軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

367.武具工房と噴霧罠

「あの、フェルモさん、緊張してますか?」

「ダリヤさん、ここで緊張するなっていう方が無理だろうよ……」

自分の隣、ぼそぼそと声を返したのは小物職人のフェルモである。

いつもの作業着ではなく、襟が硬そうな白いシャツにモスグリーンのスーツ姿だ。

ここはスカルファロット家別邸、武具工房となっている一室だ。

ダリヤは別邸に結構な回数で来ているので、なんとか慣れ始めている。

それでも廊下のメイドや従僕に頭を下げ返し、あせったりもしているが。

『他家の使用人は、必要時以外、調度品と同じと考える』、礼儀作法の本にはそうあった。

自分にはそれが感覚的に大変難しい。

「フェルモ、二度目なんですからもう開き直りましょうよ」

ダリヤの反対隣のイヴァーノが、声を抑えることもなく言った。

先日、イヴァーノとフェルモは、スカルファロット家――正確にはグイードとヨナスへ挨拶をしたと聞いている。

とはいえ、我が身を振り返れば、二度で慣れられるわけがないのもよくわかるが。

背筋を正しすぎたフェルモに紅茶を勧め、自分も飲む。

しばらく話をしていると、ノックの音がした。

入ってきたのは、ヨナスと冒険者ギルドの副ギルド長であるアウグストだ。

本日のヨナスは黒灰のスーツに黒いシャツ。従者服とはまた雰囲気が違って見える。

「申し訳ありません、遅れました」

「――ヨナス工房長、そこは『お待たせしました』、ですね」

「失礼――お待たせしました」

ヨナスが横で囁かれて言い替える。

ダリヤ達が不思議そうな 表情(かお) でいたからだろう、アウグストがその赤茶の目を細めて笑む。

「ヨナス工房長はドラーツィ侯爵家子息で、スカルファロット家相談役となられましたので、『言葉選び』をなさっているところです」

「まだ不慣れなのでご迷惑を――いえ、仕事に差し支えるので、こちらでは気にせずに話すということに致しましょう。皆様の時間を無駄にしたくはありません」

ヨナスは子爵家子息で従者から、侯爵家子息で相談役になったのだ。言葉遣いの変更も必要なのだろう。

しかし、疲労感漂う赤錆色の目は、なんとも 不憫(ふびん) である。

ダリヤは咄嗟にアウグストへ声をかける。

「アウグスト様、先日は 鷲獅子(グリフォン) をありがとうございました。とても状態のいい素材でした」

「それはよかった。ぜひ開発にお役立てください、ロセッティ会長」

濃紺のスーツで穏やかに微笑む彼は、王城の文官と言われてもおかしくはない。

知っていなければ、冒険者を束ねるギルドの副ギルド長とは思えぬほどだ。

本日ダリヤやフェルモが呼ばれたのは、武具工房への相談事――相談の主がこのアウグストだと聞いている。

「そちらがガンドルフィ工房長ですね。私は冒険者ギルドで副ギルド長を務めております、アウグスト・スカルラッティです」

「ご挨拶をありがとうございます。ガンドルフィ工房のフェルモと申します。どうぞよろしくお願いします」

初顔合わせはこの二人だけである。

フェルモは固い声で挨拶を返すと、椅子に座り直すようにして背筋を伸ばした。

「さて、本日は魔物避けである噴霧罠――『 霧の罠(ネベルファレ) 』を鳥向けに改良できないか、もしくは新しい物の開発をお願いできないかとご相談に参りました」

「鳥向け、ですか?」

フェルモが単語を切り取って聞き返す。

霧の罠(ネベルファレ) は魔物や動物向けの噴霧罠である。

以前、 大豚(ビックピッグ) 牧場に行った際、ダリヤが試作したもので、最初に思い付いた名前は『黒唐辛子水噴霧罠』――

魔物や動物が近づいて地面のスイッチシートを踏むと、給湯器の水の魔石から水を出し、黒唐辛子を混ぜ、霧状になるノズルから勢いよく出す、それだけのものだ。

黒唐辛子水を浴びた動物や魔物は、まず同じ場所を襲いに来なくなるという。

牧場や村が荒らされず、動物や魔物と距離をおけるので、一石二鳥である。

比較的単純な作りで、フェルモが制作の初期に関わってくれていた。

だが、その後、最新の噴霧器機能なども加え、より使いやすくなった物が出た。

その道の詳しい者が改良品を出すのは当然のことだ。

だからもう自分の手から離れた感覚でいたが―― 霧の罠(ネベルファレ) に『鳥向け』はない。

「被害を受けているのはスライム養殖場です。建物内のスライムは問題ありませんが、風魔法を使って屋外干しをしているスライムが狙われまして。特にグリーンスライムが好まれます」

アウグストの説明に納得する。

緑の塔の屋上と庭で核を取ったスライムを干したとき、鳥がよくつつきに来ていた。

一番人気は確かにグリーンスライムだった。

「室内干しにできるものはそうしているそうですが、グリーンスライムだけは屋外、太陽の下、自然の風か風魔法で乾かしたものが仕上がりがいいそうです」

干している間も光合成は進むのか、それとも紫外線の影響でもあるのか。

ダリヤがついそんなことを考えていると、彼は言葉を続けた。

「目を模した鳥避け――黒と黄色の丸を重ねたものですが、それは数日で慣れられました。網も潜るか間から 嘴(くちばし) でつつくかで――少し離れた場所に鳥の餌や果物などの置き餌をしてみましたが、目もくれずにグリーンスライムが狙われます」

グリーンスライムが大人気すぎる。一体どれだけおいしいのだ?

「失礼ながら、そうなると罠より、魔法か弓で撃ち落とした方が早いように思えるのですが?」

「それが――詳細をご説明申し上げてもよろしいですか、ヨナス工房長?」

「――はい、内容を知らずにお答えはできませんので」

イヴァーノの言葉にアウグストが確認を取る。

ヨナスは一拍置いて了承を返した。

「通常の鳥は見張りが魔法で落とせますが、問題は、『 魔鳩(まばと) 』も交ざって来始めたことです」

魔鳩(まばと) は鳥型の魔物だ。前世の鳩と同じく、連絡手段の一つでもある。

だが、野生の 魔鳩(まばと) はそれほどに強い、あるいは面倒な魔物なのだろうか?

魔物図鑑には飛ぶ距離が長く速いといったことしかなかったが――

そう考えていると、これまで黙っていた隣のフェルモが、少し長く息を吐いた。

アウグストはテーブルの上、しっかりと両手を組む。

その赤茶の目に、わずかな昏さが重なった。

「 魔鳩(まばと) は個体によっては軽度の隠蔽魔法持ちなので、近づかないとわからないことがあります。最初に落としてしまったのはある商会の 魔鳩(まばと) でした。次に貴族の 魔鳩(まばと) を 烏(からす) と間違えて落としました。すべて足輪付きです」

足輪が付いているということは、連絡用の手紙を付けられた 魔鳩(まばと) だ。

移動中にわざわざスライム養殖場に立ち寄って食べたいくらい、干したグリーンスライムはおいしいのか。

「一歩間違うと貴族間や国際問題になりかねませんし、グリーンスライム養殖事業がつぶされます」

「あ……」

手紙を運べないどころの話ではなかった。

うっかり落としてもまずい上、グリーンスライムを大量に干しておけば、 魔鳩(まばと) が捕まえられるかもしれないのだ。

連絡手段の遮断、情報漏洩と、とんでもないことになってしまう。

「今後の対策として、グリーンスライムを干す場を分散させます。王都の西東で分ける予定ですが、許可と建築完了まではしばらくかかります。それまでに来る 魔鳩(まばと) には、グリーンスライムを干したものには近寄るのが危ないと思ってもらいつつ、無事にお帰り頂く必要があります」

「あの、 霧の罠(ネベルファレ) は、地面に乗った重さで動作するものですから、 魔鳩(まばと) では応用が難しいかと……」

一体どんな魔導具ならば、 魔鳩(まばと) にそんなことができるのだろう?

ダリヤが悩みつつ言い終えると、フェルモが片手を少し上げた。

「スカルラッティ様、失礼ながら、今の時点で王城へご報告はお済みですか?」

「内々には。干したグリーンスライムの完全管理をする代わり、四ヶ月の猶予を頂いております」

「私でよければお手伝いを。ただし、うちの工房は加えないで頂きたいです」

「ありがとうございます、ガンドルフィ工房長。その条件で、代価は正当にお支払い致します。契約書は――」

「そこはイヴァーノにお願いします」

流れるように決まると、アウグストが礼を述べて立ち上がる。

ダリヤ達はその背を、廊下まで見送った。

再びテーブルに着くと、ダリヤはメモ帳をそっと開く。

霧の罠(ネベルファレ) の改良について思うところを書き出すためだ。

改良ではなく新製品、あるいは 魔鳩(まばと) の習性をもっと詳しく調べる方が大事かもしれない――そう考えつつ隣を見ると、フェルモは正面のヨナスに目を細めていた。

「この件、ドラーツィ様は内容をご存じだったわけですか?」

「フェルモ……!」

イヴァーノが短くその名を呼ぶ。

だが、フェルモはそちらを見ようともしなかった。

その代わりのように、ヨナスが無表情で答える。

「一通りは伺っておりました」

「それなら――無礼は承知ですが、先にロセッティ会長には説明しておくのが筋ではないかと」

「申し訳――」

「私の方は謝られることはないので!」

ヨナスの謝罪の言葉を、声をかぶせて打ち消す。

侯爵家子息で相談役となっているのだ、先に謝るのを避けるよう指摘されたばかりではないか。

そもそも、自分が謝られることなど何もない。

「ええと、グリーンスライムの養殖がなくなると困りますし、他のスライム養殖も大事です。ヨナス先生もアウグスト様も武具工房関係で、仲間ですし――代替の噴霧罠ができるかどうかはわかりませんが、フェルモさん、いえ、ガンドルフィ工房長と頑張ってみたいと思います」

慌てても、ひどく当たり前のことしか口から出ない。

せめて品のある表現に変換する語彙力がほしいが、それもない。

「ダリヤ先生、ありがとうございます」

「ロセッティ会長がそうおっしゃるなら、私はそれで」

礼と了承を同時に聞きながら、ダリヤは少しだけ安心する。

いつもすぐ橋渡しをしてくれるイヴァーノは、こちらを見守っているだけだ。

とりあえずこの判断が合格だったと思いたいが――それは帰りの馬車で尋ねることにしよう。

そうして、予定の確認と型通りの挨拶を交わし、自分達も部屋を出ることにした。

・・・・・・・

ダリヤの後ろ、イヴァーノとフェルモが続く。

ヨナスが向かうのは廊下の反対方向である。

ドアの前、左右に分かれようというとき、ヨナスはフェルモへ声をかけた。

「ガンドルフィ工房長、本日は失礼を」

「いえ、こっちこそ失礼を。ロセッティ会長が仲間扱いではないのかとつい――」

「仲間ですが、どこまでご説明するかを迷った私のミスです」

知ったのが遅かった、時間が足りなかった、そんな言い訳はいくらでもできる。

だが、時間をわずかにでもずらし、説明することはできたはずだ。

武具工房長である以上、仕事仲間に筋を通さなければいけないのは当たり前で、それを怠った己が悪い。

言わずに済めば、あるいは巻き込まれてくれるだろう、そんな甘えがまったくなかったとは言えない。

「ドラーツィ様、製品に関することなら、最初から洗い 浚(ざら) い言っておくことをお勧めします。どのみち、巻き込まれて巻き込む間柄でしょう。私もそのクチですが」

「……巻き込まれて巻き込む間柄……」

あまりに的確すぎて笑いそうになる。

なんとかこらえて見返せば、濃緑の目が笑っていた。

「ああ、お待ち頂いているようですね」

距離が空いたせいだろう、先に行ったダリヤ達が、振り返って足を止めている。

フェルモは失礼します、と一礼して歩き去って行った。

ヨナスも反対側の廊下へと足を踏み出す。

調査書類では、フェルモ・ガンドルフィは、少し頑固だが腕のいい職人としか読めなかったが――なるほど、イヴァーノが全力で引きずってくるわけだ。

「『 一艘(いっそう) の船』の船員が、増えたな――」