作品タイトル不明
第三十六話「シャロンの防衛計画」
トリア歴三〇一八年四月二十二日の夜。
鍛冶師たちの送別会は終わったが、鍛冶師ギルド匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーとカウム王国の王妃カトリーナ・ブレントウッドから父に話があると面談を希望してきた。父は祖父と兄、そして俺を呼び、研修所の会議室で話を聞くことになった。
ウルリッヒが今回のイベントの礼を述べた後、すぐに本題に入っていく。
「この研修所だが鍛冶師ギルドの最重要施設として全世界に宣言するつもりだ。当然だろう、蒸留酒造りに欠かせん施設なんだからな」
父は意図を読みかね、「そうは言ってもたかが研修用の施設だ。最重要施設というのはいささか大袈裟ではないか」と疑問を口にする。
ウルリッヒは大きく頷き、
「まあ、今のは建前だ。この村自体を鍛冶師ギルドの最も重要な場所と言いたいんじゃが、さすがにギルドの施設以外を勝手に宣言するわけにはいかん。だが、そう読めるような宣言にするつもりだ」
祖父が話についていけず、「確かに蒸留所があるが……わざわざ宣言などせんでもよいのではないか」と首を傾げる。
その疑問を王妃が受け、説明していく。
「この村が危険だと思っておられるのではありませんの? ザックさんの作られた防壁と堀、防空用の塔、それにメルさんたちに聞きましたが、アクィラの麓に偵察用の拠点と狼煙台まで作られたとか。魔族の侵攻を懸念されているのでは?」
父は唸るだけで何も答えず、祖父も目を瞑って沈黙する。二人の様子を見た俺が話を引き取る。
「十一年前のオーガとオークの群れの行動、昨年のオークの群れが村々を襲った事実……そのいずれもがこの村から僅か数 km(キメル) の場所を通過しています。特に昨年はボグウッドに怪しい若者が入り込もうとしていますし、そう考えれば村を守る必要があることは明らかだと思います」
その言葉に王妃は「そうですわね。私もそう思います」と真面目な表情で頷く。
「その上でお尋ねするのですが、この村の今の防衛力でどの程度まで撃退できるとお考えですの?」
その問いに祖父が「オークのみなら千、オーガなら五十といったところでしょうな。もちろんザカライアスたちがいるという条件ですが」と答える。祖父の見立ては俺の予想と一致している。撃退という条件ならこれが限界だろう。
「でしたら、それ以上の魔物が来たらどうされるおつもり? ここは帝国の主要都市から遠いですし、ペリクリトルで冒険者や傭兵を集めるといっても一ヶ月や二ヶ月では来れないのでは?」
これは俺たちが常に考えていたことだ。王妃の指摘を受けるまでもなく、援軍が期待できない持久戦に勝利はない。明確に魔族と分かれば協定に従って各国が動くことができるが、昨年のように魔族が関与している“疑い”があるだけでは対魔族協定は発動しない。
俺たちが沈黙していると、更に王妃が畳み掛けてくる。
「トーア砦が陥落した時の戦力は七千と言われています。それだけの魔族がアクィラを抜ければ何らかの兆候があるかもしれませんが、その半数でもこの村は完全に蹂躙されてしまいます」
「しかし、それを言うのでしたら、貴国の村や町も同じではないでしょうか」と兄が反論する。
「ええ、おっしゃる通りです」と王妃は頷くが、
「ですが、王国は交通の要衝バルベジーに黒鋼騎士団の精鋭を常駐させることを考えております。実際、昨年のオーク騒動の後に騎士団を増強しておりますし、連絡体制も強化していますわ」
バルベジーはここから百四十キロメートルほど南にいったところにある交易都市だ。そこから東にはカウム王国の国防の要トーア砦に続くトーア街道が伸び、交通の要衝としてだけでなく、後方支援のための重要な拠点ともなっている。
バルベジーからトーア砦までは約二百キロメートル、草原や緩やかな丘が連なり山岳国家カウム王国有数の穀倉地帯でもある。但し、魔族の侵攻が懸念されることからバルベジーに近いごく一部しか開発は進んでいない。
「バルベジーに黒鋼騎士団の駐屯地を建設中です。ここに少なくとも二千名の兵士を常駐させるつもりです。もちろん、周辺の警備のため常時三分の一程度は出払うことになるでしょうけど……」
王妃の話では王都の防衛と街道の警備に必要な兵士以外をバルベジー周辺に集中配備し、トーア街道とアルス街道沿いの町や村に異変があれば直ちに出動できる体制にするらしい。
今のところ南部と北部を接するカエルム帝国とは良好な関係にあり、西の傭兵の国フォルティスは永世中立を宣言していることから、カウム王国としては東から来る魔族の侵攻だけを気にすればいい。
王妃は説明を終えると、神妙な顔で父の顔を見る。
「そこで提案なのですが、我がカウム王国はロックハート家の要請があれば、魔族であると確認されなくとも貴領に援軍を派兵できる協定を結びたいと考えております。派兵に関わる費用は鍛冶師ギルドが負担してくださるので、貴家にご負担が掛かることはございません」
父は「魔族でなくともですか」と呟くが、それ以上言葉を発しなかった。
その言葉を受け、俺が確認の意味で尋ねる。
「鍛冶師ギルドから正式な要請を受けたカウム王国が、鍛冶師ギルドの施設を守るため、帝国政府と協定を結ぶということですね」
「ええ、その通りですわ。国王陛下と皇帝陛下の間で結ばれる正式なものとお考えください」
俺は小さく頷き、「趣旨は理解いたしました。しばらく、ロックハート家だけで話をさせていただけないでしょうか」と頭を下げる。
俺たちは王妃たちに頭を下げ、会議室から出ていく。
四人になったが父も祖父も口を開かない。兄が「話があまり見えないんだが、ザック、説明してくれ」と話を俺に振る。
「分かりました。この提案の出所ですが、王妃殿下の発案で間違いないでしょう。そうであるなら鍛冶師ギルドの思惑と同じ、蒸留所を守るということだけが目的だと思います」
祖父は「そうじゃな」と頷く。しかし父は「そうであっても他国の軍を入れることは認められんのではないか」と呟く。
「認められる公算は高いと思います」と俺が言うと、父は「同盟も結んでおらんのだ。帝都も認めんだろう」と首を振る。
「確かに同盟は結んでいませんが、魔族討伐に関する協定を援用すれば可能です……」
魔族討伐に関する協定とは、クウァエダムテネブレに住む魔族がアクィラ山脈を越えて侵攻してきた際に、各国は最優先で軍を派遣しこれに当たるという約定だ。
「しかし、協定では魔族の脅威が全体に及ぶと確認されて初めて発動できるはずだ。今回の提案は魔族でなくとも派兵できる。協定とは全く別物であろう」
父が反論するが、それに対する答えもあった。
「無制限に派兵できるとなれば父上のおっしゃる通りです。しかし今回の王妃殿下の提案は派兵できる地域をロックハート領に限定しています。それにロックハート家からの要請を受けて鍛冶師ギルドの施設と彼らの“酒”を守るのです。あの王妃様ならこう言うでしょう。“もし魔族と確認するまで派兵できず、彼らの愛する酒が失われたら、帝国が責任を取られるのですね”と。帝国も鍛冶師ギルドの機嫌は損ないたくないでしょう。特に交渉される方は責任問題になりますから、ラスモア村に限定できるなら問題ないとされるのではないでしょうか」
俺の説明に三人が頷く。
「私は受けた方がいいと思います。王妃殿下がおっしゃった通り、想像を超える敵が襲来した場合、我々には成す術がありません。カウム王国軍が来てもそれ以上の敵が来れば同じかもしれませんが、それほどの敵なら援軍が来る前に我々は全滅しています。それに援軍が期待できるのとできないのでは士気の面で大きく差が出るのではないでしょうか」
篭城する場合、援軍が来るか状況が変化し敵が撤退する可能性があれば士気を維持しやすい。
「確かにそうじゃな。もし、帝都が認めてくれるなら儂もこの話を受けた方が良いと思う。もちろん、我らから要請するのではないがな」
祖父の一言で父も決断した。
「分かりました。この提案を受けましょう。ザックの使命を考えれば味方は多い方がよい」
王妃とウルリッヒのもとに戻ると、父が結論を話していく。
「提案をお受けします。我らにとってもありがたいお話ですから。しかし、我らロックハート家の回答は“帝都の命に従う”とさせていただきます」
ウルリッヒはうれしそうな表情を、王妃は安堵の表情を浮かべる。
父の言いたいことは積極的にロックハート家から要請したものではなく、鍛冶師ギルドがカウム王国に要請し、王国と帝国の間で合意できた内容にロックハート家は何も言わずに従うということだった。
こうしておけば、ロックハート家が自分たちの意思で他国の軍を招き入れようと思っているようには見えない。もちろん、我々が最も利益を受けるのでポーズでしかない。
その後、ロックハート家の急使については協定に準じた扱いとし、バルベジーまで替え馬の提供を行うことなど、細かな条件について調整が行われる。
ある程度決まったところで王妃が真剣な表情で俺に質問してきた。
「本当のところを教えて欲しいのですけど。魔族はトーア砦以外から攻めてくるとお考えですの?」
俺は大きく頷く。
「我々は魔族のことをほとんど知りません。トーアの先にどのような世界が広がっているかすら知らないのです。どのような手段で侵攻してくるのか、全く想像できません」
実際、魔族のことはほとんど分かっていない。翼魔族という翼を持った種族と鬼人族というオークやゴブリンなどを使役する種族がいることは分かっているが、国の形態、人口、文化など全く知らないのだ。
我々が 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) と呼んでいる土地はどのようなところなのか。噂通り不毛の大地であるなら、なぜ魔族は大規模な侵攻が繰り返せるのか。
「魔族はラクス王国の東部にも攻め込んできます。今はそうでもありませんが、過去にはペリクリトル近郊にも魔族の軍が現れたと記録に残っています。今でもペリクリトルの先、リッカデールという村では翼魔族に似た魔物を見かけるという話もありますし、そう考えるとアクィラ山脈のどこから現れてもおかしくはないのです」
王妃は「そうですわね」と頷き、「ザックさんならどうしますか?」とさりげなく聞いてきた。
「私なら……」と言いかけるが、そのまま口を閉じる。
腹案はあるが、それを話していいものか迷ったのだ。
俺の腹案だが、クウァエダムテネブレに諜報員を潜入させ敵国の情報を入手することと、アクィラ山脈を越えるルートを調査し情報を得ること、情報を得た後は魔族と交渉、若しくは逆侵攻を行うことだ。交渉でことが済めばいいが、恐らく無理だろう。ならば、大規模な遠征軍を編成し、不安要素は根本から絶てばいい。
それが難しくとも、情報さえ入手できれば、トーア砦で漫然と待つだけの消極的な戦略以外の選択肢を探すことができる。
諜報員は亡命者を装えば不可能ではないが、アクィラの調査は帝国の飛竜部隊やラクス王国の有翼獅子部隊などの航空戦力を投入する必要がある。残念ながらカウム王国には航空戦力がなく実現は難しいだろうし、大規模な遠征軍と言っても実現させるには多大な労力とリスクが伴う。しかし、口篭ったのはそれらが理由ではない。
(もし、ここでアクションを起こしたことが神々の敵にリアクションを起こさせることになったら……炙り出すつもりが思わぬ大物を呼び込むことになったら……例の月魔族という種族も謎のままだ。もし、翼魔族以上の能力を持っていたら……)
俺たちにとって時間は味方だと考えている。神々の話では俺の使命は神から遣わされた者ルナを教え導くことだ。つまり、彼女に力を与えることが使命であり、守ることはそれに付随することに過ぎない。ルナが成長する前に藪を突いて蛇を出すことはない。
彼女は既に二度狙われている。十一年前は証拠がないが、状況を考えれば彼女を狙ったと考える方が妥当だろう。だから、何もしなくても敵が襲ってくる可能性はある。それでも敵を呼び込むような行動は控えるべきではないかと思っている。
(我ながら消極的だと思うが、今の平和な状態を変えたくない……)
俺が口篭っていると、王妃は「お話できるようになってからでよろしいですわ」と言って引き下がった。
翌日、ドワーフたちがそれぞれの街に帰っていった。
北に向かうペリクリトルとドクトゥスの鍛冶師たちは俺たちが見送っている中、何度も名残惜しそうに手を振っている。
特に知り合いであったドクトゥスのゼルギウスとペリクリトルのギーゼルヘールは「すぐに戻ってくるからな!」と言って馬車から身を乗り出して大きく手を振っていた。
そして、南に向かう馬車には祖父が指揮する自警団八十名が護衛に当たっている。お忍びとはいえ、一国の王妃がいるためだ。
南行きの馬車にはアルスに戻るドワーフたちに加え、フォルティスとプリムスの各支部、更にデーゲンハルトらウェルバーン支部の鍛冶師も同行する。
ウェルバーンに戻るルートは北周りのアウレラ街道からペリクリトルを経由しアルス街道に入るルートと、南回りのアルス街道からフォルティスを経由して帝国に入るルートがある。
南回りのルートは険しい山道が多く、普段はあまり使われないのだが、アウレラ街道の治安が悪化しているための措置だ。
デーゲンハルトが「世話になったな」と右手を差し出し、俺もそれをしっかりと握り返す。
「クルトとドリス、それにジョニーと蒸留職人たちのことも頼む。俺たちウェルバーンの鍛冶師はお前に借りができた。何かあればいつでも言ってくれ」
「クルトたちのことは任せてくれ。それよりそっちの方が心配だ。充分に気をつけてくれよ」
そう言って左手で彼の肩を軽く叩く。
「大丈夫だ。土産のザックコレクションがある。これを守るためにアルスで傭兵を雇うつもりだ」
デーゲンハルトたちには総本部からザックコレクション二十リットルが贈られていた。技能評定会の開催通知に優秀者には個人的にザックコレクションを贈るとあったためだが、今回は競作ということでウェルバーン支部に土産という形で二十リットルのステンレスタンク一樽が贈られたのだ。
南行きの馬車が出発していく。
ドワーフたちだけでなく、カティや官僚であるエルウェスらも大きく手を振って名残を惜しむ。
商人たちも既に去っており、村は一気に静かになった。
(祭の後か……なんだかドワーフたちが減ると別の村のように感じるな……)
そんなことを考えていると、後ろから「何をしんみりしておるんじゃ! 時間がない。さっさと始めるぞ!」とウルリッヒのドラ声が響く。
まだ残っていたなと思いながら、「誰の魔法陣から説明してくれるんだ」と笑いながら歩き始めた。