軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十二話「ルナの相談」

トリア歴三〇二三年九月二十日。

二十歳の誕生日から一年四ヶ月が過ぎた。

その間も平和な日々が続いている。

平和といっても暇だったわけではない。酒の祭典は中止されることなく続いているし、昨年の六月にはアルスで蒸留酒の販売が開始されるということで式典に招かれている。

そのアルス近郊の蒸留所、“スレイサイド蒸留所”は操業開始の時より更に規模が大きくなっていた。

また、近くには新たに五つの蒸留所が加わり、そのすべてがフル回転で操業している。既に原酒の生産量ではラスモア村を大きく引き離しており、あと三年も経たないうちにアルスのドワーフたちは制限なくスコッチを飲めるようになるはずだ。

他の蒸留所だが、ウェルバーンでは蒸留酒の販売を始めているし、シーウェルやエザリントン、帝都プリムスなど、帝国南部でも蒸留酒の生産が始まっている。

シーウェルワインの熟成も順調で、更に低温発酵のビールの生産にも手を付けた。

酒関係は非常に順調だが、悩みがあった。

それはルナのことだ。

彼女は一年前、正式にロックハート家の養女となった。それ自体は特に問題はなく、うちの家族もとても喜んでいる。

特に母の喜びようは異常なほどで、一緒に話を聞いていた末の妹のソフィアがへそを曲げそうになったほどだ。

「私やセラ姉様がいるのに」と頬を膨らませてソフィアが言うと、すかさず母が反撃した。

「あなたやセラは裁縫や料理とかに興味を示さないじゃない。まあ、料理を食べる方は別だけど、ルナは裁縫にも料理にも興味を示してくれたし、かわいい服を喜んで着てくれるわ。女親として一緒にそういうことがしたかったのにあなたたちは……」

へそを曲げそうになったソフィアだが、旗色が悪いと思ったのかすぐに逃げ出した。見事な撤退の判断で、思わず指揮官向きだなと考え笑ってしまったほどだ。

母が言うようにセラフィーヌもソフィアも剣術には興味を示すが、女性らしいことには一切興味を示さない。特にセラはフォルティスに修業に行ったきり滅多に帰ってこないし、帰ってきた時も剣の話しかしない。

母が特に気にしているのは服装のことだった。兵士が着るような無骨な服か、公の場でも騎士が着るような服しか着ようとしない。母はそのことでいつも小言を言っているが、ルナはドレスも好きだし、女性らしい服装を好んで着ている。

そのソフィアだが、ルナのことを嫌っているわけではなく、「ルナ姉様」といって結構仲がいい。

これはルナが作るデザートが効いているようで、訓練で疲れた後に「ルナ姉様、何か作って」と甘えている姿を何度も見ている。

ルナの方も満更ではないようで、「本当の妹ができたみたいでうれしいです」と言っている。

ルナの訓練の成果だが、こちらは順調で特に悩みではない。

心配していた身体の成長も問題なく、それに従って弓術の腕も上がっている。

今ではレベル二十に上がり、 一般的(・・・) な若手冒険者のレベルに達している。ただ、比較対象がロックハート家ということで、本人は伸び悩んでいると思いこんでいた。

ルナに関しては気になることは、明らかに悩みを抱えていることだ。

それは弓術の腕のことではなく、別のことだ。既に一年以上前から気づいており、何度か本人にも聞いているが、「特に何も」という答えしか返ってこない。

正確には一度だけ悩みを聞いている。

それは一年ほど前、彼女の十五歳の誕生日の直前のことだった。

抜けるような青空が広がる日、俺は馬場で愛馬コクヨウ号の世話をしていた。愛馬にブラシを掛けている時、「少しいいですか」と話しかけてきたのだ。

「構わないよ」といって手を止める。

コクヨウも俺たちに気を使ったのか、他の馬たちの方に向かってゆっくりと歩いていった。

「ここでいいか」といいながら、草の上に座る。

初秋の気持ちいい風が馬場を吹き抜けたことをきっかけに、俺は草原に寝転がった。

ルナはそんな俺の横にちょこんと座り、話をし始めた。

最初は他愛の無い話だった。五分ほど話した後、話題を変えてきた。

「ザックさんが十五の時って、どんな感じでしたか? 何か特別なことを考えていたとか……」

俺は何も考えずに思ったままを口にした。

「そうだな……前の世界じゃ、何も考えていなかったな。こっちではドクトゥスで十五になったが、何からやるか楽しみで仕方がないって感じだったかな」

「そうなんですか」と寂しげに言った後、

「私は何をしたらいいんでしょう。今もそうですけど、前の世界でも高校二年だったのにやりたいことが何もなかったんです……」

「弓道をやっていたんじゃなかったか? それも結構いい線までいっていたと聞いた気がするが?」

「そんなことないです……一応、学校では一番でしたけど、やりたいことかって言われたら……進路も決めないといけない時期だったのに、何も決められなかった……だから、この世界に飛ばされてきたのかもって思っています」

そこで何となく悩んでいることに気づいた。しかし、いいアドバイスをする自信がない。何とか思いついたことを言葉にした。

「それはないと思うぞ。俺の時代でもやりたいことを見つけて大学にいった奴なんて数えるほどしかいなかった。大抵やることがなくて、とりあえず大学に行ったって感じなんじゃないのか? 俺自身、食っていくのに一番楽そうな学科を選んだんだからな。それに、そんなことで 異世界(ここ) に飛ばされていたら、日本人だらけになっちまう」

最後は冗談を交えるしかなかった。

「でも、ここではやりたいことが見つかったんですよね。私には何もないんです……」

「そりゃ仕方ないさ。俺みたいに後悔しまくったおっさんと違うんだからな。今からゆっくり探せばいいさ。それに無理にやりたいことを見つける必要なんてないと思っているしな」

「そうなんですか!」とルナが驚く。

俺は身体を起こし、彼女の頭に手を置いた。

「ルナは何でも考えすぎるんだよ。人生なんて楽しめばいいんだ。理由なんてなくてもいいから、やりたいと思ったら何でもやればいい。失敗してもいいんだ。やり直せばいいだけだから」

これは俺の本心だ。

しかし、彼女は違う風に捉えたようで、「でも……やりたいことが……」と泣きそうな表情をする。

その表情は親を探す迷子のように見えた。

「無理に探す必要はないさ。探したって見つかるとは限らないんだし。いろいろやってみるってのも一つの手だと思うな」

そう言って頭を撫でたが、言ったことが正解だったかと悩む。

「ありがとうございます」といってルナは立ち上がり、城に戻っていった。

そんな彼女を見送っていると、いつの間にか後ろにいたコクヨウがブルっといなないた。

振り返ると、ちゃんと見てやれというように小さく首を振っている。

しかし、俺が城の方に視線を向けた時、ルナの姿は既になかった。

一応、それで少しは明るくなったが、十五歳の誕生日を境に再び暗い表情をすることが多くなった。

思春期の娘を持つ父親のようだが、この年頃の女性が何を考えているのかさっぱり分からない。

リディたちに相談してみると、四人とも理由を分かっているようで、

「時間が解決するしかないわ」という答えしか返ってこなかった。

そうなると、「そうだな」と答えるしかない。

恋愛関係の悩みなら、当事者の一人であろう俺が、どうこうできる問題じゃないからだ。

そして今日、そのルナが一人で俺の部屋にやってきた。

「相談があるんですが……」

少し思い詰めたような表情でそう言ったまま、中々本題を切り出さない。

こういう時は焦って聞き出すと逆効果になるので、のんびりと待っていると、小さな声で話し始めた。

「冒険者になりたいんです。できればここではなくて、ペリクリトルとか別の土地で……」

突然のことに「冒険者に?」と聞き返してしまう。

「別に構わないが、理由を聞かせてくれないか」

彼女はコクリと頷き、話し始めた。

「この世界の 成人(おとな) になって一年です。そろそろ独り立ちしてもいい頃だと思うんです……」

この世界の成人は十五歳からだが、そのことと冒険者という単語が繋がらない。

俺が怪訝な顔をしたためか、慌てて付け加える。

「別にここに不満があるわけじゃないんです! 義父様(おとうさま) も 義母様(おかあさま) も本当の娘のようにかわいがってくださいます。それに他の皆さんもよくしてくださいますから不満なんてないんです。でも……」

なぜ冒険者になりたいのかは分からないが、何か焦っている感じがした。

「何を焦っているのかは分からないが、まだ十六歳なんだ。無理に独り立ちする必要はない。この世界でもドクトゥスで学校に行っている連中は日本の学生と大して変わらないんだ。だから無理する必要はないぞ」

「それは分かっています。でも……」

何かを言いよどんでいる感じだが、どう聞いていいのか分からない。以前言っていたやりたいことが見つかったという風でもない。

「じゃあ質問を変えよう。独り立ちということだが、一人で別の町に行きたいということなのか?」

「はい。そうじゃないと頼ってしまいそうなので……」

頼ることが問題なのか分からないが、「分かった」と答え、別の質問をする。

「じゃあ、何で冒険者なんだ? 別の職業でもいいと思うんだが。例えば料理人でもいいと思うが」

その質問にはなかなか答えなかった。十秒ほどの沈黙の後、

「それも考えました。でも、それだと甘えてしまいそうで……」

「甘える?」

「私が料理を作ればどの町でもドワーフの皆さんがやってくると思います。この村で皆さんに作っていますから、そんなに美味しくなくても……私自身、自分の料理が絶賛されるほどの味だとは思っていません。だからちょっとでも挫折しそうになったら頼ってしまいそうなんです。その点、冒険者なら名前を言わなければ気づかれません。それに弓くらいしかできないですから」

言わんとすることは分からないでもない。ルナはドワーフたちに気に入られている。俺の家族だからということもあるが、それ以上に彼らのために何かしようと、料理をがんばっている姿にドワーフたちは共感している。

だから、「そんなことはないと思うが……」と言おうとしたが、そこで彼女が何を気にしているのかが気になった。

(養女になったことを負い目に感じているのか? 命を助けてもらった上に貴族の娘になったことを……いや、俺への想いを断ち切るためか……)

そう考えたところでどう聞くかで困ってしまった。

養女になったことを負い目に感じているなら、ロックハート家の次男である俺に正直に言えるはずはない。俺への想いうんぬんということなら、本人を前に口にすることはできないだろう。

「何となく理由は分かった。できるだけルナの希望に沿いたいと思うが、若い女性が荒くれ者の冒険者の中で、一人で生きていくのは難しいと思う。リディやベアトリスに話を聞いてから決めてもいいんじゃないか」

「そうですね」というものの、動こうとしない。

「聞きにくいなら俺から聞いておこうか?」

「いいえ」といって立ち上がり、

「もう少し考えてみます。リディアさんたちに話すのはもう少し待ってください。相談するなら私からしたいですから」

「ああ、それでいいなら」というと、笑顔を浮かべて、

「少しすっきりしました。ありがとうございました」

そう言って頭を下げると、部屋を出ていった。

俺は彼女が出ていった扉を見ながら、この話をどうすべきか悩む。

(リディたちに言うわけにはいかないし、すっきりしたと言ったが、あの顔は無理に作った感じだった。どうしたらいいんだろうな……)

とりあえず様子を見ることにしたが、それでは何も解決しない。

それに冒険者になることは彼女にとって悪い選択肢じゃない。

俺がいつまでも見守れるならいいが、恐らくそれはできないだろう。近い将来、俺から離れていかざるを得ないはずだ。そうなった場合、信頼できる冒険者仲間がいれば心強い。

力や知恵より、命を預け合える信頼関係を作ることの方が、強力な敵を相手にする彼女にとってはいい。

信頼できる仲間を見つけるということを彼女自身が考えているならいいが、自分が感じている苦しさから逃げたいとしか思っていない気がする。

そうならないようにするにはどうしたらいいのか、考えることにした。