軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

285.魔物討伐部隊員の選択

「これで近くに住む方々には、安心して頂けますね」

「そうだな。ワイバーンが相手では、牛も人も持って行かれたからな」

副隊長のグリゼルダの言葉に、汗を拭ったグラートがうなずいている。

隊員達も交替で一息入れているところだ。

オルディネ王国には魔物も獣も当たり前にいる。村人とはいえ手をこまねいてはいない。

猟師となって魔物を狩る者、罠を工夫する者、毒餌を作る者と様々だ。

しかし、相手がワイバーンではどれも難しい。

よほど腕のいい冒険者パーティーか、魔物討伐部隊一丸となってかからなければならない魔物――のはずだったのだが、今回は大怪我をした者は一名、すでに回復済、他に被害はない。

ワイバーンの解体も和気あいあいと手際よく進んだ。

今は凍らせて防水布に包み、馬車の積載量限界を試している状態である。

「この時間なら王城の予算会議に間に合うな……追加予算取りをしてくる。街道の街と村の確認があるので、隊は半数を先に戻らせよう」

そう告げるグラートは、すでにいつもの鎧姿だ。

ワイバーンの鎧では馬が落ち着かないためである。

今回、囮にするために、王城のワイバーン達の匂いを付けてきたので、仕方がないだろう。

「ヴォルフ、お前も前隊に来るといい。準備もあるだろう」

「ありがとうございます、隊長。でも、ランドルフを休ませたいので、 殿(しんがり) は俺とドリノが務めます」

ランドルフの怪我は、すでに神官が治療し終えている。

だが、血を流した分までは回復できない。

本人は平気だと言うが、まだ足元が危ういので、神官と一緒の馬車で移動させたい。万が一の落馬や急な容態悪化もありえるからだ。

そうなると、最後尾の守りは 赤鎧(スカーレットアーマー) の自分の役目である。

どのみち、半日の違いだ。ダリヤのお披露目には充分間に合う。

「なんなら俺が 殿(しんがり) を代わるぞ。これでも昔は 赤鎧(スカーレットアーマー) だからな」

声をかけてきたのは、青灰の髪をした先輩騎士である。

「アストルガ先輩はだめです!」

「ニコラは早く戻って結婚式の準備だろう! 冬祭りまで日がないぞ」

ヴォルフと中年の騎士が同時に声を高くする。

他の者もうなずいたり、相槌を打ったりと同意していた。

だが、この冬祭りに結婚式の決まっている男――ニコラ・アストルガは微笑みもせず、斜めに視線を泳がせる。

「いや、男の俺のやることなどそうない。むしろ、両家の母が準備に本気になっていて、屋敷にいづらい。女性の服でどれが似合うかと聞かれてもわからぬし、同じ色のドレスなど見分けがつかん……」

「アストルガ先輩、それ、俺も同じかも……」

「女って、似ていてもちょっと違うっていうものを持ってくるよな」

「大体、懸命に考えて勧めても、そっちを選ぶことは少なかったりする……」

「お前達、それを女性の前で口にしたら、いろいろと終わると思え」

きっぱり言い切った隊長に続き、碧の目を細めたグリゼルダが続けた。

「これはと思うときに、『どちらも似合っていて選べない、一着は自分に贈らせてくれ』と願えばいいのです。お相手の母君が喜びますよ」

「流石、グリゼルダ副隊長、理想的解決策!」

「財布が重くないとできないがな……」

「その前に相手がいるだけいいという話になるわけでな……」

数人が苦笑し、数人がひどく遠くを見ている。

解決策の一つがわかっても、実行は難しいらしい。

「ニコラ、品物がよく、肌の露出の少ないものを勧めると、向こうの父君が安心するぞ」

「流石、アルフィオ先輩、娘四人持ちのお言葉……」

褒めているのか苦笑いなのか、判断しがたい 表情(かお) でドリノがつぶやく。

しかし、ニコラはうなずくと、その青い目でアルフィオを見つめた。

「なるほど、そんな選択が……それと、あちらの父君から礼装の三つ揃えや外出着を仕立てさせてくれと言われているのだが、めったに着ないのでもったいなく――どうお断りをすれば?」

「『親心知らず』だな、それは断ってはならん」

断り方を相談した騎士に、アルフィオは厳しい声を返す。

「娘の横に立つ男、息子になる男だぞ。己の財布を軽くしてでも、いいものを身に着けさせたいに決まっているだろうが。素直に受け取って礼を言え。そして相手を泣かせないこと、家族として幸せになることを考えろ」

「は、はい……」

既婚騎士は少しばかり微笑ましげに、ヴォルフを含める独身騎士一同は、きつく口を閉じて見守った。

全員を見渡すように視線を動かしたグラートが、口角を吊り上げる。

「さて、いい学びも得たところで、休憩は終わりだ。出発の準備をせよ。王城の魔導具師達と、 魔物討伐部隊(うち) の魔導具師殿がワイバーンをお待ちだ」

・・・・・・・

今回の遠征に参加した魔物討伐部隊、その半数がグラートと共に出発して半日。

積めるだけのワイバーンを積んだ馬車と共に、帰路につくこととなった。

山沿いには野営に適した場所はない。街道を進み、途中の草原まで来るとすでに夕刻だった。

今日は早めの野営とし、明日早朝から王都に戻る予定である。

ここからならば、明日の夕方か夜には王都に余裕で戻れるだろう。

「夜間は三交替で馬と馬車の見張りです。もっとも、ワイバーンの匂いがするのでそうそうこないとは思いますが。最初の見張り役は先に食事をとるように」

グリゼルダの声に従い、食事をする者、馬車から馬を外して世話をする者、テントを張る者など、それぞれに分かれて行動する。

来るときはかなり緊張していた者が多かったが、今は一様にほっとした表情になっていた。

ヴォルフ達は平らな場に防水布を敷き、ようやくに腰を下ろす。

そして、遠征用コンロで魚の干物を焼き、湯を沸かして熱いスープを作る。

身にしみるその味わいを堪能しつつ、友に声をかけた。

「ランドルフ、今日の見張りからは外れて、休んでほしい」

「大丈夫だ、ヴォルフ。もうなんともない」

呆気なく答える彼は、カップに息を吹きかける。白い湯気を立てるのは蜂蜜入りホットワインだ。

どこまでも甘さで体力回復を図るつもりらしい。

「なんともなくはねえだろ、あれだけ岩を真っ赤にしておいて」

「ドリノ、心配のしすぎだ。滋養強壮にいい蜂蜜をとっているから平気だ」

「蜂蜜はすぐ血にはならねえよ!」

ランドルフがいつもの調子で答えると、ドリノが声高く言い返し始める。

微笑む友の顔色はいつもより白く、さきほどまでの歩幅も少しばかり狭かった。

どう言ったらきちんと伝わるものか――そう考えていたとき、グリゼルダが歩みよってきた。

「ランドルフ、仲間の意見は聞くものです。他の隊員が今日のあなたと同じぐらいの怪我をして、それでも『夜の見張りをしろ』と言えるならやりなさい。そうでなければ、今日は食事をとって休みなさい」

「……申し訳ありませんでした、副隊長、休みます」

穏やかな声の注意に、ランドルフが頭を下げる。

ヴォルフはようやくほっとした。

食事を終えると、防具と剣を確認した後、見張りに向かう。

だが、ワイバーンの素材を載せた馬車の周りには、獣の気配すらなかった。

眠気に襲われぬよう、一定時間で場所を変わり、隣の者と少し話す。

そうして夜、何事もなく交替の時間がやってきた。

今日はけっこうな距離を全力疾走したので、流石に疲れが出てきた。

今夜はぐっすり眠れそうだ。

「ん?」

馬と共に、耳のいい何人かが、街道方向に顔を向けた。

悲鳴にも聞こえる馬のいななき――よほど急ぎか、それとも何かから逃げているのか。

ドリノと視線を交わすと、魔導ランタンを持ち、街道へ走る。

「うわ、大丈夫か?!」

泡を吹いた馬が、ばたりと道の上に崩れた。

投げ出されるように前のめりに落ちた男は、そのまま自分達へ向かって這おうとする。

その姿は農作業に向いた上着にズボン姿だ。

この季節、夜の乗馬というのに、厚い上掛けもマントもない。そして、荷物もなかった。

「騎士、様……助け……くださ……」

「神官を呼んでくる!」

その後は慌ただしく男と馬に治癒魔法をかけ、水を飲ませた。

息を途切れさせながら男は、街道沿いから山際に少し入った村で、 赤熊(レッドベア) が二匹出たと告げてきた。

運悪く、村、そして隣村の猟師達の多くが猟に出ていた。ワイバーンが出てから猟に出られず、家で待機していたため、今日から少し遠くまで猟に出たと言う。

今は山羊や馬などの家畜が襲われている。

戦える者は屋根の上から弓や鍬を投げて攻撃し、戦えぬ者は丈夫な家の床下に隠れた。

しかし、限られた武器で仕留められるとは思えない。

村長の息子であるこの男は、熊の間をぬって助けを呼びに出た。

そうして、街道の街を目指し、馬を無理に走らせていたところ、自分達が見つける形になった。

本来、この時期に熊系の魔物は山から下りてこないはずだ。

急な縄張り争いに敗れたか、それともより強い魔物が現れて逃げていたか――

視界の隅に入るのは、馬車に山と積まれたワイバーン。時期的にもぴったり合う。

「すぐ村まで行き、 赤熊(レッドベア) を討伐しましょう」

話を聞いたグリゼルダが即決した。

隊員達の半数が即座に移動準備を始める。

全員が一度に移動しないのは、馬車の方向転換や野営地の撤収のためだ。

疲れてまだ動きの遅い馬もいる。餌と休養を与えないと、村人の乗ってきた馬のように倒れかねない。

無理をさせるのは元気な順に半数、その後に交替させるのだ。

戦闘靴の紐をきつく結び直していると、グリゼルダが隣にやってきた。

「ヴォルフレード、戦力的には間に合います。馬を一頭預けますから、あなたは王都に戻りなさい」

「……いえ、俺も行きます」

かっこ悪くも、一拍迷った。

本音を言うならば、このまますぐ王都に戻りたい。

お披露目で緊張するであろうダリヤを、その隣で励ましたい。

だが、彼女は言ってくれた。

『魔物討伐は、人の命を守る大事なお仕事ですから』と。

前は、魔物を倒すのが魔物討伐部隊の仕事だと思っていた。

けれど、自分のこの手で守れた命があった、そして、これからもある――それに気がつけば、このまま一人王都へ帰ることはできない。

確かに、この隊員数であれば討伐に問題はないだろう。

だが、 赤鎧(スカーレットアーマー) である自分がいなければ、時間がほんの少し長引く可能性はある。

その間に、誰かが死ぬかもしれない。ひどい怪我を負うかもしれない。

それは、自分が失った母のように、ダリヤが亡くした父のように、きっと――誰かの家族で、誰かの大切な人で。

ならば、自分は魔物討伐部隊員として、それを防ぐのが仕事だ。

「この時間で 赤熊(レッドベア) を討伐するのであれば、夜目の利く先駆けがいた方が確実です。自分が参ります」

力も強く、動きも速い 赤熊(レッドベア) だ。

先駆けで派手に気を引いて、あとは隊員で一斉攻撃をかけるのが一番安全なはずだ。

二匹で連携を食らわぬよう、できるかぎり被害少なく仕留めたい。

「わかりました。では、準備に向かってください」

「はい!」

ヴォルフは馬達のいる場に向かって歩き出す。

予備の短剣を 懐(ふところ) に確かめると、一度だけ強く握りしめる。

声に出さずにつぶやいた名は、己の耳にすら届くことはなく――歩みは駆け足へと切り換わった。

副隊長は部下の高い背を見送り、静かに笑みを浮かべる。

「本当に、一人前の魔物討伐部隊員になりましたね、『ヴォルフ』」