軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話「工房」

俺は父と従士のニコラスと共にドワーフの鍛冶師の工房に向かった。

(異世界生活を始めて一年。初めて異種族が見れるよ。それも定番中の定番、ドワーフを……)

俺は精神年齢四十五歳とは思えないほど、興奮していた。

存在することは分かっていたが、実物を見られるとなると、やはり感動が違うだろうと。できれば、エルフに獣人、竜人なんかも見てみたいが、ラスモア村は人族の村であり、この辺りでは比較的多いはずの獣人すら住んでいない。

工房は北ヶ丘の東側にあり、屋根にある煙突から黒い煙が立ち昇っている。

ニコラスが先触れのような感じで工房に入っていき、俺と父がその後に続く。

工房の中は五月末の過ごしやすい季節にも関わらず、ムッとした熱気に包まれ、奥からトンテンカンという鎚のリズミカルな音が聞こえてきた。

ニコラスが戻り、苦笑を浮かべ、

「ベルトラムさんは手が離せないそうです。見たいなら勝手に見ろとおっしゃっています」

父も苦笑いを浮かべ、「いつものことだ」と、俺に説明してくれる。

(仮にも領主なんだがな。じい様が招聘したから特別待遇なのか? それとも職人気質のなせる業なのか……気難しそうな人じゃなければいいが……)

ニコラスは別の用事があるのか、それとも鍛冶師が苦手なのか、工房から出て行った。

俺は父に連れられ、工房の奥に入っていく。

奥に入ると、作り終わった農具や鍋などが並び、更に奥には真っ赤に燃える炉と、その横で鎚を振るう小柄な職人の後姿があった。

(小柄だが、がっしりとしている。身長は百五十センチメートル弱っていうところか。しかし、腕は俺の胴より太そうだな。これで髭面ならイメージ通りのドワーフなんだが……)

俺はあまり近寄りすぎないように気を付けながら、作業が終わるのを大人しく待つ。

鍛冶師は無限の体力を持つかのように、二十分近く鎚を振り続け、ようやく手を止め、焼きを入れる。

打っていたのは、すらりとした剣のようで、ジュッという音をさせて一気に焼きを入れ終わる。

研いでいないが、業物といった趣を俺は感じていた。

「領主の仕事は相当暇なようだな、マット?」

鍛冶師は振り返りながら、怒鳴るようにそういってきた。

父は「そんなに暇ではないんだがな」と笑っている。

どうやら、鍛冶師も冗談でそう言っているようだが、大きな銅鑼声で表情が分かりづらい髭面のため、俺には冗談に聞こえなかった。

「ザック、鍛冶師のベルトラムだ。挨拶しなさい」

俺は「ザックです。お邪魔しています」と頭を下げる。

ベルトラムは一瞬目を見開いたような顔をするが、「ベルトラムだ」と一言言って、父に向き直る。

「今日は何のようだ? 自警団の武器はまだ大丈夫のはずだが?」

「今日は俺の息子、ザックのお披露目みたいなものだ。ここを見たがったから連れてきた」

ベルトラムは、「何が見たいんだ」とでも言うように、黙って俺を見つめている。

「ベルトラムさんが作れるのは、ここにあるようなものだけですか?」

俺はその視線に耐えられず、演技を忘れて素の状態で質問してしまった。

(しくじったな。どうも一昨日カミングアウトしてから脇が甘い……仕方がない。ここは聞きたいことを聞いてしまおう……)

しかし、彼は俺のしゃべり方を気にすることなく、俺の話に乗ってきた。

「何か欲しいものがあるのか? 剣はまだ早ぇな。ナイフか?」

「銅の加工とかはできますか?」

その問いに意表を突かれたのか「銅だと?」と絶句している。

「銅の鍋とかができないかなって……」

「できねぇことはねぇが……マット、お前の息子は変わっているな」

俺が見上げると、父も俺が素のしゃべりになっていることに気付き、厳しい表情をしていた。

(あとで叱られるな。仕方ないな、俺のミスだし……)

「確かに変わっているが、面白いぞ、うちのザックは」とフォローを入れてから、彼と雑談を始めた。

俺は工房の中をゆっくりと見回し、炉とその横にある炭に興味を持った。

(木炭じゃないな……石炭か。近くで見たいんだが、寄っていくと怒鳴られそうだし、諦めようか)

雑談しながらも、俺のことを見ていたのか、ベルトラムは、「炉が見たいなら見せてやるぞ」と声を掛けてきた。

俺は大きく頷き、ベルトラムの後ろについて、炉にゆっくりと近づいていく。

顔を焼くような熱気が襲ってくるが、我慢してじっくりと見ていった。

(材料はインゴットになっているな。ふいごは手押し式か。耐火レンガっぽいな。家にはレンガが使われていないから、特別製なのかもしれない……)

そして、横に置いてある炭を手に取り、

(炭はやはり石炭か……割れ口が光っている物が多い……ざっと見、褐炭っぽいものも混じっているが、無煙炭と瀝青炭がほとんどだ。かなりいい品質の炭だ……)

俺は入社したての大昔に、製鉄所の仕事をしたことがあった。その時、客先の気のいい技師が俺にいろいろなことを教えてくれ、石炭について少しだけ知識があった。

(どこで石炭が取れるんだろう? この世界なら露天掘りだろうし、近くなら俺の考えに使えるんだが……)

他にも鋳造も行っているのか、天井に滑車とフックがあり、工房の端には砂と木枠があった。

(ここまでくると、工房と言うより小さな鉄工所だな。職人がもう少しいればいろいろできそうだ)

あまり見ているとボロが出そうなので、飽きた振りをして父の下に戻っていく。

父が「邪魔をしたな」と言って、出て行こうとすると、ベルトラムは「ザックと言ったな。いつでも遊びに来い」と白い歯を見せて、笑いかけてくれた。

俺は「はい!」と元気よく答えて、父の後についていく。

(気に入られたのかな? でも、ここに来ると絶対に俺の秘密はばれるな。じい様に相談した方が良さそうだ……)

外に出ると、ニコラスが待っており、次の工房へ案内される。

途中、父から、「しゃべり方に気を付けろ」と、小声で注意を受ける。

俺は素直に頷き、「ごめんなさい」と同じように小声で謝った。

次の工房は木工職人の工房で、ここでは丸太の加工と、樽の製造を行っていた。

二人の職人が、森から切り出してきた太い樫の木のような丸太を巨大なのこぎりで材木にしていた。

父の姿を認めると、作業の手を止め、父に挨拶をする。

「ご領主様、ようこそおいでくださいました」

ごつい感じの年嵩の職人が頭を下げると、父は「中を見せてやってくれ」と俺を指差す。

年嵩の職人はクレイグといい、息子のケネスと一緒に仕事をしているとのことだった。

工房の中に入ると、木の板や角材の他に、真新しい樽が並べられていた。

樽は俺の身長より大きく、数百リットルは入りそうな大きなもので、鉄製のたがで止めるタイプだった。

俺はここも使えそうだなと心にメモし、最後の革職人のところに向かった。

革加工の工房はきつい臭いが立ちこめ、中では二人の職人が皮をなめしていた。

父が入っていくと、職人たちは手を止め、慌てて立ち上がる。

(鍛冶師だけが対応が違うんだな。他が常識人なのか、鍛冶師のベルトラムがドワーフだからなのか……)

工房の中には革鎧のパーツなのか、肩当てや胸当てが並んでおり、更に革製の布が多く掛けてあった。

(革の加工は全く分からないな。そのうち、鎧を作ってもらう時に世話になるくらいか……)

工房を回り終わると、太陽は中天に掛かっていた。

「弁当を作ってもらってある。黒池のほとりで昼飯にするか」

父の一言で、ニコラスと共に馬で南ヶ丘の南にある黒池と呼ばれる小さな湖に向かった。

黒池は澄んだ水を湛えた湖で、一辺が五百メートルほどの三角形に近い形をしている。

南ヶ丘から湖を見ると、黒い森と山が映ることから、その名が付いたそうだ。

馬を少し駆けさせ、十分ほどで黒池の畔に到着した。

周囲には葦のような草が生え、鏡のような湖面に森の木々が映りこんでいる。

手ごろな倒木を見つけると、そこに腰を掛け、弁当を広げ始める。

弁当はパンと炙った肉で、ニコラスが近くの木の枝を集め、着火の魔道具で火を熾していく。

俺が初めて見た魔法は屋敷にある灯りの魔道具で、その次に見たのが、この着火の魔道具だ。

魔道具は簡易な魔法陣と魔晶石と呼ばれる魔力を込めた石で作られた道具で、簡単な魔法、灯りの魔法や着火の魔法を誰でも使えるようにしたものだ。

(初めて見たときは驚いたよな。灯りの魔道具は蛍光灯っぽい感じで、スイッチ代わりに魔力を込めるだけで使えたし。それも三歳の俺でも簡単に点いたからな。魔力を込めるというより、触りながら“点け”って命じるだけだから、ほとんどタッチセンサーの電化製品と同じ感じだったしな)

焚き火を熾したあと、小さな鍋で湯を沸かし、塩と肉でスープを作る。時間的には二十分くらいなのだが、何となくアウトドアな気分に浸れて嬉しかった。

昼食を摂った後、黒池から西に流れ出るブラック川沿いを進み、ブラック川に北から合流するフィン川沿いを北上していく。

フィン川は小さな川だが、流れは強く、西ヶ丘の北あたりに水車小屋が設置されていた。

水車小屋では製粉でもしているのか、杵をつくようなゴンゴンという音が響いている。

俺は父の馬に揺られながら、これからすべきことを考えていた。

(まずは衛生管理だ。家畜の糞もほとんど放置されているし、人の排泄物も酷い。井戸の近くに排泄物があっても気にしていない。もし、病原菌が井戸に混じったら……まずはトイレを作ることから始めるか)

午後二時頃、屋敷に帰るが、今日は昼寝をせずにそのまま父の執務室に向かった。