軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

296.二人の先生と暁の剣

夕闇の赤が完全に消えた後、家紋のない馬車が緑の塔の前に止まった。

出迎えたダリヤとヴォルフは、そろって目を丸くする。

馬車から降り立ったのは意外な組み合わせの二人――白い髪と見事な 髭(ひげ) の持ち主、そして、銀髪銀目の主だ。

「『助手』を連れてきた。私の知る限り、細かい魔導回路をひかせるなら適任なのでな」

「夜分失礼致します。本日はレオーネ様からご依頼に与りましたので、お手伝いさせてください」

商業ギルド長のレオーネ・ジェッダと共にやってきたのは、ダリヤの魔導具師の先生役でもあるオズヴァルドだった。

ガブリエラの件でこの二人は仲が遠ざかっていたのかと思いきや、そう悪くないらしい。

「ありがとうございます。レオーネ様、オズヴァルド先生、どうぞよろしくお願いします」

挨拶を交わしつつ、塔に入ってもらった。

今夜、緑の塔に入るのは四人だけだ。

魔導具師による高度な付与魔法は、通常、外部の者に見せない。

このため、護衛も従者も塔の敷地には入れないとレオーネに言われた。

ヴォルフの同席について許しを得られるかと心配したが、そちらはあっさり許された。

考えてみれば、依頼主は剣がグイード、 短杖(スタッフ) がヨナス。

どちらもスカルファロット家、ヴォルフが仲介する形のためかもしれない。

「レオーネ殿、先日はありがとうございました。おかげでとても良い買い物ができました」

「それはよかったです。こちらもありがたいことです」

「その、できましたら今後は整えずにお話し頂ければと。ダリヤと私と、変えるのも手間だと思いますので」

ヴォルフが挨拶の後に切り出したのは口調の話だ。

レオーネは子爵であり、伯爵家の子息であるヴォルフに対し、丁寧な口調を使っていた。

ここからレオーネがダリヤに教える形になるので、気を使ってくれたのだろう。ちょっと申し訳なくなった。

「では――商会保証人仲間ということで、今後は楽にさせて頂く、『ヴォルフ殿』」

言い終えると、レオーネがオズヴァルドに振り返った。

銀髪の主は左手に提げていた長細く大きな箱を作業テーブルに載せる。

その表面は 濃紅(こいくれない) 色に染められた 砂蜥蜴(サンドリザード) の革だ。砂漠に走る風の紋様のように細かな飾り張りがされていた。

大きさと細長い形を別とすれば、宝飾品を入れる物のように見える。

「イシュラナから届いた片手剣だ」

「私は剣の扱いは不得手ですので、ヴォルフ様、ご確認をお願い致します」

オズヴァルドはそう言うと、一歩後ろに下がる。

目が合うとうなずかれたので、ダリヤも慌ててヴォルフから少し離れた。

「わかりました。検めさせて頂きます」

ヴォルフが白い手袋を着け、そっと箱を開ける。

中にあったのは、それほど大きくない片手剣だ。

深い紅色の 鞘(さや) に同色の 柄(つか) 、そして赤みを帯びた黒曜石を思わせる飾り 鍔(つば) ――その独特な色合いに、魔物討伐部隊長の魔剣、 灰手(アッシュハンド) を思い出す。

もっとも、こちらはより細く、鞘自体が少しだけ曲線を描いているが。

ヴォルフは剣を持って作業台から下がると、鞘からそっと 刃(やいば) を抜いた。

魔導ランタンの下、金の光がぬらりと揺れる。

砂漠の国イシュラナで生まれたという剣。

全体は金の輝きに赤を強く溶かし込んだよう。それでいて、片刃の部分だけほのかに青みを帯びている、とても幻想的な色合いだ。

「これは――見事な剣ですね……」

黄金の目を見開いて沈黙した後、ヴォルフがため息をつくように言った。

値打ちはまるでわからぬが、とても美しい剣だ。

「ミスリルと 紅金(こうきん) を合わせた刀身で、 鷲獅子(グリフォン) の骨でも砕けるくらいには丈夫だそうだ。 銘(めい) は『 暁(あかつき) 』。それなりの作り手のものらしい」

「イシュラナでは、このような剣が市場に出回っているのですか?」

「いや、運良く入手できただけだ。残念ながら同じような物はそうそう買えん」

レオーネの言葉に、ダリヤはたらりと汗をかく。

つまり、付与魔法の失敗は許されないということである。

ヴォルフは音もなく刀身を 鞘(さや) にしまうと、片手剣をそっと箱に戻した。

そして、棚に置いていた一本の剣を新たに手にする。

ダリヤでは片手で持ち上げられぬそれを、彼は指だけで持ち、ゆっくりと 鞘(さや) から引き抜く。

「こちらが、『 紅蓮(ぐれん) の魔剣』です」

紅蓮(ぐれん) の魔剣――以前、ヴォルフと共に試作した剣である。

柄(つか) に付いている 房(ふさ) を引っ張ると、カチリという音と共に、刃に炎が走る。

鞘に近い部分は黄色、次第にオレンジ、先端に向かって赤――刀身を彩るグラデーションの光が、作業場を明るく照らした。

「『 紅蓮(ぐれん) の魔剣』、か。似合いの名だな……」

「名に合った美しい色合いです。いい調整をなさいましたね……」

「あの、名前は格好いいですが、性能は『剣型室内灯』なので!」

剣から視線を外さぬ二人に、思わず自白めいた声が出た。

実際、 紅蓮(ぐれん) の魔剣に威力はほとんどなく、火が色違いで燃えているだけである。

しかも、ずっと持っていると顔も腕も熱くなる。

これを酒の肴に飲めるとヴォルフは言っていたが、長時間では汗をかき、眉がこげそうな代物だ。

このため、新しくひいた魔導回路は大幅に改良し、使い手自身の魔力をより流せる機構も入れた。

レオーネに高い魔力で付与してもらえれば、ヨナスの魔力で点けたり消したりと、炎の大きさはそれなりに制御できるはずである。

ヴォルフいわく、ヨナスの魔力は高めとのことなので、万が一のときは威嚇などに使えればいいのだが――あくまでそれなりだろう。

新しい魔導回路をひいたところで、魔物討伐部隊に同行していた魔導師達、あの火魔法の威力とは比べものにならない。

受け取ったヨナスを想像すると、『非常時の 灯(あかり) にします』整った笑顔でそう言われそうだ。

剣そのものはいいが、魔導具としてこの程度かと落胆されたらどうしよう――ぐるぐると考えていると、ヴォルフがようやく火を消した。

しかし、 鞘(さや) にはすぐに入れず、持ったままである。

「これは『第二形態』があるのかね?」

「『第二形態』……! いえ、ありません。少々冷ましているところです」

第二形態の言葉が、ヴォルフの琴線に触れたらしい。黄金の目がとてもきらきらしている。

だが、どうやったら剣型室内灯を第二形態にできるというのか。

いっそ赤系のこの炎を、青にでも変えればいいのだろうか――そう考えている中、ヴォルフの説明は続いていた。

鞘には熱が外に出ぬよう付与をしているが、熱いままの剣を収めるのはあまりよくない。それで、剣を傷めぬよう、しばらくこのまま持って冷ます――

そう説明が終わると、レオーネ達がそろって微妙な 表情(かお) になった。

ダリヤは少しばかり慌てて、片手剣に引いてもらう魔導回路の図面を広げる。

「レオーネ様、こちらがお願いしたい魔導回路です」

「これは――片手剣の両面に、この魔導回路をひけということか?」

「はい。耐久性もあると伺ったので、お願いできましたらと」

口元を押さえたレオーネが、その黒い目を細める。

何度も見直しはしたのだが、もしや回路に不具合があるのだろうか。

不安になって視線を動かすと、オズヴァルドも難しい顔をしていた。

回路を追う銀の目は、高等学院の試験官を思わせる。

「こちらの魔導回路図は、ダリヤが書いたものですか?」

「はい、そうです」

「いい出来ですが……端のここ、ラインが一本にまとめられます。その分、魔法始点を太くする方が少し発動が早くなります。秒の違いはありませんが」

「ありがとうございます! 気づきませんでした」

指摘された部分を即座に書き換え、再度オズヴァルドに見てもらう。

彼は上下を変えて確認していたが、納得したようにうなずくと、レオーネに視線を移した。

「ふむ……一つ決め事をさせてくれ。ヴォルフ殿、こちらはヨナス殿に 紅血(こうけつ) 設定をして頂きたい。それならば両面に付与しよう。ヨナス殿以外では長い時間を持つと、火傷の危険がある」

「わかりました、レオーネ殿、お約束します。ただ、もしヨナス先生が子供さんなどへ譲る場合は――」

「炎は出ないにしても、あの剣であればお子様に継いで頂けると思います。どうしても気になる際は、高魔力の魔導師に、付与魔法を外してもらうという方法もありますので」

ダリヤはその説明に安心した。

万が一にも、あの美しい剣の価値を下げたくはない。

「付与する 炎龍(ファイヤードラゴン) 、いや、ヨナス殿のウロコは?」

「こちらになります」

ダリヤは用意していた魔封箱を開く。

中に入っているのは、独特な流線型のウロコ。

炎龍(ファイヤードラゴン) の魔付きであるヨナスが、自らむしったものである。

血が滲む腕はなんとも痛そうだったのを思い出す。

「魔力はそれなりにあるが、二枚使ってもかまわないか?」

「はい、お願いします」

「片手剣の裏表に鏡面で回路をひき、このウロコを付与か――」

少しばかり低い声になったレオーネに、ダリヤは一気に不安になった。

「あの、失礼ですが、レオーネ様、お体は大丈夫でしょうか?」

「贈りは先となっても構いませんので、ご無理のないよう――」

ヴォルフも懸命にそう勧める。

予定では、ヨナスの片手剣の後、グイードの 短杖(スタッフ) を今晩中に行うとされていた。

だが、片手剣の付与は両面なのだ。

短杖(スタッフ) は別の日にした方がいいのではないだろうか。

心配になっていると、レオーネがその白い 髭(ひげ) を指で掻いた。

「心配ない。私の魔力はそれなりにある――我が家は祖父までは伯爵家で、私の代でも魔力値はそれなりだ。税が払えず子爵落ちした、『名汚れ』だがな」

「レオーネ殿は商業ギルド長としてとてもご活躍なさっているではありませんか。伯爵への推薦もあると伺っています」

「私は金儲けに夢中で、国への貢献など考えてこなかった。だから、名誉の無さで子爵止まりなのだよ、ヴォルフ殿」

あっさり返したレオーネは、魔封箱からウロコを取り出し、板の上に並べる。

爵位に関する話、特に、爵位が下がることについては、絶対に避けるよう、貴族マナーの本にあった。

何と言えばいいのか、黙っているべきか――迷っていると、向かいの銀の目が笑みに細められた。

「お二人とも、レオーネ様の冗談に騙されてはいけませんよ」

「え?」

「は?」

騙されるような内容がどこにあったのか、ヴォルフと共に先ほどのレオーネの言葉を 反芻(はんすう) するが、思い当たるものはない。

「商業ギルド長として忙しいのに、伯爵に上がったらさらに仕事が増え、ガブリエラと過ごす時間が減るというのがレオーネ様の本音です」

「なるほど……」

ヴォルフが笑顔になり、ダリヤも同じくなりかけた。

これはオズヴァルドの場を和ませるための冗談か、しかし、本当のような気もして――ちょっとだけ表情に困る。

自分の斜め向かい、商業ギルド長であり、子爵家当主でもあるレオーネは、いとも簡単に赤いウロコを粉にした。

「まったく、冗談にならぬ話だ」