軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

251.男爵の借りと貸し

ローブを受け取ると、王城から塔までスカルファロット家の馬車で送ってもらうことになった。

帰り際の廊下で、ヴォルフに『後でお祝いに行っていい?』と、こっそり告げられる。

ダリヤは声を出さず、ただうなずいて答えた。

そうして、馬車の中、ヨナスやマルチェラと話をしているうちに緑の塔に着いた。

「ダリヤ先生、私にこちらを運ばせて頂き、少々確認のお時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

「マルチェラ、ここで待て」

いつもであればマルチェラが荷物を運んでくれるが、今日は魔物討伐部隊の相談役用ローブの入った魔封箱がある。中身が中身だけにヨナスが気を遣ってくれているのだろう、そう思って了承した。

箱の中身については話をしてきたので、マルチェラも納得したようだ。一礼して、馬車の中にとどまった。

「失礼致します」

ダリヤの後ろ、塔の一階に入ったヨナスは、作業机の上にそっと魔封箱を置いた。

そして、入り口に戻ると、ドアを半分開けたままにし、身に着けていた長剣を立てかける形で置く。

なぜそんなことをするのかと尋ねかけたとき、彼は少しだけ口角を上げた。

「独身のご令嬢とここで二人きりはどうかと思いますので、ドアは半開きとさせてください。寒くて申し訳ありませんが」

「いえ! その、お気遣いをありがとうございます」

そういったことを一切考えていなかった自分を恥じる。

ヴォルフがよく出入りしているせいもあるのか、ヨナスのこともまったく意識していなかった。

少しばかり慌てていると、ヨナスが自分の前で右手を左肩に当てた。

突然に騎士の敬意表現を向けられ、ダリヤは目を見開く。

「ダリヤ先生、いえ、ダリヤ・ロセッティ様――心から感謝申し上げます」

「は?」

意味がわからず、間抜けな声を出してしまった。

だが、赤錆色の目は揺らぎなく、ただまっすぐに自分を見つめている。

「私一人では男爵叙爵はありえませんでした。功績はすべてあなたからお譲り頂いたものです。お渡しできるものは少々の金銭、この身の牙とウロコぐらいしかございません。剣はグイード様に捧げておりますため、騎士の心をお渡しすることもできません。ですが、もしお望みのものがあれば、グイード様に願ってみますので――」

「何もいりません、ヨナス先生」

ヨナスの言いたいこともわからなくはない。

武具部門の始まりは、ダリヤとヴォルフが作った『疾風の魔剣』から派生した、『疾風の魔弓』だ。衝撃吸収材も自分が開発したものではある。

だが、元を辿れば、考え無しに開発と制作をした自分を守ってもらってのことだ。

それに今となっては、ヨナスもグイードも魔導具開発を共にしている。どの魔導具も自分一人の功績などでは絶対にない。

「私の方が守って頂いて、お世話になっています。武具制作は共同でしているお仕事ですし、魔物討伐部隊の同じ相談役で、仕事仲間ですから。報酬もグイード様から頂いていますし、これ以上何もいりません」

「しかし、爵位というのはそう軽いものではございませんので……」

「あの、私ではなく、ベルニージ様と推薦してくださった皆さんにお礼をするべきではないでしょうか?」

迷い顔のヨナスに、ダリヤは思わず提案した。

困ったときのベルニージというわけではないのだが、まっ先に浮かんだのは彼だった。

「そちらはグイード様と相談致します。しかし、やはりダリヤ先生には何かお返しをさせていただきたいのです。グイード様の護衛が、王城の部屋によってできないということはなくなりましたので――」

ああ、そうか――ダリヤはすとんと納得した。

ヨナスがほしいのは、男爵位より、グイードの護衛ができる立場なのだろう。

ヴォルフの隣にいてもおかしくないよう爵位を望んだ自分と、ある意味同じだ。

「では、私の分の国からの支給金をお受取り頂けませんか?」

「支給金を横流ししてはだめです、ヨナス先生。本当に何も……あ、では、『貸し』とさせてください」

不意に、父カルロがしていたという『貸し』を思い出し、ダリヤは笑顔で言ってみた。

「『貸し』、ですか?」

ヨナスは怪訝そうに聞き返してきた。

「はい。お願いしたいことができたときにご相談させて頂きたいので」

「わかりました。その際はご遠慮なくお申し付けください。女性への『借り』は高くつくと伺っておりますので、覚悟しておきます」

深くうなずき、少しばかり険しい 表情(かお) となったヨナスに、落ち着かぬものを感じる。

無理難題をふっかけたり、高額なものを願ったりなどということはないので、そう構えないで頂きたい。

しかし、貴族女性への『借り』はそんなに大変なものなのだろうか?

「あの、無理を申し上げるつもりはないので……」

「いえ、ご遠慮なくどうぞ。女性への『借り』が高くつくことについては、グイード様より伺っておりますので」

経験上、この先の話を聞くべきではないかもしれぬ。

藪から大蛇を出されてはたまらない。

そう思って相槌を打たずにいたが、ヨナスがあっさり言葉を続けた。

「先日、グイード様が仕事で遅くなり、お嬢様に本の読み聞かせができなかったことがありまして。お嬢様に『貸し』として、休日に二冊にするよう、一筆書かされておりました」

つい笑いがこぼれてしまった。なんともかわいい取り立てだ。

「お父様であるグイード様が、大好きなのですね」

「ええ。グイード様もお嬢様のことは目に入れても痛くないようですので。『倍請求、かつ書面として書き残し、それを子供部屋に隠すのも忘れない、完璧な娘だ』そう、大層褒めておられました」

「そうですか」

整えた表情でいることの多いグイードだが、娘の前ではきっと優しい父の顔をするのだろう。そう思えて、なんだかとても安堵した。

目の前のダリヤが、グイードの娘の話に優しい目をして微笑んでいる。

もしかしたら、カルロという父親のことを思い出しているのかもしれない。

離籍と養子の件を心底面倒に思っていたら、直後に男爵位が転がり込んできた。

グイードから一言も聞いていないということは、彼が噛んでいない。

おそらくベルニージが裏で手を回していたのだろう。それならば、対価はマルチェラ関連で済む。

だが、目の前にいる魔導具師に関しては、御礼から逃げられるという理解しづらい状態に陥っている。

貴族女性であればドレスに宝石、家に関する便宜まで、なにかしら希望されるのが当たり前だ。

本人が言わずとも、家族が代わって希望してくることも少なくない。

御礼の提案をいろいろとしてみたものの、どれも受けてはもらえず、最後には『借り』にされてしまった。

しかも、借りたままにさせる気が丸わかりだ。納得も理解もできぬ。

「……ダリヤ先生が相手では、『借り』のままで終わってしまいそうです」

「いえ、これからもお世話になりますので。それに、ヨナス先生と叙爵も一緒なので安心できますし、それで十分です」

この女は無欲を通り越している上、大変に危うい――ヨナスはその認識を上書きした。

『叙爵の時も一緒』それを受け取り間違えれば、叙爵の際のパートナーを頼んでいるように聞こえる。

家族がなく、独身女性であるダリヤが叙爵に伴うパートナーはそれなりに重い意味を持つ。

相手が高位貴族で既婚者であれば、『後見人』か『応援者』とみなされる。

パートナー役が独身であれば私的に大変親しい、もしくはいずれ共に生きる者であるという意味にとられやすい。婚約者か恋人と思われるのが一般的だ。

普通に考えれば、ダリヤの『貴族後見人』であるグイードが叙爵のパートナー役をする。

だが、今回は同日にグイードも侯爵の 陞爵(しょうしゃく) である。両者がパートナーを組むのは難しい。

かといって、自分がダリヤのパートナー役をした日には、黒髪の生徒の深い落ち込みが 懸念(けねん) される。

まあ、自分は叙爵後にすぐグイードの護衛に戻るつもりなので、それなりの『応援者』を頼むのが一番だろう。

こういったことにうといダリヤ、そして、色々と教育的指導が必要そうな生徒を思い出し、一つ提案をしてみた。

「では、男爵会に行く時は共に参りましょう。せっかくの機会です、私に叙爵のドレスを贈らせて頂けませんか?」

「お気持ちだけありがたく頂戴します。ドレスについては、かなり前からルチアが作っているので」

一瞬、ドレスの贈り主がヴォルフかと思ったが、残念ながら違った。

青空花(ネモフィラ) を思わせる、底抜けに明るいお嬢さんがドレスを作っているらしい。材料費はフォルト持ちだろう。

服飾ギルドもダリヤを引き込むのに懸命である。

「どのようなドレスか楽しみですね。先にルチア嬢に伺っても?」

「かまいませんが、教えてくれるかどうかはわかりません。私にもまだくわしく教えてくれないので」

「美しいドレスになりそうですね」

「なるべく地味なデザインにしてほしいと伝えてはいるんですが……叙爵では、皆さん、どんなものをお召しになるのでしょうか?」

「女性はドレスであることが多いようですが、種類が豊富ですので、男性より自由だと伺っています。騎士の女性はやはり騎士服だそうですが」

「そうなのですね。男性は何を着るか決まっているんですか?」

「いえ。ただ多いのは、騎士服か上着の裾が長めの黒の三つ揃えです。私も騎士服に今日頂いたローブをはおろうかと」

「なるほど……あ、ドレスが派手すぎたらローブをはおればいいのかも……」

ルチアが聞いたら文句を言われそうな、小さなつぶやきが落ちる。

女性で爵位授与という栄誉なのだ、いかに目立つかを考える方が先だろうに、この者は完全に逆である。

話を続けようとしたとき、半分開けたドアから冷たい風が吹き込んできた。

そろそろ戻らねばと気づき、ヨナスは姿勢を整えて挨拶をする。

「ダリヤ先生、今回は本当にありがとうございました。『借り』は別としても、私でお役に立てることがあれば、 些事(さじ) でも遠慮なくおっしゃってください」

「あ……それでは、ちょっとお願いしたいことが……」

どこか情けなく、へにゃりと笑った女。

どんな願いがあるのかと構えれば、壁際の棚の下段、ごそごそと潜るように動く。

予測のつかぬことに困惑していると、机の上にどんとガラスの大瓶が置かれた。

その底、大きめのブルースライムがふるりふるりと震えている。

なかなか色艶がいい個体だとわかってしまうあたり、自分もだいぶ慣れてきた。

「先日、イデアさんから観察用にお借りしたんですが、今朝から蓋が開かなくて――今日の分の栄養水をあげたいんです」

困りきった 表情(かお) でいう赤髪の女に、なんとか声を整える。

「……どうぞ、私めにお任せください」

ヨナスは全力で笑いをかみ殺し、大瓶の蓋を開けた。