作品タイトル不明
第十四話「アルス再訪」
五月二十九日。
エアルドレッドに到着した翌日、休養を兼ねて今日一日はこの街に滞在することになった。当然、鍛冶師ギルドのエアルドレッド支部との宴会はあるが、昼間は自由時間だ。
何をして過ごそうかと考えていたところで、帝国軍の騎士から父に連絡が入った。
不審な人物の遺体が見つかったということで襲撃者の頭目ダグに確認したところ、ダグに指示を出していたルークス聖王国の諜報部隊員ディーノ・グランディスらしいということだ。
らしいというのは遺体の損傷が激しく、また身分を証明するオーブも無くなっていたためだ。
身体的な特徴が似ていることと、他に行方不明者の情報がないことから、グランディスではないかという結論になったらしいが、面識のあるダグでも確実に本人か言い切れないということだった。
但し、徹底的に証拠を隠滅しているらしく、乗っていた馬や荷物だけでなく、衣服を含め、何も残っていないということで、結局真相は分からないままというのが実態だ。
騎士からは不審者に関する情報収集は今しばらく行うが、これ以上山狩りは行わないと教えられた。
本当にグランディス本人なのか疑問は残るが、これ以上できることもないと、父も頷くことしかできなかった。
騎士が去った後、今後の方針について父が聞いてきた。
「ルークスの襲撃は警戒すべきだと思うか?」
そのことは既に考えており、即座に答える。
「警戒は必要ですが、気にしすぎる必要はないと思います」
「なぜだ。黒幕が生きておるかもしれんのだが?」
「昨日聞いた帝国軍の勝利の情報が広まるからです」
そこで父は少し考え、
「それはエザリントン公爵閣下が凱旋されるから、少々のことでは混乱は起きんということか」
「その通りです。ルークスの諜報部隊もこれほど早く戦争に決着がつくとは思っていなかったのでしょう。もし最初の計画通りオークホープ峠で襲撃し成功していたら、そして、アバドザックの戦いが一ヶ月後だったとしたらどうでしょう」
「うむ。未だに戦争が続いていた可能性は高いが、その辺りがピンと来ぬな……」
「我々がオークホープ峠に入ったのは五月の初旬です。その段階で各地に情報が飛べば、帝都には五月半ばには届くはずです。元老院で揉めた場合、帝国軍には飛竜部隊がいますから、六月に入る前に皇太子殿下とエザリントン公爵閣下の下に届きます。そうなれば、戦闘が始まる前に混乱を与えることができた可能性があります」
父もそこで理解したようで「なるほど」と手を打つ。
「つまりだ。公爵閣下の神速の用兵と無能な光神教指導者のせいで奴らの予想が覆った。今更我らを襲って元老院に混乱を与えても意味がないということか……分かった。では、警戒は今まで通りとしよう」
父にはそう言ったが、ルークスが簡単に諦めるか不安はあった。
何といっても相手は狂信者だ。当初の命令に固執し、執拗に狙ってくる可能性は否定できない。
ただ、あれほどの戦力を揃えてくるのかと言われれば、違うと答えるだろう。
やるとすれば、ルークスが得意な毒を使うか、少数の獣人奴隷による暗殺くらいだ。しかし、その可能性も低いと考えている。
毒についてはウェルバーンで俺に使われたような物があるから油断はできないが、あの毒を使えばルークスが手を引いていると言っているようなものだから使うことは考えにくい。
獣人奴隷も同じで、ダンやベアトリスの警戒を掻い潜れるような 手練(てだれ) の獣人が襲ってきたら、すぐにルークスの獣人奴隷と結び付けられる。
俺たちを殺すことが目的ならあり得るが、帝国に混乱を与えるという目的には合致しない。
それどころか、ルークスがロックハート家に手を出してきたら、鍛冶師ギルドが黙っていない。それこそ本気で遠征軍を作りかねないし、それを止めるためにカウム王国のカトリーナ王妃辺りがアウレラなどの都市国家連合を脅す策を提示し、兵糧攻めにすることも考えられる。
そのような危険な賭けに出ることはないと考えている。
五月三十日。
鍛冶師ギルドのドワーフたちの見送りを受け、エアルドレッドを出発する。
昨夜の宴会についてだが、さすがにスコッチのストックが切れており、ごく普通の宴会だった。もちろん、ドワーフたちのという枕詞が付く。
六月十二日。
カウム王国の王都、アルスに到着した。
心配された襲撃もなく、また初夏になる前の快適な季節ということでトラブルは何一つ起きなかった。
今回、アルスではある行事が計画されていた。
それはアルス近郊にできた蒸留所の操業開始に立ち会うことだ。
既に半月ほど前から蒸留職人のスコットがアルスに入っており、スレイ川沿いにある蒸留所で最終チェックを行っているはずだ。
スコットがいれば充分すぎるのだが、ちょうど俺が通るタイミングということで、最初の樽詰めに立ち会うことに決まった。
アルスに入ると、鍛冶師たちが正門で出迎えてくれた。今回はスコッチを積んでいないので酒に釣られてきたわけではなく、事前に到着日程が伝えてあったためだ。
「よく来た! ジーク・スコッチ!」というドワーフたちの声が響く。
アルスの市民たちも最近では慣れたのか、ロックハート家の馬車を見て同じように「ジーク・スコッチ!」と声を掛けてくるようになっている。少し違う気がするが、ドワーフたちのうれしそうな顔を見て自然と出るようになったのだろう。
ドワーフを代表して匠合長のウルリッヒ・ドレクスラーが出迎えの言葉を掛ける。
「帝都でも上手くやったようじゃな。途中で襲われたと聞いた時は肝が冷えたが、何にせよ、無事でよかった」
そう言って父の右手を取る。
父もあいさつを返し、
「歓迎の言葉に感謝する。まあ、いろいろと酒絡みで仕事が増えたようで、迷惑を掛けるが、よろしく頼む」
と最後には苦笑いを浮かべていた。
仕事が増えるというのはシーウェルとフィーロビッシャーに支部を設立することと、エザリントン支部やフォルティス支部の 熟練者(エキスパート) コース受講の手配などのことだ。
これらについては総本部の所掌でもあり、運営会議で承認が必要になる。
他にも蒸留器の生産に必要な良質な銅の手配もある。
元々、銅はカウム王国で生産されているが、貨幣や調理器具などの他にはあまり使われることがなく、生産能力が限られている。今はいいが、今後大量に蒸留器を製造していくなら銅の生産能力の向上が必須となり、それも鍛冶師ギルドの仕事になる。
「酒のために骨を折ることは苦労でも何でもないわい。ガハハハ!」とゲールノート・グレイヴァーが豪快に笑う。他のドワーフたちも同じように笑っており、予想通りの反応だった。
定宿になっている 金床(アンヴィル) 亭に一旦入り、そのまま鍛冶師ギルドの宴会に向かった。今回もネザートンの若手の鍛冶師が同行している。
彼らも明日以降の蒸留所の操業開始に立ち会うことになっているためだが、それ以上にローグデール峠での活躍がウルリッヒたちの耳に入ったことが大きい。ロックハート家を身を挺して守った彼らに対する労いのための宴会という意味もあったのだ。
いつも通り、三百人の親方たちが集会室に集まっていた。更にスレイ川の蒸留所から戻ってきたスコットとギルドの蒸留所の責任者ジャック・ハーパーも合流する。
二人の明るい表情を見て、「順調そうだな」と声を掛ける。
「はい。蒸留器は試運転しかしていませんが、 麦芽(モルト) の仕込みは順調ですし、 泥炭(ピート) の香りもよい感じで付いております。明日の樽詰めが楽しみで仕方ありません」
満面の笑みでスコットは話してくれた。当然、ここまで来るにはいろいろとあったはずだが、現状ではすべて解決し問題は何もないようだ。
「スコット様のお陰で本当に順調そのものです。既に第二蒸留所の建設もほぼ終わっておりますし、初年度から予定通りの生産ができそうです」
大消費地であるため、最初から複数の蒸留所を建設する計画だった。本来なら気候や水の条件を確認しつつ、熟成具合をみながら数年かけて徐々に生産量を増やすべきだが、 消費者(ドワーフ) たちが納得してくれなかったのだ。
そのため、ラスモア村の蒸留責任者であるスコットを貸し出すことになった。彼がいればある程度の問題であれば解決できる。
一番の理由は修行を終えた職人たちを安心させるためだ。
職人たちの腕については問題ないことは確認しているが、数千人にも及ぶドワーフの期待を一身に受け、強いプレッシャーを感じることは間違いない。
そんなプレッシャーを感じたら成功できるものもできなくなってしまう。その点、スコットならドワーフたちも安心するだろうから、無用のプレッシャーは掛けてこないし、職人たちもこの世界の第一人者がいれば心強い。
スコットたちと蒸留所の話をし、ドワーフたちと翌日の樽詰めの話などをしながら宴会は進んでいった。
「随分明るくなったようじゃな」とウルリッヒがルナに話しかける。
前回ここに来た時はまだほとんど話さない状態だったので、その違いに気づいたようだ。
ルナは「はい」と答え、「ザックさんとロックハート家の皆さんのお陰です」と言ってニコリと笑う。
「それは何よりじゃ。まだ酒は飲めんようじゃが、たくさん食って早く大きくなれ」
そう言って料理を勧める。
「ありがとうございます」とルナは小さく頭を下げるが、
「あんまり食べ過ぎると横に大きくなってしまいそうですね」
「そうじゃな。カティのようにならんようにせんとな。ガハハハ!」と神槍のオイゲン・ハウザーが笑う。
その直後、入り口の方から女性の声が聞こえた。
「あら、 私(わたくし) の名前が出たようですけど」
振り返るとそこにはカウム王国の王妃カトリーナ・ブレントウッドの姿があった。
お忍びの時に使うベージュのシンプルなロングのワンピース姿だ。
「今日は呼んでおらんが」とウルリッヒがいうと、
「折角ロックハート家の皆さんがいらっしゃっているのにつれないですわ」といってハンカチで目を押さえる。
しかし、誰も本気で悲しんでいるとは思っていないため、俺の防具を作ってくれたゲオルグ・シュトックが「一緒に飲むつもりなら遊んでおらんで座れ」といって手招きする。
カティも加わり、宴会はいつも通り盛り上がった。
乾杯の歌がエンドレスで歌われる中、カティが俺に話しかけてきた。
「そう言えば新しい料理を考えられたそうですわね」
「料理ですか?」と意外な言葉に思わず聞き返した。
「何! 新しいつまみを考えたのか!」といって乾杯の歌が止まる。
「“チョコレート”というおつまみだと聞きましたけど、違いましたか?」
そこでようやく理解できた。
「ええ、ルナと一緒に作ったのですが、料理というより菓子ですよ。もちろん料理の素材にもなりますが」
「何じゃ、菓子か」といってドワーフたちは落胆するが、カティはそのまま質問してきた。
「ブランデーの相手によいと伺いましたけど、どのような物ですの?」
そこで再びドワーフたちの視線が俺に向く。
「苦味と甘味のあるものです。口で説明するのは難しいので、明日にでも用意しましょう」
そう言ってその場を収めるが、更に新しいシーウェルワインについても質問してくるなど、彼女の情報収集能力の高さに改めて感心する。
ワインについては帝国の貴族の間では有名な話だが、チョコレートの方は少し違う。
実際に作ったのは一月の末、更に帝都の宴で披露したのは二月の中旬だ。ジェラートを売っているロビンス商会もまだ商品化ができていないので、ほとんど情報は出回っていないはずだ。
「そういえばフィーロビッシャーで新しい酒を造るそうじゃな。それにネザートンでも」
ウルリッヒが話題を変えてきた。
「ああ、フィーロビッシャーの酒はサトウキビで造る。ネザートンはトウモロコシが原料だ。どちらもまだ計画段階だが、今までにない酒ができるはずだ」
リディとダンの剣を打ったヨハン・ヴィルトが興奮気味に話し始める。
「今までにない酒じゃと! それはここではできんのか! 儂らが飲むことは……」
「落ち着け、ヨハン」とウルリッヒが嗜めるが、彼も新しい酒に興味があるのか、「それはどんな酒になるんじゃ」と聞いてきた。
「まだ造ってもいないから断言はできんが、フィーロビッシャーの物は独特な甘い香りがする蒸留酒になる。甘い香りといってもカルヴァ ト(・) スのような果実の香りじゃなく、黒砂糖のようなほのかに苦味を感じるような香りになるはずだ」
「それでネザートンのものはどうなんじゃ」とヨハンが聞いてくる。相当興味があるようだ。
「ネザートンのものは香ばしい香りのものになるはずだ。ただ、こっちはどの程度の香りと味になるかは全くの未知数だ。まあ、少なくとも蒸留酒は造れるはずだから、その点は心配していないがな」
「それを儂らが飲むことはできんのか」とゲールノートが悲しげな顔で訴えてくる。
「五、六年経てば飲めるようになると思うが、どの程度作るつもりかはその土地の者が決めることだろう」
「そう言えばネザートンの職員がおったはずじゃ。奴が酒造りの責任者なら、後で儂らにも回せるよう頼んでおかねばならん」
同行しているギルド職員バートラムのことに気づいたようだ。相変わらず酒のことになると勘がいい。
「あまり圧力は掛けるなよ。それにネザートン支部は小さなところなんだ。たくさん造れるようにきちんと支援してやらないと……」
そこまで言ってしまったと思い、口を噤む。支援すれば飲めると考えてしまうからだ。
「なるほど。支援すればよいのじゃな。ならば、総本部が全面的に支援してやろう」
ウルリッヒがそう締めくくった。
その後、バートラムが呼び出され、総本部が全面的に協力するという話を聞かされ、目を丸くしていた。