軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

226.男装と冷え性

「あ、『ダリさん』だ!」

駆け寄ってきたヴォルフが、ダリヤを見てうれしげに声を上げた。

王城の馬場には遠征準備をする隊員しかいないが、ちょっと恥ずかしい。

「ええ、確かに『ダリ』の格好ですね……」

ヴォルフと自分が最初に会ったときが、この格好だった。

髪は帽子に入れ込み、父のシャツにややゆるみのあるズボン。そこに、丈のあるブーツを履き、黒枠の眼鏡をかけている。

なお、眼鏡に関しては度が入っていない伊達眼鏡だ。これなら、もし丈の長い草をかき分けることになっても、目に入らない。

「どうして今日、その格好を?」

「女性が遠征に同行するのを心配する方もあると伺いました。なので、今回はこの方がいいかと思いまして」

「ああ、声もダリさんだ……」

ヴォルフがなんだかしみじみしている。よほどなつかしいらしい。

ダリヤの首には父の開発魔導具である『声渡り』――変声効果のあるチョーカーが着けられている。そのため、それなりに男っぽい声だ。

こちらもヴォルフと最初に会った日と同じである。

『女性が遠征に同行するのを心配する者もありまして。川沿いは少々汚れやすいので、当日は歩きやすい服装と靴をお勧めします』

先日、遠征同行の注意点として、副隊長のグリゼルダからそう言われた。

ちなみに、彼は、スカートではなくパンツスタイル、ブーツの方がいい――その程度の認識であった。

しかし、ダリヤは『なるべく女性らしさを感じさせない、魔物討伐部隊に溶け込む装い、動きやすい格好』そう受け取った。

そして決めた――よし、男装しよう。

結果、ヴォルフが妙に感動しているのが今である。

「ダリヤちゃ……じゃなかった、会長、なかなかその声もお似合いです」

マルチェラが素で言いかけ、慌てて直す。笑いをかみ殺しているらしく、その肩が震えていた。

一緒の馬車で王城まで来たが、魔導具『声渡り』で声を変えたのは、たった今である。

本日、イヴァーノは外せぬ打ち合わせがあって不参加だ。商会から来ているのは、護衛のマルチェラだけである。

「ロセッティ会長、本日の装いは……なかなか凝っていらっしゃいますね」

ヴォルフの後ろ、ちょうどやってきたヨナスが、微妙に目を細めている。

なんとか褒めようと無理をしているであろう彼に、申し訳なくなった。

「遠征のお邪魔にならぬよう、できるだけ溶け込みたいと思いまして」

「なるほど、確かに動きやすそうです」

ヨナスがそう答えたとき、ヴォルフの名前が呼ばれた。

どうやらそろそろ出発の時間らしい。

「じゃ、『ダリさん』、また森で!」

笑顔のヴォルフが、 赤鎧(スカーレットアーマー) 達のいる場所へと駆け戻って行った。

・・・・・・・

ダリヤと同じ馬車に乗るのは、マルチェラとヨナスだ。

今日は魔物討伐部隊用の馬車のひとつを借りている。いつも乗っている馬車よりも少し縦長で、床が広かった。小さめの窓から見える王都の街並みも新鮮に感じる。

「ヨナス先生、グイード様の護衛はどうなさったのですか?」

マルチェラがスカルファロット家の騎士らしい問いかけをした。

「私が戻るまでは王城だそうですので、家から騎士を二人、あとは部下の魔導師の方々に代わって頂きました」

ヨナスの代理は四人がかりなのだろうか、それとも時間で交代制なのだろうか。

とりあえずグイードには、万全の護衛体制が敷かれているらしいことだけはわかった。

「グイード様が、本日の遠征に同行できないことを残念がっておられました」

「そうですか……」

今日は危険度の低い遠征訓練である。天気も大変いい。

グイードもヴォルフと一緒に出かけてみたいと思ったのだろう。

「グイード様は、 鎧蟹(アーマークラブ) がお好きですので」

「え……?」

「今まで一番喜ばれたのは『殻焼き』でしたね」

グイードが残念がっていたのは 鎧蟹(アーマークラブ) の方だったらしい。

殻をつけたまま焼いた 鎧蟹(アーマークラブ) を食べるグイードが、ちょっと想像できない。

だが、下剋上の話も先日聞いた。

案外、家では意外にワイルドな食べ方をしているのかもしれない。

「ええと……氷の魔石を持ってきていますので、たくさん獲れて余るようでしたら、分けて頂いて冷凍しましょう。おみやげに」

「もしそうできたら、とてもお喜びになると思います」

整った笑みで答える彼に、イヴァーノに頼まれていた質問を思い出す。

「ヨナス先生、イヴァーノからですが、ご実家の商会にご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか、と」

「いえ、結構です。むしろおやめください。私は実家とは縁遠く……取り繕っても仕方がありませんね」

その右手、幻惑の腕輪が、かちゃりと音を立てた。

ヨナスは 炎龍(ファイヤードラゴン) の魔付きである。腕輪を外せば、彼の右腕は赤いウロコに覆われているのが見えるはずだ。

「グッドウィン子爵家で、私は『いない者』となっております。母は他国の踊り子で、私には外部魔力がありませんでしたので」

予測外の説明に、場が止まった。

それは同じく外部魔力のないヴォルフ以上に大変だったのではないか――そう思えて、かける言葉が出なくなる。

横のマルチェラも同じだった。

すべてを見透かしたかのような目で、ヨナスは平坦な声を続けた。

「お気遣いなく。父からの援助はありましたし、初等学院からグイード様の従者をさせて頂いておりましたので、一切の不自由はございませんでした。魔付きになったおかげで魔法も使えるようになりましたし」

さらさらと説明した彼に、そうですか、と形だけの相槌を打った。

今後、できるだけこの話題は出すまいと内で思う。

「……ヨナス先生、失礼ですが、その……母君は?」

「国に帰って息災です。優秀な商人と再婚しておりますので、一切の心配がございません」

マルチェラがそれを聞くとは思わなかったが、ヨナスはまるで言い淀むことはなかった。

「それにしても――温熱座卓と携帯温風器は、大変良い魔導具ですね」

気を遣ってくれたのだろう、そのままヨナスの方から話題を変えてくれた。

「携帯温風器は日中に助かりますし、温熱座卓は一部分だけが冷えるということが減り、よく眠れるようになりました」

「ヨナス先生は、やはり右側が冷えやすいのですか?」

「はい。ただ、右側が冷えるのはそれほど感じず、ウロコのなくなる辺りで冷えがわかるので」

右手で肩の上辺りに触れ、その後に左の手の平を開く。

「そこから冷えが左側にも広がる感じですね。さらに寒くなると動きが鈍くなり、場合によっては眠くなります。なので、頂いた携帯温風器は大変ありがたいです」

「よかったです」

冷え性は辛いものだ。一部分だけ冷えるのも不快だろう。

ヨナスが思うように動けるようになったならうれしいことだ。

そしてふと考える。もしや 炎龍(ファイヤードラゴン) も冬が苦手なのだろうか。魔物図鑑にある記述は、氷魔法に弱いとしかない。

「 炎龍(ファイヤードラゴン) も、冬は冷えるんでしょうか?」

「そうかもしれません。しかし、炎龍が冷え性で震えていては、しまらないと思うのですが」

「案外、尻尾のしもやけに悩まされているかもしれませんよ」

二人の言葉に笑ってしまった。確かにそれは格好がつかない。

「グイード様から、私が堕落座卓で亀になっていたとお聞きではありませんか?」

「え、いえ……」

聞いてはいるが内緒だと言われたのだ、認める訳にはいかない。

懸命に顔に出さないようにしたが、ヨナスが口角をゆっくりつり上げた。

「ロセッティ殿は嘘が下手ですね。商会長でしたら、もう少し練習なされた方がいいかと」

「そう、なのでしょうか?」

嘘という言い方はしているが、これは『動揺を顔に出さない』という意味だろう。

確かに自分はできていない。

イヴァーノに聞くべきか、オズヴァルドに学ぶべきか、そもそもどういった練習をするのだろうか。ダリヤは真面目に考え始める。

「ヨナス先生、うちの会長にそれは、ちょっと厳しいかと……」

マルチェラが困り顔で言いかけ、ダリヤの視線にぴたりと口をつぐんだ。

「冗談です。あなたは――そのままで、ヴォルフ様の隣にいてください」

ヨナスがゆるやかに笑う。

からかわれたことに気がついたとき、ちょうど王都の門が見えて来た。