軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

121.魔物討伐の騎士と運送ギルドの運搬人

「久しぶりって、俺が言ってもいいのかな? マルチェラさん」

「ああ。本当に楽に喋ってかまわないか?」

緑の塔の二階、ソファーに座ったヴォルフとマルチェラが向き合っていた。

窓からの日差しは少しばかり淡い。間もなく夕暮れの赤がさし込みそうだ。

「ダリヤともこんなふうに話しているし、地はこの通りだから、丁寧に喋る方が辛い」

「わかった、じゃ、遠慮なしってことで。気に障ったらそのときに言ってくれ。ああ、呼び方は? ヴォルフレード様、それともヴォルフ様?」

「お互い、『さん』付けでいいかな? どうも塔で様付けされると落ち着かない」

「じゃ、ヴォルフさんで」

緑の塔はお前の家か、そうからかいたくなるのをこらえ、マルチェラは答えた。

今日、自分は妻のイルマと共に、ダリヤの家を訪れていた。四人の予定がちょうど合ったので、夕食を共にすることにしたためだ。

ダリヤとイルマは今、台所で料理中である。

自分たちも手伝うかと言ったところ、『後片付けはすべて任せるから』と妻に笑顔で言われた。自分の料理の腕は信用されていないため、仕方がないが。

雑談をしながらヴォルフに視線を合わせていると、妙な違和感をおぼえた。

「なんかその眼鏡、もぞっとする感じなんだが……一度、とってもらってもいいか?」

「……ああ」

目の前の男は一瞬動きを止めたが、すぐ眼鏡を外してみせた。

瞬間、マルチェラは言葉を失う。

こちらを見る目は、優しげな緑ではなく、輝く黄金。さきほどまでの大人しそうな雰囲気はかき消え、男でも見惚れるばかりの美貌が現れた。

おそらくは眼鏡が変装の魔導具なのだろう。ヴォルフの憂いの入った表情に納得する。

「……それは苦労するな。魔導具がいるわけだ。嫌になるくらい、もてるだろ?」

「望んではいないんだけど」

否定の一言もないが、本心から嫌がっているらしい男に、つい言ってしまう。

「わかるにはわかるが、男なら一度ぐらい、そういう悩みをかかえてみたいもんだよ」

「マルチェラさん、後ろ……」

ヴォルフの遠慮がちな声の直後、自分の背に、何かがびたりとはり付いた。

「『そういう悩みをかかえてみたい』件について、ぜひ詳しく聞きたいわ」

「いや、一般的な話だからな。俺は別にうらやましくはないぞ、お前がいるからな」

愛しい妻がいつの間にか後ろからきていたらしい。

耳元の低い声に少々あせったが、顔には出さないことにする。

「はじめまして、スカルファロット様。マルチェラの妻のイルマ・ヌヴォラーリと申します」

背中からすうと離れ、イルマがヴォルフに頭を下げた。

「こちらこそ、はじめまして。俺の方はヴォルフでいいよ。あと、楽に話してほしい。今、マルチェラさんともそう話していたところ」

「本当に? 不敬になりません?」

「ああ」

イルマの赤茶の目がじっと男を見る。確認するようなまなざしに、ヴォルフが半分、身構えた。

「金色の目ってなかなか見ないけど、きれいね」

イルマはあっさりと言った。

その視線は、ただヴォルフの目の色を興味深く見ていただけで、憧れも欲望もまるでない。

「ありがとう」

ヴォルフがひどく安堵した声を返したので、つい同情してしまう。

「そこまでいくと、そういう警戒も必要なわけか。ホント、たいへんだな……」

「自意識過剰で申し訳ない……」

ばつが悪そうにする男に、マルチェラは首を横に振る。

「別に過剰じゃないだろ、そこまでいくと自衛しないと。貴族は特に厄介だろうしな」

自分は庶民だが、少しは貴族の話を聞くことがある。

見目がよければ、何かと一族に利用されやすかったり、意に添わぬ縁談が降ってきたりするという。おそらく、男も女も同じだろう。

これだけの顔であれば、ヴォルフもそれなりに苦労していそうだ。

「マルチェラさんて、どこか貴族に出入りしてる?」

「運送人だから、届けには行ってる。あとは、ちょっと顔のいい女が貴族相手で苦労したのとかは聞くがな……」

語尾をあいまいに、話を切る。そこをつついて来る者はなかった。

「ヴォルフさんは確かにきれいだとは思うけど、あたしにとっては『普通の人』よ」

「ああ、気を悪くしないでやってくれ。こいつの好みがあまりにも固定化しすぎてるだけだ」

イルマの言葉にかぶせるように言うと、ヴォルフが不思議そうにこちらを見た。

「あたしにとって、『かっこいい男』って、今まで生きてきて、マルチェラだけなのよね」

あっさりと言いきったイルマだが、まったくの自然体だ。

趣味が悪いのか、感覚がおかしいのか、イルマは、自分以外の男に惹かれないらしい。

美容師という仕事柄、男女とも髪や目の色、肌などを観察するように見ることはあっても、それだけだ。

自分には会って早くから熱のこもった視線をむけ、それがいまだに続いているのだから、不思議なものだ。

だが、ここまではっきりきっぱり言われると、流石に少し照れる。

「ふ、見たか、愛の力!」

「……うらやましいよ」

ぽつり、しみじみとした声で落とされたそれに、照れが一気に消え失せた。

男は金の目を細め、どこかさみしげに笑んでいる。

ダリヤがいるはずなのに、なぜそんな 表情(かお) をするのかがわからない。

「あー、なんだ、その顔で今まで恋人の十人や二十人は?」

「マルチェラ、ちょっと桁がおかしくない?」

「じゃあ、百や二百?」

「一人もいないよ」

「まさかの恋愛新人君か……なら、ダリヤちゃんはどうよ?」

「ダリヤは友達だよ。俺には……もったいない」

一拍あけた言葉に、冗談の響きはなく。どこか迷いとあきらめを含んだまなざしに、マルチェラはかける言葉を選びかねた。

「もったいないって、いろいろにとれる台詞よねえ……」

ぼそり、妻が自分だけに聞こえる音でささやく。

わずかにうなずきながら、視界に黄金の目の男を捕らえなおした。

この男に最初に会ったときから、気がかりだった。

ダリヤの婚約破棄から、それほどの期間は空いていない。友人が続けて傷つくのは見たくはない。

できるものならば、もう少し、この男の中身が知りたいところだ。

「ヴォルフさん、魔物討伐部隊の騎士って、やっぱりかなり強いのか?」

「それなりじゃないかな」

「じゃ、俺と組み手をしてもらえないか、今日の記念に」

「組み手?」

「ああ、今、庭に下りてちょっとだけ」

「かまわないけど……」

少し困った顔で言うヴォルフは、あきらかに乗り気ではない。

マルチェラはそれに気づかぬフリで、勢いよく立ち上がった。

「じゃ、ちょっとばかり行ってくる」

・・・・・・・

「あれ、ヴォルフとマルチェラさんは?」

台所から皿を運んできたダリヤは、イルマに尋ねる。

昨年までのゆるい灰色のワンピースではなく、すっきりとしたデザインの水色のワンピースだ。

イルマにとてもほめられたそれに、白いエプロンを重ねている。

「ちょっと庭で、組み手してくるって。すぐ戻ってくるから平気よ」

「どうして、組み手なんて……?」

「男同士のじゃれあいね。前、飲みに行ったときに、トビアスともやってたそうだから」

「聞いたことがなかったわ」

トビアスは組み手をするような気性でもなければ、得意でもなかったはずだ。そもそも、マルチェラとも体格差がありすぎる。

なぜそんなことをしようと思ったのか、理解できない。

「ダリヤには言えなかったんじゃない? トビアス、十秒だったそうだから」

「十秒って、何?」

「背中つけるまでが十秒。組み手って、背中つけたら一本じゃない。まあ、トビアスは魔導具師で、体が資本ってわけじゃなかったから当然だけど」

「え、でも、ヴォルフは……」

ヴォルフは現役の魔物討伐部隊の隊員である。普段戦っているのは、人ではなく魔物だ。

正直、どんなに組み手が強くても、マルチェラが勝てるとは思えない。

「ちなみにマルチェラ、あたしと会ってから一回も背中ついてないわよ」

「でも、ヴォルフは魔物討伐部隊の騎士よ。普段は魔物と戦っているくらいだから……」

余裕げなイルマだが、ダリヤの方が心配になる。

マルチェラがもし怪我でもしたら、気まずくなってしまわないだろうか。

「じゃ、それなりにじゃれあえるんじゃないの。あとでどっちが強かったか、聞いてみましょ。さ、お料理お料理。二人が戻って来るまでに仕上げなきゃ」

イルマは機嫌よく笑いながら、ダリヤの肩に手をおく。そこにある金の婚約腕輪、鳶色の石がきらりと光った。

「ま、うちのマルチェラが負けるとは思わないけど」