軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 絶対にまともじゃない エリシュ・エクセル

バベル適性試験対策室

バベル適正試験対策室とは、試験官たちの休憩や、バベル適正試験実施に何か問題が生じた際の教官たちの相談のために使用される大部屋である。

もっとも、適正試験は魔力測定、体力測定、召喚適性測定の三つであり、これらはあくまでただの測定であり、通常問題が生じるようなことはない。だから、この部屋はもっぱら、試験官たちの休憩所として使われるが、今回は少しばかり様相が異なっていた。

「ホント、どうしたのよ?」

今もガタガタと全身を小刻みに震わせる上位霊獣――コウマに召喚適性試験の試験官――エリシュ・エクセルは困惑気味に尋ねるが、

『……』

震えるだけで答えようとしない。

状況から察するに原因はおそらく、あの【20456】番と彼が呼び出したあの子犬にあるのだろう。

コウマが豹変したのはあの黒色の子犬を一目見にしてから。ここまでコウマが怯えるのだ。とても信じがたいが、あの黒犬の子犬は霊獣コウマ以上の存在と言う事なのだろうか?

だとすると、あの黒色の子犬を召喚した【20456】番は一体……。

エリシュが思考の渦に飲まれようとしていたとき、目の細い黒ローブの男が姿を現すと、

「やあ、君たち、大変だったね。特にコウマ、すまない。君だけには事前にちゃんと話しておくべきだった」

深く頭を下げる。この人はシグマ・ロックエル。イネア統括学院長の懐方の一人であり、若いながらに魔導士副長を務めている若手の出世頭。エリシュの学院生時代の教官でもある。

『あれは、なんじゃ?』

コウマの口からでた透き通るような女性の震え声に、シグマは大きく息を吐いて疲れたように苦笑すると、

「きっと、君の想像通りさ」

神妙な顔で噛み締めるようにそう口にする。

コウマの顔色が三割増しで悪化して、頭を抱えてガタガタと震え出す。

「シグマ先生、彼は――」

勝手に納得してしまうコウマとシグマ先生に、いてもたっても居られず、今一番気になっていることを尋ねようとするが、

「カ――いや、【20456】番についてはまったくの別枠さ。適性試験、実技試験も含めて僕らで合否を判断する。だから、君らは彼について一先ずは忘れてもらっていい」

強い口調で遮られる。

「そういうわけにはいきませんよ!」

自分らしくもなく、声を張り上げるが、

「ごめん。これは学院長命令なんだ」

やはりシグマ先生に即拒絶される。

イネア統括学院長は通常、個別具体的な案件にはほとんど口を出さない。一生徒の試験内容の操作などもっての外と考えるタイプだ。そしてそれはシグマ先生として同じ。

それがこうも公然と宣言するところからして、【20456】番は学院長たちにとって己の信念を捻じ曲げてでも考慮しなければならない人物ということなのだろう。

そして、学院長が一介の王族に屈するとも思えない。つまり、彼は――いやこれ以上踏み込むのは危険だ。

他の職員たちと異なり、元々、エリシュはこの仕事に命と人生を賭けて臨んでいるわけではない。

何より、エリシュは英雄級の父ラルフ・エクセルとは違い凡才だ。それは今までの人生から重々承知している。

故に、エリシュの人生設計は無難。ほどほどに出世し、ほどほどのやりがいの仕事に従事し、ほどほどの幸せを掴む。これがエリシュの理想。下手に踏み込んで面倒ごとに今のほどよい生活を壊されるなどまっぴらごめんだ。

「わかりました。私はそれで構いません。ですが、他の理事たちがどう考えるかはわかりませんよ。特に副学院長派はきっとこれを問題にしてきます」

「うん。わかってる。それも覚悟の上さ。というか――」

一瞬シグマ先生の細い両眼に暗い光が灯る。加えてこの薄気味の悪い薄ら笑い。きっとこのバベルで猛烈に碌でもないことが起こる。それをエリシュは確信していた。

『お、おぬしら、まさか、あれを利用するつもりなのか⁉』

信じられないものを見るかのような目でシグマ先生を凝視しながら、コウマは金切り声で疑問の声をあげる。

「もちろん、危険は承知さ。でも、それを成す必要性が僕らにはある」

熱の籠ったシグマ先生のこのセリフに、

『おぬしら、絶対にまともじゃない……』

ほほを引き攣らせそう絞り出すとコウマは以降口を堅く閉ざす。

「大丈夫さ。そう悪い事にはならない。彼はそういうタイプじゃないようだしね」

このコウマの怯えよう。やはり、この件に首を突っ込んでも嫌な予感しかしない。シグマ先生が任せろというのだ。触らぬ神に祟りなしだ。傍観を決め込むのが吉。

このときのエリシュのこの結論は、実に的確で正当なものだった。しかし、そもそも人生とはままならないものである。

皮肉にもこの 真正の怪物(カイ・ハイネマン) との出会いにより、その期待とは裏腹にエリシュは深く深くバベル設立以来の争乱の渦の中に飲み込まれていくのである。