軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

332.報告書とうれしい知らせ

「意外ですね……」

王城の魔物討伐部隊棟の会議室、ダリヤはグラート隊長やイヴァーノと共に、『擬態実験』の報告書に目を通していた。

遠征夜着から派生した擬態着、それを着て、魔物の追い込みなどができるかを、遠征で確認したのだという。

かわいらしさが先に立つクッションリスの擬態着は、大きさの差から仲間と判断されなかったらしい。

牙鹿(ファングディア) にもあまり効果はなかったそうだ。仕方がない気がする。

赤熊(レッドベア) は効果があったものの、 牙鹿(ファングディア) は恐慌状態になってしまったとある。

少々刺激が強かったのか、咆吼のありなしで効果が変わるのかは次の遠征でのテストに持ち越すとあった。

咆吼とは、一体どなたが吠えたのか。

お披露目で着ていたのはランドルフなので、彼かもしれない。

だが、熊の吠え声そのものを知らぬダリヤには、うまく想像できなかった。

そしてヴォルフが着ていた 黒狼(ブラックウルフ) の擬態着。

一斉にそろって逃げたので擬態着では、一番追い込みに向いているらしいという記述がある。

赤熊(レッドベア) は一匹だが、 黒狼(ブラックウルフ) は群れで狩りをすることもあるので、そのせいかもしれない。

咆吼の記述はないが、ヴォルフは吠えたのだろうか。

今度聞いてみることにする。

そこまでで、イヴァーノが不思議そうに尋ねた。

「素人質問になりますが、隊員の皆様の『威圧』で、魔物の足止めはできないのですか?」

「上手くいけば効くが一歩間違うと恐慌状態になる。そうなるとどこへ逃げるかわからん。怪我もお構いなしに突っ込んできたり、魔法を持つ魔物は暴発するというか――仲間にもかまわず四方八方に魔法を放つことがある。そうなるとかえって厄介でな……」

「なるほど」

「仲間を助けるために最大に威圧をかけ、群れがその隊員一人に向かったこともあったのだ。無残なほど踏まれ――」

「隊長、そのお話は」

副隊長のグリゼルダが、低い声で止めた。

それだけで誰が踏まれたかわかったが、口は閉じておく。

最後は 森大蛇(フォレストラスネイク) の擬態着だが、これは予想外、 牙鹿(ファングディア) に逆に追われたそうだ。とても驚いた。

隊員の体格のせいかとも考え、最も身長のある隊員の身体に巻きつけても、 牙鹿(ファングディア) に向かってこられたともある。

仮説は二つ。

一つめは小さい 森大蛇(フォレストラスネイク) が他の魔物の捕食対象となっているのではないか。

確かに甘ダレでおいしく頂ける魔物である。毒もない。可能性としてあるだろう。

二つめは、 牙鹿(ファングディア) が天敵として倒せるうちに狙っているのではないか、である。

こちらもありえそうだ。だが、ちょっと気にかかることがある。

「小さい 森大蛇(フォレストラスネイク) は、森によくいるものでしょうか?」

「わからん。緑の蛇は種類も数も多いので、気にしたことはないのだ」

「今までそんな余裕もなかったですしね。昔は食えるか食えないかだけで判断していましたが」

グラートと、その隣の騎士が教えてくれた。

昔、小さい蛇は食料に数えられていたらしい。きっと過酷な遠征だったのだろう。

「次に森林か山野の遠征があったら、緑の蛇を片端から捕まえてくる予定だ。王城に持ち込んで、一匹ごとの魔力測定をしてもらえば、 森大蛇(フォレストラスネイク) かどうかわかるだろう」

次の遠征は魔物討伐の他、緑の蛇の捕獲業務が加わるらしい。

想像するとちょっと怖い。

「遠征帰りの馬車は蛇満載と……」

隣に座るイヴァーノに関しては、想像力を助けるのをやめてほしい。

「その蛇の魔力測定は、どちらで行われますか?」

「魔導具制作部の三課がやってくれるそうです。飼っている 魔羊(まよう) に逃げられ、二度とも魔物討伐部隊員の方が捕まえてくださった御礼にと」

斜め向かいのカルミネが笑顔で教えてくれた。

ダリヤは行ったことのない三課だが、さらに近づかなくていい気がしてきた。

「もし 森大蛇(フォレストラスネイク) だと確認できれば、研究と養殖は冒険者ギルドが協力してくれるそうだ」

「では、もう十年もすると、 森大蛇(フォレストラスネイク) 焼きの屋台が楽しめるかもしれませんね」

「案外、もっと早いかもしれんぞ」

イヴァーノとグラートの言葉に、周囲がそろって笑う。

「次に遠征夜着の改良ですが、こちらはカルミネ副部長からご説明頂きます」

進行役の騎士がカルミネに振ると、彼が書類を全員に回した。

ルチアが作ってくれた遠征夜着を基本として、表裏リバーシブルで使えるように、片面は迷彩柄だ。

怪我などで隠れる際は、迷彩柄の方を表とするという。

同時に、携帯温風機を温風と冷風にし、その風が通りやすい構造となった。

まだまだ改良は必要だが、遠征の睡眠環境は今よりもよくなりそうだ。

そして遠征夜着は、カルミネによって違う方向にも発展していた。

「クッションリスの形と 空蝙蝠(スカイバット) の付与を活かした、滑空機能のあるもので、『 滑空着(リブラレーア) 』です。命名は服飾ギルドのフォルト様で、お手伝い頂いております」

いろいろと納得した。

「先日、隊員のカーク殿に着て頂きましたが、風魔法での制御と組み合わせると、かなりの距離を滑空できるようになります。着地の際は風魔法で衝撃を弱めなくてはいけませんので、隊員の皆様全員が着るということはできませんが……」

いよいよクッションリスになったらしい。

もっとも、書類を見れば、背中側は迷彩柄、お腹側は白に近い青だ。なるべく目立たぬようにし、地形確認などに使われるのかもしれない。

「カルミネ様、こちらで 空蝙蝠(スカイバット) の骨をお使いになるようですが、今後の付与は足りますか?」

「問題ございません。国境のグッドウィン伯が、領内にできた新しい巣をつぶしたとのことで、十匹分頂きました。ああ、先日持って来た頭蓋もそれで――在庫は充分あります」

「 空蝙蝠(スカイバット) か。どこぞで増えたか、引越か。あれは空でも動きが速く、なかなか厄介なのだ。その上、まずい……」

「隊長! 今の我々には、『疾風の魔弓』があるではありませんか。空を飛ぼうが逃げようが、首をすぱっといけば済むことです」

ダリヤは隊の 鎧蟹(アーマークラブ) の討伐に同行した日を思い出す。

確かに 空蝙蝠(スカイバット) は一瞬ですぱんとやられていた。

納得のいかなそうだったその 表情(かお) を思い出し――振りきった。

「そうだな。午前の会議では、弓の追加予算も倍ほどとれた。今後は効果的な遠距離攻撃を増やしたいところだな」

「おお、ありがたい! ついに我らの時代ですな!」

弓騎士のいい笑顔に、少しだけほっとする。

遠距離攻撃がメインになり、隊員が少しでも安全になればいい。そうなると、ますます弓騎士の時代になりそうだが。

「あとは、隊員にもう少し長い休みをとらせてやりたいところだ。 八本脚馬(スレイプニル) を増やし、遠征先での交替もできないか検討中だ」

「まずはグラート隊長が少し長いお休みをとられるべきでは?」

「いや、ここは若い者からだろう。休みが増え、遠征も一定期間で交代できれば、デートの回数が増えるだろう。隊員の独身率が少しは下がるかもしれん。そうは思わぬか、ロセッティ?」

うまい冗談である。

グラートの笑顔の提案にダリヤも笑顔で返す。

「はい、オルディネ王国の繁栄のために、そうなってほしいものです」

・・・・・・・

会議を終えると、ダリヤはイヴァーノと共に商会に戻ることにする。

まだ日は高く、ヴォルフ達は鍛錬中だ。

今日もベルニージ達と打ち合うのだと真剣な 表情(かお) で言っていた。やはり熟練の騎士からは学ぶことが多いのだろう。

魔物討伐部隊棟を出たとき、騎士姿のヨナスが見えた。

「ああ、ダリヤ先生、ちょうどよかったです」

彼は自分達を見つけると、珍しいほどの早足でやってきた。

錆色の目は少し細く、口元はきれいにつり上がる。

「マルチェラのところにさきほど、赤子が生まれたそうです。男子二人、母子ともにお健やかとのこと」

「よかった……!」

思わず声が出てしまった。

イヴァーノも、よかったですね、と笑顔で続けてくれる。

マルチェラが雨の日に来たこと、イルマの決意を聞いたこと、皆の協力で吸魔の腕輪を作ったこと、その後の二人の笑顔――記憶が一気にあふれ、言葉が出てこない。

ただただ、本当によかった、それだけで。

「どうぞ六日となりましたら、うちの騎士を祝ってやってください、ダリヤ先生」

「はい、もちろんです!」

オルディネの習わしとして、友人が会いに行けるのは原則六日目からだ。

生まれてから五日は家族のみである。

ダリヤはイルマの体調次第ではあるが、元気なら六日目に行くと約束している。

野菜スープとレバーとチーズのペーストとミルクプリンをリクエストされているので、たっぷり作って持って行こうと思う。

「では、これからヴォルフ様に伝えて参ります。ちょうど武具確認で訓練場に行くところでしたので」

「教えて頂いてありがとうございました、ヨナス先生」

ヨナスが教えに来たことが不思議だったが、タイミングが合っただけらしい。

マルチェラはスカルファロット家の騎士なのだ。先に知らせがいったのだろう。

遠ざかる背中を少しだけ見送った後、イヴァーノと共にまた歩き出す。

「神殿に行くのが待ち遠しそうですね、会長」

「ええ、かわいい赤ちゃん達に会えるのがとても楽しみです!」

イルマとマルチェラが一人ずつ赤子を抱いている姿を想像すると、どうしてもにやにやしてしまう。

できることなら、今すぐ二人に向かい、おめでとうと叫びたいくらいにうれしい。

スキップしそうになるのを自重していると、少し早足になってしまった。

ふと気づくと、隣のイヴァーノがいない。

慌てて振り返ると、数歩後ろでこめかみを押さえていた。

「イヴァーノ、大丈夫ですか?!」

「大丈夫です、ちょっと太陽がまぶしかっただけで――ここからは、遠征用コンロの検品と、名入れでしたね」

「はい、頑張ります!」

ダリヤはまた早足になりかかり、半歩後ろをイヴァーノがついていく。

「他の赤ん坊も、それはそれはかわいいと思うんですけどね……」

部下のつぶやきを、彼女の耳が拾うことはなかった。