。
ピィィという悲しげな鳴き声の後、茶色い鷲の羽根が撒き散らされる。その直後、グリフォンの巨体が岩場に激突した。
グリフォンはそれでも生きていた。翼を痛め、全身から血を流しているが、頑丈な鷲の前脚と太いライオンの後ろ脚でしっかりと立ち、俺に向かって飛び掛かってくる。
しかし、俺に焦りはなかった。
飛行能力を失ったグリフォンは大型の獣程度の危険度しかない。不安要素は不安定な足場だが、剣に魔法を纏わせることなく迎え撃つ。
ねこ科の動物のようなしなやかな動きで俺に飛び掛かる。それでも急降下の時の速度には遠く及ばず、横にステップすることで攻撃を避け、裂帛の気合と共に首を斬り付けた。
ドワーフの名工ウルリッヒ・ドレクスラーのアダマンタイトの剣はグリフォンの首をきれいに断ち切った。鷲の頭が岩場にどさりと落ち、獅子の身体がその場で倒れる。
「怪我はありませんか」と心配そうなメルの声が聞こえた。
「大丈夫だ」と答えるが、すぐに「魔晶石だけとってすぐに移動しよう」と付け加える。
その後も多くの魔物に襲われた。
尾根を登りきったところでトロールの群れに襲われたのには肝が冷えたが、魔法を駆使することで無傷で倒し切っている。
他にも大型のサソリの魔物 鉄サソリ(アイアンスコーピオン) や、雷を全身に纏わせた 雷蛇(サンダースネーク) など初めて戦う魔物に襲われた。遠距離から魔法で対処したため、苦戦こそしなかったものの、俺たちの魔力は大きく消耗していた。
(まだ七、八キロしか進んでいないが、このまま進むのは危険だ。どこか安全そうな場所で休んだ方がいい)
そのことをリディたちに言うと、全員が賛同する。
「しかし、こんな調子じゃ、後続の連中は無理だよ。あたしらでもこれだけ苦戦したんだから」
ベアトリスの言葉にシャロンが大きく頷く。
「そうですね。グラディスさんのパーティでも厳しいと思います。本格的に討伐隊を組んで山に入った方がいいですね」
「でも、それも厳しいわよ」とメルがいい、
「遠くにチラッと見えただけだけど、 一つ目巨人(サイクロプス) がいたわ。私たちだから引き離せたけど、人数が多いと追いつかれると思うわ」
メルの言う通り、身長十メートル近いサイクロプスが別の尾根にいた。俺たちを見つけると、物凄い勢いで追いかけてきたが、脆い崖をロープを使って登ることで何とか逃げ切った。もし、人数が多ければロープで登る途中で掴まっていたことだろう。
これだけ足場が悪いと巨体の方が有利だ。もし、別の場所だったら一級相当の大物と五人で戦うことになっただろう。戦っても勝てないことはないが、今よりもっと酷い魔力切れの状態になり、他の魔物との戦いで遅れを取る可能性が高くなる。
その日は何とか野営に適した岩陰を見つけ、そこで休むことができた。
翌日、再び目的の場所を目指すが、あまりの魔物の多さに進むか引くかの判断を迫られる。
「あたしは引くべきだと思うね。午前中だけで五回も襲われたんだ。それに本命の 大魔(グレーターデーモン) は出てきていない。こんな状況で奴らに襲われたらまともにやりあう前にやられちまうよ」
ベアトリスの意見にメルが反対する。
「でも、あと少しで目的地なんですよ。目的地まで行ってから戻ってもいいんじゃないでしょうか」
メルが言う通り、地図で見る限りだが、あと三キロメートルほどで目的地である崖にたどり着ける。今の調子なら三時間ほどしか掛からないだろう。
リディはベアトリスに賛成、シャロンは消極的ながらメルに賛成だった。
「一旦引き上げよう。というより、この情報を後続のパーティに伝えるべきだ。このままじゃ、全滅する可能性だってあるんだからな」
俺の言葉で撤退が決まった。
その後、昨夜野営した場所に向かうが、大型の 竜(ドラゴン) が上空に現れ、慌てて身を隠している。幸いなことに竜に見つからず、事なきを得たが、一歩間違えば全滅した可能性もあった。