軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

58.見えない会議

この部屋に自分がいることは何かの間違いではないだろうか。

部屋に入って何度目かの疑問を、ダリヤは営業用スマイルを顔に貼りつけつつ考える。

商業ギルドの五階、豪華な会議室、いや貴賓室と呼ぶ方がいいのだろう。

アイボリーの壁紙の上、見事な麦畑の画が飾られている。床は滑りそうな灰色の大理石、上に敷かれた踵の埋まりそうな赤の絨毯。やたらと広く艶々の黒檀のテーブルは、指紋がつくのが心配なほどだ。

右にヴォルフ、左にガブリエラ、その隣にイヴァーノ。

対面に座るのは、服飾ギルド長と担当者、そして、冒険者副ギルド長と担当者。

いくら午後のお茶の時間をすぎたとはいえ、まさかギルド長や副ギルド長が来るとは思わず、聞いた時には固まった。

八人がゆったりと座れる広さはあるのだが、室内の密度が異様に濃く感じる。

窓から見える青にちらりと視線を向けた。

いっそ鳥になって窓から逃げ出したい――そう思えるくらいには緊張していた。

「ようこそ、商業ギルドへ」

ガブリエラのいつもと変わらぬ声から、会議は始まった。

「はじめまして、スカルファロット様、ロセッティ商会長。服飾ギルド長を務めさせて頂いているフォルトゥナート・ルイーニです。フォルトゥナートとお呼びください」

「ご挨拶をありがとうございます。騎士団魔物討伐部隊のヴォルフレード・スカルファロットです」

「はじめまして、ロセッティ商会のダリヤ・ロセッティと申します」

いきなり名指しでこられてあせったが、ヴォルフが先に挨拶をし、その後に目線をくれたおかげでなんとかなった。

貴族位や年齢にもよるが、ギルド長と商会長は、互いに名前呼びが多いそうだ。これは慣れるまでにかなりかかる気がする。

服飾ギルド長のフォルトゥナートは、見事な金色の髪と青の目を持つ美丈夫だった。

ヴォルフより一回りは上だろう。

着ているのは夏らしい灰銀の上下に白いシャツだが、よく見れば両方とも総織込で、布を作る段階から模様を入れたものだ。近づかない限り見えないが、なんともお洒落な装いである。着ている本人も、それ以上に華やかで、なんとも人目をひく。

「お招き頂きありがとうございます、スカルファロット様、ロセッティ商会長。ファーノ工房の副工房長、ルチア・ファーノです」

服飾ギルド長の隣、緑の髪を持つ女が挨拶をする。ダリヤと同じく、少し青い顔をしていた。

ヴォルフと共に挨拶を返すと、ルチアと視線が合った。

ダリヤにむけて、その唇が声を出さずに『ナンデ?』と動いたので、こちらも唇の形だけで『ワカラナイ』と答えておいた。

ルチアは、ダリヤが以前、五本指靴下の試作を頼んだ工房の従業員である。

そして、模様付きのレインコートの布をダリヤに依頼しているデザイナーでもある。

ファーノ工房は、ほぼルチアの家族でやっていたはずだが、いつ副工房長なる役職ができたのか、ルチアがいつから副工房長になったのか。

多少、嫌な予感もするが、聞かないでおくことにした。

「はじめまして、ロセッティ商会長。冒険者ギルドの副ギルド長を務めさせて頂いているアウグスト・スカルラッティです」

「冒険者ギルドで素材管理部長をしているジャン・タッソです」

藍の髪を持つ長身の男、そして現役の冒険者ではないのかと思えるほどしっかりした体躯の男の挨拶が続く。

冒険者ギルドの二人に挨拶を返し終えると、ヴォルフが口を開いた。

「ご無沙汰しております、アウグスト」

「たいへんご活躍のようですね、ヴォルフレード」

にこやかな二人の会話に、内心で首を傾げる。

お互いに呼び捨てにするということは、この副ギルド長は、元は騎士団関係者だろうか。

「私の家は、スカルファロット家の分家なのです。ヴォルフレード様のお爺様、その弟が、私の祖父にあたります」

全員へ向かってのアウグストの説明に、とりあえず笑顔でうなずいた。

一通りの挨拶が終わると、ガブリエラの方から説明が始まった。

「ロセッティ商会は立ち上げられたばかりで、まだ人がそろっていません。このため、今回の取引は商業ギルドが仲介を行います」

それぞれのギルドに送った手紙には、次の三つを書いたそうだ。

「騎士団、魔物討伐部隊長より、魔導具の靴下と靴の中敷きの急ぎの依頼が出された」

「素材として、グリーンスライムを大量に使用する可能性がある」

「魔物討伐部隊長より『開発者に対して、できるだけの助力を』の言葉がある」

これを見た服飾ギルド長はすぐ自分が行くことを決め、ルチアに使いを出し、一緒に来たという。

冒険者ギルドはギルド長の都合がつかないため、副ギルド長と、素材管理部長が来たとのことだった。

ここまで聞いた時点で、自分は今すぐ全力でこの四人へ謝罪をするべきではないかと思える。

「ここまでが発注の流れで、こちらが魔物討伐部隊からの『魔物討伐部隊における、五本指靴下、および乾燥中敷きの導入計画書』です。説明は、ヴォルフレード様、よろしいですか?」

「はい。では、私から説明させて頂きます」

ガブリエラからヴォルフに代わり、説明が続く。

五本指靴下、乾燥中敷きの有効性、魔物討伐部隊での使用者のレポートから取り上げた使用感や声、そして、靴内の環境改善、水虫への抵抗性など、完璧なプレゼンがなされた。

あきらかに、実際に使った者しか言えない実感がこもっている。

いかに快適か、蒸れないことで戦闘効率が上がる、作業効率にもつながる、水虫や臭い対策にもなるなど、非常に理解しやすい説明に、前世のテレビショッピングを思い出した。

以前、『剣を振るうしか能がない』と本人は言っていたが、あれは大嘘だ。

ヴォルフが本気になれば、さぞかし優秀な営業になれるに違いない。

彼の説明が終わると、対面の四人の顔がひどく真剣になっていた。

「ロセッティ商会長は、現在、騎士団に靴下を納めている工房にこれを作らせたいとのことでしたが、技術秘蔵の予定はないのですね?」

「はい、ありません。できるだけ幅広い普及を希望しています」

「ロセッティ商会で工場を建てるご予定は?」

「ありません。当方の商会規模では回すことができません」

服飾ギルド長の質問に、言葉を選びつつ答える。

あらかじめガブリエラと打ち合わせをしていたので、言い淀むこともなかった。

フォルトゥナートは少し考え込むと、ルチアに声をかけた。

「ファーノ副工房長、あなたの工房をフル稼働させるとして、この靴下の日産はどれぐらいかな?」

「手作業であれば二十足が限界です」

「それほど難しいのですか?」

「これは足の指の元までは通常の編み機で、残りを手作業で作っています。五本指部分で時間がかかるので……」

「もっと早く作ることはできませんか?」

「ええと、そうですね……例えばですが、手袋の指編み機の方から、足の指用に調整して編み機を作り、それを合わせ縫いすればいいかもしれません。それが可能であれば、三倍はいけるかと思います」

ルチアが額に両手を当てつつ、解決策を考えてくれた。そのこめかみを汗が流れていくのが見える。なんとも申し訳ない。

「編み機ですか。では、明日にでも技術者招集をかけましょう。今、騎士団へ靴下を納めている工房とともに、手の空いている工房から人を集め、服飾ギルドでどこか場所を探して制作させます。最初は手作業から始めてもいいわけですし。量産ラインを目指しつつ、できたものから商業ギルドへ回しましょう」

その言葉にガブリエラがうなずいたので、そちらでお願いすることにした。

「中敷きの方は靴職人の方に回し、カッティングを行わせます。それは商業ギルドへ回しますか? それとも、うちの方で魔導具師に付与をさせて完成品で回しますか?」

「そちらの魔導具師さんにお願いします」

「わかりました。そうさせて頂きます。あと、ロセッティ商会へのお支払いは、利益契約分と、純利の二割でどうでしょう?」

「商業ギルドとしては、二割五分と言いたいところですけれど?」

「服飾ギルドがかける時間を考えると厳しいところでは?」

ダリヤではなく、ガブリエラが交渉に入ろうとしたとき、横に座る男が手を上げた。

「すみません、よろしいでしょうか?」

「ええ。どうぞ、イヴァーノ」

「横から失礼します。服飾ギルドへは二割で、制作数の管理申告を、商業ギルドへは、販売先の最優先決定権をロセッティ商会に希望します」

「制作数の管理申告、ですか……」

フォルトゥナートは眉間にしわを寄せる。

ガブリエラは猫のように目を細め、イヴァーノを見た。

「……ええ、こちらで管理します。その条件で結構です」

「商業ギルドの方でも了承します」

「自分には最善だと思いますが、これでいかがでしょうか、ロセッティ商会長?」

イヴァーノの言葉には有無を言わさぬ強さがあった。

「私もその条件に賛成です」

横のヴォルフが後押しをしてくれたので、ダリヤも同意を告げる。

自分が理解しきれていないのが、なんとも歯がゆいし、申し訳なかった。

「なんでしたら、事業をお預かりする形になるのですから、ロセッティ商会から監視人をつけて頂いてもかまいませんよ」

フォルトゥナートは、はっきりとわかる営業向けの笑顔で言ってきた。

だが、そう言われても、ロセッティ商会はダリヤ一人だ。事業の監視人など出しようがない。

「いえ、私がフォルトゥナート様を信頼しますので、すべてお任せします」

慌てて答えた言葉に、服飾ギルド長はわずかに目を見開き、なぜか一礼した。

「……ありがとうございます。信頼をお返しできるように全力を尽くします」

カタン、真横でわずかに椅子のずれる音がした。

ヴォルフが姿勢を変えた音だったらしい。咳払いがひとつだけした。