作品タイトル不明
第六十三話「帝都見物」
二月十二日。
宰相との面談、鍛冶師ギルドとの宴会を終え、ようやく少し落ち着いた気がする。
今日の予定は夕方からエザリントン公爵家で晩餐会に出席するだけで、他に予定はない。
もっとも父と兄はシーウェル侯爵と今後の予定や皇室などに贈る品について話し合うため、朝から予定は詰まっているが。
俺たちは午後四時頃までフリーになるが、既に予定は決まっていた。
昨日のうちにロビンス商会の商会長バート・ロビンスから帝都見物の案内をしたいという提案があり、父と兄を除くロックハート家全員が参加することになっていたからだ。
朝食を終えた頃、シーウェル侯爵家にロビンスが現れた。
彼も宰相との面談のことは聞いており、概略こそ知っているが、実際にどうだったのか気にしていたようで、表情にいつもの明るさがない。
しかし、話をするうちに全く問題がなかったと分かり、彼の表情も明るくなった。
「本日は商業地区と各神殿などを見ていただく予定です。何かご希望はございますか?」
特に希望はなかったが、今日は朝から天気が良くない。
今のところ雨は降っていないが、どんよりとした空模様でいつ降り出してもおかしくはない。
彼も同じことを思ったのか、「雨が降らなければいいのですが……」と言っていた。
この世界には手軽な雨傘がないため、ドレス姿の貴婦人たちが雨の中を歩くことは少ない。もっともロックハート家の女性たちはドレスというほど華美なものは着ておらず、そこまで気にする必要はないが、わざわざ雨の中にいくこともないため、降り始めたらそこで切り上げるということになった。
商業地区まで大して距離はないが、神殿は四方に分散しているため、馬車が必要となる。
馬車はロックハート家の物とシーウェル侯爵家の物が使われる。これはシーウェル侯爵家がバックにいると分かった方が待遇はよくなるし、トラブルも減るためだ。
北門から続く凱旋通と北上し、商業地区に入る。一昨日もここを通っているが、今日はのんびりと馬車の窓から外を眺めていた。
(立派な建物が多いな。この通に店を出すのがステータスだというのは分かる気がするな。そういえば、スペンサー商会に行かないといけないんだな……)
窓の外にスペンサー商会の看板が見えたため思い出したのだが、シャロンが情報収集を行った際に、俺が各国の食材に興味があるという名目で接触しており、リストまでもらっている。
既に彼女の工作によってスペンサーにこれ以上仕掛ける必要はないが、本来の意味で興味があった。
ロビンス商会本店前で馬車から降り、凱旋通を散策していく。
「本日より晩餐会が続くとのことですので、奥方様と若奥様、ザカライアス様の奥方様、婚約者様方にはクラーク服飾店をお勧めいたします」
それに対し、母が「今からでは間に合わないのではありませんか?」と質問する。母はウェルバーンの仕立屋の娘であり、ドレスを一着仕立てるのには相当な時間が掛かると知っている。
「もちろんドレスを仕立てれば間に合いませんが、飾りを少し加えるだけでも大きく印象が変わるそうです。この辺りは私にはよく分かりませんが」
帝国最大手の服飾店ということで、後付けできるリボンや 毛皮(ファー) のワンポイントなどが豊富にあるらしい。
「あたしは別のところがいいね」とベアトリスがいうと、リディも「そうね」と賛同する。
どうもこの二人は色気より食い気に走っている気がする。
「一緒に行きましょうよ」とメルが誘い、シャロンも「ザック様もその方が喜ばれると思いますよ」と言って援護射撃を行う。
「そうだな。二人がもっときれいになってくれた方がうれしいかな」
俺がそう言うと、「仕方がないね」とベアトリスが折れるが、リディは「別にいいじゃない」とあまり乗り気ではなかった。
「リディアさんも一緒ですよ」という母の一言でリディも諦めたようだ。
俺はルナとセラの二人の手を取り、のんびりと歩いていた。別にリディたちの誰かでもよかったのだが、ルナが何となく俺の方を見ていたので一緒にいたセラと一緒に手を繋いでみた。
少し冷たいルナの手を握りながら、「何か見つかるといいな」と言ってみた。
そうするとうれしそうに俺を見上げて、「はい」と笑顔で答えた。手を繋いで正解だったようだ。
クラーク服飾店にはすぐに着いたが、緊張した面持ちの店主ダニー・クラークが待っていた。
ちらちらとシャロンの方を見ているから、情報収集の時に脅したことが未だに効いているようだ。
それでも母を筆頭に女性たちの手を取って口づけをしていく。その姿は手馴れた感じで、貴族相手に手広く商売しているのだと実感する。
母を筆頭に店内を回るが、最上級の客扱いなのか、侍女であるアンジーやエレナ、そして子供であるルナにまで店員が付いている。
俺はリディたちから意見を求められるのでそれほど暇ではなかったが、ダン、セオだけは手持ち無沙汰で店内を見て回るくらいしかやることがない。ちなみにシム・マーロンと従士たちは父の護衛としてシーウェル侯爵邸に残っている。
暇な時間に昨日のことをダンに聞こうと思ったが、時々リディたちが「これはどう?」と聞いてくるのでほとんど聞けなかった。ただ、上手くいったということだけは聞けている。
一時間ほどで全員気に入ったものが見つかったのか、満足げな表情を浮かべていた。
リディはエメラルドグリーンのケープを、ベアトリスはオレンジ色のスカーフを、メルは深紅のリボンでできたバラの花を、シャロンはサファイアブルーのリボンを買っていた。
ルナもレースがふんだんに使われた真っ白な絹のハンカチを買い、仲がいいセラと見せ合っていた。
買い物を終えると、クラークがシャロンに何か小声で告げていた。
気になって後で聞いてみたが、「これでいいでしょうかと聞いてきただけです」と笑いながら教えてくれた。
どうやら彼女の脅しに対し、自分の行動が合っているか確認しただけのようだ。
一応どう答えたのかと聞いてみたら、
「どうでしょう?とあいまいに答えただけです。その方があの方もご自分でいろいろ考えるでしょうから」
どうやら肯定も否定もしなかったようだ。
「とりあえずそれでいいが、あまり追い詰めないようにな」
そう言って彼女の頭に手を置く。
「はい。もう無茶はしませんから大丈夫です」
切替えが早いのか既に引きずっている様子はない。
引きつった顔のクラークの見送りを受けるが、なぜかロビンスの顔も引きつっていた。
次に向かったのはスペンサー商会だ。
ここは帝国一の貿易商ということで多くの商人が店を訪れ、非常に活気がある。
ここでも事前に連絡がなされていたのか、商会長であるウィルス・スペンサーが揉み手をしながら待っていた。
「ようこそいらっしゃいました。では、奥にどうぞ」
彼に続いて奥に向かうが、応接室ではなく、会議室のような場所に案内される。
そして、その机の上には多くの酒や食材がところ狭しと並べられ、その後ろには担当者らしい男女が十人以上立っていた。
「シャロン様から伺っておりましたので、用意できるものはすべて用意いたしました。また、調理が必要な物は当方で試食できるようにしておきました。もっとも美食家として有名なザカライアス卿にご満足いただけるほどの味ではございませんが。では、担当のものより説明させていただきます」
一つ一つ説明を受けながら、試飲や試食を行っていく。
北のサルトゥース王国のキノコを乾燥させたものはスープにして供され、南のジルソールのオリーブオイルは試食用のパンがついている。
「こちらの白ワインは皇太子殿下がご愛飲されているラクス王国のものです。当商会では樽ごと購入し、ボトル詰めして販売しております……」
試食し少し飲み物がほしくなるタイミングで試飲できるようにゴブレットが並んでおり、なかなかの戦略家だと感心する。
しかし、そのワインは残念なものだった。
長期間船で輸送されてきたためか、酸化が進んでおり饐えたような匂いが鼻につく。また、僅かだが塩を感じ、白ワインの爽やかさが損なわれていたのだ。
リディたちも感じているのか、何も言わないが微妙な顔をしている。
「こちらはお気に召しませんかな? では、珍しい中部のトウモロコシで作った酒はいかがでしょうか」
トウモロコシ酒を味わうが、コーンらしい香りはなく、恐ろしく酸っぱい酒だった。
発酵を止めないためか、酒というより酢に近い味だ。
「本来ならもう少し甘い酒だそうですが、運ぶ間にこうなってしまうそうです。ですので、我々も船便で早期に到着する条件の時しか、帝都には運びません……」
これは現地に行ったときに飲もうと心に誓い、他の酒や食材を見ていく。
西の島ペルプルスの干したタラや塩漬けのニシンなどがあり、ラスモア村でも使えるかもと思わせるものが多かった。
「これは珍しい調味料なのですが、ジルソールの魚醤です。癖はありますが、料理に使えば味に深みが出ます」
そう言って野菜のトマト煮を手渡してきた。
スプーンを口に運ぶと魚介の出汁の香りを強く感じ、口に含むと独特の深みがあった。
「これはいいな。アンチョビといい、これも料理に使えるな」
俺がそう言うとベアトリスが「そうなのかい? あたしには臭い魚の匂いしかしないんだけどね」と鼻にしわを寄せている。
まだトマト煮を食べていないが、生の状態の匂いを感じて手を出していないらしい。
「火を入れると一気に香りになるんだ。騙されたと思って食べてみろよ」
そう言ってトマト煮を渡すと、恐る恐るという感じで鼻を近づけていく。その様子が新しい食べ物を見つけた飼い猫のようで思わず微笑んでしまった。
覚悟を決めたのかスプーンを口に入れる。すると、直前までの嫌そうな感じから一気に明るい表情に変わる。
「美味いね! 白ワインに合いそうだよ」
「ジャガイモの味付けに使うとビールにも合うはずだ」
俺たちがそんな会話をしていると、スペンサーの後ろにいる秘書らしき女性がメモを取っていた。俺の会話から商売のネタを見つけようとしているのかもしれない。
「野菜の鍋にしても美味しそうです。魚の切り身なんかでもいいかもしれませんね」
ルナがそんなことを言ってきた。
俺が話しかけていないのに珍しいことだが、それを顔に出すことはせず、「そうだな。レモンか何かで爽やかさを出してもいいかもしれないな」と何気ない会話を続ける。
珍しい食材が多いということで母も兄嫁ロザリーと一緒にどう使おうかと話しながら試食をしていた。
試食をしたり、購入の手続きをしたりと思った以上に時間を使い、昼食の時間になっていた。
スペンサー商会を出ると、ロビンスが「昼食はどうなさいますか」と聞いてきた。
俺を含め全員が思った以上に試食していたが、ロビンスが予約していると悪いと思い、予定がどうなっているか聞いてみた。
「スペンサー氏が気合を入れておりましたので、こうなるのではないかと思っていました」
どうやら想定内だったようだ。
「我がロビンス商会のサンドイッチ店で軽く食事をされてはいかがでしょうか?」
ドワーフ・フェスティバルで出したサンドイッチやハンバーガーが帝都で人気になっており、ロビンスから相談を受けていたので店があることは知っていた。
すぐ近くにあるということで行ってみると、ストライプの入った 庇(オーニング) とガラスを多く使った明るい店舗が見えてきた。
ここもジェラート店と同じく帝都の落ち着いた雰囲気とは異質な感じだが、昼食時間ということで多くの人たちが並んでいる。
俺たちはVIP待遇ということで、別の入口から店内に案内される。
すぐに店員が現れ、メニューを手渡し、説明を始めた。
「お勧めはエザリントンのハムを使ったハムサンドと牛肉のバーガーです。飲み物は冷やしたハーブティかオレンジジュース、酒類になります……」
流れるような説明だが、なぜか緊張している気がした。
注文を終え、店員が下がっていった後にそのことを話すと、リディが笑いながら理由を説明する。
「当たり前じゃないの。ここのメニューのほとんどがあなたの考えたものなのよ。そんな人がオーナーと一緒に来てごらんなさい。緊張しない方がおかしいわよ」
指摘されて納得したが、どうしても馴染めない。
(日本じゃ小市民だったからな。それにこんな感じになったのはつい最近だし……どうにも馴染めない……)
サンドイッチやハンバーガーは直営のパン屋から都度焼きたてを運んでおり、ロックハート家のメイド長モリーのパンに匹敵する。中身も管理が行き届いているためか、思った以上に美味しかった。
食事を終えて外に出ると雨が落ち始めていた。まだ本降りには程遠いが、午後の帝都見物は延期することになった。
(帝都見物というより試食会だったな……まあ、仕方ないか……)
午後が空いたのでロビンスにジェラートの店の一画を貸してほしいと頼むと、
「新しいメニューを考えられたのですか! ぜひとも弊社の店舗をお使いください!」
と食いつき気味に頼まれてしまった。
(そう言えばチョコレートの製造方法を渡す話もあったな。これはイグネイシャス様がいらっしゃる時じゃないとできないが、試食代わりにちょうどいいか……)
結局、俺たちザックセクステットと弟たち、そしてルナが残ることになった。
更にロビンスにプリムローズに連絡を入れるよう依頼した。