作品タイトル不明
497. 叙爵式後の迎え馬車
歓談が大体の区切りとなったので、ダリヤは待機室のガブリエラと合流した。
二つ名の報告を、彼女は笑顔で聞いてくれた。
周囲は家に帰る者、祝いの宴に赴く者、まだ王城に残る者とそれぞれだ。
通常の流れであれば、ダリヤはここから貴族後見人のグイードへ叙爵の報告に行くだろう。
だが、 陞爵(しょうしゃく) した彼は、これから王家との祝いの席である。
ダリヤが男爵位を受けていたのがしばらく前ということもあり、報告は省略となった。
よって、これから服飾魔導工房へ向かい、着替えた後、ドレスを保管してもらう予定である。
ガブリエラと共に王城政務棟を出ると、周りの者達がそろって空を見上げていた。
つられるようにダリヤも顔を上げる。
「わぁ!」
思わず声を上げてしまったが、他の数人も一緒だったので目立ちはしない。
青空を飛び回るのは二頭の白い 天馬(ペガサス) 。
背の騎士が持つ太陽を模した金の輪から、赤・白・青・緑の四色のリボンが長く伸びて陽光に輝く。
その様はとても幻想的だった。
ダリヤは 天馬(ペガサス) にしばらく見入った後、はっとして顔を戻す。
微笑ましげに自分を見るガブリエラに、ちょっと気恥ずかしくなった。
「ガブリエラ様」
レオーネの従者が早足でやってきて、何事かをささやく。
うなずいた彼女は、ダリヤへと向き直った。
「夫が私に、子爵交流会に顔を出して欲しいのですって。ダリヤには迎えとしっかりした護衛を頼んだそうよ」
「お手数をおかけします」
子爵夫人を付添人にさせてしまっているのだ。
あとは服飾魔導工房へ行くだけなので問題ない。
見知らぬ護衛と馬車に乗るのはちょっとだけ緊張するかもしれないが――
そう思ったとき、ガブリエラが猫のように目を細める。
「ちょうどよかったわ、お迎えね」
「え……?」
建物の前にやってきた二頭立ての馬車は、黒に白く光る結晶の紋章付き。
目の前で止まると同時に扉が開き、騎士服を着た青年が下りてきた。
「ロセッティ男爵、お迎えにあがりました」
まばゆいばかりの笑顔で、ヴォルフが言う。
周辺から、抑えた悲鳴のような音が上がった。
艶やかな黒髪を後ろへ撫でつけ、スカルファロット家の祝い向けか、紺の騎士服に銀の飾りが付いたものを着ている。
その左肩からは長く黒い飾り布がたらされ、赤い花の刺繍が鮮やかに咲き誇っていた。
自分勝手な連想だが、ダリアの花っぽい。
その装いはあまりにヴォルフに似合っていて――
格好良くて、華やかで、答える声が咄嗟に出ない。
幸い、付添人のガブリエラが代わって挨拶をしてくれた。
「お迎えをありがとうございます、スカルファロット様。ロセッティ男爵の付添人として、ここからをお任せ致します」
「引き継ぎをお受け致します。本日はありがとうございました、ジェッダ夫人」
ヴォルフの後ろでは、従僕服のドナが馬車への階段となる部分に白の薄型防水布を広げている。
あれはドレスの裾が汚れぬための裾守り。
来るときにジェッダ家の馬車の床に敷かれていたものだ。
自分の帰路の護衛騎士は、朝から決まっていたのではないだろうか?
その思いを込めてガブリエラを見れば、いい笑顔でささやかれた。
「護衛騎士がいらしたから安心ね」
「――今日はありがとうございました。ガブリエラ」
他の馬車もいるので、長話はできない。
ダリヤはすぐ、ヴォルフのエスコートで馬車へ乗り込んだ。
が、向かい合う席の片方には、大きな花籠が置かれている。
「申し訳ありません! 俺、いえ、私がこちらの席に花籠の水をこぼしてしまって――そちらにお二人で座って頂けますか?」
階段の裾守りを馬車に折り込みつつ、ドナに思いきり謝られた。
「お気になさらないでください。座席は広いですから」
ダリヤはヴォルフと横並びで座る。
ドナは御者席へ行き、すぐに馬車が動き出した。
改めてみれば、向かいの花籠はもちろん、馬車の窓や壁にも花が飾られている。
馬車内は花々のよい香りが漂っていた。
「ええと、改めて――男爵の叙爵、本当におめでとう、ダリヤ」
「ありがとう、ヴォルフ」
隣り合って微笑むと、ようやく緊張が溶けていく気がする。
だが、金の目はじっと自分を見つめたまま。
「本当に、きれいだ……」
感嘆の声を紡ぐ彼に、鼓動が跳ね上がる。
至近距離での見つめたままの褒め言葉は、心臓に悪いのでやめて頂きたい。
「ル、ルチアとフォルト様、本当にすごいわ。この『 咲き誇る大輪(グラフィオーレ) 』のおかげで、猫じゃなく、花がかぶれた気がするもの」
このドレスと服飾ギルドの美容師によるメイクのおかげで、男爵授与にふさわしい姿になれた。
その思いを込めて答えると、ヴォルフは少しだけ困ったように笑んだ。
「ダリヤがきれいなのに――今日は、猫をかぶらなくて済んだ?」
続く褒め言葉に顔が赤くなりそうになったので、早口で一気に返す。
「ええと、もちろん猫はきちんとかぶったわ。あと、男爵の二つ名が決まって――私は『魔物討伐部隊男爵』こと、『魔物男爵』で、ヨナス先生は、『武具男爵』。ウォーロック公が名付けてくださったの」
「『魔物討伐部隊男爵』と『武具男爵』か。うん、合っていると思う。ウォーロック公というのは意外だったけど、ベルニージ様と同じ派閥だからかな」
「そうだと思うわ。ヨナス先生へ挨拶にいらしたとき、私は隣にいたから」
ヨナスを言祝ぎに来てくれ、二人ともによい二つ名をつけてくれた。
気遣い深き公爵を思い出しつつ答えたが、ヴォルフは思案顔である。
「『魔物男爵』、か。魔物討伐部隊の相談役だから、君に合っていると思うけど……」
彼の視線がダリヤの顔から手袋をつけた手に移り――
ダリヤの脳内を、黒いスライムがびよんと跳ねる。
「ヴォルフ、レード様?」
「いや! なんでもないんだ!」
視線は勢いよくそらされた。
正しく忘れてもらえたようで何よりだ。
「魔物っていうところを切り取るからいけないんだと思う。ここは『討伐男爵』と縮める方が正しいんじゃないだろうか?」
「私は討伐にいけないもの、合わないと思うわ」
魔物討伐部隊の相談役ではあるが、討伐には参加できない。
それで『討伐男爵』はだめだろう。
「じゃあ、『魔物隊男爵』」
「それ、後ろに魔物が一列になってついてきそうよね?」
「あ、確かに……」
魔物討伐部隊男爵の略称は難しいらしい。
とりあえず、今後は『魔物討伐部隊男爵』こと『魔物男爵』として説明していくことにしよう。
そして、思い出した。
この秋にはヴォルフの叙爵である。
「ヴォルフの二つ名は何になるかしら?」
ヴォルフの今の二つ名は『黒の死神』『魔王』などである。
戦っているときの強さを表すならそれもありなのかもしれないが、優しい彼には似合わない気がする。
他に何かいい表現はないだろうか、そう考えていると、ヴォルフがこちらを向いて笑んだ。
「俺は、『魔王男爵』でいいかも」
「『魔王男爵』……」
少年の憧れ的名付けでは、魔王もありらしい。
納得しかかっていると、声が続いた。
「だって、『魔王』なら『魔物』とそろっている感じがするじゃないか」
「そろえてどうするの? それに『魔王』『魔物』だと、王と配下って感じになりそう」
「じゃあ、俺だけはダリヤのことを『魔女男爵』と呼ぼう! それなら隣だよね?」
「それもおかしいわよね?」
いつものやりとりになったことで、本日の緊張は完全に消え失せる。
その後、二人でいつものように楽しく雑談に興じることとなった。
・・・・・・・
「はぁぁ……」
御者の横、濃灰の従者服を着たドナは、深くため息をついた。
その肩を、御者役の先輩騎士がぽんと叩く。
後ろから、ヴォルフとダリヤの子供のような笑い声が小さく聞こえていた。
今朝から、『俺も今日、叙爵だったらよかった』とひたすら繰り返していたヴォルフ。
本来は屋敷で 陞爵(しょうしゃく) した兄を待つ立場だが、王城の祝いで帰宅が夜になるのはわかっている。
ならばそれも理由にダリヤと会わせようと、グイードがジェッダ子爵に根回しした。
急遽、護衛騎士役となったヴォルフは、馬車の窓から一人だけを見つめていた。
赤の大輪が咲いたよう、美しく着飾ったロセッティ男爵。
瞬きも惜しそうに、ダリヤがきれいだ、と感嘆の言葉をくり返し――
絶対に本人にきっちり伝えるよう勧めると、目線はそのままでうなずかれた。
両者装いも華麗、かつ、今日はめでたい日。
婚約式の迎えの馬車並に室内を花で飾り、反対側の席には水をこぼし、隣り合って座って頂くようにし、ヴォルフへの応援を込めたが――
まったくもっていつも通りだ。
とても楽しそうなのでよかったが。
「ドナ、応援したいのはわかるが、こういうのはそれぞれの進みがあるということだ」
先輩騎士は重ねた年齢に似合いの台詞で笑う。
理解はできるが同意はしない。
これは、ドナの単なる希望だからだ。
「俺としては、ヴォルフ様に一刻も早く幸せになって頂きたいんですよ……」
明るく言ったつもりなのに、祈るような響きになってしまった。
「――ドナの 主(あるじ) もお喜びになるだろう」
すべてを見透かした水色の目に、一瞬だけ射抜かれた。
これだから、この先輩は嫌いである。
ドナの雇い主はグイードだ。
けれど、自分の 主(あるじ) はただ一人。
白き灰になろうとも変わらない。
騎士をやめようと、名を捨てようと、これだけは 違(たが) えない。
黒髪の騎士が守りきった子のため、犬のごとく周りを駆け続けるだけである。
ドナはまたも同意することなく、前だけを見て笑った。
「婚約祝いで、グイード様から臨時収入が頂けることを期待したいですね」