軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話「トイレの普及」

六月三日に従士宅用のトイレが完成したことから、村への普及計画を立てていった。

まず素材についてだが、木工職人のクレイグの工房の在庫を見る限り、十棟分くらいはいけそうだ。

次にどの程度の割合で建てていくかだ。

俺は昔、ある機械工場の立替えの仕事に携わったことがある。その時聞いた話だと、大便器は三十人に一つで良かったはずだ。これは工場の話だから、一般家庭だとどのくらい必要かを考える。

(本当なら一家庭に一つくらい必要なんだろうが、共同トイレになるから、もう少し少なくてもいいはずだ。だとすれば、十人に一つくらいで充分足りるはずだ……)

一気に村に普及することができないことから、モデル地区を決めて十棟すべてをそこに集中させることにした。

モデル地区については、村の中心である四つの丘の真ん中、顔役のゴードンの家がある地区にすることを提案するつもりだった。

(顔役を引き込めば普及させやすいし、集会所になっているから村人の目にも止まりやすい。酒場もあるし、村人の興味を引くにはちょうどいい。それに別の場所にすれば、ゴードンがへそを曲げる可能性がある。最初に作ってやれば、彼の顔も立つ。ゴードンを引き込むためには、ここから始めるのが最適のはずだ)

俺はその旨を父に提案に行った。

父もそれを了承してくれた。

父はゴードンを呼び出して趣旨を説明すると共に、ニコラスに現場調査とトイレ建設を命じた。

翌日、父の呼び出しに応じたゴードンが屋敷にやってきた。

残念なことというか、当たり前なのだが、子供である俺はその話し合いに参加することができなかった。

父からその様子を聞くと、ゴードンはトイレの設置目的が理解できず、少し困惑していたとのことだ。しかし、領主自らが建設してくれる施設であり、ありがたく使わせてもらうといって帰ったそうだ。住民たちへの衛生管理の周知徹底についても、全面的に協力すると約束してくれた。

俺は何とかなりそうだと、この件はニコラスに任せ、他の案件を検討することにした。

(トイレはうまく行きそうだな。あとは井戸の手押しポンプと石鹸の開発を始めて、余裕があれば排水路の整備で、村の環境整備はある程度うまく行くだろう。そのあとは特産品作りだ。というより、俺の趣味を、いや、夢を実現させてもらう。ふふふ……)

その時、俺は安直にそう考えていた。もう成功したものだと考えていたのだ。

トイレの建設を始めた六月の初旬は特に問題もなく、ニコラスから順調に建設が進んでいるという報告しかなかった。

それどころか、村人も時間を見つけて手伝ってくれ、当初予定していた一ヶ月の建設期間より十日以上早く、十棟のトイレは完成した。

うまくいっていると油断が俺にあったことは否定しない。

好事魔多しとはよく言ったもので、建設はうまくいったが、その後の“使用”についてはうまく行っていなかった。

フォローを怠った俺に責任があるのだが、一ヶ月ほど経った七月初旬に、ニコラスから報告を受けるまで、完全に成功したと思い込んでいたのだ。

「十日ほど経ったのですが、あまり使用されている様子が見受けられません」

申し訳無さそうにニコラスが俺にそう告げてきた。

俺はなぜ使用しないのか信じられず、「なぜだ?」と尋ねると、

「ゴードンに確認したのですが、どうも要領を得ないのです。自分は使うように言っているが、皆が使わないのだと、それしか言わないのです」

(なぜだ? あの臭く汚い家の周りの方がいいというのか?)

俺は必死に考えを巡らせていく。

(なぜ使わないのか。普通使うだろう?……普通? 俺の“普通”が村人の感覚と違うのか?)

「ニコラスの意見を聞かせてくれ。何でもいい」

ニコラスは少し申し訳無さそうに、

「恐らく、“面倒”なのだと思います。我々も最初は面倒だと思いましたから……ですが、お館様のご命令ですし……」

そして、俺の視線に気付いたのか、慌てて付け加える。

「い、いえ、今は快適なのです。臭いもないですし、雨が降っても大丈夫ですから……これは本当です」

俺はその言葉を聞き、基本中の基本を忘れていたことに気付く。

( クライアント(お客さん) の意見を全く聞かなかった……今回は使う人全員がクライアントじゃないか。俺は自分の思い入れだけで仕事を進めていた……客の意見を聞かない設計者は最低だと後輩たちに教えていた俺が……)

俺は自分が大きな間違いをしていることに気付いたのだ。

俺の感覚は平成の日本人の感覚であって、この世界のものではない。

今までのシステムを変える時は、どれほどメリットがあってもおいそれとは変えてもらえない。人間はどうしても保守的になる。だから、それをいかに使ってもらうかを考えねばならなかったのに、俺の思い込みで進めてしまった。

(さて、どうするかな? 改善点の洗い出しが必要だな。アンケートでも取るか)

俺はニコラスに村人への聞き取り調査を命じる。

「村の人たちがどうして使わないのか、皆に聞いてほしい。どんな意見でもいいし、それを言ったからと言って罰は与えない……」

そこで俺はこれでは駄目だと思い直す。

「いや、意見を出してくれた者には、少量でいいから褒美を与えてくれ。これは父上に俺からお願いする」

ニコラスと共に父のところに行き、トイレ普及がうまく言っていないことを報告する。そして、改善案を考えるために、使用者の意見を聞きだしたいと切り出す。

「忌憚のない意見が聞きたいのです。そのために、意見を出した者には、どのような意見でも十 e(エーレ) (=百円)の褒美を与えたいと思います。許可と現金の支給をお願いします」

「褒美など出さずとも、ニコラスが聞けば答えてくれよう」

父はなぜ無駄な出費をするのか理解できないようだ。

「恐らくそれでは、当たり障りのない意見しか出ないでしょう。例えば、つい忘れたとか何とか、そんな意見しか……褒美を出せば我々の耳に聞こえがいい意見を言おうとするでしょうが、悪い意見にも金を出すと言われれば、できるだけ多くの意見を出そうと考えてくれるはずです。そこにこそ、改善の手掛かりがあるのです」

俺が小さな拳を振るって力説すると、父もその迫力に負けたのか、五十 C(クローナ) =五万円の予算執行を認めてくれた。

「今後もあまり金が掛かるようなら、この件は考え直すぞ、分かったな。ニコラス、済まんがもう少し面倒を見てやってくれ」

父は急に領主の顔になり、俺に釘を刺したあと、後ろにいるニコラスに金の入った袋を渡す。

父の執務室から出た後、俺はニコラスに質問する時の注意点を説明する。

「君とケイト――ニコラスの妻――で手分けして話を聞いて欲しい。ニコラスは男性に、ケイトは女性に。聞く時の注意点は、どんな意見、何の役にも立たない意見であっても、きちんと最後まで聞くこと。意見が出れば必ず金を渡すこと。そして、意見はできるだけそのまま報告して欲しい。君なら大丈夫だと思うが、領主の命令を振りかざさないように頼む」

彼はいまいち納得していないようだが、俺の命じたことを必ず守るといって、村に向かった。

(さて、これでちゃんとした“声”が拾えればいいんだが……)

二日後の夕方、ニコラスとケイトが二人で紙の束を持ち、俺のところにやってきた。

「多くの意見が出ました。聞き取り結果はここに書いてあります。一応、同じような意見ごとにまとめてあります」

紙に書かれた内容をパラパラと眺めていく。

主な意見は、三つだった。

一つ目は朝の時間帯に使えないことが多いから、使えなかった。

二つ目は溜まった物を運びに行くのが面倒だから、できるだけ溜まらないようにした。

三つ目はそもそもトイレに行くのが面倒だ。

この三つが全体の半分以上を占めていた。

その他にも、女性の意見として、わざと開けられた(開けられそうになった)というものや、子供を連れていくと間に合わないというものもあった。

一つ目は数の問題だ。

二十軒で十棟だから、十二、三人に一棟になる。これが少なすぎたのだろう。もう少し増やしてみて最適値を探すしかない。

女性の意見、“開けられた”というものに対しては簡単な鍵を付けることで対応し、子供については数を増やすこととおまるのようなものを使うことで対応できそうだ。

問題は二つ目と三つ目。面倒だという意見だ。

これについては、何か対策を考えないと、普及しない。

どうすれば一番効果的に普及させることができるのか。

堆肥作りが成功すれば、貴重な肥料を捨てることになるというインセンティブが働くから解決するのだろうが、今の段階で堆肥作りが成功するかも分からないし、堆肥の効果が出るのは畑に撒いた後の収穫期まで待たなければならない。

(ここは強制するか。それとも別のインセンティブを与えるか。何軒かでグループを作り、堆肥の作成が一番うまくいったところに賞金を出す……駄目だ。それではこの先もコストが掛かりすぎる)

俺は考えを進めるうちに少しずつ閃いていった。

(やはり最初は指導を強化するしかないな。ゴードンに指導役をさせる。それではゴードンが不満を持つから、ゴードンに何か役職、名誉職を与える。例えば、区長とか自治会長とか。今までは顔役といっても、領主のお墨付きがあった訳じゃない。領主のお墨付きがあれば、彼の虚栄心を煽れるから、こちらの要望を真面目に聞いてくれるだろう)

更に考えを進めていく。

(いっその事、村を何区かに分けて行政単位にしてもいい。居住に適した場所に数軒から十軒くらいで固まっているから、二十くらいを一つの単位にすれば、四つの区になる。それぞれに区長をおけば、管理が楽になるはずだ。父上に相談してみよう)

父に相談に行くと、難しい顔をされる。

「この小さな村で区分けする必要があるのか? 下手に区分すると派閥のようなものができないか?」

俺は盲点を突かれた気がした。

「確かにその懸念はありますが、元々、近所付き合いだけしかないのではないでしょうか? それならば、それほど問題にはならないと思いますが」

父は区長という役職を与えることは保留とし、何か別の名前を考えるように命じてきた。

「区長ではな……他にいい名はないのか?」

「民生役というのはどうでしょうか? 民の生活を見守る役目というのは?」

「民生役か……報酬はどうするのだ?」

「名誉職でいかがでしょうか? 年に一回か二回、屋敷に民生役を集めて宴を催すというのは?」

「なるほど。それならば金は掛からんし、余裕のないものはやりたがらぬ。逆に名誉を欲しい者がやりたがるか……良かろう。ゴードンにその旨、打診しよう。だが、民生役の仕事をちゃんと決めておけよ」

民生役というのは、日本にある民生委員の簡易版を考えている。

別に民生委員について詳しいわけじゃないから、簡易版にならざるを得ないが、住民の生活状況を把握し、それを改善する手伝いをする仕事としておけば、当然、トイレの改善も仕事のうちになる。

俺は簡単なメモを作成し、父に渡すことにした。

トイレの普及に目途がつくには、更に数ヶ月は掛かるだろう。

まだ、ちょくちょく状況を見ていかないといけないのだろうが、きちんとフォローしていけば何とかなりそうだとも思っている。

俺はニコラスとケイトに労いの言葉を掛け、次の案件について考え始めていた。

そう、いい忘れていたが、トイレの改善の間も祖父からの特訓は続いていた。

毎日、朝食前に二十分ほど素振りをし、午前中に兄たちと一緒に訓練に参加する。そして、夕方にも二十分ほど素振りをしてから、夕食という生活を続けていた。

訓練を始めてから半月以上経っても、一つの型の素振りしか、させてもらえない。

一緒に始めたダンも、俺とメルに置いて行かれるのが悔しいと思ったのか、真面目に素振りをするようになっていた。

そして、訓練を始めて二十五日目の六月二十日。

俺は“剣術士”になった。