作品タイトル不明
第七十一話「ロックハート家の処遇」
アレクシス・エザリントン公爵と別れた宰相アービング・フィーロビッシャー公爵はクレメント・シーウェル侯爵を呼び出した。
そして、ラスモア村にアンデッドの大軍が現れたこと、商業ギルドがルークスを助けるため暗躍する可能性があると話す。
「貴公には商業ギルドを監視してほしい。奴らはルークスからの撤兵と経済制裁の解除を求めておる。今回の魔族侵攻を機にいらぬことを画策せんとも限らぬ」
侯爵は「御意のままに」と了解するが、僅かに自信なさげな表情を浮かべ、
「しかし、ロックハート家が敗北する前提で進めるのはいかがなものかと」
宰相は訝しげな表情を浮かべる。
「千人にも満たぬ小さな村と聞く。持ち堪えられることはあるまい」
「恐らく数日は持ち堪えられるかと。私が二ヶ月前に訪れた際には充分な防備が整っておりました……」
侯爵は館ヶ丘の防壁と防空塔の話をし、更にラスモア村の自警団の実力は一流の傭兵団に引けを取らないと説明する。
「……我が配下の騎士が申すには攻城兵器を持たねば、数千の兵でも容易には落ちぬと。更にあの村にはザカライアスがおります。対魔族戦に関しては右に出る者はおりますまい」
そう断言した。
「ザカライアスといえば次男のことであろう。まだ十五、六の子供ではないのか?」
宰相の疑問に侯爵は大きく頷くが、
「昨年、ウェルバーンを訪れた際、ヒューバート殿が自らの右腕にしたいとしきりにおっしゃっていたことを覚えております。魔法の腕もさることながら、謀略、政略、軍略、そのいずれもが自分は足元にも及ばぬと。あのヒューバート殿がそこまで買っております」
宰相は北部総督ヒューバート・ラズウェル辺境伯がそこまで評価していることに驚きを隠せなかった。北部総督の能力を買っており、シーウェル侯爵を通じて気脈も通じている。
「ヒューバートがそこまで……」
「これは私の勘でございますが、恐らく今回のカウム王国との協定もあの者が考えたものではないかと」
「まさかそれはあるまい。あの協定はカウム王家から出されたものじゃ。鍛冶師ギルドとの関係を強化するためにな」
さすがにそれはないと呆れ顔になる。しかし、侯爵は表情を変えず、
「我が腹心イグネイシャス・ラドフォードが確認したところによれば、あの協定が提案される前にカトリーナ王妃が密かにラスモア村を訪問しております。その場には鍛冶師ギルドの匠合長もいたと確認されております」
「あの“ドワーフ王妃”が……ありえるな。あの王妃なら自国の利益になるならどのようなことでもやる。今回は鍛冶師ギルドとの関係強化だが……」
そこで言葉を切り、考えに没頭していく。
(防壁の建設とカウム王国軍の派遣。この二つを合わせて考えれば、ロックハート領を守る目的で完全に一致しておる。カウムの派兵は鍛冶師ギルドの施設を守るためだと思っておったが、それが口実に過ぎぬとしたら……あの者は総大司教の首を挿げ替えておる。その程度のことは充分に考え付くはずじゃ……)
宰相は「確かにありえるの」と頷くが、
「いずれにせよ、アレクシス殿の提案で様子見となった。次の情報で貴公の考えが正しいか分かるじゃろう」
侯爵は「おっしゃるとおりでございます」と頷く。
その後、商業ギルドの監視についての話になった。
「貴公には面倒なことを頼むが、商人どもの動向を掴むのはなかなかに難しい。奴らは面従腹背が当たり前じゃからな」
その言葉に同意するように頷くが、すぐに自信に満ちた表情を見せた。
「我が家に出入りする商人を使えば、ある程度の情報は掴めるかと」
宰相はどうやって情報を手に入れるのか気になった。彼の認識ではシーウェル侯爵家は政治的にも軍事的にも力がなく、当然出入りする商人も中小の業者に過ぎないからだ。
「最近ガラス工房と取引が増えたと聞いたが、それほどの伝手を手に入れたのか?」
「まだそれほどの伝手はございませぬが」と断った後、
「我が領地で蒸留酒の生産を計画しております。そのことを匂わせただけで我が舘に何人もの商人が参っております」
「ほう、あの蒸留酒を。卿も抜け目がない」
宰相が笑いながらそう言うと、「それほどでも」と謙遜する。
「我が家を訪れる商人の中には帝都の大手の商会もございます。彼らはこの機にアウレラの商人たちを出し抜こうと必死のようです。そこを上手く突けば、情報を手に入れることは可能かと」
「では、卿に任せる。特にインゴールスロップ公とアウレラの商人どもの動きには充分に注意を払っておいてくれ」
侯爵は「お任せを」と言って大きく頷いた。
その三日後の十一月八日の夜、事態は急変した。
宰相の下に新たな情報が届いた。
「何じゃと! ロックハート家が一万三千を超えるアンデッドに勝利したじゃと!」
「間違いございません。こちらがカウム王国政府より出された文書でございます」
伝令の言葉を受け、秘書官がカウム王国の紋章で蝋封がなされた分厚い封書を手渡す。
宰相がその封書を確認すると、そこには協定に基づきロックハート領に兵を出したこと、更に王国の危機が回避されたことに対し、感謝の言葉が添えられていた。
それだけではなく、救援部隊の指揮官ロクスバラ男爵の報告書まで添付されていた。
その報告書には一万三千を超えるアンデッドの内訳まで記載されている。
「…… 死霊魔道師(リッチ) と 首なし騎士(デュラハン) が八体ずつに一万を超えるスケルトン。一級相当の謎の魔物じゃと……それを僅か三百の兵が倒した。いや、自警団といえば農民じゃ。俄かには信じられぬ……」
宰相は受け取った報告書を見ながら絶句する。
秘書官がその報告書を見て首を横に振り、「このような報告書を信じられるわけがない」と呟く。そして、宰相に向かい、
「商業ギルドの謀略の可能性はないでしょうか。奴らならカウムの男爵を買収することなど容易いことかと」
宰相は即座にその可能性を否定した。
「ロクスバラなる男爵が偽情報を流したとして、ドワーフたちが村に行っておるのだ。多少の誇張はあるかも知れぬが、全くの虚偽ということはありえん。それにカトリーナ王妃が鍛冶師たちに同行しておる。すぐにばれるような嘘を吐くはずがない」
「しかし、信じられません。更にいえば今回の件で利益があるのはルークスと商業ギルドです。ルークスがこの手の謀略を行うことはないでしょうから、商業ギルドが手を回したと考える方がよほど信じられます」
「確かに信じ難いことじゃが、商業ギルドはこのような手は打つまい。奴らは鍛冶師ギルドとの関係を重視しておるのだ」
「では、これは真実であると」
「そう考えるしかあるまい。明朝、元老たちを招集する。今夜中に手配しておいてくれ」
秘書官は「承りました」と頭を下げるが、その顔は未だに信じられないという表情のままだった。
翌日の午前中に元老院で会議が行われた。会議の冒頭、宰相がカウム王国からの情報を披露すると、元老たちは皆言葉を失った。
「ルークスの謀略ではないのか」というラングトン大公に対し、宰相はそれをきっぱりと否定する。
「ルークスに利がありませぬ。我が国を混乱させるのならば、ロックハート勝利の情報は出さぬでしょう」
大公はその言葉に「確かにな」と頷くが、納得した様子は見せない。
知将として名高いエザリントン公ですら、その情報を持て余しているようで誰にいうでもなく独り言を呟いていた。
「カウムの策略ということも考え難い。彼の国は帝国に対し感謝まで伝えているのだ。もし、策略であれば自分たちで討伐したことにし、我が国に恩を売ったはずだ」
インゴールスロップ公はこのままではルークスからの撤兵が取り止められると危機感を募らせ、
「誤報ではないのですかな。農民主体の自警団が一国の軍に匹敵する魔物を防げるわけがない」
宰相はそれに対し、
「つい二ヶ月ほど前にシーウェル侯がロックハート家を訪問しておる。彼からの報告では城塞都市並の防壁を備え、自警団の技量は一流の傭兵団に優るとのこと。更にあの地には宮廷魔術師長に匹敵する優秀な魔術師が三名もおるのだ。シーウェル侯はこの結果を知る前から、防ぎえる可能性があると考えておった」
その言葉に全員が驚きを隠せない。
全員が信じ難いと思っているが、カウム王国が公式ルートで正式な書式に従った外交文書を送ってきているため、何らかの対応が必要になる。
宰相は全員の顔を見回した後、
「ロックハート領への魔族の侵攻とそれが防がれたことは、事実として受け止めねばならぬでしょう。その上で対ルークス戦略の見直しについて協議を行いたいと思います。小職は魔族侵攻が防がれた今、撤兵の必要なしと考えますが、いかがか」
主戦派のラングトン大公、ケンドリュー公は即座に賛意を示し、中立派のエザリントン公も同様に賛意を表した。
撤兵を支持していたインゴールスロップ公とギャビストン公は「情報が不確か過ぎる」と言って反論するが、すぐにラングトン大公から「それをいうなら魔族侵攻の情報も同じだ」と言われ沈黙した。
「では、ルークスへの懲罰は続行ということでよろしいですかな」
全員が同意し、ルークスからの撤兵は取り消されることとなった。
「次にロックハート家の処遇についての協議に移りたいと思います。小職はロックハート家に子爵位を与えることを提案いたします」
この提案に対しては明確な反対の声は上がらなかった。唯一、エザリントン公だけが、
「万が一誤報であった場合、陛下及び元老院が恥を掻くことになります。今一度、情報を確認してから陛下に奏上すべきかと」
「もっともな意見ですな。恐らく冒険者ギルドや傭兵ギルドにも同様の情報が入るはず。それを確認してから正式に決定ということでよろしいかな」
その言葉に全員が賛意を表したが、インゴールスロップ公が発言した。
「爵位だけでは足りぬのではありませんかな。褒賞として宝物を与えてはいかがだろうか。辺境の騎士であれば実利がある方がよいのではないかと」
インゴールスロップ公はロックハート家を皇太子派に取り込むことを思いついた。そのため、財宝を与えるということで恩を売ろうとした。
「いや、これほどの武勲を挙げたのだ。陛下より宝剣を下賜してはいかがだろうか」
ギャビストン公も同じような提案をした。
それに対抗する形でラングトン大公が官位を与えてはどうかと提案した。
「軍団長は難しかろうが、新たに騎士団を編成し、騎士団長を名乗らせる方がよい」
しかし、宰相がそのいずれも否定する。
「ロックハートは蒸留酒の販売で潤っておると聞き及びます。更にドレクスラー匠合長ら名工の武具を多く所有しているそうです。彼の者はあの地を離れるくらいであれば爵位などいらぬと公言しておるとのこと。騎士団を創設し領地を離れるようなことは望まぬでしょうな」
宰相は昨夜、シーウェル侯爵よりマサイアス・ロックハートの情報を得ていた。侯爵はマサイアスが清廉であり、更に領地ラスモア村を愛していることを伝えている。
インゴールスロップ公は宰相が気を使いすぎると思っていた。まず大公に「下手に官位を与えれば、それが前例となり今後に影響すると愚考します」と反論した上で、宰相に向かって発言する。
「たかが騎士上がりの子爵。我々が気を遣う必要はありますまい。陛下より直々に賜れば涙を流して喜ぶに違いないでしょうな」
インゴールスロップ公はマサイアスを帝都に呼び、その上で褒賞を提案したのは自分だというつもりでいた。
宰相も宝物をもらって嫌がることはないだろうとインゴールスロップ公の案に傾いていく。
そこでエザリントン公が発言を求めた。
「子爵位となればそれに見合った領地が必要かと。確かあの辺りにキルナレックなる街があったはず。そこを褒賞として与えてはいかがでしょうか」
元老たちはキルナレックと聞いてもどの街のことか分からなかった。宰相は前日にシーウェル侯と彼の腹心ラドフォード子爵から話を聞いていたため、場所と現状について知っていた。
エザリントン公は元老たちにキルナレックについて説明していく。
「キルナレックはカウム王国との国境に近い城塞都市にて、人口はおよそ三千五百。ラズウェル辺境伯領に属しておりますが、アウレラと同じく都市国家連合を名乗る組織にも属しており、辺境伯家には税を納めるだけであったかと」
宰相はポンと手を打ち、「エザリントン公のお考えが読めましたぞ」と声を上げる。
ラングトン大公が意味が分からず不機嫌そうにする。
「どういうことか説明してくれんか」
宰相は「これは失礼いたしました」と言って頭を下げ、
「今回のルークス出兵の原因はラズウェル家、そしてアウレラの不始末も関わっております……」
アウレラの商人に扮したルークスの間者が今回の原因であったこと、そして、ラズウェル辺境伯家が混乱を未然に防げなかったことが原因であったと述べた。
アウレラに対しては都市国家連合に属する交易都市を貴族領に戻すことで罰とし、ラズウェル家に対しては収入源である領地を取り上げることで罰とする。
「……つまり、辺境伯家とアウレラ双方の力を削ぐ策ということなのです」
宰相の説明に対し、商業ギルドと繋がりが強いインゴールスロップ公が反対しようとしたが、同じ皇太子派であるギャビストン公に腕を突かれ、言葉を上げなかった。
一方のレオポルト皇子派はアウレラ、つまり商業ギルドにダメージを与え、更に北部総督府の力を削げると「儂はエザリントン公の案に賛成するぞ」とラングトン大公が機嫌よく賛成する。
ロックハート家への褒賞については情報が確定次第、子爵への 陞爵(しょうしゃく) を皇帝に進言することとなった。子爵位に伴い、キルナレックと周辺の村が新たな領地として与えられるが、領地を奪われる形のラズウェル辺境伯には代替措置はなかった。
インゴールスロップ公は会議が終了した後、ギャビストン公に詰め寄った。
「エザリントンの案では商業ギルドの力を削ぐことになる。何ゆえ貴公は賛成されたのか」
それに対し、ギャビストン公は笑みを絶やさず、
「ギルドもあの切れ者のヒューバート・ラズウェルに牛耳られるより、田舎の成り上がり者の方がよいと思うでしょう。更に言えばロックハートを取り込んでしまえばよいのです。そのためには反対したという情報を流されぬ方が都合がよいと思いませぬか」
「なるほど。確かにそうですな。あそこで反対すれば我らの印象が悪くなる。そこを慮ったと」
ギャビストン公もインゴールスロップ公もロックハート家は平民上がりの田舎者であり、領地と金を与えれば喜んで尻尾を振ると考えていた。これはラングトン大公らも同じで、自分たちが優遇していると匂わせるだけですぐに靡くと考えていた。
インゴールスロップ公とギャビストン公が話をしていた同じ頃、宰相であるフィーロビッシャー公とエザリントン公が別室で談笑していた。
「うまくいきましたな」とアレクシス・エザリントン公爵が笑うと、宰相も「アレクシス殿のお陰じゃ」と満足げに頷く。
「ヒューバートに相談もなく決めたが、あやつも納得するはずじゃ」
宰相とエザリントン公は今後の対応について、前日に話し合っていた。
キルナレックは帝国の飛び地になっており、管理が難しい。辺境伯家も年に一定額の税を受け取っているだけで積極的に関与できなかった。仮にキルナレックを直接管理しようとすれば、辺境伯家から役人と軍を派遣する必要があるためだ。
しかし、北部総督である辺境伯が飛び地であるキルナレックに軍を置くことはラクス王国を刺激することになる。辺境伯としては領地であるというだけで、実際には関与しようがない街だったのだ。
税による収入がなくなることになるが、広大な領地を持つ辺境伯家にとって大した金額ではなく、今回のような魔族の侵攻などがあれば義務だけが発生する場所は重荷でしかなかった。
「元々ヒューバートは手放したがっておったからな。縁者であるロックハートに合法的に譲れるのだ。喜ぶ姿が目に浮かぶわ」
「しかし、閣下もお人が悪い。ラズウェル家に対する懲罰だといい、更にラズウェル家からはどのような抗議も受け付けぬと……ククク。大公閣下もインゴールスロップ公も本気で信じておりましたな」
「いや、本心じゃ。どのような抗議も受け付ける気はないからな。もちろん、ヒューバートが本気で抗議してくるとは思っておらぬが」
宰相はシーウェル侯爵を通じてラズウェル辺境伯に自分たちの意図を伝えるつもりでおり、辺境伯が抗議するように依頼してあった。しかし、それは形だけであり、辺境伯を危険視する者たちへのポーズであった。
「後はロックハートに誰を送り込むかだが、やはりラドフォードかの」
「そうですな。断るとは思えませぬが、こちらの意図を理解させねばなりません。ラドフォードなら適任でしょう」
「あの村には美味い酒と料理があるそうじゃ。奴ならそれ目当てで行きそうじゃな。フハハハ!」
二人の公爵は大きく笑った。
その二日後の十一月十日、第三報が帝都に届いた。第三報は冒険者ギルドが発信した情報で、ロックハート家がアンデッドを駆逐したことを公式に認めていた。
それにより、ロックハート家の子爵への陞爵が正式に決定された。