軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

338.護衛騎士と魔付き

「こちらへどうぞ」

ここはスカルファロット家の別邸。

ダリヤはヨナスの案内で、書斎の隣にある書庫に足を踏み入れていた。

本日は武具工房の仕事ではなく、グイードに呼ばれてやってきた。

ヴォルフと共に、 氷蜘蛛(アイススパイダー) 短杖(スタッフ) と魔剣闇夜斬りを暗くなってから見せてもらう予定である。

だが、ヴォルフは王城での鎧と騎士服の合わせが長引いており、少し遅れるとのことだった。

夕食前に紅茶を飲み過ぎるのもどうかと首を傾けたグイードに、ヨナスが隣室の書庫を勧めてくれた。

ダリヤにとっては小さめの図書室に見えるそこには、歴史に地理、魔法関連、物語といろいろな本が並んでいた。豪華本、愛蔵本と呼びたいような重厚な本も多い。

「すばらしいですね……どれを読んでいいかわからないぐらいです」

「もし気に入った本があれば、お持ちになってください」

どうやら貸してくださるらしい。視界に入った古い魔導具の本に、ダリヤは心が躍ってしまう。

「ありがとうございます。よろしければ数冊お借りできればと」

「何十冊でもいい。なんなら、こちらに泊まって読みふけってもらってもかまわないよ」

「お気遣いをありがとうございます」

隣室から顔をのぞかせて言ったグイードに、つい笑ってしまった。

冗談なのはわかっているが、これだけあると、夜通し本を読むのも楽しそうだ。

「さて、私はもう少しだけ書類を見るとしよう。ロセッティ殿はこちらで本を選んでいてくれ」

「お忙しいところを申し訳ありません」

「いや、書類などどこで見ても一緒だよ。むしろ、王城では来客が多くて中断しまくるんだ。こちらで書くことも多いんだ」

前世、会社の先輩方が似たことを言っていたのを思い出す。

来客と上司の注意と部下の報告が終わり、残業時間からが本当の仕事時間だと言っていたが――自分のように過労死していないことを祈りたい。

「ヨナス、ロセッティ殿の取れない本があれば代わりに――」

「いえ、踏み台がありますし、一人で大丈夫ですので、どうぞお仕事をなさってください」

本棚に高さはあるが、大きめの踏み台があるのだ。ダリヤ一人でも充分取れる。

持ち帰り仕事の邪魔はしたくない。

グイードにメイドを呼ぼうかとも聞かれたが、できれば気楽に一人で本を選びたい――その思いが透けたのか、ヨナスがドアを拳一つ開けたまま、何かあったらお呼びくださいと書斎へ戻っていった。

そうして、グイード達は書斎で書類をめくりはじめ、ダリヤは本棚に向き合う。

白い布手袋をつけると、一番古そうな魔導具の本をそっと机に運んだ。黒い羊皮紙に青銀の飾り枠がついたそれは、なかなかに重い。

表紙を開いたとき、隣室にノックの音が響いた。

「失礼致します」

「こちらに来るのは珍しいね。何かあったかい?」

男性の声に、グイードが親しげに応えている。スカルファロット家の関係者か、友人なのかもしれない。

ダリヤは聞かないことにして、表紙を開いた。

「グイード様、侯爵に上がってからの護衛に関するお願いがあって参りました」

「どんなことだね?」

「ヨナス殿は従者としてそのままでかまいません。しかし、王城での護衛騎士に関しては交替をお勧め致します。どうか、護衛騎士と相談役ともなれる高位貴族の子弟をお付けになってください」

「成り上がりの我が家に、高位貴族の子弟が相談役となれば確かに摩擦は減るだろう。だが、その分、貸しにされるのは面倒だ」

「それでは、せめて近い爵位の子弟を二人目の護衛騎士に――」

護衛騎士の交替を進言されているようだが、ヨナスの声は一切聞こえない。

聞こえぬようにドアを閉めに行くべきか、いや、それではかえって目立つだろうと、ダリヤは動けないまま息を潜める。

「執事の君としては、私の護衛騎士としてヨナスが不足だと?」

「そうではありません。失礼ながらヨナス殿は、一般的に危険視されている魔付きです。能力が高くても、魔力暴走で亡くなった冒険者の例もございます。万が一のことがあっては――」

「グイード様、発言をお許し頂けますか?」

そのとき、ようやくヨナスの声がした。

「ああ、許可する」

「ご心配のほど、理解致しました。ですが、この身は神殿で『上位契約』を結んでおります。グイード様が死ねと命じればその場で従います。万が一、暴走したとしてもご命令があれば心臓が停まります。どうぞご安心のほど」

「『上位契約』……? なぜそのようなことを? それでは、まるで罪人ではないですか?!」

「私の望みです。 主(あるじ) の迷惑になる者などに、成り下がりたくはありませんので」

迷いの一切ない、冷えた声が響いた。

ダリヤはそっと唇を噛む。

上位契約――神殿契約の中でも、制限がかなり厳しいものと聞いている。

相手の命令に全面的に従い、死を命じられても応じるほどだという。

神殿契約の説明で聞いたことだけはあるが、実際に受けた者は知らない。

過去には魔力の高い罪人に施された例があったというが――

おそらくはヨナスが魔付きとして暴走したときの保険なのだろう。

でなければ、グイードとヨナスが、あのように笑い合えるはずがない。

「ヨナス殿の覚悟は理解致しました……それでも、従者ならばともかく、王城で剣を持たせる護衛騎士とするには、魔付きを責める者は必ずおります。侯爵当主となれば、あらゆるところから矛先を向けられましょう。お心に合わぬお話かとは思いますが、どうかお考え直しください、グイード様」

執事の懇願に、しばらくの沈黙が続く。

その後にようやく、グイードが椅子を 軋(きし) ませる音がした。

聞かない努力をしても、音はしっかりと耳に入ってきてしまう。

「……君は祖父の代からの我が家に仕えてくれていたね。私も信頼していたよ。子供の頃から今日まで、ずいぶんと世話になった」

「……グイード様」

「代替わりをしたら、父と共に領地へ行ってくれ。領地にいる叔父もあまり体調がよくないそうなんだ。父だけでは心もとない」

優しい口調なのに、ひどく乾いて聞こえた。

「お待ちください、グイード様! 本邸の取りまとめは――」

「黙れ、ヨナス」

領地行きを止めようとしたのか、ヨナスが言いかけた言葉をグイードが制した。

それきり、続く声はなかった。

「さて、我が家の有能な執事殿に対し、返事を 急(せ) かす必要はあるかい?」

「……お受け致します」

「次の執事は君の息子にお願いするよ」

「しかし、息子はまだ若く、経験不足ですので」

「君の息子だ。一切の心配はしないよ」

言い切ったグイードに、型通りの挨拶をして、執事が退室する。

ドアの閉まる音に、ダリヤはようやく呼吸を深くした。

手元の本の表紙をつい閉じてしまい、パタンという音が思いがけぬほど大きく響く。

その音に続き、ドアが大きく開けられた。

「気分のよくない話を聞かせたね、ロセッティ殿」

「いえ、私は――」

『何も聞いておりませんでした』、貴族女性の言い方としては、そう答えることがマナーだろう。

だが、ドアの前、作り笑いのグイードと、その後ろ、錆色の目を伏せたヨナスがどうにも気になる。

強くなるために魔付きであることを選んだヨナスも、彼を護衛騎士としたグイードも、それを心配する執事も、きっと、誰も悪くはない。

「私は……ヨナス先生が、グイード様の護衛でよかったと、いえ、これからもそうであればと、思います……」

何と言えばいいのかわからず、過去形にしてしまい、あわてて言い直す。

「ありがとうございます、ダリヤ先生」

ヨナスが表情を変えぬまま、自分に言った。

「ありがとう、ロセッティ殿。だが実際、ヨナスほどいい護衛はそういないと思うのだよ」

グイードの作り笑顔が、悪戯っぽいものに変わった。

「ヨナスは昔、私より背が低くてね。護衛騎士にしたいと言ったら、さっきの執事に、身体が小さく盾にはできぬから、勉学に励ませ、従者にしろと言われたんだよ。あのときも、護衛騎士は別につければいいと言われてね」

「そうなのですか……」

「でも、ヨナスは根が騎士だからね。従者としての勉強をしながら護衛騎士の訓練もして、背を伸ばそうと食事を倍にしたり、部屋の 縁(ふち) でぶらさがったり、苦手な牛乳を毎日飲むようになって――」

「昔すぎる話はおやめください、グイード様」

空咳(からぜき) を響かせたヨナスが、 主(あるじ) を止める。

なんとも必死の努力があったらしい。こうして並ぶと、ヨナスの方が指二本分ほど背は高い。

「まあ、結果として、護衛騎士も従者も完璧にこなすようになったのだよ」

「すごいことですね。それに武具工房長のお仕事もですから」

どちらか一つでも大変なのに、ヨナスは両方をこなしている。

その上にスカルファロット武具工房長の仕事も加わったのだ。巻き込む原因となった自分としては、申し訳ないかぎりである。

「ああ、ヨナスも春からは男爵だし、給与をどこまで足していいか悩むところだよ。でも、一番の悩みは別でね……」

ため息に似た声になんとなく聞き返せない。

ヨナスに視線を向ければ、彼も錆色の目を細めていた。

そして、少し硬い表情で、 主(あるじ) に聞き返す。

「グイード様、やはり私の養子先の件で?」

「いいや、それはどうとでもなるさ。臆病者の私としては、お前の仕事を増やしすぎて、そのうちにこんな 主(あるじ) には仕えていられぬと言われたらどうしようと思ってね――その予定はないかい、ヨナス?」

笑んで尋ねたグイードに、ヨナスが表情をほどいていく。

そして、たとえようもなく悪い笑顔で返した。

「誰がいい食い 扶持(ぶち) を逃すか」