作品タイトル不明
第十九話「後始末:前篇」
トリア暦三〇一七年七月十三日
昨夜の第四大隊の謀反は、無事鎮圧に成功し、辺境伯とその家族に被害は出なかった。
ロックハート家は第一騎士団による簡単な事情聴取の後、割り当てられた部屋に戻ることを許された。
部屋につくと、俺、リディ、シャロンの魔術師三人は魔力切れで倒れるように眠りに落ちていく。俺は 火蜘蛛の糸(ファイアウェブ) で、リディとシャロンは庭にいた敵の掃討と鎮圧後の廊下の 換気(エアパージ) のためで、朝八時過ぎまで寝ていても、未だに魔力が全回復していない。
特に俺の場合は夜中に一度起こされていることも響いている。重傷を負った自警団の剣術士、ブレットとシドの容体が悪化し、治療を行う必要があったためだ。
昨夜の雨も朝方には止み、俺たちが起きた時には分厚い雲からところどころ日が差し始めていた。
遅い朝食をとりながら、俺たちが眠った後のことをベアトリスたちから聞いていく。
ベアトリスの話を要約すると、多くの騎士に被害が出ていたことが分かった。
昨夜の反乱で第四大隊の軍属を除く騎士、従士ら約三百七十名のうち、約百二十名が死亡した。
重度の酸欠症状を含め重症者が約百十名、その半数は明日の朝を迎えられないだろうとのことだ。
この他に軽度の酸素欠乏症や骨折程度の軽症者が約百三十名と、第四大隊で無傷だった者は十名に満たなかった。
一方で鎮圧を行った側の第一騎士団の損害は軽微だった。約二百名の戦闘参加者のうち、戦死者が五名、重軽傷者が二十名と、五月雨式に投入された割には軽微な損害だった。
第四大隊の損害が大きいのは、一兵卒に至るまで降伏勧告を一切聞き入れず最後まで抵抗したことが大きい。一方、鎮圧側の損害が軽微だったのは、第四大隊の指揮命令系が機能しておらず組織的な抵抗がなかったこと、最初に突入した部隊が騎士団長直属の精鋭であったためだ。
首謀者の第四大隊長グレンフェルは、三階に向かう階段の途中で意識を失っているところを発見された。だが、各中隊長は全員戦死していた。
グレンフェル大隊長は戦闘終了後に意識を取り戻したが、昨夜の記憶が全くなく、無残な城の様子に言葉を失っていたそうだ。
第一騎士団長のブレイスフォード男爵は、グレンフェルと生き残った騎士たちを厳しく尋問した。しかし、騎士たちの誰もが夕食時から意識を取り戻した夜半過ぎまでの記憶が全くなく、なぜこのような暴挙に出たのか全く分からなかった。
唯一分かっているのは、夕食時にタイスバーン子爵――ラズウェル辺境伯の実弟――の腹心、ゲートスケル准男爵がワインを差し入れたことだけだ。
すぐにそのワインは見つかったが、毒物が入っているか確認する術がない。捕まえたネズミにワインを与えてみたが、特に変化はなく、薬物が入っているか分からなかったそうだ。
そうは言っても、それ以外に考えられる原因はない。そのため、ゲートスケルは騒動が落ち着いた深夜遅くに拘束された。
直ちに辺境伯自らが尋問を行ったが、ワインは自分が差し入れたが、やましいところは無く、飲めというなら飲んで見せると言ったそうだ。
念のため、残ったワインを一口飲ませたが、特に異常はなく、ゲートスケルは平然としていたとのことだ。
辺境伯は事の重大さを考え、簡単には釈放しなかったが、それでも決定的な証拠が見付からないことに悩んでいるそうだ。
(確かに状況証拠はゲートスケルが首謀者だと示している。だが、証拠がない。如何に法整備が不十分なこの世界でも、いや、法整備が出来ていないからこそ、貴族に対して明確な証拠なしに処罰は出来ない。下手に処罰すれば、不当な処罰だと騒ぎ出す 輩(やから) が現れるからだ。まあ、拷問という手段もないわけじゃないが、辺境伯がその手を使うかは微妙だな……)
ゲートスケルの単独犯であっても、単なるお家騒動で決着を付けることは難しい。
第一騎士団の騎士・従士が百人以上死亡しており、その中には騎士階級の者も少なくなく、子爵家や男爵家に連なる者もいた。
ただ単に後継者争いの 縺(もつ) れから起きたことなら、ラズウェル辺境伯の責任問題に発展するだろう。というより、帝都の貴族たちには辺境伯の持つ利権や領地に興味を持つ者も多いだろうから、無理にでも政治問題に発展させることは目に見えている。
更に言えば、辺境伯に対する民衆の支持に陰りが出る可能性が高い。辺境伯としては国外の敵からの陰謀としたいはずだ。
しかし、今回の名が挙がった関係者の中で国外の者は商業都市アウレラのオウレット商会だけだ。それも俺たちを襲った盗賊たちの武器の購入を行ったにすぎず、今回の反乱に関与した痕跡はない。
カエルム帝国の公敵、ルークス聖王国が関与していれば、大々的にそれを公表するのだろうが、今のところゲートスケルとの繋がりは一切見付かっていない。
(今回の件は政治とは関係なく、きっちり落とし前をつけてもらわないと納得できない。少なくとも俺の家族や仲間に手を出したんだ。どんな理由があっても許すわけにはいかない……)
そして、ダンからも話を聞いていった。騎士団がどう動いたか、どうやって城門を開いたかなど、詳しい話を聞いていなかったからだ。
もちろん、城門の方からドン、ドンという音は聞こえていたが、破城槌のような重い音ではなかったことから、どうやってあの頑丈な城門を破壊したのか、俺には想像もつかなかった。
「あれはドワーフの鍛冶師がたの 槌(ハンマー) の音ですよ」
ダンの一言にいくらなんでもそれはないと、「いや、いくらドワーフの力が強いって言っても、一人じゃ、あんなに大きな音はしないだろう」という言葉が口をつく。
ダンは一瞬呆けたような表情をするが、すぐに納得したのか小さく頷き、笑みを浮かべる。
「あれは二十人分のハンマーの音です」
俺はその言葉が信じられず、小さく首を振った。
ダンは俺の表情が面白かったのか、「確かにぴったりタイミングが合っていましたけど、本当ですよ」と楽しそうに教えてくれた。
訓練も打合せもなく、全く同じタイミングで 槌(ハンマー) を振ることが出来るドワーフの技量と十分以上に渡り振り続けられる体力にも驚かされるが、いくら鍛冶師用の重いハンマーとはいえ、あの重厚な扉に挑もうとするドワーフたちの気合の方により驚きを感じた。
「本当にびっくりです。後で城門を見に行ったんですけど、鋼鉄製の蝶番が完全に壊れていましたね。こんなに大きな蝶番がですよ」
ダンは手で五十cmほどの大きさを示し、説明してくれた。
ドワーフたちは 蝶番(ヒンジ) の 軸(ピン) 部分に繰り返し力を加えることで城門の扉を破壊したようだ。
(さすがは鍛冶師といったところか……城門の上から攻撃されなかったから、出来たことなんだろうが、それにしても凄い話だ……鍛冶師たちには借りができたな。俺たちを助けるために危険を顧みず城門に挑んでくれたんだから……)
俺がそんなことを考えていると、ダンが何かを思い出したのか、「忘れていました!」と声を上げる。
「鍛冶師ギルドのデーゲンハルト支部長から伝言です。落ち着いたら宴会だそうです。何でも秘蔵のエールを飲ませてくれるそうです」
ダンは努めて明るい表情でそう話してくれた。空気の読める彼のことだから、リディやメルたちの怒りが未だ収まっていないことを感じているのだろう。
父は俺とダンの会話が気になったのか、
「鍛冶師ギルドには、もう一樽くらい持っていかないといけないようだな。閣下に相談してみるか」
小さくそう呟いていた。
昼頃まで重傷を負った騎士団の兵士たちの治療を手伝った。特に酸欠で倒れた兵士たちに対して、治癒師たちは全く無力だったからだ。さすがに重度の酸素欠乏症の治療は俺でも無理だが、軽症なら神経や脳細胞の修復をイメージした治療が可能だった。
再び魔力が減り、昼食を取りながら疲れを癒していると、辺境伯の腹心フェルディナンド・オールダム男爵が俺たちの部屋を訪れた。
「遂に口を割りましたぞ!」
いつもは執事のような落ち着いた印象のある男爵が興奮気味に話し始め、俺はその様子に呆気に取られていた。そして、ゲートスケルが突然口を割った理由が思い付かず、皆で首を傾げる。
父が代表して、「 何故(なにゆえ) でしょうか?」と疑問を口にした。
男爵は未だ興奮が冷めておらず、口早に話し始めた。
「証拠が見付かったのです! ゲートスケルが使った薬品が分かったのです!」
どうやって見付けたのか疑問に思ったが、すぐに男爵がそれを教えてくれた。それは意外なルートからだった。
「……ロークリフのボイエットが残した書類に、ゲートスケルがオウレット商会と取引した薬品の名があったのです……」
男爵はロークリフ――アウレラ街道に面する帝国最北の交易都市――の代官アルマン・ボイエットの遺品を押収し、部下たちに調査させていたそうだ。元々ボイエットを推薦したのはオールダム男爵だそうで、彼の性格を熟知していた。
「……ボイエットは小心者ですが、事務処理能力に長けた男でした。そして、常に詳細な記録を残す癖があったのです……」
ボイエットはいわゆる記録魔という奴で、どんなことでも逐一メモするような男だった。そのメモのおかげもあって内政面での実務能力が評価され、ロークリフの代官に任じられた。
もちろん、非合法な行為に対する記録は、見付からないように厳重に秘匿されていたそうだが、男爵はボイエットの家族、部下から話を聞きだし、彼しか触れることがない場所に不正に関わった証拠があると確信していたそうだ。
男爵の部下たちの努力によって見付けたのが、ゲートスケルとオウレット商会を繋ぐ情報が書かれたメモだった。その中に問題の薬品の名があった。
「“ 光神(ルキドゥス) の血”という薬品だそうです……」
ご丁寧なことにその効能までメモに記載されており、ゲートスケルがどうやって騎士たちを操ったのか分かったのだ。
メモによれば、ルキドゥスの血はルークスの光神教が使う麻薬で、上位者の命令に盲目的に従うこと、恐怖を忘れ、痛みに強くなることなどの効果がある。
ただし、ただ飲むだけではこれと言った効果はなく、そのため、ゲートスケルは堂々とその薬品に口をつけることができた。そして、そのルキドゥスの血はタイスバーン子爵領で生産され、アウレラを通じてルークスに送られていた。
「ボイエットのメモを見せると、ゲートスケルは全てを告白しました……」
ゲートスケルはあっさりと告白したが、これはルキドゥスの血を使われれば、黙っていることができないと観念したからのようだ。
ゲートスケルの告白は衝撃的な話だった。
オウレット商会はルークスの聖王府――聖王直属の行政府――に属する特殊機関で、ゲートスケルは彼らに利用されたのだ。
資金援助の見返りに麻薬であるルキドゥスの血を作らせる。ゲートスケル側はその資金を使ってタイスバーン子爵領を発展させ、名声を得る。一種の共闘関係に見えるが、ゲートスケルは弱い立場にあった。そして、その共闘関係は辺境伯を恐れたルークスによって破綻した。
ゲートスケルは起死回生の策として、ロックハート家の持つ蒸留技術を手に入れようと画策した。だが、その思惑は俺たちによって脆くも崩れ去る。
彼は更に強攻策を打ってきた。それが第四騎士団の反乱だった。
ルークスが最初に反乱を示唆したそうだが、ゲートスケルは反乱を示唆したオウレットにも、そして彼の主君であるタイスバーン子爵にも相談せず、単独で実行に移したようだ。
ルークスが反乱、そして北部の独立を示唆した理由は簡単だ。元々ある程度利用したら切り捨てるつもりでいたのだろう。もちろん、ルークス側もゲートスケルが反乱に成功したとしても、帝国北部域を独立させることは困難というより不可能だと分かっている。
しかし、ルークスにとって、ゲートスケルが失敗しようが全く痛痒は感じない。デメリットは麻薬の生産拠点が潰れるだけで、敵国である帝国に混乱を与える効果を考えれば、 見返り(リターン) は十分にある。
ここまで話したところで男爵の興奮も冷めたようだ。口調もいつも通りに戻っている。
「……お館様は、この事実をどうすべきかお悩みのようです。今回は多くの血が流れております。ですが、この事実が公になれば、この地に混乱が起きるのではないかと……」
辺境伯の懸念は、反乱を防げなかった責任を取らされることではなく、ルークスとアウレラが共謀して帝国に陰謀を仕掛けてきたと、帝都の皇帝や貴族たちが騒ぐことだという。
「もし、そうなれば報復のため、アウレラを含む都市国家連合への出兵論が噴き出すでしょう。更にルークスへの攻勢も強めるべきとの声も……そして、その先鋒を務めるのは北部総督府軍ということになるのです……」
つまり、皇帝や帝都の貴族たちは辺境伯の力を削ぐため、無理な出兵を強いる可能性があるというのだ。確かにこの事実が公表されれば、ここウェルバーンでもアウレラとルークスへの出兵論が出てくる可能性は高い。
「そこでザカライアス卿のお知恵をお借りしたいのです……」
そう言って、オールダム男爵は俺に深々と頭を下げる。
俺は慌てて、「頭をお上げください。私如きの知恵など……」ということしか出来なかった。
「お館様もザカライアス卿のお言葉をお聞きになりたいとお考えのはず。ですが、これは北部総督の責任であるとお考えになっておられるようで、口には出されておりません……」
確かにこの状況は非常に拙い。かといって、今聞いたばかりの俺に名案があるわけでもない。
(どうも男爵は俺を過大評価し過ぎる。こんな複雑な話にポンと答えが出せるわけがない。とは言っても兄上のこともある。ここで揉めれば、結婚がご破算になる可能性もあるしな……)
俺は仕方なく、オールダム男爵の頼みを聞くことにした。
「名案があるわけではありませんが、閣下のご心労が少しでも軽くなるのであれば」
オールダム男爵、父、兄とともにラズウェル辺境伯の部屋に向かった。