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面倒くさいので楽な旦那を選んだだけです

作者: 満原こもじ

本文

ブランカ・ウィグルスワース侯爵令嬢は白い。

外見上の特徴はこれに尽きる。

肌も髪色も雪のように白く、貴白令嬢と呼ばれ、その人間離れした美貌で知られていた。

しかし瞳だけはルビーのように赤かった。

髪色も瞳の色も父のドウェインにはこれっぽっちも似ていなかったが、母の不貞が疑われることはなかった。

何故ならブランカは、ウィグルスワース侯爵家特有の記憶眼の持ち主だったから。

記憶眼……それはいわゆる瞬間記憶能力だ。

一目見たものは忘れない。

父である侯爵はその目を生かして宰相として辣腕を振るっていたし、ブランカもまた国立学園で最優秀生徒であった。

またその特異な白き美しき容貌は、ブランカを神に愛された特別な人間だと思わせるに十分だった。

だからブランカが記憶力がいいだけの怠惰な人間であることに、本人以外誰も気付いていなかった。

ある宝石商はこう言った。

「宝石鉱山の販路の件で侯爵邸を訪れたんだ。幸運なことに貴白令嬢にお目にかかることができてね。お近づきの印にトランク一杯の中からお好きな石を差し上げましょうと言ったら、一番いい石を一発で選び出したよ。特に目立つような大きい石でもなかったんだがなあ。貴白令嬢は噂通り只者じゃない」

もちろんたまたまだ。

ブランカは特に宝石なんか欲しいと思わなかったが、断るのも面倒だった。

それでたまたま目に入った、自分の瞳の色にそっくりだと思った石を選んだだけだ。

アクセサリーに仕立てた時、瞳の色とマッチしてムダにならないと思ったから。

またある調度屋はこう言った。

「何か必要なものはございますかと貴白令嬢に聞いたんだ。そうしたらかの麗人はじーっと僕を見て言ったんだ。『枕』とね。いや音に聞く貴白令嬢とは言え、一六歳の御令嬢の色気じゃなかったね。すぐ冗談だと笑われたが、それ以降はこっちが動揺しちゃって、まともな取り引きにならなかったよ」

ブランカがその時寝心地のいい枕を欲していたのは本当だ。

しかし『枕』と口に出してから、寝具は意味深だったかなあと取り消した。

事実はそれだけだったが、調度屋の妄想力がブランカを拡大解釈してしまったのだ。

国立学園で一学年下のとある令嬢はこう言った。

「ハンカチを落とした時、刺繍してあった紋章を頼りに届けてくださったんです。私とは全然面識がなかったのにですよ? 関わりのない男爵家の紋章なんて、普通覚えてます? ああ、やはりあの方は特別なのですわ」

記憶眼の持ち主だから、紋章やその女生徒を覚えていたのは当然だった。

たまたま近くの教室だから届けただけだ。

ブランカにとってそれ以上でも以下でもなかった。

しかしブランカ崇拝者の数は確実に増加した。

とにかくブランカの周りではその手の話が多かった。

全てがブランカの虚像を大きくしていた。

実際はなるべく楽して暮らしたいだけの少女だったのだが。

――――――――――ウィグルスワース侯爵家邸にて。

「ブランカよ。そなたも一七歳となった」

「はい」

父様に呼び出された。

理由は見当がついている。

「縁談が来ている」

うんうん、わかるわかる。

父様はブランカが一七歳になるまではと、縁談を断り続けていたのだ。

時が来ればブランカ本人に選ばせると。

ついに一七歳になったから話が来たのだろう。

ああ、面倒くさい。

「どれにするか選びなさい」

嫁に行かねばならぬのか。

ため息を吐きたくなるが、これも貴族に生まれた宿命だ。

思えば今までぐうたら過ごさせてもらった。

年貢の納め時というやつであろう。

釣り書きが束になっている。

重い、結構な量だ。

さすがに侯爵家の娘ともなると、嫁に迎えたい人が多いんだなあ。

私なんかやる気のない娘に過ぎないのに。

一番のんべんだらりできる旦那さんは誰だろう?

「ウィグルスワース侯爵家のことは考えなくてもよいからな」

「そういうわけにもいかないでしょう」

あっ、私の答えに父様が満足そうな顔をしている。

難しい含みなんてないよ。

ただの一般論なのに。

うちは兄がしっかりしているので跡継ぎに問題はないとして……。

「父様」

「何だ?」

「縁談はこれだけですか? 父様から見て、今後追加されそうですか?」

「追加はあるだろうが、その中から選べばよい」

つまり父様のお眼鏡にかなう、主だったところは出揃っているということか。

どんどん追加されるわけでないのは、怠け者の私にとってはありがたい。

しかし父様も自分で選んでくれればいいのに。

私に選ばせるとは、私を買い被っているんじゃないだろうか?

父様は自分が優秀なものだから、同じ記憶眼を受け継いだ私も優秀だと思い込んでいるように思える。

とんでもない間違いだ。

父様のような賢い人でも、親バカの呪いからは逃れられないのだなあ。

釣り書きを選り分けていく。

本人と面識の全くないものはバッサリ切った。

私はとにかく楽をしたいのだ。

本人が難儀な性格をしていたら絶対に嫌だ。

見極める判断材料がないものはいらない。

それから名家の出であっても、しっかりした職に就いていない次男以下の者も候補から外した。

父様がウィグルスワース侯爵家のことは考えなくてもいい、つまり家同士の繋がりは考慮しなくていいって言ったし。

私は決して贅沢ではないけれど、お金がないと暮らしていけないことは知っている。

お金に苦労するのは嫌だ。

自分がサボリ好きだからと言って、夫にそういう属性は望んでいない。

私は現実主義者だから。

残った釣り書きはそれほど多くはない。

しかしここからの選別は難しい。

父様が興味深そうに見ている。

嫌だなあ、そんなにジロジロ見るなら父様が選んでくれればよかったのに。

王家から二つも来ているな。

ええと、王太子殿下の次男と第二王子殿下の長男か。

両方パスと。

父様は意外だったようだ。

「王家の縁談はいいのか?」

「楽できそうにありませんので、断れるものでしたら遠慮したいです」

「断ることに関しては問題ない」

父様大きく頷いてますけど、私は難しいことを考えてはいませんよ?

どうも父様は昔から私に甘いというか、期待し過ぎているというか。

王家は公務で駆りだされることも多いし、王家独自の決まりごとを覚えなければいけないのが面倒なだけなのだ。

記憶眼ですぐに覚えられるだろうって?

それでも嫌なものは嫌だ。

外相令息や騎士団長令息のお話もあるな。

どうも思ったより私は人気があるようだ。

何故だろう?

父様が優秀だから、誼を通じたい家から話が来るんだろうな。

しかしどうもピンと来ない。

どうしたものか……あ、辺境伯令息アンソニー様からも縁談が来ているじゃないか。

アンソニー様は同い年で、学園でも話すからよく知っている。

心の広いおおらかな殿方だ。

ああいう人の奥さんは、のんびり過ごせるんじゃないかな。

辺境伯領は遠いから、領に引っ込んでいれば社交もあまり顔を出さなくていいかも?

狙い目だ。

「父様。この方、アンソニー様がいいです」

「ほう、辺境伯令息か。ブランカはそう見たか」

「よろしいでしょうか?」

「もちろんだとも。話を進めておこう」

父様妙に満足そうだけれども、何なんだろう?

娘が片付くのがそんなに嬉しいのかな?

――――――――――ウィグルスワース侯爵ドウェイン視点。

ルドリア王国は一見安定しているようだが、それはまやかしだ。

安寧に胡坐をかいた王家の奢侈は度を越している。

臣民の努力の結果である平和と豊作。

それが王家のタガの緩んだ原因とあっては、皮肉にしか聞こえない。

いずれにせよ王国債の発行もそろそろ限度だ。

早急な解決手段が必要だが、内科的手段かそれとも外科的手段によるべきか?

内科的手段で平和に解決できるならそれに越したことはない。

私も宰相職を与る身であるから、急な引き締め政策が景気に悪影響を及ぼすくらいのことはわかっている。

しかしそれを免罪符に贅沢を続けていいわけがない。

これまで再三献言申し上げてきたが、陛下はお聞き入れくださらないのだ。

この難局に我がウィグルスワース侯爵家はどう動くべきか?

我が聡明なる娘ブランカがどう考えているか、一つの指標になると思った。

ブランカの前に縁談を並べてみた。

親の私から見ても美しい顔にやや陰りが見える。

面倒そうだな。

おそらくブランカの婚姻相手は、ウィグルスワース侯爵家の立場から私が決めるべきと考えていたのだろう。

娘よ、私もそなたの意見が欲しいのだ。

ほう、いがみ合ってる王太子系と第二王子系、王家の縁談は両方切り捨てたか。

「楽できそうにありませんので、断れるものでしたら遠慮したいです」

「断ることに関しては問題ない」

内科的手段、つまり王家の内部から立て直すのは不可能と見たか。

いや、言い方からすると、不可能ではないが相当困難だという意味なのかもしれないな。

この期に及んで王太子派第二王子派の身内同士で争っている王家は切り捨てる。

大胆な外科的手段、やはりブランカの識見は確かだ。

ならばブランカは誰を選ぶ?

ブランカは外相令息と騎士団長令息に興味を示したようだ。

外相は海外に多くの伝手を持っている。

ルドリア王国の財政を立て直すのに貿易振興が必要、またいざという時の亡命も考えに入れているのだろう。

騎士団長もまた王家から心が離れつつある男だ。

いざ内乱となった際には、彼の人望と指揮能力がキャスティングボートを握り得ると、ブランカは考えたのかもしれない。

最終的にブランカが選んだのはナイモクラス辺境伯家の令息だった。

正直意外ではある。

辺境伯は確かに実力者ではあるが、領地は遠い。

ブランカは王都を離れたがらないだろうと思っていたから。

いや、王都は戦乱に巻き込まれると考えているのか。

それとも令息が傑物なのか?

あっ、辺境伯領はルドリアで最も食料に不安のない地だ。

ブランカはそこに着目したのか?

現在は農産物が安いため、王都の民衆は重税に耐えることができている。

しかし例えば不作などで物価が上昇するとどうなる?

当然民衆の不満は高まる。

……やりようによってはその不満は爆発し、かろうじて平穏を保っている王国はいっぺんに崩壊する?

ブランカは辺境伯を新たな王にするつもりなのか?

まさか……いや、悪くない。

大胆な外科的手段ではあるが、ルドリア王国全体で見れば一番傷口が広がらないようにも思える。

ブランカの神秘的なまでに赤い瞳は、どこまでを見通しているのかわからない。

よかろう、ブランカがそのつもりなら私も腹を括ろうではないか。

「よろしいでしょうか?」

「もちろんだとも。話を進めておこう」

――――――――――それから二年後。

どうしてこうなった?

私と辺境伯令息アンソニー様との婚約が成立した半年後、穀物価格の高騰から王都市民のデモが起き、憲兵隊と衝突し一〇名以上の市民が死亡するという事件が起きた。

王都市民は蜂起し、騎士団のサボタージュもあって、王家に連なる者は全員ギロチンにかけられた。

一時期共和制政権が立てられたが、諸侯の支持を得られなかったため物資不足を解消できず、僅か二ヶ月で崩壊。

食を握っていた辺境伯(いずれ義父になる人)が王都に入城し王位に就いた。

ナイモクラス朝ルドリア王国の成立だ。

もう一度言う、どうしてこうなった?

「ブランカ」

「アンソニー様」

アンソニー様は何があってものほほんとして変わらないなあ。

浮足立ってる私とは大違いだ。

頼りになる。

この人を選んでよかった。

「行こうか」

「はい」

今日はアンソニー様の立太子、並びに私との結婚を祝う式典だ。

まだまだ王都も慌ただしいので控えたほうがいいとの意見もあった。

しかしこんな時だからこそ明るい話題が必要だ、という意見もまた強かったのだ。

うええ、目立つの好きじゃないのに。

アンソニー様が私を抱きしめる。

「ありがとう。君がオレを選んでくれたおかげだ」

「私は何もしていませんよ」

父様が張り切って暗躍しただけだ。

ナイモクラス辺境伯家とウィグルスワース侯爵家の実力を背景に、有力貴族や騎士団魔道兵団を次々と取り込んだ。

また王都では旧王家に全部の責任を擦りつけて共和派残党を懐柔。

あっという間に事態を終息させた。

共和制政権の顔役も登用して人気を得ているところは芸が細かい。

父様有能。

「宰相殿は君の決定に従っただけだと言っていたよ」

「買い被りですってば。大変なのはこれからですよ」

「そうだな。オレも賢い王太子妃殿下の言うことをよく聞かねばならん」

ええ? 私はちょっと記憶力がいいだけで、全然賢くなんかないですよ。

アンソニー様までが私を買い被ろうとする。

何故だ?

違うのだ。

王太子妃となったからには、公務や社交が大変だなあと思っているだけだ。

でもアンソニー様、御安心ください。

これでも私は侯爵家の子。

お仕事くらいはしっかりこなすつもりだ。

アンソニー様を選んだ、自分の選択の責任くらいは取る。

あっ、さては父様め。

ここまで見越して私に婚約相手を決めさせたんだな?

自分の決定の始末は自分でつけろということで。

もう、信じられるのはアンソニー様だけだ。

アンソニー様の背中に回した両の手に力を込める。

「ブランカ?」

「私はアンソニー様に愛されたいのです」

「ああ、ブランカ! 君は美しいだけでなくこんなにも可愛いだなんて! どうして愛さずにおれようか!」

何事にも泰然としているアンソニー様にここまで言わせたのだ。

今日のこのシーンはしっかり記憶して絶対に忘れないぞ。

あっ、筆頭女官が来た。

「あらまあ、殿下達は仲のおよろしいことで。入場の時間でございますよ」

「もう少し待たせておけ。ブランカを抱きしめるのに忙しいのだ」

きゃっ。

私は運がいい。

そして幸せだ。