軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

69.商会員と打ち合わせ

「本当に、心から、先にお話頂いてよかったです」

午前早くに来た商業ギルド、会議室のイヴァーノがいい笑顔でダリヤに言った。

どうやら、ヴォルフのアドバイスは当たっていたらしい。靴乾燥機の説明をしたところ、いたく喜ばれた。

「靴乾燥機もすぐ利益契約の登録をしましょう。量産体制が整うまで公表は控えてください」

「あの、量産体制って、これも売るんですか?」

「売りますよ、必ず売れますから。俺が全力で売りますし。ただ、きちんと販路と量産の目安をつけてから公表しないと、五本指靴下ほどではなくても、似たようなことにはなるかと思います」

「これで、ですか……」

試しに靴乾燥機も持ってきてみたが、ダリヤにはやはりドライヤーの簡単な改修品という感覚だ。新規製品と言われてもしっくりこない。

「騎士団、運送ギルド、冒険者ギルドはもちろん、雨の多い時期の靴屋の倉庫、人数が多いお屋敷、水虫や足の臭いの気になる人。ぱっと思いついただけでこれだけの可能性があります」

「イヴァーノさん、すごいです」

売り込み先をすらすらと言うイヴァーノに驚いていると、彼はその 芥子(からし) 色の髪を手でかいた。

「いえ、すごいのは俺じゃなくてダリヤさんですからね……とりあえずこれで利益契約の登録をして、また後で改良してもいいですし。ところで、新しい物が続いてますけど、こちらはいつ頃から開発していたんですか?」

「昨日です」

「は? 昨日一日で、ですか?」

「いえ、取りかかったのは昨日で、作業はドライヤーの変更なので二十分くらいで……あ、でも、動作確認はきちんとしています。それに、温度に関してはドライヤーのときの安全マージンよりも上なので!」

勘違いされては困るので、安全確認もなく適当に作ったのではないことを慌てて説明した。

イヴァーノが 紺藍(こんあい) の目を細め、静かに笑っていたのでほっとする。

「……ダリヤさん、他に考えているものと試作しているもの、作りたいものがあれば、思いつく限りでいいので教えてください。今後の覚悟、じゃない、今後の販売戦略の参考にしたいので」

胸ポケットから茶革の手帳を取り出し、イヴァーノが鉛筆を構える。

『販売戦略』前世でも聞いた単語に、目の前の男が商売人なのだとしみじみ思う。

「ええと……魔導具ではないですが、泡ポンプボトルをガンドルフィ工房のフェルモさんと進めています。次に、小型魔導コンロのさらなる小型化がしたいですし、防水布の軽量化もしたいです。あと、上に冷凍庫、下に冷蔵庫で一緒になっている冷蔵庫を試作中です。もっと安い冷蔵庫と冷凍庫も作りたいです。他に雨や冬に服を乾燥させるものとか、調理に便利なお鍋とかも作りたいです。あ、冬の暖房器具も考えてはいます。あとは売るつもりはないですが……人工魔剣の試作をしています。弱い二重付与程度ですけど」

人工魔剣については隠そうかとも思ったが、商会管理をしてもらうイヴァーノに対して失礼な気もする。それに、これから希望する素材からわかってしまう可能性もある。

そのため、素直に先に言っておくことにした。

「……わかりました。ええ、ダリヤさんの作りたいものを作ってください。設計図と仕様書を書いてもらって、安全確認さえしっかりしてもらえればかまいません。片端から登録して、俺が売れる物は売っていきます。量産も販路も任せてください。ただ、ヴォルフ様のためだと思いますが、最後の人工魔剣だけは口外しないことをおすすめします」

「やっぱりまずいですか、職業的に?」

人工魔剣とはいえ武器だ。本来は鍛冶屋と魔導師の協力で行われるものだろう。

実際に使用するのであれば、安全性の確認も重要になる。

ヴォルフと一緒だからと、ノウハウもないところからいきなり挑戦したが、初回にできたのは手が溶けそうな『魔王の配下の短剣』である。魔導具師の仕事ではないと言われても仕方がない。

「いえ、そちらではありません。一歩間違うと、悪い人とか偉い人にダリヤさんが連れて行かれる可能性があります」

「え、私ですか? 人工魔剣といっても弱い二重付与だけですよ。本物の魔剣のような力はないので」

「今はそうでも試作が進んだらわかりませんよね? 攻撃魔法に特化した魔導師と戦えなくても、貴族や犯罪組織の兵力増強に使えるレベルになれば充分危ないです。なんなら魔導師の少ない他国に輸出してもいいわけですから」

「……それは考えていませんでした」

ダリヤは絶対に口外しないと心に誓った。そして、思い出す。

今頃、 天狼(スコル) の腕輪をつけたヴォルフは、王城の訓練で空を駆けているのではあるまいか。

あの腕輪はヴォルフ以外には使えないと思うが、同じものが悪用できれば、かなり怖い話になる。

「あ、あの……もうひとつあって、 天狼(スコル) の腕輪を作りました。風魔法というか、跳ぶための補助になる腕輪で、外部魔力のない人しか使えないものです。 紅血(こうけつ) 設定をしていて、ヴォルフ専用ですが」

「ヴォルフ様専用の腕輪でしたら大丈夫ですよ。うまくいって本当によかったです。ダリヤさんから腕輪を渡したんですか?」

「渡したというか、ヴォルフにその腕輪を買ってもらったので」

「あ、すみません。俺、勘違いを……」

イヴァーノが慌てて謝ってくる。そこまでの会話を反芻し、今度はダリヤが慌てた。

「違いますよ! 婚約腕輪とか、そういうものじゃなく、純粋に戦闘向けの腕輪なので! 石も入れていないですよ!」

「ですよね……俺、自分が腕輪を妻からもらったので、つい思い出してしまって」

「イヴァーノさん、奥さんから先に婚約腕輪をもらったんですか?」

「ええ。家族が亡くなって落ち込んでたら、『私が家族になる!』とその場で腕にはめられました。返答する時間がなかったですよ」

「じ、情熱的な奥様ですね」

どう言葉をつなげていいか迷っていると、イヴァーノが手元の黒革の筒を開け、羊皮紙を取り出した。

「これ、証明用の写しですけど、ダリヤさんが持っていてください。昨日の午前中、ヴォルフ様と一緒に神殿に行って、神殿契約をしてきたので」

神殿契約書の羊皮紙からは薄く魔力が立ち上っている。

焼き付けられたような文字は『イヴァーノ・バドエルは、ダリヤ・ロセッティ、および、ロセッティ商会に、意図して不利益をもたらさないものとする』とある。

その下に書かれたイヴァーノのサインが赤黒いのが、少しばかり怖い。

ダリヤは唖然として、それをみつめていた。

「俺が商会員になりたいと言っていきなり雇って頂いた訳ですが、すぐ信頼しろというのは難しいと思うので。これで少しでも安心してもらえれば」

「イヴァーノさん、ありがとうございます。大切にお預かりします。あの……知らなくてすみません、商会は神殿契約って普通するんですか?」

「することも多いですよ。やっぱり信用商売ですから」

実際は、神殿契約をするのは貴族との取引がほとんどで、商家だけであれば少ない。それなりに費用がかかることと、契約を破れない重さと恐さがあるからだ。

だが、イヴァーノはそれをあえて言わずにおいた。

「ぜひ、カルロさんの魔導具登録数を超えてください。楽しみにしてますので」

「父の登録数ですか……遠いですね」

「ダリヤさんが生まれる前までに、改良品含めて二十二点、ダリヤさんが生まれてから六点ですね」

「私が生まれてからのものが少ないのは……私のせいですね」

メイドはいたが、父は幼いダリヤときちんと時間をとってすごしてくれた。

休みも一緒に出かけたことは多いし、魔導具師として必要なことは全部教えてくれた。

魔導具師としての仕事も懸命にしていたが、自分がいなければ、もっと色々な物を作れただろう。

自分を引き取らなければ、再婚していれば、もっと魔導具師の仕事を増やせたかもしれない。

そうすれば、ダリヤの父ではなく、『カルロ・ロセッティ』として、今よりはるかに、世に名を残す魔導具師になれたのではないだろうか。

「すみません、ダリヤさん、そういう意味で言ったわけではないんです。ダリヤさんが生まれてから作った魔導具の方が、ずっと普及してるじゃないですか。今、給湯器とドライヤーのない家なんか、まずないです。俺はそれを言いたくて……言う順番を間違えましたね」

「いえ、私の受け取り方が悪かっただけです。魔導具師として時間がとれていれば、父はもっといろいろな物を作れたと、つい思ってしまったので」

「娘が好きな父親をそういう方向で考えてはいけませんよ。俺だってかわいいかわいい娘のことは、睡眠時間を削ってでも相手をしてますからね」

悩んでいたのが顔に出ていたのか、父親ならではのやさしい笑顔で男が言う。

でも、ダリヤが一番気にかかったのは、さらりと言われた『睡眠時間』の単語だった。

「イヴァーノさん、商会のお仕事は無理しないでください。ギルドの営業時間と同じで、家に帰ってください、五日に一度は休んでください、絶対です。夏祭と冬祭の間もすべて休んでください」

「いえ、そんなに休まなくても平気です。俺、体は丈夫ですし、うちの妻は怒りませんよ。商会が軌道に乗るまでは不眠不休の覚悟で……」

「絶対駄目です! 奥さんとすごす時間が減ります。娘さんが小さいときの思い出が減ります。あと、イヴァーノさんが倒れたら、お家の方も私も大変です。そうならないために、きちんと休んで仕事をしてください。回らないときは業務を縮小するか、利益が上がるなら人を雇ってください」

前世では父母を残して過労死という親不孝をやった。

今世では父の急死で、ひどくショックを受けた。

どちらもするのもされるのもごめんだし、目の前の男にもしてほしくない。

「残される方も、残す方も、ホントに辛いですから……」

口から出た泣きそうな声に、自分が驚いた。

「すみません、ダリヤさん……わかりました。きっちり休んで、いい仕事します。人を雇えるときは雇います。ええと、本当に俺は丈夫なので、安心してください」

「はい……」

イヴァーノの言葉に、慌てて笑顔を作る。

でも、目はほんの少しうるんでいて、きっと不器用な笑いになっているに違いない。

目を隠せる黒枠の眼鏡がちょっとだけ恋しくなった。