軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

398.銀襟神官との対話と馬場での遭遇

「あとは時間待ちですね」

エラルドはそう言うと、向かいの椅子に足を組んで座る。

ダリヤとヨナスもそれぞれ椅子に戻った。

ダリヤに魔力酔いの症状が出るかもしれないので、少し様子を見る時間が必要なのだ。

「ヨナス様、この後、ご予定が詰まっているのではありませんか?」

「いえ、問題ございません」

ダリヤは気づかなかったが、ヨナスは時間を気にしていたのかもしれない。

あとは自分が待っているだけ、付き添ってもらう必要はない。

「ヨナス先生、私は商会員と来ておりますから大丈夫です。お仕事へお戻りください」

「ドアは開けておきますが、この銀襟がご心配でしたら、他の神官を部屋に呼びますよ」

二人で続けて言う形になると、ヨナスは苦笑した。

「わかりました。では、申し訳ありませんが失礼致します」

一礼して、彼は部屋から退出した。

エラルドは見送りながら、ドアを三分の一ほど開けたままにする。

隙間から、丸椅子に座る女性神官が見えた。

強い治癒魔法を持つエラルドは、おそらく貴族出身だ。

ダリヤはまだ男爵ではないが貴族の独身女性とみなして、部屋に異性と二人にならないよう気を回してくれたのだろう。

「待つだけというのも暇ですね。何かお話をしませんか、ダリヤ先生」

「かまいませんが……エラルド様、お疲れではないですか?」

改めて向き合ってわかった。

エラルドの顔には疲労らしきものがにじみ出ていた。

やはり神殿契約というのは魔力を多く使う、大変なものなのだろう。

「じつは少しばかり。治癒魔法はそれほどでもないのですが、本日は午前からずっと書類を書かされておりまして。痛みは治癒魔法でどうにでもなりますが、頭の中の疲れは抜けませんね」

「それは、大変ですね……」

精神的疲労に違いない。

副神殿長は書類仕事も大変らしい。

「遠征と違い、神殿では仕事の区切りに 肴(さかな) を脇に一杯というわけにもいきませんし」

「神殿内は禁酒でしょうか?」

「夕食でグラス一つのワインは許されています。まあ、銀襟は個室がありますので、内緒で持ち込む分には問題ありませんが」

声をひそめて言われ、思わず入り口を振り返ってしまった。

幸い、女性神官には聞こえなかったようだ。

「ダリヤ先生は、小さい頃から魔導具師を目指されていたのですか?」

「はい、父が魔導具師でしたので。同じように魔導具師になりたいと思っておりました」

「お母様は?」

「いえ――私は母に会ったことがありませんので」

「そうでしたか。私も生みの母と言葉を交わしたことはないので、似た感じかもしれませんね」

いきなりすごいことを聞かされたような気がする。

だが、エラルドはいつもの表情と声を崩さなかった。

「貴族ですとそういったことも時々あります。ところで、ダリヤ先生は、『天の 愛(いと) し子』をご存じですか?」

「ええと、なかなかいないほど、豊かな才能をお持ちになった方のことかと」

いきなりの話題転換にちょっとだけ驚きつつも、ダリヤは答える。

天の 愛(いと) し子――この国で 類(たぐ) い 希(まれ) なる才を持つ者はそう呼ばれることがある。

「お会いしたり、お聞きになったことはありますか?」

「いえ、お目にかかったことはありません。高等学院では、四系統の魔力を持っている方や、一度読んだ本をすべて覚えられるという方がいらっしゃったと伺って、ちょっとうらやましかった覚えがありますが」

「確かに、そういった方々を『天の 愛(いと) し子』と呼ぶこともありますね。ですが――」

緑琥珀の目が、一切の揺れなく自分を見た。

「本来の意味は、『神の国の思い出を持っている者』です。人の世をよりよくするために遣わされると言われております」

「神の国の、思い出……」

つい肩に力が入ってしまった。

もしやエラルドは、ダリヤが前世の記憶を持つことに気づいたのだろうか?

だが、自分がいたのは神の国などではない。

迷い悩みながら暮らす、人のいた世界だ。

前世、あの世界の記憶を説明して通じるか、おかしなことを言う者だとは思われないか――

迷いが瞬時に広がったが、副神殿長にごまかしがきくとは思えない。

ダリヤはただ、話をつなぐことにした。

「私には、人の国の記憶しかありません。でも、人の暮らしを少しでもよくできるなら、幸せなことだと思います」

エラルドが足を組み替える。

緑琥珀の目が一段深くなり、すぐ戻ったように見えた。

だがそれは、魔導ランタンの灯りの角度だったかもしれない。

彼は神妙な顔で言った。

「もし神の国を知る者がいたら、私はぜひ伺ってみたいのです……あちらにおいしい食事と酒はあるのか、騎士達は打ち合いができるのか、面白い本の並ぶ図書館か書店はあるのか――そうでもないと、長すぎるあちらで、飽きてしまわないかと思いまして」

ダリヤは耐えきれずに笑んでしまった。

どうやら自分の勘違いで、すべて会話の流れにすぎなかったらしい。

「そういえば、エラルド様は、小さい頃、何になりたいというのはありましたか?」

「それは――初めて聞かれたかもしれません」

「え?」

「私は治癒魔法持ちの父母から生まれ、赤子の頃から治癒魔法持ちだったので、聞かれることがなかったのです。治癒魔法使いになるだろうと、皆が思っていましたから」

治癒魔法持ちは貴重な人材だ。そう思われるのもわかる気がする。

それでもどこかひっかかるものを感じていると、エラルドに問われた。

「ダリヤ先生、私がいくつに見えます? 三十代くらいと言われることが多いのですが」

実際そう見えるのだが、もしや二十九歳だったりするのだろうか? そう思いつつも答える。

「三十代前半くらいに見えます」

「じつは四十半ばです。ですから、幼少の頃はジルド様、グラート様が近しかったのです」

「あの、もしかして、 空蝙蝠(スカイバット) をずっと食され続けて……?」

「いえ、あれは寿命が延びても遠慮したいですね。年齢だけは重ねておりますが、この神殿で長く眠っておりましたので」

「伏せっておられたのですね……」

「まあ、そんなところです。十数年ほど眠っておりましたが、目覚めたら、あらゆるものが変わっていて――笑ってしまいました」

前世の浦島太郎状態である。

病気で昏睡状態だったのか、その間、年は取りづらくなるのだろうか。

とても遠い目をした彼に、なんとなく聞けなかった。

「おかげで知り合いには若さ自慢ができますが――おっと、話がそれました。子供の頃、なりたかったものでしたね。童話のせいか、仲間と共に戦い、仲間を守れる騎士、そんな者になりたい、そう憧れたことがあります。攻撃魔法もなく、運動神経もないというのに」

エラルドは、マフラーのようにも見える長い銀襟を、膝の上から払い落とすようにずらした。

ダリヤとしては、彼の言葉がどうにも不思議になる。

「エラルド様は、もうすでになっていると思うのですが」

「え?」

「魔物討伐部隊の遠征では、隊員の背中を守って頂いています。大怪我でも病気でも助けてもらえて――もうすでに、仲間の騎士を守護している者になっていると思います」

「『仲間の騎士を守護している者』――それはいいですね、ものは考えようでしたか」

くすりと笑った彼は、 顎(あご) に指を当てて考え始める。

「うーん、『仲間の騎士を守護している者』では、ちょっと長過ぎますね……『 騎士守護者(ナイトガーディアン) 』、いえ、響きを変えて、『 騎士守護(カヴァリエプロテーレ) 』……いっそのこと、背中を守る『 守護霊(デモン) 』あたりでも目指してみましょうか」

そういえばこの神官、ヴォルフと方向性が同じだった。

ダリヤは深く納得する。

守護霊の『デモン』という単語は、魔神や鬼神という意味合いもある。

エラルドがもし後ろで治癒にあたってくれたなら、魔物討伐部隊はとても心強く戦えるだろう。

それこそ、守護霊や魔神のような騎士が、その背を守ってくれるように。

「エラルド様に『 守護霊(デモン) 騎士(カヴァリエ) 』となって頂けたなら、これほど心強い味方はないと思います」

「……『 守護霊(デモン) 騎士(カヴァリエ) 』……」

ぱかり、エラルドの開いた口がそのままになってしまった。

単語を適当に交ぜたのがいけなかったか、いや、その前に副神殿長に対して失礼だったか、いくら彼が気さくに感じられても、それに甘えてはいけなかった――

謝りの言葉を探していると、少年のような笑い声が響いた。

「あはは! いいですね、『 守護霊(デモン) 騎士(カヴァリエ) 』!」

確かにそう言ったのは自分だが、ここで否定するべきか微笑んで流すべきか、まるでわからない。

慌てるダリヤに向かい、エラルドはにっこりと笑った。

「ダリヤ先生、素敵な名付けをありがとうございます。いつかの遠征では、そう名乗りたいと思います」

・・・・・・・

結局、ダリヤに神殿契約後の魔力酔いは現れなかった。

上機嫌のエラルドに、反省を込めてお礼をのべ、部屋を出る。

そして、女性神官と受付まで戻るとメーナを呼んでもらい、馬場に向かった。

職員に手間をかけさせて申し訳なかったが、貴族女性としては当然のことだそうだ。

「あ、ダリヤさん! こんばんは!」

メーナと共に歩いていると、覚えのある声に名を呼ばれた。

向かいから、黒い上下を着たドリノが歩いてくるところだった。

今、ヴォルフ達は遠征だが、彼は大叔母の葬儀で王都にいると聞いている。

「こんばんは、ドリノさん――この度は、大叔母様のこと、お悔やみ申し上げます」

「ありがとうございます、ダリヤさん――ああ、隊で葬式のことを聞いたと思うけど、高齢で亡くなるまで元気だったし、明るい葬式っていうのも変だけど、皆で思い出話で終わったんだ」

「そうでしたか……」

ダリヤが気にせぬようにだろう、ドリノは明るく教えてくれた。

「あれ、その筒ってもしかして、神殿……」

黒革の筒を見た彼が言いかけ、そこで濁した。

今度は自分がドリノに気を使わせぬよう、明るく答える番だろう。

「はい、仕事関係のものです」

「王城に出入りしてる商会だものな。それ、俺も前に世話になったことがあったから」

魔物討伐部隊員として王城にいるドリノも、神殿契約には詳しいらしい。

納得していると、青の視線が、自分の斜め後ろへとずれた。

そういえば、ドリノにはメーナをきちんと紹介したことはなかった。

「ええと、ドリノさん、うちの商会員です」

「メッツェナ・グリーヴと申します。どうぞよろしくお願いします」

「魔物討伐部隊のドリノ・バーティです。お世話になっております」

互いに挨拶を終えると、ドリノが少しだけ首を傾けた。

「いきなりで失礼ですが、グリーヴさんという姓は多いのでしょうか? その、友人が同じ姓なので――」

「王都でそう名乗る家はそう多くないかと思います。ただ、養母の養子は多いので、もしかすると、兄か姉か弟か妹かもしれません。よろしければ名前をお伺いできますか?」

「……ファビオラ・グリーヴさんです」

「ファビオラは姉です。といっても書類上で、救護院の同年代ですが」

ファビオラという名には聞き覚えがあった。

ドリノの友人――花街にいるという想い人が、メーナの姉というか、救護院仲間らしい。

世間は案外狭いものだ。

「グリーヴ殿のご兄弟は多いのですか?」

「はい。僕が知る限り十人以上は兄弟姉妹になっています。救護院でも年代違いがいるので、実際はもっと多いかと。正確な数はわかりません。婿に行ったり嫁に行ったりで変わることもありますし」

「メーナ、兄弟が多いんですね……」

つい感心して言うと、ドリノが怪訝な顔をする。

「『メーナ』、さん?」

「はい、僕のことです。『メッツェナ』だと呼びにくいので。バーティ様も何かありましたら、『メーナ』とお呼びください。僕は庶民ですので、気軽にお話し頂ければと」

「メーナさん、わかった。俺も『ドリノ』でいい。ああ、様付けもなしで――俺も庶民だから楽に話してくれると助かる」

「ありがとうございます、ドリノさん。じゃ、そうさせてもらいます」

対人スキルの高いメーナと、人好きのするドリノは、たちまちに距離を縮めたようだ。

明るい声を交わす彼らに、なんだかうれしくなる。

「それにしても、『兄か姉か弟か妹かも』ってのにはちょっと驚いた。メーナさんは大家族だなって」

「大親戚みたいな感じですよ。養子仲間と救護院の同年代には、結婚パーティに呼ばないでくれって言ってます。数が多すぎて、祝儀が辛いんで……」

「わかる! 俺も親戚が多いから、子供らにやる小遣いが……」

この二人はきっと気が合うだろう、そう思えた。

ドリノは王都の外に帰る親戚のため、魔物除けを買いに神殿へ来たという。

少しだけ立ち話をした後、ドリノは神殿へ向かい、ダリヤは帰路のために馬場に向かう。

夜空にはすでに、糸のように細い月が輝いていた。