軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

387.兄の迎えと報告

三課の塔を出ると、すでにあたりは暗かった。

馬車の通る道へ出ると、見覚えのある一台が止まっていた。

降りてきたヨナスは、自分達を見ると扉を開けたままにする。

「工房の方で急な打ち合わせが入りましたので、お迎えに上がりました」

打ち合わせのため、わざわざ迎えにきてくれたらしい。

ヨナスは『工房』と言ったので、武具部門ではなく、魔導具部門だろう。

スライム関連製品で何かあったか、それとも魔鳩の餌だろうか――ダリヤは心配を押さえつつ、歩みを早めた。

ヴォルフ、ダリヤ、最後にヨナスが乗り込み、扉を閉める。

内鍵をかけるカチャリという音が、妙に響いた。

「お帰り、ヴォルフ、ダリヤ先生」

馬車の中、向かいの席にグイードが座っていた。

本日の仕事が忙しかったのか、その顔に少し疲れが感じられる。

それでも、自分達を見るといつものように微笑んでくれた。

「兄上、工房で何か問題が?」

「すまないね。一緒に帰りたいから口実にしただけで、問題はないんだ」

ヴォルフの問いかけに、グイードはあっさりと答える。

そして、そのまま視線を弟へ固定した。

「ヴォルフ、三課へのご招待が断れなかったのはわかるが、できれば誰かに言付けてもらいたかったな」

グイードは脇にある布包みをヴォルフに差し出した。

中身は見ずともわかる。ザナルディの招きを受けたため、魔導具制作部一課の受付に預けていた黒風の魔剣だ。

受け取って持ってきてくれたらしい。

「申し訳ありません。兄上にご連絡するべきだったでしょうか?」

「次から四公爵や王族と会うことになったら連絡をおくれ。もしやがあってはいけないからね、そのあたりは頼ってほしい。ダリヤ先生も、次から急に招かれたら、その場で私とグラート隊長へ同時に言付けをしてくれ。各所の受付に伝えるといい」

「ありがとうございます。以後、そうさせて頂きます」

やはり失礼があることを心配されているのだろう。

あと、できれば今後、他の公爵当主や王族と会う機会がないことを祈りたい。

「ザナルディ様が、こちらを俺達二人にくださいました。兄上もお持ちだと」

ヴォルフがザナルディの書いた『不敬を問わない』というメモ書きを出すと、グイードがうなずく。

「ああ、私もヨナスももらっている。『セラフィノ』は仕事熱心なんだが、急な行動が多いからね。二人ともいきなりのことで、あせっただろう?」

「兄上、ザナルディ様への呼び捨ては……」

「私は友人として許されている。呼び捨て許可のメモもあるよ。もっとも、公式の場では『セラフィノ様』と呼ぶがね」

グイードとザナルディが友人だというのは、ちょっとだけ意外だった。

魔導部門と魔導具制作部門はあまり近づかないと聞いていたからだ。

だが、年齢が近く、それぞれが公爵、侯爵になる立場だ。

共感するものがあったのかもしれない。

「兄上が、ザナルディ様と友人……」

「そんなに意外かい、ヴォルフ? 雑談もするし、言い争いをしたこともあるよ。初めてはヨナスが原因だったが」

「私になすりつけないで頂きたいのですが」

話題にされたヨナスが、眉間に皺を寄せた。

その様に、ダリヤはふと思ったことを尋ねる。

「もしや、ザナルディ様はヨナス先生を研究のために借りたいとおっしゃったのでは?」

ちらり、錆色の目が自分を疑わしげに見た。

ダリヤは思わず身を固くする。

「魔導具師の皆様には、私はそれほどに魅力的でしょうか? 『素材』として」

「……いえ……その……」

思わず言い迷ってしまった自分が悲しい。

しかし、魔導具師としては 炎龍(ファイヤードラゴン) のウロコや牙は確かに魅力的だ。

あと、ザナルディであれば魔付きについても知りたがりそうだ。

しかし、それをヨナスに言うのは失礼だろう。

「ヨナス、ダリヤ先生を困らせるのはやめなさい。セラフィノは知的好奇心が過ぎるだけだ。まあ、私も怒ってしまったことはあるが」

「ザナルディ様へですか?」

隣のヴォルフの声が大きくなった。

相手は公爵家。当時、ザナルディが当主であったかどうかはわからないが、伯爵家のグイードが怒れる相手ではないだろう。

そう考えていると、グイードはどなたかの口調を真似て言った。

「『グイード君、君の護衛なんですが、ちょっとだけ腑分けさせてもらえませんか? 麻酔と魔法をかけた上、その場ですぐ完全に治癒させますから』――大事な親友を実験動物扱いされたんだ、多少怒っても許されると思わないか?」

「っ!」

待ってほしい、人であるヨナスに解剖を申し込まないで頂きたい。

ザナルディは一体なんということを言ったのだ?

冗談にしても、言っていいことと悪いことがあるだろう。

いや、本気だったかもしれないという一抹の不安もあるが。

「グイード、許されていなければ、今頃は王族に害を為した愚か者として、斬首か犯罪奴隷だ」

「そこまでではないだろう? 口頭で正しく反論したのと、少々冷気が出ただけだ」

「その少々で部屋も 胆(きも) も冷えたがな。床が鏡面仕上げになるほどに」

ヨナスが言葉を崩し容赦なく言ったのに対し、グイードは軽く肩をすくめただけだった。

しかし、先程まで自分が会っていたザナルディと、その言葉が重ならない。

「そんな方には見えなかったのですが……」

ヴォルフも同じだったのだろう。思い出すように目を伏せた。

「あの頃のセラフィノは、相手がどう考えるかを考慮しないところがあってね。もっとも、それが縁で呼び捨てを許されたのだからわからないものだが――ところでダリヤ先生、三課へ引き抜きをかけられなかったかい?」

「いえ、お声がけは頂いておりません」

三課への誘いを受けても行かないとは思うが、ちょっとだけ揺らいでしまったかもしれない。

もっとも、最初の仕事が 首無鎧(デュラハン) の起動になりそうだが――

いろいろ驚きと衝撃と感心の多いところだった。

「では、先にお願いしておこう。三課には行かないでほしい。スカルファロット魔導具開発部門・武具開発部門の多大な損失になる」

「はい、お誘いがあっても行くつもりはありませんでしたので」

スカルファロット家の仕事のマイナスになる――そう言われてほっとしてしまう。

何かと迷惑をかけているが、グイードは自分を魔導具師として認めてくれているようだ。

「もう一つ。ダリヤ先生の貴族後見人として、その身を安全なところにとどめておきたいというのもあるんだ」

「確かに、三課の研究は、なかなか衝撃的でした……」

蹴り足強き魔羊に物真似を聞いてはならないオウム、 〆(しめ) が自分の 首無鎧(デュラハン) 起動である。

ある意味、危険極まりない。

「研究もそうかもしれないが、三課は独身が多くてね。本人は研究一色で、家が懸命に相手を探しているところもある。同業で話の通じる独身女性、しかも間もなく男爵となれば、大歓迎されるだろう」

「は……?」

「動物との会話を研究している公爵家の五男に、馬と語らう伯爵家の次男。空を飛ぶ研究をしている侯爵家の三男、大公である課長。皆、独身だ。他にも何人かいるが、声をかけられなかったかい?」

「いえ、個別にお話はしていませんし、そういったことは考えておりませんので」

子供は仕事に夢中で縁遠い。よって同じ系統の仕事の者なら結婚相手にできるのではと安易に考えてしまうのだろうか。

もっとも、本人が研究や開発に夢中であれば、恋愛が視界に入らないことも多い。

話を進めようとしても無駄な気がする。

「ああ、それでザナルディ様は、三課に来るのを、『おそらく皆に止められる』、と……」

「ヴォルフ、それはセラフィノが言ったのかい?」

「はい。『ここに来るときは、お二人そろっていらしてください』と、そうおっしゃいました」

おそらく、ザナルディはこの注意を受けることを見越していたのだろう。

ダリヤには想像もつかなかったことで、少しばかり頭痛がした。

「それはよかった。セラフィノがそう言ってくれたなら、いい理由になる」

表情をゆるめるグイードに対し、隣のヨナスが声を低くする。

「僭越ながら――お二人とも、あちらとあまり近しくされない方がよろしいかと」

「俺もですか? まさか、三課にはピエリナ・ウォーロック嬢のような独身女性も多いと?」

「そちらではありませんが、もしや、型を取られましたか? ヴォルフ様」

「いえ、顔の比率を計られただけです……」

「お前もか……いや、お前だからこそか……ピエリナ嬢は、理想の騎士をまだ探しているのだね……」

グイードが片手で両目を押さえる。

そういえば、彼は型を取られたと聞いたが――ここでは考えないことにする。

「話を戻します。三課というよりザナルディ様です。あの方は大公であり、王位継承権をお持ちです。現在、第一王子、第二王子に続き、第三位にあたります。王太子のご子息はまだ幼少、第二王子は未婚、向き的に子を持たないと公言なさっています。それ故に、風当たりが――」

「ヨナス、あとは私から説明するよ。セラフィノは私の友人だ」

ヨナスの話を切ったグイードは、座席に座り直し、足を組んだ。

「包まずに言うが、セラフィノには外部魔力がない。そんな彼に王位継承権があることを不満に思う者もいる。加えて、部下の爵位も魔力数値も重要視しない彼を、血を重んじない、公爵にふさわしくないと言う者もあるんだ」

「ザナルディ様は有益な仕事をなさっていると思いますが……」

「数は多いね。魔導具制作部三課の課長、錬金術部補佐、宝物庫管理副長、倉庫管理長……王城のあちこちに名を置いている。だが、重要分野のどれ一つとして、『筆頭』ではない」

ザナルディ本人が言っていた。

王城の雑用をしていて、『錬銀術師』、『魔導ランプ昼型』の二つ名を持つ無駄飯食らいだと。

だが、三課での彼を見れば、とても無能とは思えない。

おいしいポーションの開発にも成功したではないか。

「ヴォルフ、セラフィノの母君の話は聞いているかい?」

「王の姉君で、だいぶ前に 儚(はかな) くなられたと伺っています」

「ダリヤ先生にはわかりづらいかな?」

「お亡くなりになったという意味かと……」

自分がそう答えると、グイードは浅くうなずいた。

「セラフィノの母君は、高い魔力と王に劣らぬ人望があった。ザナルディ公爵家に嫁いでも、その人気は衰えなかったそうだ。だが、ザナルディ家が王を招いた茶会で倒れ、解毒も間に合わずにそのまま亡くなった。王は姉の『息子を公爵に』という最期の願いを受け、幼く病弱なセラフィノを王城に連れ帰って療育し、教育を施し、公爵当主に育て上げた――これが表向きだ」

少し持ち上げた手のひらをくるりと返し、彼は言葉を続ける。

「ザナルディ家は魔力至上主義のところがあってね。王女で第一夫人の子とはいえ、外部魔力がなく、病弱で部屋から出られぬセラフィノが次期当主になることはない、そう言われていた。だが、敬愛する姉の遺言で、王が形だけ通そうとして今の状態になっている――このあたりが裏で言われていることかな」

それであれば、今の状態もわからなくはない。

王家や貴族というのはなんとも難しいものだ、そう思っていると、グイードは組んだ脚の上、指をきっちり合わせた。

「王城で回復したセラフィノは、二度と寝込むことはなかった。今も健康で、ここ五年で風邪を一度ひいたくらいかな。外に出ないのと、研究関係でよく徹夜をするから顔色はよくないが」

「では、ザナルディ様は、家で『病弱にされていた』と?」

「本当に病弱だったのか、次期当主にさせないための画策だったのかはわからない。けれど、セラフィノがザナルディ家の屋敷で暮らすことはないだろう。彼は、王位も当主の座も望んではいないのだがね」

グイードの声に苦さが混じる。

それはやはり友人だからなのだろう、そう思えた。

「それでザナルディ様は、あのように振る舞っておられるのですね」

「いや、あれは素だ。セラフィノは自分が面白いこと、やりたいことに関しては全力だが、興味のないことは動かない。三課で人を使う立場になってからはだいぶ改善したが……以前は食事が面倒だとポーションを飲み続けていたこともある。しまいにメイドが料理丸ごと流動食にして持ってきた」

「それは、食べられるものなのでしょうか……?」

「友情と忍耐力と水があればいける。二度と付き合いたくないディナーだが」

一食丸ごと流動食に付き合ったらしい。なかなか深い友人関係のようだ。

「スカウトがなかったなら、三課へ二人で呼ばれる、あるいはダリヤ先生がヨナスか魔物討伐部隊員と共に行くのはよしとしておこう。それと、もし三課の誰かから縁談を持ちかけられたら言ってくれ。私がきっちり理由を作り上げ、二度とないようにしてあげよう」

「ありがとうございます。ないとは思いますが……」

ここまでの話の重さを 払拭(ふっしょく) するためだろう。

グイードの冗談に笑ってしまった。

「ところで、三課には、二人にとって面白い魔導具や素材はあったかい?」

「――いえ、ご報告するほどのことは」

返事が一拍遅れた弟に対し、兄の訝しげな視線が絡みつく。

ダリヤは覚悟を決め、少しだけ手を上げた。

「グイード様、私に問題がありました」

「ダリヤ、いいんだ、ここで無理に言わなくても! 俺が後で兄に伝えるから」

「いえ、グイード様に貴族後見人をして頂いている以上、私からお話しすべきことかと」

隠しておきたいのは山々だが、今後、魔導具や素材に触れ、似たようなことが起きたら困る。

ここは自己申告しておくべきだろう。

「ダリヤ先生、話しづらいことであれば、日を改めてもかまわないよ。ヴォルフから話させたくないようであれば、短く手紙で伝えてもらっても……」

「いえ!」

私の手にはブラックスライムの魔力が 残滓(ざんし) 程度、付与状態で残っています――

私はブラックスライムのうっすらした魔付きです――

どうやっても文字にしたくない上、文字で残したくない!

ダリヤはそう強く思いつつ、言葉を続ける。

「以前、素材として使用したブラックスライムの魔力が、私の手に残っておりました」

「……魔導具師の魔力関連については、私の理解が足りないようだ。ヨナス、わかるかい?」

「ダリヤ先生、不勉強で申し訳ありませんが、詳細を説明して頂いてもよろしいでしょうか?」

一言の説明では、二人が理解できなくて当然である。

というか、自分はいまだ事実を理解したくないが。

それでも、 首無鎧(デュラハン) の見学から、エラルドによるブラックスライムの魔法鑑定まで、順を追って淡々と話した。

その間、向かいの二人は完全に無言だった。

「そうか……話してくれて、いや、信頼を寄せてくれてありがとう、ダリヤ先生。絶対に口外はしない」

「今後、ご迷惑をかけぬよう努力致します……」

貴族後見人になっている相手が、ブラックスライムの薄い魔付き――

グイードに迷惑と困惑を上乗せした気しかしない。

「ダリヤ先生、それは魔付きというより、少し手に魔力がまとわりついているだけ、ということでは?」

「そうとも言えますね」

ヨナスの柔らかい表現に、ほっとしつつうなずいた。

「なるほど、『ブラックスライムの魔力をまといし者』……」

隣で中二病表現全開のつぶやきをこぼした者に関しては、後で絶対に『ヴォルフレード様』呼びをしようと心に誓う。

話し終えると、張りつめていた空気がようやく消えた。

「急な呼び出しでそれとは、なかなかにいろいろなことがあった日だね。二人とも疲れただろう」

「……あ」

グイードのねぎらいで、本日の記憶を辿ってはっとする。

首無鎧(デュラハン) の衝撃ですっかり忘れていたが、ヴォルフが手にする魔剣も報告せねばならない。

「あの、グイード様……ヴォルフの魔剣で、追加のご報告が……」

「その、ヨナス先生、この前見て頂いた黒風の魔剣ですが……切れ味が変わらず、欠けもせず……」

ヴォルフと声低く話し始めると、青と錆の目が丸くなった後――同時にすうっと細くなった。

「ヨナス、行く先を別邸へ」

「御者へ伝えます」

「ダリヤ先生、ヴォルフ、今夜は夕食をとりながら、ゆっくり話し合おうじゃないか……」

春の宵闇、馬車の中は急に冷え始める。

夜が長くなりそうな気がした。