軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十一話「シーウェルワイン販売戦略:前篇」

一月二十九日。

午前中にイグネイシャス・ラドフォード子爵が帝都で得た情報を聞き、商業ギルドと魔術師ギルドが動き始めていると知った。

ラドフォード子爵の得た情報では今のところ大きな問題は起きておらず、一応は安堵した。

しかし、相手は搦め手を使う組織及び人物であるため、敵に先手を取らせないためにも、ロックハート家として独自に情報収集を行うこととなった。

情報収集にはダンとシャロンの兄妹が候補として挙げられ、問題がなければ明日の朝、先行して帝都に向かう。本当なら俺自身が行きたいところだが、それではあまりに目立ちすぎる。

二人は目立たぬように、ロックハート家の関係者という立場ではなく、冒険者として行動する。そのため、帝都ではシーウェル侯やエザリントン公の屋敷ではなく、一般の宿を使う予定だ。

このことはロックハート家の者とローレンシアたちには説明するが、表向きは俺が食材と魔道具を探してほしいと依頼したことにしている。これは商業ギルドや魔術師ギルドに接触する口実に使えるためだ。

昼食の後はシーウェル領のワイン品質向上計画について、協議を行う予定となっている。

侯爵領の内政担当であるレドリー・サザーランドとバーナード・ダルントンらが午前中にまとめた計画をシーウェル侯、ラドフォード子爵と共に確認し、改善点があれば修正するためだ。

その後は明日からの蒸留所建設候補地視察の事前打合せとなる。

父と兄は気晴らしに街に繰り出し、シャロンは明日の出発の準備をするため、打ち合わせには参加しない。

その代わり、暇を持て余しているリディが「邪魔はしないから一緒にいてもいいでしょ」と言ってきた。

朝からワインを飲んでいたらしいが、解毒の魔法できれいに消しているため、酒臭さはない。ラドフォード子爵に確認するが、特に問題ないとのことだったので会議に参加することになった。

リディには商業ギルドの動きについて簡単に説明し、シャロンとダンが先行することを伝えている。

話を聞いた直後は「そう……」と言って何か考えていたようだが、すぐに「シャロンが行くなら大丈夫ね」と笑みを浮かべている。

その表情の変化が気になり、「何かあるのか?」と聞くと、

「いいえ、特にないわ。ちょっと思いついたことがあったんだけど、多分あの子も分かっているはずだから」

「何のことだ?」と俺が聞くと、

「魔術師ギルドではラスペード先生の名前を使った方がいいって言おうと思ったんだけど、シャロンが気づかないはずはないわ。まあ、一応後で言っておくつもりだけど」

確かにラスペード教授の名は魔術師ギルドにおいて大きな影響力を持つ。

俺もそうだが、シャロンも教授から助手にならないかと直々に声を掛けてもらっており、遠く離れた帝都支部とはいえ、ギルドで知らない者はいないはずだ。

俺が教授から依頼を受け、シャロンがそれを手伝っているように見せる。つまりギルド関係者に教授絡みの案件として認識させた方が動き易いだろうという考えだ。

「確かにそうだな。リディから伝えておいてくれ」

そんな話をしながら会議室に向かった。

会議室にはシーウェル侯とラドフォード子爵、そして目の下に隈を作ったサザーランドら五人の文官がいた。彼らは徹夜で計画をまとめていたらしい。

(そこまで急がなくてもいいんじゃないか? 予定ではまだ五日以上滞在するんだし……)

そのことをやんわりと聞いてみると、ラドフォード子爵が真剣な表情で理由を説明してくれた。

「君にはワインの品質向上だけでなく、蒸留酒の生産計画の相談もしたいのだよ。建設予定地を回って意見を聞くとなると、それだけで二日は潰れてしまう。それにボトルの生産や販売戦略でも相談したい。君がいる間にある程度目途は付けておきたいのだ」

彼らの主君であるシーウェル侯も大きく頷いており、侯爵家としての方針らしい。

(ということは俺もずっと拘束されるのか……まあ、酒の話だから嫌じゃないが、そこまでするとは思っていなかったな……)

そんなことを考えていると、すぐに計画書がテーブルに広げられる。コピー機がないため一部しかないが、びっしりと文字が書かれた書類は二十枚近くあった。

その情報量に唖然とするが、そんな俺を無視して、サザーランドが説明を始めた。

「まずはワインの品質向上についてです。ウィディアル村のブドウ畑の視察時に頂いた提言をまとめてみました……畑の細分化については生産者の意見を元に百 m(メルト) 四方を最小単位として……次に使用する樽については畑の区分ごとに新樽と古い樽の両方を使いどちらが適しているか確認します……」

サザーランドが説明していくが、他の文官たちは目の下に隈を作りながらも眠そうな素振りは一切見せない。その鬼気迫る雰囲気に俺は気圧される。

(凄いな。やりがいがあるからなのか、イグネイシャス様の意気込みに飲まれたのかは分からないが、凄い迫力だ……)

彼の説明は二十分ほど続いた。

要約すると、畑や樽、醸造時期、醸造責任者の名前などを明確にして管理を行い、データを収集して分析を行うというものだ。また、シーウェル家が一括して各村のワインを管理し、そのための部署を新設する。

「……以上が我々の考えた計画です。何か抜けている点、改善する点はあるでしょうか」

文官たちの視線が俺に集中する。

「いえ、今の計画で充分だと思います。あとは販売戦略とも関係する部分ですので、その話が終わった後にしましょう」

俺がそう言うと、なぜかがっくりと肩を落とした。

理由が分からずリディを見ると、「あなたねぇ」という感じで呆れた顔をしている。

「問題ないようですので、販売戦略の話を進めてもよいでしょうか」と、ラドフォード子爵が粛々とシーウェル侯に確認する。

「うむ。疲れているところ済まんが、もうしばらく付き合ってくれ」

そこで文官たちが肩を落とした理由に思い至った。

計画の素案が承認され、解放されることを願っていたが、俺が販売戦略の話をするといい、更に計画の追加・修正が必要になると知って、肩を落としたのだろう。

(イグネイシャス様から販売戦略の話がしたいって言われたんだが……失敗したな。俺が計画書を持ち帰って確認すると言えば休めたんだ……まあ、まだ若いんだから一日や二日の徹夜は大丈夫だろう……)

口にこそ出さないが、ブラックなことを考えながら、販売戦略の話を始める。

「まず目指すところはどこかが重要です。侯爵閣下の目指されるシーウェルワインとは、一体どのようなものでしょうか」

突然話を振られ、シーウェル侯は困惑し、ラドフォード子爵を見る。

「イグネイシャス様のお考えではなく、閣下ご自身のお考えが重要なのです。トップの目指すところが明確でないと、下の者の考えがぶれる恐れがあります」

「そう言われてもな……」と侯爵は言い、僅かに考えた後、答えを口にした。

「私が考えているのは高級路線ということだけなのだが、それでは答えになっていないか」

「それでも構いませんが、高級路線といっても様々なことが考えられます。例えば、皇帝陛下や元老の方々に献上するレベルのものを目指すのか、それとも他の産地よりもワンランク上程度を目指すのかで戦略は大きく変わってきます」

侯爵はそれでも困惑の表情を浮かべたまま言葉に窮していた。

「分かりました。私の方からいくつか案を提示してみますので、どこを目指すのかをお考えいただければと思います」

それから俺は思いつくまま、考えを話していく。

「高級路線といっても先ほどの言いましたように、陛下や元老方がお飲みになられるようなものから、今までより少し高級という程度まで様々です。現状でもシーウェルワインは充分に評価されており、それで満足するという手もございます。ですが、それでは他の産地にすぐに追いつかれ、追い抜かれてしまうでしょう……」

そこでシーウェル侯とラドフォード子爵の顔を見る。二人はその通りというように頷く。

「しかし、際限なく品質を上げればよいというものでもありません。品質を上げるには当然コストが掛かります。あまりに高価なものは評価されても産業として成り立たない可能性があります」

「それはどういう意味かな? 何となくは分かるが、そこをもう少し説明してほしい」

ラドフォード子爵は侯爵たちのために解説を求めてきた。

「分かりました。考え方は非常に簡単です。高すぎれば買える者が限定されて市場が小さくなります。市場が小さくなれば生産量を絞らざるを得ません。しかしながら、小規模な市場では消費者の好みの変化で価格は簡単に下落します。赤ワインより白ワインに流行が移った場合、極少数しか消費者がいない場合は一気に売れ行きが落ちるのです」

「なるほど。しかし、それでは最高級でもなく、少し品質がよい程度でもない中間を目指すということになるが」

侯爵の問いに「他にも方法はあります」と答え、更に話を続けていく。

「重要なのはシーウェルワインが消費者の支持を受け続けることです。そのためにすべきことは、ブランド力の維持と消費者のニーズに応え続ける多様性です」

「多様性? ブランド力というのは分からんでもないが、赤ワインに多様性も何もないと思うが」

今度はラドフォード子爵が疑問を口にする。

「普段気楽に飲める手頃な価格帯のものと、特別な日に飲む最高のものを提供するのです。と言いましても、収入によって出せる価格帯は大きく異なります。ですので、庶民にとって最高のものと貴族にとって最高のものは異なることになります。そこでワインの価値を分かり易く提示するのです」

「ザカライアス殿の言わんとすることは理解できるが、価値を提示するというが価格を我々が指定するということかな。それは難しいと思うが」

俺は「いいえ」と 頭(かぶり) を振り、説明を続ける。

「あくまで価値を示すのです。価格は市場原理によって変わるでしょうが、ワインとしての価値は品質によって決まります。それを作り手側が決めるのです」

シーウェル侯が腕を組みながら「品質を決めるというのはイメージが湧かぬな」と呟く。

「ここからが私の提案となります」というと、文官たちはメモの手を止めて顔を上げ、更に真剣な表情になる。

「ワインの品質向上策を思い出していただきたいのですが、畑を細分化して管理することによって、より高品質のワインを造ることを提案しました。これが成功すれば、良いブドウができる畑がどこなのか把握することができます。作り手の腕の良し悪しによって味は変わりますが、これは技術伝承を事前に考えておけば、さほど影響は受けないでしょう。つまり、どの村やどの畑のワインがよいか、それを示すことができれば、消費者も選択しやすいと考えます……」

俺が提案するのはワインの等級付けだ。それもブルゴーニュなどの 特級(グランクリュ) 、 一級(プリミエクリュ) といった畑での区分と、村の名を付けた“ 村名(ヴィラージュ) ”ものを作って売るというものだ。

「畑や作り手が良くとも出来の悪い時もあるでしょう。そこで特定の名を付けることができる量を制限し、更にシーウェル家がワインに格付けを行って、味を保証するのです。シーウェル家の評価が信用に値するなら、消費者は銘柄でワインを購入できるようになります」

「しかし、その前提はシーウェル家に信用がなければならぬ。今はイグネイシャスがいるから、彼の評価を頼りに格付けを行えるが、それを継続するのは至難の業ではないのか」

侯爵の意見に文官たちも頷いている。自分たちにワインの味の評価などできないと思っているのだろう。

「おっしゃる通りです。ですので、ワインの専門家を育てる必要があるのです。イグネイシャス様の舌は信用できますが、万民がイグネイシャス様と同じ好みとは限りません。ですので、多くの専門家を育てる必要があるのです。それだけではなく、品質の基準を作り、それを守る仕組みを整備する必要があります……」

俺が説明を終えると、侯爵以下、全員が黙り込んでしまった。

(いきなり格付けの話は飛躍しすぎだったか……地域名とそれの上位の村名くらいからスタートした方がよかったかもしれないな……)

俺がそんなことを考えていると、ラドフォード子爵が口を開いた。

「ザカライアス殿の提案に賛成です。具体的に実施すべき事項をもう少し詳細に提案してもらい、それをどう実現するか考えていくべきかと」

「そうだな。私もこの提案に魅力を感じる。シーウェルのワインはどこにも負けぬ最高のものだが、少しがんばれば飲めるものもあるとなれば、帝都では飛ぶように売れるだろう。実現に何年掛かるかは分からぬが、何としても実現すべきだ。イグネイシャス、頼んだぞ」

このプロジェクトの責任者はラドフォード子爵に決まったようだ。というより、彼以外にできる人物がいないためだろう。

「品質とブランドについてはこれくらいですが、販売戦略についてはもう少し腹案があります」

俺の言葉に「「まだあるのですか!」」とサザーランドとダルントンが同時に声を上げる。

彼ら文官たちは若干涙目になり頭を抱えているように見えるが、酒のことで妥協したくはない。

「ええ。これはすぐにでもできる簡単なことです……」

文官たちは俺の言葉に疑わしげな視線を向けてきた。