軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十四話「ドワーフ使い」

私ジョナサン・ウォーターは鍛冶師ギルドのウルリッヒ・ドレクスラー匠合長と、ウェルバーン向けのスコッチの割り当てについて交渉を終えた。まだ総会が残っているとはいえ、最大の関門を抜けたと、匠合長室を出た直後に大きく息を吐き出した。

今回のウェルバーンへの割り当ての件だが、匠合長に答えたとおり、ザカライアス様は全く関与されていない。だが、私が考えたことでもなかった。

今回のことでウェルバーンを出発してから随分悩んだ。それはそうだろう。ドワーフに酒を寄越せと言って素直に“はい”と答えるはずがないのだから。

悩んだ私は誰に相談したらよいか考えた。

最初はザカライアス様に相談するつもりだった。しかし、ザカライアス様に相談すれば、あの方が板ばさみになることは私程度の頭でも容易に想像がつく。どうすべきか悩んでいると、偶然シャロン・ジェークス様の姿が目に入ったのだ。

ザカライアス様という天才に隠れて気付きにくいが、シャロン様もあのティリア魔術学院を次席という素晴らしい席次で卒業された英才なのだ。ザカライアス様がいらっしゃらなければ、間違いなく首席で卒業されたと言われるほどで、学院の名物教授が助手にならないかと勧誘した話はアウレラ街道では非常に有名な話だ。

私は迷った挙句、シャロン様にどうしたらよいか相談した。

私の話を聞いたシャロン様は「一日考えさせてください」とだけ答えられた。その時は申し訳ないことをしたと思った。魔法の天才とは言え、私より十歳も年下、僅か十五歳の少女に聞くような内容ではなかったからだ。だが、シャロン様は翌日、先ほどの素晴らしい案を教えてくださった。

「まずは普通に交渉してください。でも恐らく駄目でしょうから、一旦引くと見せかけて“ザックコレクション”の話を出すのです……ザック様がウェルバーンの鍛冶師方に恩を、大きな恩を感じていることと、演習場での大宴会での話を普通にしてください。誇張する必要はありません……アルスの鍛冶師の方もザックコレクションの交渉はこれからです。半分くらい頂きますよと言えば、最初に言った条件に少し加えても手を打ってくださるはずです……」

その後、私が疑問に思っていることを尋ねると、“ドワーフの鍛冶師方なら、こう言えばこう答えるから”という感じで、非常に分かり易く対応方法を教えてくださった。

私はいかに天才とはいえ、十五歳の少女がここまで考えられることに驚きを隠せなかった。

ましてや会ったこともないドレクスラー匠合長が考えることを正確に洞察しただけでなく、私でも過大だと思う要求を巧みな誘導で認めさせるという交渉術にただただ感心するしかなかった。

シャロン様になぜそこまで交渉に長けているのかと素直に聞いてみた。シャロン様は一瞬小首を傾げた後、愛らしい笑顔で答えられた。

「ザック様とずっと一緒にいましたから。ですから、ザック様ならどうするかって考えたんです。私はあの方と違って考えるのが遅いから一日掛かってしまいましたけど」

この方も天才なのだと今更ながらに思った。だが、もう一つ疑問が浮かんできた。

なぜ、ここまで考えてくださったのかと。

その疑問もぶつけてみると、シャロン様らしいお答えが返ってきた。

「ウェルバーンの鍛冶師の皆さんは私たちと、ザック様を助けてくださいましたから。それにザック様はいつもおっしゃっておられます。おいしいお酒はみんなでおいしく飲むものだって。ですから、デーゲンハルトさんたちが飲めないのはあの方のお考えに沿わないと思ったんです……」

そうおっしゃられた後、「でも、私には 蒸留酒(スコッチ) のおいしさは全然分かりませんけど」と言って微笑みながら去っていかれた。

ウルリッヒ・ドレクスラー匠合長との交渉の翌日、鍛冶師ギルド総本部において緊急総会が開かれた。

当然、私もその総会に出席したのだが、匠合長から“ウェルバーン支部が年間二十樽ものスコッチを要求している”というくだりでは、三百人の鍛冶師方の恐ろしいまでの殺気を浴びた。その時は何とか耐えた。だが、ザックコレクションをウェルバーン支部が全て買い取るといった瞬間、私の意識は飛んでしまった。

私も鍛冶師方から殺気を当てられることは想定していた。そのため、前日から出来るだけ水分を取らないようにしていたのだ。もちろん、恐怖で失禁しないために。

失禁こそしなかったものの、私はその恐ろしさに気絶してしまった。これは仕方がないことだろう。私を笑う者は真の恐怖を知らないだけだ。

その時受けた衝撃は生涯忘れない。まるでハンマーで殴られたかのような物理的な衝撃を感じ、目の前が一瞬白く光ったかと思うと、プツリという音と共に視界が暗転したのだ。

総本部のギルド職員ジャック・ハーパーに介抱され、何とか意識を取り戻した。

私が気絶している間――後で聞いた話では十分ほどの間――にあることが決まっていた。

「スコッチ二十樽は仕方がない。じゃが、ザックコレクションは譲れん!」

鍛冶師たちの「そうじゃ!」という声が木霊する。

「ウェルバーンの連中が儂らの納得する武具を作れれば多少は分けてやってもよい。だが、納得できるほどの腕を持っておらんなら、ザックコレクションは諦めてもらう」

私は混乱する頭で何が起こっているのか考えた。

そして、気絶しているうちにザックコレクションを飲む資格について話し合っていたと思いつく。私は勇気を振り絞って匠合長に反論した。

「そ、それは不公平です! ウェルバーンにはここのような素晴らしい素材は滅多に入りません!」

匠合長は私の反論を想定していたのか、ニヤリと笑う。

「つまりだ。素材があれば納得するものを作れるということじゃな。ならば、最高級のアダマンタイトとミスリルを持っていけ。魔晶石もいくつか見繕ってやる。それならば問題なかろう」

私は必死にこの展開を回避しようとした。

「ですが、武具は使う人にあった物を作らねば意味がないのでは……」

「考えておるよ。ロックハート家の先代当主、ゴーヴァン・ロックハートならどうじゃ。ウェルバーンの者なら知っておろう?」

「で、ですが、ラスモア村とウェルバーンでは六百km以上離れております。話を聞くこともままならないのです」

匠合長は鷹揚に頷き、「ならば、ラスモア村に 出張(でば) ればよい。あそこにはベルトラムの工房がある。問題はなかろう」と言い、

「“ザックコレクション”を要求しておるのじゃ。その程度の障害は乗り越えねばな」

私は反論する術を失い、沈黙するしかなかった。

「当然、儂らも出張るぞ。まあ、全員というわけにはいかんが、十人程度はな」

その言葉に絶句してしまった。

鍛冶師ギルドの重鎮がアルスを離れるのは非常に稀だ。仕事が立て込んでいることもあるが、ドワーフの鍛冶師は“鍛冶”という仕事を愛しており、長期間鍛冶に携われなくなることを嫌う。それ以上に国が優秀な鍛冶師方が他国に移り住まれることを嫌うため、理由が明確でない旅行は国家から横槍が入る可能性が大いにあるのだ。もちろん、先日の騒動でカウム王国が鍛冶師ギルドに対して横槍を入れてくることは考えられないが、匠合長クラスともなれば商業ギルドからクレームが出る可能性がある。

そんなことを考えていたところで、はたと気付いた。

これはラスモア村に酒を飲みに行くための口実ではないかと。仕事と同等に、いや、仕事以上に愛する酒のためなら、少々の不都合など乗り越えるはずだ。

商業ギルドからの横槍が入ったとしても、酒のために出張するといえば反対はし辛い。“ドワーフには酒を与え続けなければならない。間違ってもドワーフから酒を奪ってはいけない”

この言葉は全世界共通の常識だ。

しかし、ラスモア村行きのメンバーを選抜するのはどうするつもりなのだろう。私には血の雨が降る未来しか想像できない。実際、今の匠合長の言葉で鍛冶師方の雰囲気がガラリと変わった。そう、獲物を狙う荒鷲のような鋭い目つきになったのだ。彼らの目にはロックハート屋敷にある樽が映っているのだろう。

同時に背筋に冷たいものが流れるのを感じた。この話をウェルバーンに伝えた時、ラスモア村行きを巡って、ウェルバーンでも血の雨が降るのではないかと。

その後、詳細が詰められていった。

実施時期は半年後の四月頃で、ウェルバーン支部からは五人の鍛冶師がラスモア村に派遣されることになった。武具を提供するお相手は先代当主ゴーヴァン様と現当主マサイアス様で、素材はアルスから持ち込むこと、判定は総本部の鍛冶師の他にロックハート家の方々が行うことなどが決まった。

「ベルトラムの工房の改造費もこちらでみてやろう。あそこは蒸留器を作る工房でもあるから無駄にはならん」

私はこめかみを押さえながら、「ロックハート家の方々にお伝えするのは、私でしょうか」と尋ねると、

「もちろんじゃ。清廉なことで有名な 獅子心(ライオンハート) ゴーヴァンを説得するのも条件の一つと考えればよい」

どうやら難題が増えていくのは私の宿命のようだ。

ウェルバーンにこのことを伝えるだけならまだしも、支部長たちの要求に従って工房の改造をしなければならない。ザックコレクションが掛かっているから、さぞ厳しい要求が送られてくるだろう。

それ以上に大変なのはロックハート家の方々を説得しなくてはならないことだ。普通の貴族や騎士が相手なら喜んで受け取るのだろうが、ロックハート家では事情が異なる。ご当主様は非常に無欲な方だし、先代様も清廉の士として有名なお方だ。その方々に高価な武具を受け取っていただくという交渉は少し考えただけでも困難だと分かる。

「今回はザックの知恵を借りてもよいぞ」

私は匠合長の言葉に救われた気がしたが、直後の言葉に頭が痛くなった。

「何としてでもロックハート家を説得してくれ。儂らが酒を飲み……いや、ロックハートに挨拶に行くためにな」

やはり匠合長の本音は酒のようだ。自分たちが飲みに行くために私に骨を折れと言っているのだ。ドワーフの鍛冶師方に限ってスコッチの恨みを返すなどということは考えていないのだろうが、ちょっとした意趣返しのつもりなのかもしれない。

ふと、シャロン様の笑顔が頭を過ぎった。もしかしたら、このことはシャロン様がお考えになったことではないかと。

そもそも あの(・・) 匠合長があまりにも簡単にスコッチを譲ったことがおかしい。シャロン様は匠合長にいずれこのような話が来るから、腕試しをしてザックコレクションの分配量を決めてはどうかと提案したのではないだろうか。ラスモア村でやるという条件なら、 アルス(ここ) の鍛冶師方は必ず乗ってくる。

そう言えば、ザカライアス様はロックハート家にミスリル製の武器を導入しようとお考えだった。なぜ、平和なラスモア村に必要なのかは分からないが、ご領主様と先代様にそう提案されたとベルトラム師から聞いたことがある。

徐々に話が繋がってきた気がする。ご領主様も先代様も滅多に領地を離れることはないと聞いた。そうなると、お二人にはベルトラム師以外の武具は手に入らない。もちろん、ベルトラム師は優秀な鍛冶師であり、素材と時間があればアルスの鍛冶師に匹敵する武具を作ることができる。

だが、そもそもミスリルなどの素材は滅多に手にはいることがなく、更に自警団の武器や蒸留器の生産でかなり忙しい方だ。つまり、今のままではお二人の武具は永久に変わらないことになる。そうなると従士方の武具も今以上の物にはならない。今回のウィル・キーガン様のように已む無く受け取ることになるなら別だが、あの方たちはご主君よりよい武具を持つことなど絶対に考えないからだ。

そこまで考えたとき、シャロン様がロックハート家の武装の強化のために私と鍛冶師方を操られたのではないかと思いつく。だが、同時にそれだけでないことにも気付いた。

ザックコレクションの争奪戦が今後過熱していくことは間違いなく、今回のようにザカライアス様が板ばさみになる状況が続く可能性は高い。ザカライアス様は義理堅いお方だから、今回のような騒動が起きれば必ず心を痛められる。シャロン様はザカライアス様のご心労を少しでも軽くしようとお考えになられたのではないか。

証拠が全くなく、あくまで私の想像に過ぎない。だが、ラスモア村に帰ったらシャロン様に確認しようと強く思っている。