軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

157.お茶会のその後

「ようこそ、ダリヤ。早かったね」

二杯目の緑茶を飲み終えたとき、ノックの音もそこそこに、応接室にヴォルフが入って来た。

礼儀的にいいのかと思ったが、グイードは穏やかな表情のままだ。

「お招きありがとうございます。その……少し早く来て、お茶とケーキを頂いていました」

「……兄上?」

言い迷ったダリヤに何かを察したらしい。黄金の目が少々疑いを込め、グイードに向いた。

「チーズケーキを食べていたのだよ。こちらの料理人にも、たまには腕を振るわせてやってくれと言っただろう?」

グイードは涼やかな顔でそう言うと、ダリヤに向き直る。

「ああ、ロセッティ殿、ヴォルフには、後でさっきのことをすべて話してもらってかまわない」

「あの」

「気にしなくていい。本当に言葉通りだ」

そう言いながらも、少し困ったようなグイードの 表情(かお) は、どこかヴォルフと似ていた。

「スカルファロット様、失礼でなければ、その、直接にお伝えください。間に私をはさむ分、遠くなるのではないかと思います」

「遠く、か……なるほど、確かにそうだ。あなたに話させることでもないか。ヴォルフ、ロセッティ殿の隣に座りなさい」

二人の会話を怪訝そうに見ていたヴォルフが、ようやく席についた。

「ロセッティ殿をお前より一時間早く呼んだ。二人きりで話がしたいと思ってね」

「なんの為ですか、兄上?」

「ヴォルフが保証人を担う商会で、魔物討伐部隊御用達、そして相談役、どんな方なのかを確認したかった。いや、これは建前だな――お前の弱点になるやもしれぬ女性だ。ロセッティ殿を見極めたかったし、ロセッティ殿にとって、ヴォルフがどんな存在かを確かめたかった」

「それならば、我々がそろったときに聞けばよかったではないですか、何もダリヤだけを呼びつける必要は……」

「私はこう尋ねたのだよ。『もし、ヴォルフと別れてくれと願うならば、いくら必要だね?』」

グイードが、先程ダリヤに向けた質問を、そのままくり返す。

瞬間、ぶわりと冷たいものが、ダリヤの真横からグイードに向け、刺さる勢いで広がった。

グイードの横、瞬時に従者が並ぶ。

その左腕にはいつの間にか剣があり、右手が 柄(つか) にかけられていた。わずかにためを作られた膝は、いつでも剣を抜ける状態だ。

ダリヤは奥歯を噛みしめたが、まだ続く威圧に、息が苦しい。指先と爪先から急激に凍えていく感覚に、動けぬままに前を見る。

テーブルの向こうのグイードと従者は、顔色ひとつ変えてはいなかった。

「ロセッティ殿には、必要ないと言われた。金も、ヴォルフの代わりの商会保証人も。お前に友人として関係を絶ちたいと思われたなら、そこまでだと。迷惑になるようなら、距離をおくと」

「俺は関係を絶つ気も、距離をとる気もありません」

「それでいいとも。利害なく、ヴォルフの容姿に惹かれたのでもない友人、それがお前にとってどれだけ重いか、兄として多少は理解しているつもりだ。よい友人ができたことを、心から祝うよ」

グイードはそう答え、兄の顔で笑む。

冷たく重い気配は四散し、ようやくダリヤは呼吸ができるようになった。

「ありがとうございます……でも、今後はダリヤに迷惑をかけるようなことと、俺の心臓に悪いことは避けて頂きたいです」

「むしろ心臓に悪いのはこちらだ。『威圧』が、また一段上がったのではないかね?」

にこやかに言うグイードの横から離れ、従者がそっとダリヤに歩み寄った。

「失礼ですが、 御髪(おぐし) が乱れたようですので……ご案内致します」

「あ、ありがとうございます」

従者に白い手袋の手を差し伸べられたので、ダリヤは迷いなく手を重ねた。

従者はダリヤを部屋の外へと案内していく。

立ち上がりかけたヴォルフは、錆色と青の目に、強く制止された。

「あの、ダリヤは……?」

二人が出て行った部屋で、ヴォルフは不思議さと不機嫌さをないまぜにした顔で尋ねる。

目の前の兄が、深くため息をついた。

「ヴォルフ、お前はもう少し女性の扱いを覚えるべきだ。隣であれだけ強い威圧を出したら、騎士でもない女性がどうなるか考えなさい。幸い、ロセッティ殿はある程度、耐性があるようだが……」

「具合を悪くさせてしまったのであれば、すぐ謝りに……!」

立ち上がりかけたヴォルフの視界に、グイードの右手から冷たい霜がハラハラと飛んだ。

思わず動きを止めると、兄が低い声で言った。

「ヴォルフ、座りなさい。ここで大人しくしていなさい」

「でも……ダリヤはどこへ?」

グイードは軽く咳をし、視線を窓の外へ向けた。

「……レストルームだろう」

・・・・・・・

「はぁ……」

ダリヤは深く深くため息をつく。

ヴォルフの凍えるような威圧のおかげで、たいへんトイレに行きたくなってしまったので、従者が連れ出してくれたのはとてもありがたかった。

だがしかし、メイドに『緑茶をこぼしたと伺った』と、下着を含めた一式の着替えを勧められ、全力全開で辞退した。

その誤解はお願いだからやめてほしい。が、誤解だと弁明するのも避けたい。

ヴォルフに万が一誤解を受けていたらと思うと、このまままっしぐらに塔に帰りたいほどだ。

結果、悶々とし、必死に顔を作ってレストルームを出るのに、十五分を要した。

その後、メイドに案内されたのは、屋敷から出た庭の離れ家だった。

庶民の家ほどの離れ家は、二方を緑で囲われ、花々に囲まれていた。広い屋敷の中、ちょっとした別荘のようでもある。

中では、ヴォルフが笑顔で小型魔導コンロ四台を、純白のテーブルにセットしていた。

横には見慣れた食材が山になっている。何をする気なのか、聞かなくてもわかった。

視線を合わせぬまま、なるべく壁際でじっとしていることにする。

「兄上も小型魔導コンロで食事をしてみたいとおっしゃっていたので、お茶会より、こちらがいいかと思いまして」

「あまり見たことのないものがテーブルに並んでいるのだが、これは何だい?」

「紅牛の串と、クラーケンの足の干物と、緑イカの一夜干し、野菜とタレです」

ヴォルフが最近、干物と一夜干しにはまっていたのは知っている。

二人でいろいろと試し、塔でだいぶ焼いた。

しかし、いくら屋敷の離れとはいえ、この品のいい調度の並ぶ部屋の中、小型魔導コンロ四台でやる料理では絶対にない。

紅牛自体はともかく、貴族の方に串物はいいのか、あと、干物と一夜干しも出していいものなのか。

食材を準備し、今こうして出しているのはヴォルフなのだが、妙な責任を感じる。

ダリヤはヴォルフに歩み寄り、声をかけた。

「あの、ここで焼いたら、部屋に臭いがついてしまうかと……」

「あ、そうか。窓を全開にした方がいいかな?」

「いえ、それでも絨毯や壁などに、かなり臭いがつきますから」

このふかふかの水色の絨毯に、干物の香りは絶対に合わない。

飾られた花畑の絵、アイボリーに蝶の浮き柄のある壁紙、白を基調とした艶やかな調度品。ここで油煙は、最早、冒涜である。

「いっそ、庭でやるかね? 西側なら、立ち食いをしても館からは見えないだろう。人払いもしてあるし、ヨナスとヴォルフがいれば護衛も不要だ」

「グイード様、いくらなんでも立ち食いは……」

従者が斜め後ろから声をかけたが、グイードの抑止にはならなかった。

「では、『立食パーティ』と呼ぼうか。私は王城域担当で、魔物討伐部隊の遠征について行けない身だからね。ヴォルフと、屋外で立って食べるというのも、串に刺して焼いて食べるのも、一度はやってみたかったんだ」

楽しげに笑うグイードが、ヴォルフよりも若く見えた。

ものすごく行儀の悪いことを、教えてはいけない人に教えたようだ。

自分の隣では、ヴォルフがたいへんにいい笑顔でうなずいていた。

止める言葉も出ず、少し困って視線を回せば、従者の男も困った顔をしていた。

錆色の目がこちらを向き、微妙な光をたたえて揺れる。

どうにかしたいが、どうにもできない――言葉はないが、なんだか通じ合った気がする。

結局、この後、四人で『立食パーティ』をすることになった。