軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

457.クラーケンの切り身と剣捧げの雑談

「皆、ちょっと残念そうだったね」

「ええ。でも、エラルド様も断れないと思うので……」

エラルドの魔物討伐部隊入隊で祝杯を挙げ、そこから飲もうと盛り上がっていたところへ使者が来た。

オルディネ大公の子息としての顔見せ、そして王女誕生の祝いに、王から招かれたそうだ。

急なことではあるのだが、断れるわけがない。

皆、別日にお祝いの会をするということでまとまった。

エラルドはちょっとだけ眉を寄せたが、グラスの酒を一息に干してそちらへ向かった。

そうして、夕暮れの中、ダリヤはヴォルフと緑の塔に帰ってきたところである。

台所へ行くと、ヴォルフが運んで来た木箱をそっと下ろす。

そして、一緒に持っていた布袋をおずおずと差し出してきた。

「ダリヤ、これ、アンダーシャツを持って来たので、手間をかけますが背縫いをお願いします……」

「どうしてヴォルフが敬語なの?」

受け取りながら笑ってしまった。

次からは緑の塔では砕けた口調にする、そんな約束をしたのだが、じつはちょっと緊張している。

その緊張が移ってしまったのか、ヴォルフの方が敬語になっている。

これでは逆になっただけではないか、そう思いつつじっと見返すと、彼が金の目をそらした。

「なんだかこう、ダリヤにそんなふうに話してもらえるというのが、うれしくて……」

だんだんと小声になっていくヴォルフに納得した。

美麗すぎる見た目のせいで、友達が少なかったという彼である。

今はドリノ達がいるが、こういった口調で話し合える友達が少なかったのだろう。

正直、慣れないのでダリヤもこそばゆい感じがする。

けれど、気軽に話してほしいというのはヴォルフの希望だ。

とうにマルチェラ達と同じように親しい友人ではあるのだ、ここは意識せずともいいではないか、そもそも初対面の『ダリ』のときも楽に喋っていたのだ、だから大丈夫、何の問題もない。

ダリヤはなぜか己に懸命に言い聞かせつつ、木箱に向かった。

ヴォルフの運んで来てくれたそれには、二人で買ってきた食材がみっしり入っている。

一番面積を占めるのはクラーケンの切り身、鮮魚店お勧めの特売品である。

本日はクラーケンの切り身を焼いて醤油をたらし、中辛の 東酒(あずまざけ) に合わせる予定だ。

「今日のクラーケンの切り身、いつもの半分の値段だったわ」

「そんなに安くなっていたのか。クラーケンテープのせいかもしれないね。アウグストがギルド長に何匹か頼んだそうだから」

お買い得な話がブーメランでダリヤに戻ってきた。

魔物であるクラーケンは、航路の安全確保のため、大型船団で定期的に捕獲すると聞いている。

行くのは魔物討伐部隊ではなく、船の取り回しを専門とする漁師と傭兵、依頼によっては冒険者だ。

そんなクラーケンに対し、冒険者ギルドのギルド長とはいえ、何匹か、とあっさり頼めるものなのか。

「もしかして、アウグスト様と冒険者ギルド長にご迷惑を……」

「いや、ギルド長がイシュラナから帰ってきたから、アウグストが書類仕事とクラーケン獲りのどっちがいいか尋ねたら、その足で海へ向かったって。船団と合流して、二匹ほど倒したって兄上が言ってた」

「まさか、グイード様も一緒に行かれたんですか?」

思わず敬語に戻って尋ねたが、ヴォルフに首を横に振られた。

「いや、兄は家の魔導師と一緒に、港の倉庫に氷を出しに行った。 氷蜘蛛(アイススパイダー) 短杖(スタッフ) もあるし、せっかくだからいろいろ試してくるって、すごく機嫌がよかったよ。ヨナス先生も闇夜斬りを持っていったから、心配はいらないと思う……」

遠い目になったヴォルフに、詳細は尋ねないことにする。

とりあえず、グイードが凍らせすぎても、ヨナスが溶かせるので気にすることはないだろう、たぶん。

「それにしても、クラーケンがすぐ倒せるなんて、冒険者ギルド長はすごく強いのね」

「乗ってるワイバーンが強いからだって、本人は言っている」

「ワイバーン……」

ワイバーンは魔物ではあるのだが、味方になってくれれば、移動にも戦闘にも力強い味方だ。

国の騎士団に、もっと多くいてくれればいいのだが。

いや、それよりも冒険者ギルド長かもしれない。

ないとは思いたいが、次の 九頭大蛇(ヒュドラ) 戦の際は、魔物討伐部隊に助力を願えないだろうか。

そんなことを考えつつも、二人で料理を始めた。

・・・・・・・

「エラルド様の入隊と明日からの皆の幸運を祈って、乾杯」

「乾杯!」

居間に移ると、銀色の 錫(すず) のぐい呑みで乾杯した。

その後はすぐ、小型魔導コンロの上、浅鍋にクラーケンの切り身を載せる。

テーブルには赤さのあるチーズと野菜のサラダ、大根と人参の酢漬け、ざく切りのアーモンドスライスがたっぷり入ったパンが載っている。

どれもヴォルフの好きなもの――とはいえ、彼は作る料理ほとんどにおいしいと言ってくれるので、秘かに咀嚼回数が多いものを選んでみた。

自分の向かい、酢漬けをぱりぽりと噛みしめるヴォルフに安堵する。

けれど、その表情が不意に曇った。

「クラーケンって、もの悲しいほど小さくなるよね……」

以前もそうだったが、焼いたら縮むクラーケンに対し、憂いのまなざしを向けないでもらいたい。

「沢山焼くから大丈夫!」

次は焼く前の切れ目を包丁で倍入れよう、そう心に決めたダリヤは、鍋の空いたスペースに切り身を追加した。

焼けて縮んでいく白い切り身は、ちちちっと鳴き声のような音を立てる。

充分に火が通ったら、身の上に醤油を落とす。

途端、焦げる醤油の匂いが跳ねるように広がった。

それを互いの皿に移し、焼きクラーケンに箸を付ける。

「あふ……」

焼き立ての熱さが唇と舌にきた。

その熱をはふはふと逃がしつつ噛みしめると、クラーケンの味わいと醤油の香ばしくも独特な風味が口いっぱいに広がる。

前世のイカの醤油焼きと似た味わい――一瞬、父母と行った夏祭りが鮮やかに思い出され、目がちょっとだけ潤んでしまった。

ダリヤはそれを切り身の熱さのせいにして、 錫(すず) のぐい呑みを傾ける。

辛みのある 東酒(あずまざけ) は口内をきりりと冷やした後、喉を少し熱く通り過ぎていった。

後味はわずかに甘く、吐く息に酒の香りが混じる。

ふと視線を上げると、ヴォルフがこちらを見ていた。

何か気になることがあったか、もしや自分が不自然だっただろうか、そう少しだけあせったとき、彼は切り身を箸で持ち上げる。

「クラーケンに醤油って、完成された味わいだよね……」

美麗な顔で芸術的に言ってもだめである。

その後の咀嚼が長く続いたので、再び浅鍋にクラーケンの切り身を敷き詰めた。

食事を終えても、そのまま 東酒(あずまざけ) でぐい呑みを傾ける。

途切れぬ話は、本日のエラルドに戻った。

「エラルド様に魔物討伐部隊に入ってもらえて本当によかったわ。剣捧げには驚いたけれど」

「俺も驚いた。あの場でっていうのは、誰も予想していなかったと思う」

ダリヤは、騎士の剣捧げを初めて見た。

貴族関連の本では、あらかじめ相手に打診し、立会人を願い、場合によっては関係者を呼んで行うと書いてあった。

今日のエラルドにはグラート隊長も驚き――いや、通り越して、あせっていたような気もする。

大公の子息ということもあり、本来はしっかり準備しなければと思ったのだろう。

納得するダリヤの前、ヴォルフがぐい呑みをテーブルに戻す。

底の当たるカツンという音が、ちょっとだけ高く響いた。

「俺は、エラルド様がダリヤに剣を捧げるのかと思ってしまって――」

ちょっとだけ低くなった声に思い返す。

隊員達をかき分けるように進んでいたヴォルフは、少しだけあせった 表情(かお) をしていた。

「だからあのとき、急いで来てくれたのね。私がヴォルフでも、やっぱり気になると思うもの」

「え?」

「エラルド様に『騎士の父母』って言われたから、そろって見届けようとしてくれたのでしょう? 一緒に見届けられて、よかったわ」

「……ああ」

ヴォルフが小さくうなずいた。

表現にはちょっと難があるが、自分達がエラルドを魔物討伐部隊に引き込んだ部分もある。

二人でエラルドの剣捧げを見届けることができて、本当によかった。

以前、スカルファロット家のローザリアの目について口外せぬよう、ダリヤは神殿契約を結んだ。

そのときの担当神官がエラルドだった。

神殿契約後、『天の 愛(いと) し子』の話をされたが、深く聞かれることはなく――

けれど、彼はあのとき、ダリヤの前世を知ったのだろう。

前世に戻って生き直すことのできぬダリヤ。

前の 九頭大蛇(ヒュドラ) 戦に戻って、友を助けることのできぬエラルド。

ここからの人生を 謳歌(おうか) しようという言葉は、戻れぬ過去を互いに乗り越えようという強いエールだ。

エラルドは、剣の扱いは不慣れでも、すでに騎士だと思えた。

「ダリヤ、どうかした?」

平静を装っているつもりでも、ヴォルフには見抜かれてしまったらしい。

「その、いろいろと考えることがあって……」

濁して答えると、彼が視線を部屋の隅へ向けた。

二段の白い箱の上に載るのは、基礎化粧品の山。

使う順番を間違えぬよう、朝、テープを貼って番号を書き、乾かしたままで出かけた。

「叙爵の準備も大変だね。あれ、番号は試す順?」

「いいえ、あれは使う順。化粧水二種類と美容液二種とオイルとを毎日……」

ルチアが準備してくれた化粧品である。

ちなみに今、説明したのは顔用で、下の箱にはボディ用が入っている。

面倒だと言った日にはルチアか美容師がきそうなので、地道にやるつもりだ。

「ダリヤはそのままでかわいいのに……」

「っ!」

危うく声が出そうになった。

クラーケン焼きにがぶりといっていても、ヴォルフも貴族男性であった。

こういう世辞を顔色一つ変えずにさらりと言う。

ダリヤは全力で話題を変えることにした。

「ヴォルフは、剣捧げをしたことがある?」

「いや、俺はまだ――隊の方ならしてる人がそれなりにいるけど」

「皆、魔物討伐部隊に?」

「いや、大抵は 主(あるじ) で、人によっては婚約者や奥さんか旦那さん、あと、家や職務に捧げた人もいる」

「人によって違うのね」

「ああ、決まりはないんだ。一応、生涯一度だけだけど。それも前の 主(あるじ) が亡くなったときは次の人になったり、 主(あるじ) が生きているうちに次を指名することもある。近衛なんかはそうだから」

明確な決まりはないようだ。

でも、原則一生に一度なら、慎重にもなるだろう。

本日のエラルドに対するグラートのあせりっぷりに、今さらながら納得した。

そういえば、ダリヤが知っている剣捧げといえば、エラルドの他にもう一人いる。

「ヨナス先生の剣捧げは、グイード様よね?」

「ああ、そう聞いてる」

こちらを見る金の目に、光が揺れる。

ヴォルフも騎士である。やはり剣捧げに憧れがあるのかもしれない。

「ヴォルフもいつか、剣捧げをしたいと思う?」

ふと思った問いを口にすると、彼はぐい呑みを持ったまま止まった。

やはり魔物討伐部隊が浮かんでいるのか、それともスカルファロット家だろうか。

しばし後、ヴォルフは区切るように言った。

「ああ……俺はいつか、ずっと守りたいと想える人に、剣を捧げられたらって思う」

隊でも、家でもなく、守りたいと想える人――

そう答えたヴォルフに、ダリヤは半分驚き、半分納得した。

間近で兄とヨナスを見ているのだ、そう思うのもよくわかる。

「ヴォルフも、いい 主(あるじ) が見つかるといいわね」

そう答えると、彼はうつむき加減でぐい呑みを見た。

「……そうだね」

月は傾きつつあるが、今日のヴォルフはもう少し飲んでいてくれそうだ。

ダリヤは追加の 東酒(あずまざけ) を取りに、笑顔で立ち上がった。