軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話「ラスモア村改革プラン(その二):石鹸開発着手と手押しポンプの設置」

トイレの改良の時に思いついたのが、石鹸だった。

この村では食事の時、汁物以外はナイフと手を使う。フォークを普及させるという手もあるが、面倒だからなかなか広がらないだろうと考えている。

それなら手を使う食事でも大丈夫なように、手を清潔にすることを思いついたのだ。

とりあえず、手洗いの徹底を周知させたが、恐らく面倒がるだろう。しかし、石鹸を与えれば珍しいものに興味を持ち、使い始めるのではないだろうか。

面倒なことを始めさせるときは、興味を持たせるのが一番手っ取り早い。

俺はそんな安直な考えで、石鹸作りを始めることにしたのだった。

石鹸は油と苛性ソーダで作ったはずだ。

原料の油については、この村にも食用油があることは確認している。

問題は苛性ソーダだ。

良く話に聞く灰から作る 灰汁(あく) を使う方法は、なかなかうまくいかないと聞いたことがある。

藁の灰から灰汁を取り出すのは水に浸すだけだが、分量が分からないと水分が多すぎたり、少なすぎたりして、うまく固まらないのが原因ではないかと思っている。

そこで苛性ソーダの代替材料が無いか、考え始めた。

苛性ソーダの特徴は何と言っても強アルカリだろう。アルカリで簡単に思いつくのは石灰だ。

そして、この村の家には漆喰が使ってある。俺の記憶では、漆喰の原料は消石灰だったはずだ。

消石灰は水酸化カルシウムだから、水に溶かすと強アルカリになる。これを使えば何とかならないかと考えたのだ。

その時、ふと消石灰の作り方を思い出した。

(消石灰は石灰窯がいるんじゃなかったか? どこにあったのだろう?)

浮かんだ疑問はすぐに消えていった。

そして、石鹸の作り方を思い出していく。正直な話、俺の石鹸の作り方の知識は、大昔にテレビで紹介しているのを見た程度しかない。つまり、知識がほとんどないと言っても過言ではない。

原料の油も植物油だったという程度の知識しかないし、灰汁でやる方法は分量や置いておく時間など、重要な情報も全く覚えていない。

一般的な知識として“苛性ソーダ=水酸化ナトリウム”を使うのは知っていても、“消石灰=水酸化カルシウム”からどうやって作ればいいのか、見当も付かない。

(何度か試行錯誤してやってみるしかないか)

まずは油の入手からだが、探して見て分かったことがある。

この村では動物性油脂は比較的豊富にあるが、植物性の油はあまりないということだ。

理由として考えられるのは、油を灯具の燃料に使わないことが上げられるだろう。

ここでは灯りの魔道具という安全でランニングコストの安い灯具が普及している。更に、その魔道具の本体価格も比較的安く、火事の危険が伴う灯火はあまり使われていない。

豚の脂肪であるラードや牛の脂肪であるヘットは、肉の副産物としてあるのだが、植物性の油は胡桃などのナッツ類からとられる油が、調味料として使われる程度しかなかったのだ。

(リッターオーダーで手に入れようと思うと、結構なコストだな。まあ、当てがないわけじゃないから、ゆっくりと探すか)

俺には二つの“当て”があった。

一つは川沿いに生えていた黄色い花をつけた草が、アブラナ科の植物ではないかということ、もう一つはドングリとか椿とかの木の実がないかということだ。

これを解決するため、シャロンの父、元冒険者で森に詳しいガイ・ジェークスに話を聞くことにした。

俺はドングリ――椎やクヌギの実や、椿の花について説明していく。

「花の方は見たことがありませんが、実の方は森にたくさんあります。ですが、問題もあります」

椿の花は見たことが無い。そう言えば椿は日本からヨーロッパに渡ったと聞いた記憶がある。

そして、ドングリについても問題があるようだ。

「今は落ち葉に埋もれて見付けにくいですし、森にはそれを食べる猪や大型のネズミ系の魔物がいますから、取りに行くのは危険ではないかと思われます」

森を良く知るガイは、森の中を長時間にわたって、広範囲でするこの作業に反対だった。

もう一つのアブラナ科の草については、俺の予想通り種子から油がとれそうだが、量が少なすぎて、使えそうにないことが分かった。

(ゴマとかブドウの種とか、油を取れる植物はいろいろあったはずだが、ここではないか、あっても量が少ないな。無理にドングリを集めても、油がどの程度取れるのか分からないし……)

そこで原点に帰って考え直してみた。

(そもそも植物油にこだわる必要があるのか? ラードやヘットでも作れるんじゃないのか? 試してみて駄目なら諦めよう)

俺は父と完全に俺の担当になってしまったニコラスに、ラードかヘットと漆喰の原料である消石灰を手に入れてもらうよう頼んだ。

「すぐに手に入ると思うが、何をするつもりだ?」

「石鹸というものを作ろうと思います」

俺がそう言うと、二人は同時に驚き、「石鹸か。あのような高価なものが作れるのか?」と聞いてきた。

詳しく聞いてみると、石鹸はカエルム帝国の南部にある帝都付近で作られているそうで、余りにも高価なため、普通に使うのは貴族、それも伯爵以上の上級貴族だけだそうだ。

当然、辺境であるこの辺りには売っていない。

価格も、商業都市アウレラで銀貨一枚、つまり十 C(クローナ) 以上するという話だった。

(十Cだと一万円くらいか……確か日本にも一個数千円する石鹸があったな。確かに日常使いはできないな。なるほど……)

ちなみにこの世界の通貨単位は「クローナ」といい、一 C(クローナ) が小銀貨一枚で、物価から考えると、大体千円に当たる。補助単位が e(エーレ) で、百eで一Cになる。

ちなみに貨幣は、白金貨(一千クローナ)、大金貨(五百クローナ)、金貨(百クローナ)、半金貨(五十クローナ)、銀貨(十クローナ)、半銀貨(五クローナ)、小銀貨(一クローナ)、大銅貨(五十エーレ)、銅貨(十エーレ)、小銅貨(一エーレ)だそうだが、俺はこづかいを貰ったことがないので、実物を見たことがない。

俺はその話を聞き、下手に石鹸を作ると、拙いことになるのではないかと思った。

(それだけの高級品なら、もし類似品が出回れば徹底的に調べられる。それに高級品を納めている業者は、帝室や貴族たちにコネがあるだろう。下手なことをすると、この村に災いを招くことになりかねないし、俺の秘密もばれるかもしれない……)

諦めかけた時、この村の成り立ち、地理的条件から、村への干渉を防ぐ手段があるのではないかと気付く。

(待てよ。ここの流通ルートは都市国家連合を経由する。都市国家連合を引き込めば……例えば、石鹸の製造法を公開するなどすれば、こちらが潰される前に 帝都の業者(向こう) が潰れるはずだ。品質の差は、香料の配分くらいだから、少しヒントを与えれば、創意工夫をする都市国家連合の商人たちの方がいい物を作るはずだ……)

都市国家連合とは商業都市アウレラを中心とする自治都市国家の連合体のことだ。

俺は当面、村の中だけで使う分だけ作り、ある程度うまくいったら、特産品化せずに商人に製造方法を売りつけてしまおうと考えた。

(俺は石鹸で恒常的に儲けたいわけじゃない。ある程度、儲けが出たところで広めてしまった方がいい……帝都の製造業者には悪いが、石鹸の普及のために犠牲になってもらおう)

俺の沈黙を、父は自信の無さと感じたのか不審そうに見ている。

「ちゃんとしたものができるか分かりませんが、多分大丈夫だと思います」

俺がそう言っても、まだ、父とニコラスは納得しておらず、半信半疑なようだ。

翌日からニコラスの家で石鹸作りをすることになった。

やってみて俺の考えていたことが、“取らぬ狸の皮算用”だったと反省する。

石鹸作りが予想以上に難しかったのだ。

最初はドロドロかネチャネチャの怪しい物体しかできず、六月中旬に開発を開始してからすでに一ヶ月以上経つが、石鹸と呼べる固形物が完成しない。というか、固まるまでの期間が全く読めない。

俺の記憶では一週間から二週間くらい放置すれば固まったはずだが、それらしいものが一向にできない。

時間ばかり掛かりそうなので、少量ずつ数パターン――石灰や灰汁、油の量を少しずつ変えたものや加熱時間を変えたものなどで試行していく。

(一週間くらいだと思ったんだけどな。記憶違いかもしれない。それとも植物油じゃないと駄目なのか? それだとコストが掛かり過ぎるし、長い目で見るしかないか……)

俺はニコラスと彼の妻のケイトに、固まらないものも捨てないことと、記録をきちんと管理するよう指示を出しておく。

怪しい実験室と化したニコラスの家の惨状を、俺は見なかったことにして、彼の家を出ていった。

(石鹸は一年くらい掛かるかもしれないな。のんびり行こうか……)

そう思いながら、別の案件に力を入れようと屋敷に戻っていった。

石鹸と共に開発に着手したのは手押しポンプだった。

これはトイレと石鹸で忙しいニコラスの手は借りず、ドワーフの鍛冶師ベルトラムと二人で作るつもりだ。

ベルトラムには祖父から俺の素性は話してある。

彼は祖父に招聘されてここに来たのだが、元々、祖父に何か借りがあるようで、

「お前さんの秘密は俺の口からは絶対に漏れねぇから、安心しな」

俺の頭に手を置きながら、そう約束してくれた。

さて本題に戻るが、手押しポンプがなぜ衛生管理に入るのかだ。

その理由は、俺が見た井戸にある。

ポンプがついていない井戸は、当然、釣瓶式になる。そのため開口部が大きく、異物が混入する可能性が高い。

何で見た話か忘れたが、井戸に動物が落ち、それが原因で疫病が発生するという話だ。

確かに開口部が大きく、不完全な蓋しかない井戸では充分に起こり得る。ネズミが一匹落ちるだけでも酷く汚染されるだろう。

井戸の中は暗く、動物が落ちたことを確認するのは困難だし、病気が広がってからでは遅い。更にそれを除去するには井戸を空にして清掃する大掛かりな処置が必要になる。

その点、ポンプ式ならいい加減な造りでも数メートルくらいはポンプアップできるだろうから、開口部は必要ない。

鉄パイプでは錆びるだろうから、銅製のパイプと銅のシリンダーでポンプを作れば、メンテナンスコストも少ない。

俺が確認した限りでは、銅の加工、鋳造もできそうだったから、後は構造を描いた絵を渡せばいい。

構造自体、 逆止(チェック) 弁を二つ付けただけの容積ポンプの原型だから、それほど難しいとは思わない。

(ポンプはプラントメーカー、つまり俺の得意分野だ。特に定容積ポンプは化学メーカーさんで良くお世話になった。まあ、ベンダーから取り寄せた物を組み合わせるだけの仕事だったが、理屈は分かっているはずだ……)

最初は自信満々にそう思っていた。

しかし、作り始めるとうまく行かない。

まず銅でポンプ本体、シリンダー部分を作るのが難しい。

それに強度が足りない。

銅のインゴットは結構高価で大量に使えないため、薄くしようとしたのが原因だが、普及させるためには安くする必要がある。最適の厚さを目指して、試行錯誤を行っていた。

ある程度行き詰ったところで、ベルトラムが俺に質問してきた。

「銅にこだわるのは何故なんだ? 鉄ならもう少し丈夫になるし、第一安いぞ」

「メンテナンスの楽な銅にしようと思って。パイプはずっと水の中ですし、銅じゃないと錆びてすぐに使えなくなりそうで」

「まあ、そうかもしれんな」

「それに銅と鉄をずっと接触させておくと鉄がすぐにボロボロになるんです。だから、パイプとシリンダーを同じ素材にしようと思ったんです」

「そうなのか? だが、直接触らなきゃいいんだろ。なら、木でも挟めばいいんじゃないか?」

俺はその言葉に愕然とした。

(そうだよな。継ぎ手にできるものがないから、こだわっていたが、木でも充分代用できる。もし、木が劣化すれば交換すればいい。どうも、思考が硬直化しているな。四歳児の頭なんだから、もう少し柔らかくてもいいはずなのに……)

今までの銅とは異なり、より高温の鉄で鋳物を作ることになる。

パーツごとに造るため精度が問題になるが、さすがドワーフだけのことはあり、ほとんど俺の注文どおりの物を作っていく。

内径十センチメートルのシリンダーを作り、クランク部分にレバーを取り付ける。更にバケットにロッドとチェック弁を取り付け、シリンダー内にもチェック弁を取り付ける。

難しいのはバケットの外周の 密封(シール) 部とチェック弁の動作とシールだ。

外周部のシールも製作精度で充分にカバーでき、チェック弁も数回の調整で問題なく動くことが確認できた。

銅製のパイプも銅の塊を叩いて作り上げ、更に五メートルごとの長さに作ったものを接続できるよう、フランジまで作り上げていく。

(うまく行きそうだ。ネジを一つずつ手作りするとは思わなかったけど、さすがドワーフ、器用なもんだ)

ポンプの開発を開始して、約一ヶ月後の六月二十八日。

完成したポンプを工房内で仮組みして試してみる。

ポンプの下には水の入った桶を設置し、ポンプアップの具合を確かめる。

四歳児の俺では身体が小さすぎるため、ベルトラムがレバーを動かすことになった。

「このレバーを上下させればよいのじゃな」

俺は大きく頷き、「力はいらないはずですから、軽く動かしてみてください」と台の上に立つドワーフに笑いかけると、すぐにレバーを動かし始めた。

桶までは二メートルほどしかなく、数回上下させると、すぐに水が噴出してきた。

「これでいいのか! 成功したんだな!」

ベルトラムの嬉しそうな声が上から聞こえてくる。

「大成功です! こんなにうまく行くなんて……」

吐水口から噴出す水を見て、俺は感動していた。

(ようやく成功した。石鹸は全然うまく行かなかったのに……)

感極まっていると、いつの間にか降りてきたベルトラムが、俺を持ち上げ、肩にのせる。

「よし、相棒! これをいくつ作ればいいんだ! 明日からはガンガン作るぞ!」

その日、祖父と父にポンプの完成を報告すると、翌日、ベルトラム工房がある東の丘の北側の集落の井戸に設置することが決まった。

翌日、祖父や父が見守る中、井戸にポンプを設置していく。最初は能力を試したかったため、少し水位の低い井戸で試したところ、五から六メートルくらいの吸い上げ能力があることが分かった。

理論上は十メートルだが、工作精度の関係から七から八メートルくらいだと予想していた。俺の知識が不足なのか、チェック弁の限界なのか、それとも標高の関係かもしれないが、予想より若干能力が低かった。しかし、平地にある井戸なら地上から三メートルほどの水位だから充分使えることが分かり、俺は少しホッとする。

本格的に井戸を取り付け始めると、村人たちが集まり、物珍しそうに見ていく。ベルトラムがデモンストレーションで水を出すと、更に興味深げになり、代わる代わるレバーを動かしていった。

大人も子供も面白いのか、何度も水を出し、手で掬って喜んでいた。

「あんまり水を出しすぎると濁ったり、水が出なくなったりするんだそうだ。調子に乗るなよ」

ベルトラムにそう言われると、大人の方はバツが悪そうに頭を掻き、子供は大人に止められて、少し残念そうだった。

(確かに面白いと思うな。メンテナンスの方法だけが心配だが、構造がシンプルだから何とかなるだろう……)

ラスモア村改革プランの最初の成功は手押しポンプだった。

(労力低減にはなるけど、そもそもの目的と大分違うような気がする。皆が喜んでいるから、よしとするか……)

俺は祖父と父にベルトラムに労いの言葉を掛けてもらうよう頼み、井戸の水を手で掬っていた。