作品タイトル不明
第五十九話「盗賊強襲」
七月七日。
西のポルタ山地――ファータス河の南に広がる山岳地帯――の山に雲が掛かり、今日の夕方から雨になりそうだという話を聞いた。
(カルシュ峠で雨が降ると厄介だな。今日の夕方なら何とかなりそうだが、次のボウデン村は貧しい村だし、出来れば早めに到着して、前に泊ったまともな宿を確保したいな。やはり、商隊の前を進む方がいいだろう……)
そういうことで、俺たちは午前七時に出発する商隊の前を行くことにした。
こちらは軽装の騎馬。商隊は重量物を運ぶ荷馬車だ。このため、移動速度がかなり違う。特に峠に入ると、荷馬車の速度は時速二、三kmにまで落ちていた。
俺たちは何度も休憩をいれ、商隊の速度に合わせていた。
今回の商隊の荷馬車の数は十両。
夏至祭の直後に多くの荷馬車がペリクリトルから出発した後であり、ちょうど狭間のような感じでかなり数が少ない。
当然護衛の数も少なく、全部で三十人ほど。見た感じ、腕の立つ傭兵はほとんどおらず、数合わせという感じすらした。
それでも、数が多いというのは安心感につながる。特に魔物は数が少ない旅人を狙うことが多い。御者を含めて五十人程度の商隊ならば、ハーピーのような飛行型はともかく、オーククラスの魔物に対しては十分な抑止力を持っているからだ。
午後一時頃、カルシュ峠の最も厳しいところに入っていた。
大木が生い茂る森から、潅木と背の高い草に植生は変わっていく。更に進むと岩がゴロゴロと転がる荒地になり、片側が切り立った崖になっていった。
(去年はこの辺りでハーピーに襲われたんだが……)
俺たちは周囲を警戒しながら、峠の頂上で商隊が追い付くのを待っていた。後ろから荷馬車のガラガラという音が聞こえ、商隊はゆっくりと坂道を登ってくる。
十両の荷馬車は俺たちの後ろ五十mほどのところまできていた。
ここまでに何度か視線を感じたような気がしており、そのことを言うと、リディもベアトリスも同じように感じていたという。
(俺たちは今、袋の鼠状態だ。出来るだけ早く、この狭くて左右に逃げ場のない峠の頂上から抜け出したいものだ……)
俺がそんなことを考えていると、リディの鋭い警告の声が峠に響く。
「見て! 武器を持った男たちよ!」
彼女の指差す方向を見ると、剣や槍、弓を持ったむさ苦しい男たちが現れた。
数は二十人強。
既に北行きの商隊とはすれ違っているから、商隊の護衛ということはあり得ない。つまり、盗賊の類だということだ。
ベアトリスが後ろにいる商隊に“盗賊が出た!”と叫び、俺たちは馬を降りて武器を構えた。
距離はおよそ五十m。
峠の頂上は幅五m、高さ十mほどの切り立った崖に挟まれており、迎え撃つには絶好の場所だ。
リディもベアトリスも同じ意見なのか、この場所から動かず、前衛であるベアトリスが槍を構えて前に出て行く。
俺は盗賊風とはいえ、無警告で攻撃していいものか悩み、ベアトリスに確認した。
「盗賊のようだが、どうするんだ? 先制攻撃を掛けてもいいなら、俺たちが魔法を撃ち込むが」
彼女は凄みのある笑顔を浮かべ、「そうだね。一応聞いてやろうか」と言ったあと、
「何者だい! それ以上近づいたら、こっちも黙っちゃいない! さっさと武器を捨てるか、どっかへ消えな!」
ベアトリスの威勢のいい言葉に盗賊たちは下卑た笑いを浮かべ、そのまま歩いてくる。
「威勢のいいねえちゃんだ。後で存分に可愛がってやるから待ってな!」
「そっちこそ武器を捨てな! この数には敵わねぇぞ。ひひひ……」
俺はその言葉を聞き、リディとシャロンに声をかけた。
「どうやら盗賊で決定だな。魔法で先制攻撃を掛けるぞ。シャロン、手前側から 炎の嵐(ファイアストーム) を頼む。奥に進むように調整してくれ。俺は逃げられないように後ろから手前に来るようにするから。リディは任せる」
シャロンは「はい」と言ってコクリと頷き、俺と共にファイアストームの呪文を唱え始めた。
リディは 雪嵐(ブリザード) の呪文を唱えていく。
どうやら、俺たちのファイアストームの後にブリザードを打ち込んで、止めを刺すつもりのようだ。
盗賊の中に魔法に詳しいものがいたようで、「魔法を使うぞ! 矢を放て!」と叫ぶ。
数本の矢が飛んでくるが、ヘクター――従士のヘクター・マーロン。弓の名手――のような強弓の使い手はいないようで、 短弓(ショートボウ) 程度の威力の矢しか飛んで来ない。ベアトリスが俺たちの前に立ち、槍を回転させるようにして、飛んでくる矢を叩き落していく。
その間に俺とシャロンのファイアストームが完成した。
盗賊たちは既に駆け出しており、二十mほどまで近づいている。シャロンがその目の前に炎の渦を出現させ、俺が彼らの真後ろに同じように炎の渦を作った。
轟という燃焼音が響き、幅五mの道を炎の渦が壁となって盗賊たちの前後を塞ぐ。
そして、二つの渦は前後からゆっくりと盗賊たちに向かって進み、徐々に追い詰めていく。
盗賊たちは前後に現れた二本の炎の渦に驚き、思わず足を止めてしまった。そして、炎が自分たちに接近してくるのを見て、パニックに陥った。
盗賊たちは口々に「動いてくるぞ! 下がれ!」とか「後ろからも近づいてくるぞ! 邪魔だ! どけ!」とか叫び、必死に逃げようとした。
だが、左右に逃げ道はなく、更に二十人以上が狭い道にひしめき合い、盗賊は右往左往するだけで行動が定まらない。そうこうしているうちに、一人の盗賊が無理やり味方を押しのけて逃げようとしたことから、数人が足を取られて転倒する。喚きながら立ち上がろうとするが、パニックに陥った盗賊たちは容易に立ち上がれなかった。
(無様だな。所詮盗賊ということか。じい様が指揮を執っていれば、これほど無様な動きはしないだろうな。いや、俺が指揮を執ってもここまで酷くはないだろう……)
その間にも炎の渦が接近していき、遂に盗賊たちを炎の渦に巻き込み始めた。
盗賊たちは口々に、「熱い! 助けてくれ!」と叫び、泣き叫ぶような悲鳴が狭い峠にこだまする。
すぐに衣服や革の防具が焼ける臭いがし始め、更に肉の焼ける嫌な臭いも漂ってきた。
まさに阿鼻叫喚と化していた。
三十秒ほどで炎は消えたが、十人以上が地面に倒れ、数人が痛みにのた打ち回っている。
運良く仲間が盾になり、軽い被害で済んだものもおり、彼らは怒りの声を上げて再び向かってきた。
盗賊たちが立ち上がった直後、リディの 雪嵐(ブリザード) の魔法が放たれた。彼女の手からキラキラと煌く鋭利な氷の破片が道一杯に飛んでいった。
盗賊たちは再び恐慌に陥る。下がろうとしたり、地面に伏せようとしたりするが、氷の破片は盗賊たちの行動に関係なく、次々と彼らを切り刻んでいった。
僅か一分半ほどで、二十人以上いた盗賊のうち、立ち上がれる者は五人にまで減っていた。
その五人のうち、三人は盾を装備していたことから、リディのブリザードの魔法でも致命的な傷を負わなかった。だが、顔や腕に火傷を負い、更に氷の破片に防具の隙間を切り裂かれており、決して無傷とは言えなかった。
残りの二人は頭目と副頭目なのか、後方にいたようで、俺の 炎の嵐(ファイアストーム) のダメージをあまり受けていなかった。
だが、立っている五人に逃げる暇は与えられなかった。
ベアトリスはリディの魔法が途切れた後、その五人に突撃していったのだ。
俺も剣を引き抜き、彼女に追従するが、あっという間に豪快な槍捌きで、盾持ちの盗賊を仕留めていく。
俺がベアトリスに追い付いた頃には、三人は既に倒れており、彼女は更に先行していく。俺も彼女を追い、後ろにいる頭目らしき男のところに向かっていく。
その頭目らしき男は、俺とベアトリスが近付いていっても、呆然とした表情でブツブツと呟くだけだった。
「全滅!? 二十人の手下が全滅!? さ……三分も経たずにか……女二人と子供二人に……手下が二十人も……ば、化け物か!」
(どこかで聞いたことがあるセリフだな? ああ、自慢のスカート付きをあっという間に落とされた某少将の言葉だな。確かに状況はそれに近いが、“化け物”というのはちょっと引いてしまうな……)
俺にはそんなことを考える余裕があった。
まともに立っているのは二人だけであり、その二人も今の状況を受け入れられず、呆然と立ち尽くしているだけだからだ。俺は頭の片隅でそんなことを考えながら、先行するベアトリスの後に続いていた。
彼女は頭目を射程に捉えると、相手の状況など関係ないとばかりに、呆然と立ち尽くす敵に鋭い突きを入れる。
頭目はそれに対処することなく、無抵抗に槍を受け入れた。
俺は頭目の死体にチラリと視線を送り、
(こいつは自分に何が起こったのか理解しないまま、死んでいったんだろうな。判らないでもないが、盗賊にしては甘い男だな……)
もう一人の男は頭目が殺されたのを横目に見て、ようやく我に返った。そして、逃走を図ろうと身を翻して走り出す。
頭目を葬ったベアトリスは俺にニヤリと笑いかけ、その瞬発力を生かして逃げた盗賊を追った。数m先行する盗賊だったが、後ろから迫る死神――ベアトリス――への恐怖に負け、思わず振り返ってしまう。
それが彼の運命を決めた。
振り返ったことで僅かに走る速度が落ち、ベアトリスに追いつかれたのだ。彼もベアトリスの容赦のない一撃を背中に受け、血を吐いて地面に転がっていった。
結局、剣を握ったものの俺に出番はなかった。
(こいつらも通り過ぎるのを待ってから襲い掛かればよかったのにな。そうすれば、こんな不利な条件で戦う必要もなかった……いや、俺たち四人を見て、魔術師が三人もいると考える方が無理があるか。それにしても、待ち伏せしなかったのはなぜなんだ?)
ベアトリスは俺とシャロンに周囲の警戒を命じた後、リディと二人で、魔法で瀕死の状態になった盗賊たちに止めを刺していく。
尋問するために比較的軽症の者は残すようだが、酷い火傷をしている者は安楽死の意味も込めて止めを刺しているのだろう。
俺は周囲を警戒しながら、ようやく初めて人を殺したという事実に気付いた。
確かに見た目は悪人そのものという感じだった。だが、それでも曲がりなりにもコミュニケーションのとれる人間だった。それを魔物と同じように冷静に殺せた。そして、人を殺したと気付いても冷静でいられた。俺はそのことに驚いていた。
(人型の魔物で慣れたのか? それとも魔法で殺したからあまり感じないのか? そういえば初めて人型の魔物ゴブリンを倒した時も特に何も感じなかった。しかし、相手は同じ言葉をしゃべる人間だ。もっと罪悪感というか、後悔の念とかを感じると思ったのだが……)
商隊の護衛たちは恐る恐る近づいてきた。そして、目の前に広がる光景に言葉を失う。
彼らはソーンブローの街を出るとき、俺たちを見下すような、そして、迷惑そうな態度を取っていた。さすがにベアトリスの実力は判っていたようだが、それでも俺たち子供二人を守る守役くらいに思っていたのだろう。
リディの顔は見ていないようだが、女性であることは判っていた。そのため、出発前には盗賊たちを呼び寄せるからと、ベアトリスに対し、商隊に近寄るなと言ってくる者もいたようだ。
だが、その馬鹿にしていた俺たちが、屈強な盗賊二十人以上――数えると二十二人いた――を五分と掛からず全滅させたのだ。彼らはその事実を信じられず、悪い夢を見ているような表情をしていた。
生き残りの盗賊三人に縄を打ち、死なない程度に回復させる。
その様子にも傭兵たちは驚きを隠せないでいた。四人中三人が魔術師で、更に二人が治癒師を兼ねている。これだけの火力と支援力を持ったパーティは珍しいというより、あり得ないからだ。
そうしている間に商隊の本隊が峠の頂上に到着した。彼らは盗賊たちの死体を前に、そこから動くことができずにいた。
代表者らしい商人がその様子に怯えるような表情を浮かべながらも、ベアトリスに声を掛けてきた。
「ま、まことにありがとうございました。何かお手伝いすることがあればおっしゃってください」
ベアトリスは手の平を返したような商人の態度に、鋭い目付きで見下ろす。
だが、すぐに表情を緩め、盗賊の装備を外すことと、魔晶石とオーブを回収した死体をどこかに捨てて欲しいと依頼する。
俺たちは商隊の傭兵たちが死体を片付けている間に、生き残りの盗賊たちに尋問を行っていた。
盗賊たちは自分たちに起きたことが信じられず、未だに動揺していた。そのため、ベアトリスの凄みを利かせた問いに素直に答えていく。
尋問した結果、盗賊たちはこれでほぼ全員で、特に拠点を持たない野盗集団だったようだ。ここから一kmほど先に馬が隠してあり、馬の番に二人残しているとのことだった。
「まだ大して時間は経っちゃいない。逃げられても問題ないが、馬は回収しておきたいしね。ザック、手伝ってくれ」
ベアトリスは馬番の盗賊を始末し、馬を回収することにしたようだ。そして、接近戦が得意な俺を相棒に指名してきた。
俺が「了解」と短く答えると、
「歩いて行くよ。盗賊のいうことは当てにならないからね」
俺はそれに頷き、道を下っていった。