軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十五話「ルナの買い物」

一月二十九日の朝。

今日はベアトリスさん、メルさん、セラさんと一緒にシーウェルの街を見て回ることになっている。従士のルークさんたちも一緒らしいけど、護衛というより荷物持ちということだった。

確かにベアトリスさんとメルさんはルークさんたちより強いから、護衛じゃない気がする。二人は今日も武器は持っているけど、比較的安全なシーウェルの街の中での買い物ということで、外から見える防具は着けていない。

「どこか行きたいところはあるかい」とベアトリスさんが私たちに聞いてきた。セラさんが代表する形で答える。

「何があるか分からないから、ベアトリス姉様とメル姉様に任せる。ルナもそれでいいよね」

私もよく分からないので「はい」とだけ答えている。未だに上手くしゃべれないから、それ以上は何も言えないけど。

「じゃあ、商業地区に行って適当に見てから、どこかで昼飯だな」

ベアトリスさんの提案にみんなが頷き、行き先が決まった。

私は歩きながら、この旅行?であったことを思い出していた。

ラスモア村を出発してから信じられないことばかり。アルスでは本物の王宮に行ったし、エザリントンではきれいなドレスを着て、公爵様の晩餐会にも出席した。

公爵様は見るからに貴族って感じだし、ご令嬢のローレンシア様とプリムローズ様はお姫様って感じだったわ。

私はなんて場違いなところにいるんだろって、ずっと思っていた。

でも、ドワーフの人たちの宴会は違った。あの人たちは本当に楽しそうにお酒を飲んで、歌っている。私も思わず釣られて笑ってしまうほど楽しかった。

それに私のことを誰も気にしない。ロックハート家の人たちはみんな優しいけど、私のことを腫れ物でも触るように扱う。

もちろん分からなくはないわ。

親どころか知っている人すべてが殺されたんだから、私が逆の立場でも同じことをしたと思う。

でも、ドワーフの鍛冶師さんたちは全然違った。事情を知らないってこともあるんだろうけど、「ちゃんと食ってるか?」と言って料理を取ってくれたり、「どうじゃ、儂らの宴会は、ガハハ」と言って豪快に笑ったりして、本当に楽しそう。

日本にいた時も、こっちに来てからもお酒を飲んだことはないけど、こんな宴会なら飲めたら楽しいだろうなって思うほど。

あの人たちのお陰でちょっと吹っ切れた気がする。こんなことを言ったら、私を助けてくれて、今も面倒を見続けてくれるロックハート家の皆さんに悪いんだけど。

エザリントンを出てからも楽しかった。

メルさん、シャロンさんの馬に乗せてもらったからかもしれない。

馬に乗るって楽しいことだと初めて思ったわ。一人で乗れたらもっと楽しいんだろうと思うけど、今は乗せてもらうだけでも充分に楽しい。ちょっとお尻は痛いけど。

シーウェルについてからも楽しいことばかりだった。

近くの村に行って畑を見ながら食事をしたことも楽しかったけど、昨日ザックさんと一緒にワインゼリーを作ったことが一番。

この世界にもゼラチンがあることに驚いたけど、一番嬉しかったのは二人でゼリーを作ったこと。

ザックさんは本当に何でもできる人で、剣も凄いし魔法も凄い。料理もいろいろ考えるし、お酒のことは世界で一番って言われていて、できないことがないんじゃないかって思っていたわ。

そんな人にワインゼリーを一緒に作らないかって誘われたけど、最初は私に手伝うことがあるのかしらって思った。

でも、作り始めてすぐに気づいたわ。この人はゼリーを作ったことがないと。少なくとも板ゼラチンを使ったことがないことは分かったわ。

だって、全然量が足りなかったんだから。作ったことがあったら、何となく、とろみ加減で分かると思うし、味の調え方もちょっとおかしかった。レモン汁をあんなに入れたら、絶対に固まらないもの。

一番は生クリームの泡立て方かな。もう少し大胆にガシャガシャ混ぜないと角が立つほどのホイップにはならないんだけど、物凄く慎重に混ぜていたから。

思わず、「もっと大胆にやった方がいいです」と言ってしまったほど。

ぼんやりそんなことを考えていたら、知らないうちに笑っていたみたい。それに気づいたメルさんが「何かいいことでもあったのかしら」と聞いてきたから、初めて気づいたけど。

「いいえ」って答えた。

本当は話したかったんだけど、メルさんがザックさんの婚約者だから話せなかった。

ザックさんと一緒に料理を作ったのが楽しかったというのは何となく悪い気がしたから。もし、私が自分の婚約者と別の女の人が楽しそうに料理を作っていたら妬くかもしれない。でも、十一歳の子供だから言っても気にされないんだろうけど。

シーウェル城を出てから二十分くらいで商業地区と呼ばれているところに着いた。

まだ、午前十時くらいだから、日本だったらお店が開き始めるくらいの時間。最近、日本にいた時の記憶が怪しいから自信はない。

でも、この時間でもほとんどのお店が開いていた。露天の市場じゃないから呼び込みはしていないけど、お店の中から明るい声が聞こえてくる。

「何を見ようかね。メル、あんたはどうする?」

メルさんは「そうですね」と言った後、

「ザック様に何か買って帰ろうかなと思っています。だから、おつまみになるようなものを見たいですね」

「そうだね。じゃあ、いい匂いのする店に適当に入ってみようかね」

ベアトリスさんは虎の獣人で鼻がとてもいい。

話は変わるけど、物語にしか出てこない獣人がいるというのが、最初は不思議だった。頭の上に本物の獣耳があるし、尻尾も生えている。でも、話すと普通の人と同じ。

コスプレとかに興味はなかったけど、好きな人が見たら物凄く興奮するんじゃないかと思うほどリアルだった。まあ、本物なんだけど。

物語にしか出てこない存在だと、エルフやドワーフもいるのだけど、やっぱりインパクトは獣人が一番かな。

エルフはリディアさんがいるんだけど、物凄くきれいな人って印象しかない。ううん、お酒が好きって印象もあるかしら。

ドワーフについても腕が丸太みたいで背が低くて髭の多い、お酒好きのおじさんたちというイメージ。だから、獣人が一番ファンタジーっぽいって思うのかもしれない。

でも、よく考えるとベアトリスさんもお酒好きだった。どうしてこの世界の人はみんなお酒が好きなんだろう?

そんなことを考えていると、ベアトリスさんが一軒の店の前で止まった。

「ここが良さそうだね。オイルとスパイスのいい匂いがするよ。間違いなく美味いものがあるよ」

言われてみると何となく感じるけど、扉が閉まっているからスパイスの香りがするかなという程度で美味しいものがあるかは全然分からない。

カランカランというドアベルの音をさせながら、中に入っていく。

ベアトリスさんの言っていたとおり、ナツメグやシナモン、ペッパーなどのスパイスの入り混じった香りが充満していた。

窓ガラスがないから最初は薄暗い感じだけど、目が慣れてくると灯りの魔道具で照らされた店内が見えてきた。壁にはたくさんの壷が並び、そこにスパイスが入っているみたい。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

五十歳くらいの白髪混じりの男の人が話しかけてきた。この人が店主らしい。

「あたしらは北から来た旅行者なんだが、ここには何が置いてあるんだい。酒のつまみになりそうな珍しいものとか、料理に使えるものを探しているんだが」

店主が笑みを浮かべながら、

「うちの店はオリーブオイルとスパイスを主に扱っていますから、料理に使えるものばかりですよ。北の方が珍しく思うつまみですか……そうですね。これなんてどうです……」

そう言って小さな壷を出してきた。

「ラングトンの イワシ(サーディン) のオイル漬けなんですけど、白ワインにもビールにもよく合いますよ」

そういいながら蓋を開ける。

中には金色のオイルの中に、 月桂樹の葉(ローリエ) と一緒に同じように金色に輝く小さな魚がぎっしりと入っていた。

「帝都やエザリントンにもありますが、ウェール半島の東側、特にラングトンの物が一番美味いと言われているんです……」

ベアトリスさんは鼻をくんくんと鳴らし、「こいつはいけそうだね。五つほどもらおうか」と即決する。

私はオイルサーディンがあるなら、もう一つのイワシの加工品もあるかもと思って聞いてみた。

「アンチョビ……発酵させたカタクチイワシはありますか?」

店主は「ええ、ありますよ」と言って奥から小さな壷を持ってきた。

「変わった匂いだね」とベアトリスさんが呟き、「何に使うものなの?」とメルさんが聞いてきた。

「調味料になると思います。炒め物とかに使うと美味しくなったはずです……」

そこまで言ったところで、どうしてそんなことを知っているのかと言われるのではないかと思った。

私が育ったティセク村はラスモア村と同じ内陸にある。それも街道から遠く離れていて、行商の人も来ないような辺鄙なところ。ベアトリスさんもメルさんもそのことを知っているから、不思議に思うんじゃないかと思った。

でも、二人ともそのことに気づかなかったのか、「そりゃ楽しみだね」、「ザック様なら知っていそうだから、どう使うか聞いてみましょう」と言っている。

「それもいくつかもらおうか」とベアトリスさんがいい、買うことになった。

どうして不思議に思わないのかが心に引っ掛かったけど、すぐにそのことを忘れて買い物に夢中になった。

別の店ではセラさんと一緒にお菓子を買った。

「ねぇねぇ、ルナは何を買うの?」とセラさんが聞いてきた。

彼女とは性格は全然違うけど、何となく気が合う。

メルさんやシャロンさんはお姉さんというイメージだけど、セラさんは気兼ねなく付き合える友達という感じ。

元高校生の私が十一歳の子供、小学校六年生くらいの子供と友達というのは何となくおかしいけど、この世界の人たち、いいえ違うわ、ロックハート家の人たちは日本の人たちより大人びている気がするから、自分ではおかしいとは思っていない。

「お茶に合うお菓子を買おうかと……」

お店の人に話をいろいろと聞きながら、ちょっと硬めのマカロンみたいなお菓子とレーズンが入ったパウンドケーキを買った。

「この辺りはワインだけじゃなくて、レーズンも名産品なのよ」とお店の人が教えてくれた。

どちらも素朴な感じのお菓子だけど、原料が高いのか結構いい値段だった。でも、ザックさんから頂いた銀貨二枚で充分に足りた。

これを見せたら、ザックさんは何て言うかな。喜んでくれるかな。そんなことを考えていたら、また少し微笑んでいたみたい。

セラさんが「買い物は楽しいよね」って言ってきたから、多分そう。

そう言えば、この世界のお金を初めて使った。ティセク村では物々交換しかしていなかったし、ラスモア村でも館ヶ丘ではお金を使うことはなかった。

この旅でも今までは買い物に行くことはなかったから、この世界に生まれて初めてということになる。

その銀貨なんだけど、五百円玉の倍くらいの大きさで、厚さなんか四、五倍くらいある。競技大会のメダルみたいな感じかな。

この銀貨一枚でいいホテルに泊まれるらしいから、お小遣いってもらったのは二万円以上ってことになる。お小遣いっていうよりお年玉に近いかも。

お城に帰った後、ザックさんが会いに来てくれた。

「ベアトリスに聞いたんだが、アンチョビを見つけてくれたんだって。ありがとうな。完全にその存在を忘れていたよ」

ザックさんはそう言って私の頭を撫でてくれた。

「あれがあれば、つまみのバリエーションが一気に増える。やっぱり発酵させた調味料は必要だからな。ところで菓子も買ったそうだが、どんな物を買ったんだい?」

私はお菓子を取り出しながら、

「マカロンとレーズン入りのパウンドケーキです……」

未だにザックさんとはうまく話せない。

ザックさんはお菓子を見ながら、ニコッと笑ってくれた。

「そうか。お茶うけに良さそうだな。おっ! このマカロンはブランデーに合いそうだな」

やっぱりお酒のつまみにするんだと思い、思わず微笑んでしまった。

その後、夕方の訓練の前にお茶を飲んだ。

今日はいつものハーブティーじゃなく紅茶だった。帝国の南の方で紅茶を作っているからあるのだけど、物凄く高いらしい。

「二つとも美味いな。特にこのパウンドケーキはいい。あと一日か二日置いておいたら、もっと味が馴染むかもな……」

ザックさんは満足そうにお茶を飲んでいた。

紅茶のいい香りに包まれながら、もう少しちゃんと喋れればいいなと思っていた。